第20話 救国の聖女
セレフィード王国の神殿に入ると、荘厳な空気に包まれた。
中央には女神セルフィーナの銅像が鎮座していた。神殿の壁や天井には、愛らしい精霊や天使たちの絵が至るところに描かれている。
女神像の前には、教皇や枢機卿などセルフィナ教の最高指導者たちが集まり、物々しい雰囲気が醸し出している。
「やあ、よく来たね」
ルーファスとイリーナに連れ立って神殿に入ると、すぐに気が付いたディオンが声を掛けて来た。緊張感に包まれた会場の中で、王太子だけが朗らかな笑顔を見せていた。
「ここで待っていてくれればいいから」と、令嬢たちが待つ座席に座ることを促された。
チラリと中央を見ると、最高指導者たちの前には不思議な水晶が置かれていた。その水晶は令嬢たちが手をかざすと、様々な色に発光した。
――あれが、魔力の本当の名を映すという“真名晶”か。
イザベルはチラッと水晶を見た。赤や青、緑や黄色、強い光、弱い光、様々な発光の仕方をする水晶は見ていて飽きなかった。
「真名晶は初めて見ますか?」
興味津々な視線を向けているイザベルに気付き、ルーファスが耳元でそっと囁いた。イザベルは突然のルーファスの声に少し驚いたが、コクンと頷いた。その瞬間、《たすく》がイザベルの傍で《ルーファス、喜んでいる。かわいいって》と報告してきた。
(か……かわいい? 私が?)
《たすく》の言葉が、どこまで真実なのか分からないが、チラッとルーファスの瞳をそっと見ると、確かにイザベルを慈しむような優しい眼差しを向けられているような気がする。
(エリーアスの家に行って以来、こんな風に見られることが増えた気がする。それに、婚約破棄も……すぐには望んでいないようだし――。《たすく》なんて精霊が悪役令嬢の傍にいたなんてこともなかったし。もしかしたら、ゲームとは違う展開もあるのかもしれないなんてことを最近はたまに考えてしまう)
「セレフィード王国の貴族は、誕生したら必ずこの神殿で魔力の有無や何の属性の影響を受けているかを調べることになっているんです。あの色は魔力の色です。炎属性が強ければ赤く、水であれば青、風は緑、土は黄色に、そして聖女の力を持つ場合は七色に発光すると言われています」
「そうなんですね」
そんな話をルーファスとしながら待っていると、エリーアスとアニヤも現れた。よく見ると、以前夜会で出会ったジゼル・グルー子爵令嬢も怯えた顔をしながら神殿へと足を踏み入れた。ジゼルの傍らには短い赤髪に煌めく琥珀色の瞳の熱血騎士――攻略対象者の一人であるレンナルト・ギーツェンがいた。
(これは……。次々と、主要キャラが集まっている)
いま神殿の中に、攻略対象者である王太子ディオン、小公爵ルーファス、騎士レンナルト、侯爵エリーアスが揃っていた。そして、それぞれのルートで悪役とされる令嬢たちも……。
(こんなに集まるということは……)
《イザベル、どうしたの? 怖い?》
《たすく》がイザベルの異変をいち早く感じ取った。
(大丈夫。気にしないで――)
気が付くと、真名晶の前にイリーナが立っていた。イリーナが水晶に手をかざすと強い青の光を発光したがそれ以上は何も起こらなかった。
(やっぱり、聖女ではないということね)
次に促され、イザベルは真名晶に言われるがまま手をかざした。
今までの令嬢たちは光の強さは色は異なったが、何かしらの反応があった。
しかし――イザベルが手をかざしても真名晶は何の光も放たなかった。
『何の光もないわ』
『本当に魔力がないなんて信じられない……』
『やっぱり血の鉄の国の女に聖なる力なんてあるわけがないのよ』
静かだった神殿に、悪意ある言葉がささやかれていた。
イザベルの隣に立つルーファスが険しい顔を向けた瞬間、令嬢は慌てて口をつぐんだ。
《イザベル、僕、この玉、光らせようか?》
(え?)
《光らないから、意地悪言うんでしょ? だったら、僕が――》
《たすく》はそういうと、真名晶に手をかざした。その瞬間、真名晶が、今まで誰も見たことがないほど鮮やかな七色の光を放った。神殿中の空気が、一瞬止まる。
イザベルに何も期待していなかった最高指導者の顔が、驚きに変わった。
「え!?」
「ま、まさか……!」
「これは……どういう……」
(ま……まずい。ダメ、ダメ! 《たすく》、それはやっちゃダメ!!)
《どうして? この玉が光らなくてイザベルが馬鹿にされるんだから》
(でも、ダメなの。そういうことで、この玉を光らせては……――!)
