第17話 イザベルのクッキー騒動
「美味しかったよ!」
「イザベル様と一緒に作ったんだ!」
イリーナの言葉に反応して、子どもたちが無邪気にルーファスにそう言った。
「一緒に……?」
「でも、もう売り切れちゃったね」
クッキーの小袋が山になっていた場所には、売り切れの文字が。
試食用に出していた皿の中も空っぽだった。
「イザベルと……作った?」
ルーファスの呟きに反応するように、イリーナ、院長やエリーアスまでもが、イザベルのクッキーの感想を述べた。イザベルの横で居心地悪そうに立つカーターだけは口をつぐみ、ルーファスの視線から逃れるように視線を動かした。
「カーター、お前も食べたのか?」
「私は……試食、係として」
「――……」
《ルーファス、悲しそう。クッキー食べたかったみたいだよ》
「申し訳……ございません!」
「別に――謝ることではないだろう」
「お兄ちゃん、イザベル様のクッキー食べたかったのね? ねえ、パパ……」
アニヤがエリーアスにそう呟き、何か相談していた。
エリーアスが頷くと、アニヤがルーファスの顔を覗いた。
「お兄ちゃん、アニヤのおうちでお姉ちゃんとクッキー作る?」
「――……作る?」
「え!? アニヤちゃんの家?」
(また養護院で作るものとばかり思っていたけど……!? まさかのエリーアス様のお宅?)
「いけませんでしたか?」
「いえ、あの……その、お宅でとは思っていなかったので……」
「一緒にクッキー作ってくれるって、アニヤと約束したでしょ?」
アニヤが甘えるようにイザベルを上目遣いに見る。
「そ……それは――そうだけど……」
(さすがにお宅訪問はハードルが高いというか……)
「シュトライヒ侯爵邸に行くことになっていたのですか」
なぜか、ルーファスが鋭い視線をイザベルに向けた。
「行くことになっていたというか、その、クッキーを」
「クッキー……」
「あの、ルーファス様には別の機会に焼きますし、アニヤちゃんも今度養護院に来たときにみんなと一緒に」
そう場を収めようとしているのに、ルーファスがイザベルの言葉を無視してエリーアスを見た。
「分かりました。そういうことでしたら、私もお邪魔いたします」
「え!?」
「私の婚約者を、一人で男性の屋敷へ伺わせるわけには行きませんので」
「そう? アニヤもいるし、そんなに気にすることではないと思うけど」
「クッキーも気に……いえ、イザベルがここでボランティアを続けるなら、支援をされているシュトライヒ侯爵との交流も必要かと思いますし、イザベルがご迷惑をおかけするといけませんから」
「イザベルのすることに、迷惑なことなんてないから気にしなくていいのに」
「数回しか会っていないはずなのに、ずいぶん信頼なさっているのですね」
「ええ、信頼は会った回数ではありませんから」
「――そう、ですか」
ルーファスとエリーアスは互いにほほ笑んでいるが、何故か妙に緊迫した雰囲気を醸し出している。イザベルはそんな二人に挟まれてどうしたら良いか分からなかった。助けを求めてイリーナを見ると、何故か彼女はルーファスを見て笑いをこらえていた。
《また、クッキー作りだ! 楽しみだね~》
◇◇◇
バザーから一週間。
結局エリーアスの屋敷で、クッキー作りが決行された。
「いらっしゃいませ! 待ってたよ!!」
ルーファスと連れだってイザベルが訪問すると、アニヤが満面の笑顔で迎え入れてくれた。
「アニヤ、あんまりまとわりつくと危ないから」
エリーアスがアニヤの後ろから、人の良い笑顔を浮かべ招き入れてくれた。
ルーファスは、自分から着いて来ると言っていたのに、何が面白くないのか馬車の中でもずっと押し黙っていた。彼に聞こえることはないだろうが、馬車の中でも《たすく》には、《また怒ってる》と言われ続けていた。
(そんなに来たくないなら、イリーナ様と一緒に来たのに)
今日の訪問は、イリーナが来てくれると言っていた。
(なのに、ルーファス様が来なくていいって言うし……)
イザベルは、エリーアス邸のキッチンで薄力粉をふるっていた。
イザベルの手慣れた姿に、アニヤは「わー!」と歓喜の声をあげ、ルーファスは静かに瞠目していた。今日は大量に作るわけではないので、タネから一緒に作ることにしていた。
「アニヤちゃんは卵を混ぜてね」
「はーい!」と、アニヤはエリーアスと一緒に卵を一緒にかき混ぜた。一緒にキッチンにはいるものの、勝手が分からず立っているルーファスには砂糖をふるいにかけることをお願いした。ルーファスは言われたとおり、丁寧にソツなく作業をこなす。
「じゃあ今度はこの溶かしたバターに混ぜます」
薄力粉、バター、砂糖、卵を一つのボウルに入れてサックリ混ぜ合わせる。
見本を見せてから、アニヤとエリーアスの二人に混ぜ合わせる作業を頼む。
微笑ましく二人の親子を見ていると、ルーファスが「本当に、クッキーが作れるんですね」と呟いた。きょとんとイザベルがルーファスを見ると、失言だったらしく「しまった」というように軽く口を押えていた。
「失礼。疑っていたわけではないのですが……――」
「貴族令嬢がお菓子を作れるとは思わないですから気にしないでください。まして、私の刺繍はあの出来だし……」
自虐的にそう微笑むと、ルーファスは真面目な顔をして「刺繍は、劇的に上達しています」と言った。ルーファスの瑠璃色の瞳に、戸惑うイザベルが映っていた。
「あ……それは、ありがとう、ございます。あの……バザーのときも、私の刺繍が売れ残らないようにしていただいて……」
「別に、そういうことではありません。養護院の支援のためですし、私自身――……良いと思ったものを、買っただけですから」
(良いと思ったもの……? 私の下手な刺繍が? あんなに上手にできる人が?)
真剣な瞳で見つめるルーファスに、イザベルはドキッと胸が高鳴った。
(何? なんで、そんな風に……――)
「イザベル! このくらいでいいのかな?」
エリーアスの呼びかけに、イザベルはハッと我に返った。
(なんで? なんで……こんな、心臓が――?)
イザベルは自分の顔が、急激に熱くなるのが分かった。
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