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第16話 手作りクッキー

「これでいい?」

「うん、とっても上手!」

《甘い匂い! お菓子ってこうやって作るんだ》


子どもたちはのし棒で伸ばしたクッキー生地を、楽しそうに型で切り抜いた。

型で切り抜いたクッキーは、オーブン板に並べた。

《たすく》も子どもたちと同じように、興味津々にイザベルの作業を観察している。


「イザベル様、すごいわ! お菓子を作られるなんて。一体どこで学ばれたの?」

「あはは……。以前、本で読んで……」

「お料理の本!? イザベル様は博識でいらっしゃるのね」

「そんなことは……――」


イリーナは、子どもたちにクッキー作りの指示を出すイザベルを驚いた顔で見た。

高位貴族女性は、手ずから料理をする人は少ない。お菓子作りも同様だ。

この世界では、料理は使用人の仕事だからだ。

もちろん、以前のイザベルだってさすがに料理はしていなかった。


(でも、私は児童福祉施設で働いていた頃、子どもたちとこんな風に作っていたし。刺繍をするよりもよっぽど楽っていうか……)


刺繍入りのハンカチは、ルーファスの手ほどきのおかげでなんとか以前よりもマシな仕上がりのものを持ってくることはできた。ただ、他にもバザーに出せるものを考えると、お菓子作りの方が良いかと思い、離宮の使用人に頼み、クッキー生地を作らせてもらって、持参したのだ。


(完成品を持って来ても良かったけど、やっぱり最後は子どもたちと焼き上げた方が楽しいし)


楽しそうにクッキー型で生地を切り抜く子どもたちの笑顔を見て、イザベルは満足した。


「使用人が作ったクッキーを差し入れてくださる方はいらっしゃいましたが、子どもたちとこんな風に作ってくださるご令嬢は初めてです」


院長はオーブンにクッキーを入れるイザベルを興味深げに見た。


「簡単なものですから」

「――イザベル様は、良い意味で貴族女性らしくありませんね」

「そう……ですか?」

「ええ」


院長は感慨深げなまなざしをイザベルに向けた。

甘い匂いが漂うキッチンで、イザベルは用意した袋を子どもたちと準備をしながら、焼き上がりを待った。オーブンの中のクッキーはきつね色に色づいた。


《色が変わっている!》

「わあ! すごーい」


バザーの準備に到着したアニヤとエリーアスが、イザベルと子どもたちの準備に気が付きキッチンへと顔を出した。


「これは、皆さんで焼いたんですか?」


エリーアスの問いかけに、イリーナが「イザベル様が用意してくださったの」と微笑んだ。


「イザベルが?」

「簡単なものですから」

「美味しそう!」

「アニヤちゃんも食べる?」

「いいの?」

「アニヤ、バザーに出すものなんだから」


エリーアスがそう窘めると、アニヤは「ごめんなさい」と素直に謝った。


「いいのよ。みんな味見をしたの。良ければ、エリーアス様もどうですか?」


イザベルがそう言うと、エリーアスとアニヤもクッキーを一枚ずつ摘まんだ。


「おいしい!」

「うん、かたちもとてもかわいいですね」

「子どもたちが型抜きをしてくれて」


アニヤとエリーアスは手放しに褒めてくれた。

子どもたちも嬉しそうに口々にクッキーのことを説明していた。


「あとで、私も購入させていただきます」

「アニヤもやってみたかったな」

「アニヤ、我儘を言わないんだよ」


子どもたちの話を聞いて、アニヤはすっかりと羨ましくなっていた。

アニヤのつぶやきをエリーアスは軽く窘めた。

アニヤは素直に「はい」と答えたが、イザベルはアニヤの顔を笑顔で覗いた。


「ふふ、アニヤちゃんも今度やってみる?」

「――……いいの?」

「ちゃんとパパの言うことを聞いて、良い子にしていたら一緒にやりましょう」

「うん! アニヤ、良い子にしているよ」

「イザベル、すみません……」


(アニヤちゃんが喜ぶならまたクッキーを焼きたいわ。でも、そのたびにエリーアス様と会うことにはなるのよね……)


◇◇◇


「クッキーはここに並べておくといいよ」

「刺繍はここ。絵柄が見えるようにしておくといいの」


子どもたちが手慣れた様子で、イザベルやイリーナの手伝いをしてくれていた。

今回も支援者の貴族令嬢の芸術的な刺繍が入ったハンカチや小物が提供されていた。イザベルのものも、ルーファスの指導で多少は見られるようにはなったが。


(こう並ぶと……やっぱり見劣りするわ)


