第18話 エリーアスの気持ち
クッキー生地を寝かせている間、ガーデンテラスでお茶を用意された。アニヤははしゃいで疲れたのか、少しお昼寝をすることになり、《たすく》は、シュトライヒ侯爵邸の豪華な庭に誘われて、《お散歩してくるね~》と飛んで行った。
「とっても香りが良いですね」
エリーアスが用意してくれたお茶は、優しい香りがした。
(花の形をした茶器も素敵)
「シュトライヒ領で取れた茶葉をブレンドしているんです」
エリーアスは優しく微笑んだ。
「王都の店で出されているものですか?」
ルーファスが尋ねた。
「いえ。お店ではまだ出していないブレンドなんです」
「王都のお店? エリーアス様はお店を出されているんですか?」
「ええ。領地でよく茶葉が取れるので。小さな店ですが」
「王侯貴族に人気の高級店です。中のスペースは、予約も中々取れないとか」
(エリーアス様ルートだと、そういうエピソードが出てくるんだったかな)
イザベルは、新たな事実に自分が知っているエピソードを思い出そうとした。
ルーファス様の刺繍の趣味も知らなかったし、細かい裏エピソードもあったということなのか――。『ハート学園で恋して』の世界、登場人物であることは間違いないのに、自分が知っていた世界とは、少し違うような気もしてくる。
イザベルは紅茶を口にするルーファスをチラッと見た。
(ルーファス様も、悪役令嬢の私に……なんとなく、優しい気もするし――。刺繍を教えてくれたり、買ってくれたり、褒めてくれたり……。勘違いかもしれないけど、そんなに嫌われていないような……気も――)
「イザベルは、紅茶がお好きですか?」
ルーファスを見ていたイザベルに、エリーアスは微笑んだ。
「え、ええ」
「では、今度王都の店に招待しますね」
「え、えっ!? 招待って……だって、中々予約も取れないって」
「イザベルには、アニヤがお世話になっていますから。今日のクッキー作りも無理を言ってしまいましたが、とても喜んでいます」
そうエリーアスに言われ、イザベルが戸惑っているとルーファスがすかさず返答した。
「それはありがとうございます。私もイザベルと行ってみたいと思っていたんです。招待いただけるとは思っていませんでした」
ルーファスが、イザベルに微笑みかけていたエリーアスをじっと見た。
ルーファスは、口元に笑みを称えているが、目が笑っていない気がした。
なんだか、怒っているようにも見える。
(なんか……この感じって、焼きもちを焼いているようにも……。いや、でも、私は婚約破棄予定の悪役令嬢なわけだし、そんなことはあり得ないとは思うけど……。でも――。《たすく》がいれば、なんとなく感情が分かるのに……)
イザベルがルーファスの態度にも戸惑い何も言えずにいると、笑みを称えた二人の会話は続いていた。
「イザベルのエスコートは、私がと思っていましたが……」
エリーアスがそういうと、ルーファスの口元がヒクッと動く。
「イザベルは私の婚約者です。エスコートは私がいたします」
「ああ、レープ小公爵は、そういったことを心配されていたんですね」
「そういったこと、とは?」
「国同士の関係性とか、そういう外側のことです」
「何がおっしゃりたいのですか?」
「いえ、ただ私は養護院でイザベルの様子を見て、久しぶりにとても癒されたんです。子どもたちと遊ぶ姿も、一生懸命に刺繍をする様子も、クッキー作りも……――。国同士の関係などということではなく、一人の人間として、もっと彼女を知りたいと……」
エリーアスは、アニヤに向けるものとはまた違う甘い視線でイザベルを見た。
「人の婚約者をもっと知りたいというのは、聞き捨てならないセリフですが――」
いつもよりも低い声でルーファスがそう言った。
ルーファスの表情からは、すっかり笑みは消えていた。
「ですから、一人の人間としての興味ですから。無論、彼女が自由の身であれば、お誘いしたかったですね」
ガチャッ!
ルーファスは、わざと茶器の音を立ててカップを置いた。
「失礼。あまりのご発言に驚いてしまいまして」
「そうでしたか。でも、おかしなことではないでしょう? 私も立場的にはヴァルハルド帝国とセレフィード王国の友好のための婚姻を請け負うことができる立場だと自負しております」
エリーアスは、ルーファスの怒りに満ちた顔を笑顔で流している。
「小公爵はこの婚約には乗り気ではないという話も聞きますし、だったら」
「乗り気ではないなど、誰が……――!」
ルーファスは思わず声を荒げた。その様子にイザベルは思わず顔を赤らめた。
(……――ルーファス様は、私との婚約が嫌ではないって、こと!? ……――違う。違う違う。あり得ない。だって私は処刑される悪役令嬢で……)
イザベルは、慌てて自分の考えを打ち消した。
イザベルの視線から逃れるようにルーファスが目を逸らし、コホンと咳ばらいをした。
その様子にエリーアスが年上の余裕を見せ、小さく笑った。
「失礼しました。小公爵がそういうおつもりなら、これ以上は申し上げません。私はイザベルの幸せを願っていますので」
エリーアスはにこっとイザベルを見て微笑んだ。イザベルが戸惑っていると、エリーアスはルーファスに別の話題を向けた。
「そういえば、『救国の聖女』探しがスタートするようですね。アニヤにも招待状が届きましたよ」
「――そうですか」
(……『救国の、聖女』探し!? もう、ロザリンが現れるってこと?)
『ハート学園で恋して』では、女神セルフィーナの予言により“救国の聖女”であるヒロイン・ロザリンが現れる。聖女探しには、この国のあらゆる女性たちが神殿に招かれることになっていた。
「救国の聖女が現れても、お二人のご婚約が維持されるのでしょうか?」
エリーアスは、ルーファスに挑むような視線を向けた。
(『救国の聖女』が現れた場合、セレフィード王国は無理に私との婚約を維持する必要はない。ゲームの中ではイザベルがルーファスとの婚約解消を望まなかったから婚約が継続されていたけど、いまの私は――)
「維持されます。私たちの婚約は、国同士の和平の象徴ですから」
そうルーファスが宣言した瞬間、使用人がアニヤの目覚めとクッキー生地の準備ができたことを知らせにきた。起きたばかりのアニヤを抱きしめるエリーアスは、いつも見る優しい父親の顔をしていた。
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