第19話 招待状
「お兄ちゃん、猫ちゃん好きなの?」
ルーファスがひたすら猫型のクッキーを作っていると、色んな動物のクッキー型を使っていたアニヤが面白そうにのぞき込んだ。
「あ……別に、そういうことではないが――」
ルーファスはアニヤに言われて初めて気づいたようにハッとした顔をした。
そして、そんなルーファスの傍を《たすく》が飛び回りながら《ルーファス、イザベルの目が猫に似ているって思っているみたいだよ》と言った。
「え!?」
突然、大きな声を発したイザベルに皆の注目が集まる。
慌てたイザベルは「なんでもないの」と手をパタパタさせた。
顔が赤くなったのは、皆の注目を集めたからか、ルーファスがイザベルを思って猫のクッキーを増産していたからかは分からなかった。
(どうして……――ルーファス様が、そんなことを……? 私のことを、スパイと疑っているのではないの? 疑っているから? でも、そんなことある?)
イザベルが動揺していると、何かを察したようにエリーアスがアニヤに言った。
「アニヤ、お父さまは猫ちゃんが好きだよ。特に黒猫がかわいい。くりっとした釣り目がかわいいだろう?」
「そうね、アニヤも好き! あ、お姉ちゃん、猫ちゃんの目に似てる」
「そ……そう? そんなこと、言われたの、初めてだわ……」
イザベルが戸惑いながら答えると、アニヤの発言に反応してルーファスの耳が赤くなったような気がした。
《イザベル! ルーファス、焦ってるよ~》
《たすく》の分かっているのか、分かっていないのか分からない報告を聞き流しながら、イザベルはクッキーの焼きに集中した。たくさん焼けた猫が多めな動物クッキーは、先ほどのガーデンテラスで、皆で食べた。
ルーファスは、いつになくモリモリとクッキーを頬張っていた。
ルーファスは自覚的なのか無自覚なのか、自分が作ったココア生地の猫のクッキーと、イザベルが作っていたプレーン生地の兎のクッキーをやたらと摘まんでいた。その様子に気が付いたアニヤが思わず笑い出した。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのクッキーばっかり食べてる! この黒猫ちゃんもお姉ちゃんみたいだもん」
イザベルとルーファスは、アニヤの無邪気な指摘に固まった。
(そんなわけ……ないわよね?)
そう思ってルーファスを見た瞬間、ルーファスの指は黒猫クッキーを摘まんでいた。
「別にそんなことはない」とでも言うのかと思ったら、ルーファスはアニヤの指摘にまた驚いたように目を見開いただけだった。そして、イザベルの視線に気づくと、黒猫クッキーを隠すようにルーファスはバクッと食べた。
◇◇◇
「神殿からの招待状は、実はあなたにも届いています」
帰りの馬車の中で、ルーファスが突然イザベルに招待状を手渡した。
「これは――」
(招待状って、あの“救国の聖女”探しのものよね?)
神殿の印璽を確認し、ルーファスを見る。
「私、魔力もありませんし、ヴァルハルド帝国出身ですし」
「王国内の女性全員に招待状を送っているそうです。高位貴族から順番に」
基本的に魔力持ちは貴族令嬢に多い。
(可能性の高さから貴族令嬢を神殿に招いているんだと思うけど、ヒロインのロザリンは平民出身の少女なのよね。ロザリンのもとにはまだ届いていないのかしら?)
「何か特徴とかは分からないんですか? 髪色とか、瞳の色とか、年齢とか……」
「若い、女性ということくらいですね」
「そう……ですか」
(自分に魔力が検出されるとは思わないけど、ルーファスやエリーアスも、ゲームとは違う姿が見えるし、“救国の聖女”も私が知っているシナリオとは違う可能性はないんだろうか……)
イザベルの知っているシナリオでは、当然ロザリンが“救国の聖女”に選ばれる。強力な魔力も顕出され、結果的には侯爵家の養子に入り、ハート学園へも転入する。
(そして――どういうルートを行こうとするのかしら。ルーファス様ルートだったら、早々に婚約解消を目指した方が良い気がするけど……。今まで呑気に刺繍をしたりクッキーを焼いたりしていたけど、ロザリンが現れたらさすがにのんびりはしていられない……)
イザベルの深刻な顔に、ルーファスは何を思ったか、安心させるように優しく微笑んだ。
その珍しい笑顔に、イザベルの胸はドキッと高鳴った。
(ま……また、だわ! 美形の笑顔って……心臓に悪い)
「――……イリーナも呼ばれていますので、一緒に神殿へ参りましょう」
イザベルは動揺を隠すように頷くと、「イリーナ様が一緒なのは、安心です」と微笑んだ。招待状の話が終わると、また馬車の中は気まずい沈黙に包まれた。
《たすく》が《どっちも気にしているのに、どうして話しかけないの?》と聞いて来たが、答えが分かれば話している。
(なんか……ルーファス様と話していると、落ち着かないっていうか……)
「クッキー」
沈黙に耐えられなかったのか、ルーファスがイザベルを見た。
「クッキー、美味しかったです」
「あ……ルーファス様の、お口に合ったのなら、良かったです」
馬車の中のルーファスは、イザベルからそっと目を逸らした。
「また――」
「え?」
ルーファスが何を言ったのか、聞き取れなかった。
「また、作ってもらえますか?」
「……え?」
ルーファスは何かを言いかけて、わずかに口を閉じた。
「……いえ」
一度視線を逸らしたあと、小さく息を吐く。
「私のためだけに」
ルーファスの言葉が、頭の中で何度も何度も繰り返された。
(私のためだけって……どういう……――。そんなことを言われたら……勘違いしてしまう)
止まらない胸の高鳴りが、もうとっくにその答えを知っているような気がした。
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