第21話 正真正銘ヒロイン登場
(――この絵、ゲーム開始のスチルと同じだわ)
虹色に発光する真名晶に手をかざす美しい少女。
そして、その少女に目を奪われる攻略対象者たち。
神殿中にいる人間の視線を、ロザリンが集めていた。
イザベルの隣に立つルーファスも、光の中心にいるロザリンを見つめている。
先ほどまでジゼルと優しく見つめ合っていたレンナルトも、イリーナと仲が良かったはずのディオンも、アニヤの小さな手を握っているエリーアスも、誰も彼もが彼女を見ていた。
(ゲームと……違うかもって思ったけど……それは――ロザリンが現れる前のことに過ぎなかったのかも。ここから、ゲームがスタートするというなら、私たちはゲームのシナリオに向かって行くと考えた方がいいのかもしれない……)
一体どのくらいそうしていたのだろう。
時間としては10秒ほどの短い時間だったような気もする。
真名晶に手をかざすのをロザリンがやめると、神殿中を包んだ光は一瞬にして消えた。
《イザベル、あの子すごい力だよ》
(うん。彼女はこの世界のヒロインだからね)
《ヒロイン? それ、何?》
(彼女がこの世界の中心ってこと。彼女の……思うようにこの世界が動いていくのかもしれない)
《え!? そんなことある? 僕、あの子の言う通りになんてなったりしないよ》
(《たすく》はそうかもしれないけど……)
――ルーファスは、どうだろうか?
《たすく》の問いに、イザベルは答えられなかった。
普通は一人の人間の思惑通りに世界が動くなんて、あるわけがない。
でも、ここはゲームの世界――。
興奮する最高指導者たちに囲まれ、正真正銘のヒロインであるロザリンは神殿の奥へと恭しく連れられて行った。そして、王太子であるディオンもまた、ロザリンに侍り一緒に神殿奥へと進んで行った。
(ゲームが……スタートするのね)
先ほどまでディオンと一緒にいたイリーナは、一人、残されていた。
彼女は彼が向かった方向をただ黙ってじっと見つめていた。
イザベルはそんな彼女の手をそっと取った。イリーナはハッと顔を上げた。
「すぐ戻られますわ」
イザベルがそういうと、イリーナはいつものしっかり者の令嬢の顔をした。
「ええ。ディオン様は王太子ですもの。救国の聖女が現れれば、動くのは当然ですわ」
「そうですね」
「……ただ、びっくりしてしまっただけで。救国の聖女がこんなすぐに見つかるなんて思っていなくて……」
(しかも、あんな魅力的な少女だとは思わないわ)
イリーナの抱える不安を、イザベルは痛いほどに感じていた。
(だって、あんなすごい魔力持ちの美少女、勝ち目なんてない。……ん? 勝ち目? 私、勝ち目って……)
イザベルは無意識に考えたことに驚き、ルーファスを見た。
(私……いつの間にか……――ヒロインにルーファス様を取られたくないとか、思っていた!? うそ、まさか……だって、攻略対象者に関わってもロクなことがないだろうし、ましてやルーファス様には婚約破棄されて処刑されて……)
『また作ってもらえますか? 私のためだけに』
先日の馬車の中のルーファスの言葉を思い出して、場違いにも身体が熱くなった気がした。
(あ……あんなこと、言ってくるから意識しちゃうんじゃない!)
《イザベル、どうしたの? 変だよ~》
「イザベル様、どうかなさいました?」
「いえ、なんでも――」
突如困惑しだしたイザベルの肩を、急に誰かが掴んだ。
(――え!? 何?)
そう思うより先に、不快感を隠さないルーファスの声が響いた。
「離せ!」
そういうとイザベルの肩に置かれた手をバチンと払い退けた。
「痛っ……何するんだ」
「それはこっちの台詞だ。何の許可もなく、女性に触れるなんて何を考えているんだ」
「肩を触っただけだろう」
「肩だろうが関係ない。彼女に勝手に触れるな。彼女は私の婚約者だ」
「なんだよ、うるさい男だな。愛のない政略結婚だって話じゃないのかよ。こんなことで怒りやがって」
「――誰だ。そんな話をしているのは」
「誰だって……アンタが婚約式で見せた態度を見てりゃ誰だってそう思うだろう」
そう男が言うと、ルーファスは少しバツの悪そうな顔をした。
プイッと横を向くと「一体なんのようなんだ。ハンス」と言った。
(――ハンス?)
イザベルがその名に反応して、ルーファスと揉めていた男を見た。イザベルの肩に急に触れて来た男の正体は――魔導士のハンス・ブリーゲルだった。イザベルと同じ長い黒髪に、茶色と青のオッドアイが不思議な魅力を醸し出していた。
(ハンスは確か隠しキャラなはず……。ヒロインが魔力をアップさせていくと登場するはずのキャラだから、こんな序盤に出てくるキャラクターじゃない。前世の私は、ゲーム上で一度も彼を登場させたことはないし……。一体なんでこんなタイミングで、しかも悪役令嬢の私なんかに用があるの?)
不思議な顔をして、ハンスを見た。ハンスはイザベルを見てニヤニヤすると、「何、俺のこと知ってるの?」と言った。
「――知っているというか……クラスメイトから、あなたの話を聞いて」
ハンスは、イザベルやディオンと同じクラスに一応在籍している。つまり、クラスメイトだ。しかし、ハート学園では高位魔導士の彼は特別扱いされているため、学校内に自身の研究室を持ち、同じ授業を受けることはない。
「ああ、そういえば、君と俺はクラスメイトか。ふうん。授業なんてつまらないと思っていたけど、君がいるなら授業を受けてみるのもいいかな」
「は?」
「え?」
ハンスの言葉に、ルーファスは不快そうな、イザベルは不思議そうな声が漏れた。
「君が手をかざしたとき、真名晶が光ったよね?」
ハンスはニコニコ笑いながらイザベルにそう言った。
妙に顔が近い。
「光……りましたっけ?」
「光ったよ。不思議な色味だった」
《僕の力だもん!》
「そんなこと……ありました? それより、救国の聖女の光の方が凄まじい光だったと思いますけど……」
「ああ。あれは、そうだね。予言通り、虹色の聖女らしい輝きだった。でも、君は違う。魔力はないって聞いていたけど、あの光は一体なんなんだ? すごく、興味深いよ」
何故かイザベルに興味津々のハンスは、興奮しながらどんどんイザベルとの距離を詰めてきた。オッドアイが、逃がさないとでも言うように、イザベルを捕らえる。
(こ……これ、どうしたら――)
強引なハンスへの対処方法を考えていたら、二人の間にルーファスが入った。
そして、ルーファスがイザベルとの距離を詰めるハンスをグイッと押しのけた。
「近い! 離れろ!」
「ちょっと話したいだけなのに」
ルーファスはそういうと、ハンスに鋭い視線を向けた。
《ルーファス、また怒ってる~》
ハンスはルーファスの後ろから身を乗り出し、にやりと笑った。
「イザベル。また会おうね」
ひらひらと手を振り去って行く後ろ姿に、ルーファスが「二度と来るな!」と吠えた。
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