第13話 ルーファス先生の刺繍教室
「本日はお茶会ですか?」
「いえ、今日は……ルーファス様にお勉強を教えていただくことになったの。セレフィード王国の歴史は、不勉強な点は多いし。いずれ私も公爵夫人になるわけだから」
わざとらしく巻き髪をなびかせると、ドリスは一層不審そうにイザベルに目を眇めた。
《イザベル、ドリス怪しんでるよ》
(うん、さすがにわざとらしかったかな)
「そうですか。ルーファス様との仲を深めるのは結構なことかと存じます。セレフィード王国にいらしてからお嬢様のご様子がおかしかったので、心配しておりましたから」
ドリスの鋭い視線に、イザベルの胸はドキッと鳴った。
「それで……お勉強は結構ですが、何故私の同行が不要なのですか?」
「ルーファス様から、最少人数で良いと言われて」
「私は以前レープ小公爵様に、お嬢様のお出かけには必ず同行するよう言われましたが」
「でも、今日は……良いらしいの」
ドリスは怪しむ目でイザベルを見たが、モジモジするイザベルからすっと目を逸らした。
「レープ小公爵がそうおっしゃるなら、承知いたしました」
ルーファスが刺繍をすることは、レープ家でも限られた人間しか知らない。うっかりドリスに知られるわけにはいかないということで、刺繍のレッスンにはカーターと二人で伺うことになっていた。
「どういうお勉強かは存じませんが――。お二人の仲が、深まっているようでしたら結構なことです。私としては、お嬢様にあの件を忘れずに対処いただければ申し上げることは何もございませんので」
「どういうお勉強って……だから歴史の――。え? なんか、変なことを考えてる?」
ドリスの言い回しに、変な含みを感じていた。
「“ヴァルハルドの女狐”の本領を発揮なさったのであれば、申し上げることは何もございません。その調子で小公爵の懐に入り込んで、アレを入手なさってください」
「え!? ち、違うから! そういうのでは……! イリーナ様も一緒だし!」
「そうですか」
慌てるイザベルを横目に、ドリスはどうでも良いというように淡々と仕事に戻った。
(な……なんか、変な誤解をさせた気がするけど――……)
◇◇◇
「今日は、どうぞ宜しくお願いします」
イザベルはルーファスにぺこりと頭を下げた。
「勉強会」という名目のため、場所はレープ公爵家の図書室内にある自習室へと向かった。使用人の目を避けるため、ルーファス、イリーナ、イザベルの三人以外は部屋には近づかないよう指示までしていた。
(ただ刺繍をするだけなのに、こんなに気を遣わなければならないなんて……――。ルーファス様も、大変なんだわ)
イリーナが勉強道具に紛れさせて刺繍道具を持ち込み、テーブルの上に広げた。
白いハンカチにはうっすらとチャコペンで図案が写されていた。
「これ……」
「時間の節約です」
ルーファスは、事前に下準備をしてくれていた。
「最初は薄手の生地は選ばない方がいいです」
ルーファスが選んだ生地は、イザベルが選んでいたものよりも厚手だった。
「基本的なステッチを覚えて、まずはそれでできるものをマスターするといいと思います」
《ルーファス、今日は怒ってない。本当の先生みたいだね》
《たすく》はルーファスの周りを飛びながら、興味津々に彼の手元を覗き込んでいる。
イリーナにもイザベルと同じ準備をしているが、イリーナは明らかにおまけなので、ルーファスにマンツーマンでの指導を受けている。基本のステッチの針の運び方から、糸の始末の仕方に至るまで、一緒に作業をしながら見せてくれる。デフォルトが怒り顔なのかと思っていたが、“ルーファス先生”は忍耐強い教師だった。
(イリーナ様が教え方がうまいと言っていたけど、よく分かるわ。やり方をゆっくりと何度も見せてくれるし、やっているところもよく見てくれている、それに……)
「うん、そう。そういう感じでやればいいですね。丁寧な仕上がりでよくできています」
(些細なことも褒めてくれるし……)
イザベルは、“攻略対象のルーファス”としてしか彼を見ていなかったことを少し後悔していた。
(刺繍が好きとか、教えるのがうまいとか、ゲームの公式情報にも載っていなかった気がする……。攻略対象者と関わってもロクなことがないって思って避けていたけど……――)
刺繍の手ほどきを熱心に続けるルーファスの横顔を、イザベルはそっと見ていた。
イザベルの不器用な刺繍を監督するルーファスは、優しい先生そのものだった。
(前世でも年下のルーファス様にはあまり興味がなかったけど、こうして接してみると印象が変わるっていうか――。こういう一面は、ゲームでは気が付かなかった……)
「どうかしましたか?」
気が付いたら、イザベルはぼんやりとルーファスを見つめていた。
「えっ! あ……――な、なんでも、ありません!」
(ダメダメ! ……ルーファス様とは関わらないって決めたんだから)
「そうですか?」
ルーファスは、顔を赤らめて急に目を逸らしたイザベルを見て、くすっと笑った。
「な……なんですか?」
「別に……――。最初より大分上達したと思っただけです」
《ルーファス、嬉しそう》
(嬉し……そう?)
《たすく》の声にハッと顔をあげると、いつものルーファスの「別に」とは違ったように感じた。そして、二人を見るイリーナが、何故だかニマニマと嬉しそうに笑っていた。
(なに……? その意味深の笑みは?)
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