エリーアスも同じテントの中で準備を手伝っていた。手際がよい。


(エリーアスは、この養護院の支援者として活動しているのよね。ゲームのときも、養護院で活動するとエリーアスの好感度が上がっていた気がする)


アニヤと子どもたちと準備をするエリーアスの横顔をチラッと見た。


(――……私は悪役令嬢なわけだし大丈夫だと思うけど、エリーアス様との関係が深まるのも困るわ)


イザベルはどの攻略対象者を選んでも、デフォルトの設定なのか毎度ルーファスに婚約破棄をされていた。そして、スパイ疑惑をかけられ、祖国に裏切られる。そういう末路を辿っていた。


(だから、とにかく攻略対象者には関わらず、穏便な婚約解消を目指したい。そして、できれば養護院で働きたいけど……。養護院へ訪れると、エリーアスが毎度現れるのが――)


エリーアスがイザベルの視線に気付き、不思議に思いながらも優しい笑みを返した。

ドキッ。

突然の笑顔に動揺していると、《たすく》がイザベルのもとにパタパタと飛んで来た。


《お客さんが来たよ!》


《たすく》は初めてのバザー運営が楽しいようで、色々なところを見て回っていた。

養護院のバザーにあわせて、路上に様々な出店も出ていて、ちょっとしたお祭りの雰囲気だ。

客は支援者の貴族たちもいたが、普通の市民も訪れていた。親子連れや夫婦や友人、恋人同士もいる。子どもたちは、訪れる客たちに声をかけ、刺繍小物やお菓子などを販売していた。


「いらっしゃいませ! 刺繍小物はいかがですか?」

「今日は焼きたてクッキーもありますよ!」


客の対応は子どもたちが積極的に行っていた。

院長もエリーアスも、前には出過ぎず子どもたちの様子を見守っていた。

イザベルも二人に並んでイリーナと後ろに並んだ。いつも気配を感じさせないカーターが、何故かエリーアスの隣に割り込むように立った。


「どうかした? カーター」

「いえ、特に、何も」

「そ、そう?」

「お気になさらず」


カーターの行動はやや不思議ではあったが、それよりも子どもたちの様子が気になった。


「院長、いつもバザーはこうやっているんですか?」

「ええ、子どもたちでできることは、自分たちでやらせるようにしています。私たちが対応するよりよほど上手なんですよ」


院長は子どもたちの様子を見て、目尻の皺を深めていた。


(ここは自主性を高める教育方針なのね)


イザベルはセルフィナの羽根養護院の教育方針に共感していた。


(エリーアスとの関わりは気になるけど、この養護院の雰囲気は好きだわ)


「アニヤもここの子たちと関わって、積極性が磨かれているんです」というエリーアスの言葉に、院長は嬉しそうに微笑んだ。


《イザベルのクッキーたくさん売れているよ!》


《たすく》が報告するように、イザベルが持ち込んだものはやっぱり刺繍よりもクッキーの方が売れ行きがよい。念のため試食用のものを置いたのも功を奏したのかもしれない。用意した刺繍小物はイリーナのものはもう残り一つになっていた。


「イリーナ様の刺繍小物はもうすぐ完売ですわね」


イザベルがそういうと、イリーナは嬉しそうな顔をし、「イザベル様のクッキーもあっという間になくなりそうですわ」と褒めた。


(クッキーは順調だけど、刺繍がね……)


イザベルの刺繍は、半分は残ったままだった。


(ルーファス様に教えてもらって少しはマシになったけど、やっぱりね……)


イザベルは仕方ないと思いつつも、少し悲しい気持ちになって残った自分の刺繍を見た。

その瞬間――。

イザベルが刺繍したハンカチを全て手に取った人物がいた。


「え!?」


その人物の顔を見ると、それはルーファスだった。


「ル、ルーファス様……?」

《ルーファス、用事終わったんだね》

(用事が終わったのは良いんだけど……なんで、私のハンカチを!?)

「あら、お兄さま。ご用事はもうお済みですの?」

「ああ、終わった。なんとか、終わる前に間に合ったな」


そういうと、ルーファスはイザベルの売れ残った刺繍を全て買い求めた。


「え!? ルーファス様!? なんで……」

「別に……。養護院のためになるものですから、買っただけです。何か問題でも?」

「い……いえ、そういうわけでは……――」

《ルーファス、イザベルががっかりするの嫌だったのかな》

「お兄さま、一足遅かったですわね」


イザベルの刺繍を買い占めたルーファスを、イリーナは得意気な顔で見た。ルーファスは不思議そうに、イリーナを見た。


「――遅い?」

「イザベル様が焼いたクッキーがあったのよ」

「……クッキー?」

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