「今のは何だったんだ……」
「まさか、せ、聖女……?」
最高指導者たちが、イザベルに初めて期待の目を向けた。
(ちっ、違う違う違う! 私じゃない!)
近付いて来る最高指導者たちに、イザベルは何の魔力もないという証明をするように、真名晶に手をかざし続けた。もちろん、《たすく》の力がなければ真名晶が発光するわけもない。何の反応もない真名晶を確認すると、最高指導者たちはイザベルの次の少女に手をかざすように促した。
《たすく》を退かせたタイミングで、新たな少女が神殿へと入って来た。
ピンクベージュのセミロングの髪、水色の瞳――。二重瞼の大きな目はキラキラと光った。手足は長く、顔も小さい。神様の愛情を全て捧げられたような美しい少女だった。
(間違いない。彼女がロザリン・キャリントン。『ハート学園で恋して』のヒロインだわ)
イザベルは最後尾に並ぶロザリンを見つめた。ぼんやりとロザリンを見ていると、申し訳なさそうなルーファスの声が頭の上から降って来た。
「すみませんでした」
「え?」
「私がついていながら不快な思いを」
慌てて振り返ると、申し訳なさそうなルーファスと目が合った。
(え!? どうして、ルーファス様がそんなに……。別にルーファス様の所為ではないのに)
「気にしないでください。私に魔力がないのは事実ですし、この国ではそれは異端だというのは分かっていますから」
「あの――、フォートレル侯爵令嬢」
声の方を向くと、青色のストレートの髪に薄茶色の自信のなさそうな瞳と目が合った。
そこに立っていたのはレンナルトルートの悪役令嬢ジゼルだった。
「あの……夜会のときは、ありがとうございました」
そう言うと、ジゼルは丁寧に頭を下げた。
「こんなタイミングで申し訳ありません! ずっと機会を図っていたのですが中々お声がけできず……。私、助けていただいたのに、きちんと御礼もお伝えできずに」
「え……そう、だったかしら」
(それどころではなくて、あまり気にしていなかったけど――)
ジゼルの傍らに立つ攻略対象の騎士レンナルトは、共にイザベルに頭を下げていた。真名晶に注目していたはずの衆人たちが、攻略対象者――レンナルト、ルーファス、ディオンが集まっている風景に注目していた。そのうえ、レンナルトはイザベルに頭を何やら謝罪をしている風景だ。《たすく》が指摘しなくても、気になって仕方がないという視線がまとわりついているのは分かった。
「や、やめてください」
「婚約者を助けていただいたんだ。……俺からも礼を言わせてほしい。ジゼルを助けてくれて、ありがとう」
熱い男らしい態度だったが。注目を集めたくないイザベルは慌てていた。が、レンナルトは周囲の様子などお構いなしだ。その様子を傍から見ていたルーファスは冷静にため息をついた。
「レンナルト、こんなところで君に頭を下げられたら衆目を集めて、彼女が困るだろう」
裏表のないレンナルトは、その指摘にハッとし、慌てて顔を上げた。
「確かにそうだな! すまなかった。でも、本当に感謝しているんだ。ジゼルとのことはお互いに納得している関係なのに外野がうるさいものだから」
そう言って、レンナルトはジゼルのことを優しく見つめた。ジゼルも恥ずかしそうではあったが、レンナルトの笑みに答えていた。
(――二人の関係は……良いって、こと?)
《二人は仲良しだよ》
《たすく》はイザベルの謎に答えるように、二人を見てそう言った。
(仲良し……。やっぱり、ゲームと全く同じ世界じゃないってことなのか……)
イザベルは自分の傍らに立つルーファスをチラリと横目で見た。
(ルーファス様も……私が知っているゲームのルーファス様じゃ、ない? 私がゲームのイザベルじゃないように少しずつ何かが変わっているのかも。だったら、ヒロインも――)
真名晶を見ると、アニヤの順番だった。水晶は青緑に光ったが虹色に光ることはなかった。そして――ロザリンの順番になった。最高指導者に愛らしい笑みを見せるヒロインは、まるで結果を知っているかのような余裕も感じた。肩よりも長いピンクベージュの髪をなびかせると、水色の美しい瞳で真名晶を見つめ、白魚のように美しい手をそれにかざした。その瞬間――。
見間違うことなどあり得ないほどの虹色の光が神殿を包んだ。真名晶から吹いているのか。彼女の髪がふわふわと風にたなびいていた。
「なっ……なんと――!!!」
「聖女だ! 救国の聖女の誕生だ!!!」
最高指導者たちが興奮したそう叫ぶ声が、神殿中にこだましていた。
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