第11話 新たな攻略対象者!?
「レープ公爵令嬢、フォートレル侯爵令嬢、本日は当院をご訪問いただき、誠にありがとうございます」
優しそうな細い垂れ目を一層細めて、院長は深々と礼をした。
「院長、堅苦しい挨拶は必要ないわ。今日は、イザベル様のご提案に感銘を受けて訪問させていただいたの。王太子殿下も養護院の様子をお知りになりたがっていたわ。何かできることがあれば、遠慮なく教えてちょうだい」
イリーナは15歳とは思えない貫禄で、院長にそう微笑んだ。
(さすがは王太子殿下の婚約者だわ。こんな彼女が我儘な悪役令嬢だと言われるなんて、信じられないけど……)
イザベルは二人の訪問を待っていてくれた子どもたちに微笑んだ。
「イリーナさま、イザベルさま、本日はご訪問いただき、ありがとうございます!」
何度も練習をしたのだろう。子どもたちの拙さの残る言い回しがくすぐったい。
「お出迎えありがとう。みんなのお家を案内してくれる?」
子どもたちは嬉々として、イリーナとイザベルの手を引いた。
セルフィナの羽根養護院は、アウレリアで最も大きい王立養護院だ。
施設は古いが手入れは行き届いていた。
「こっちで一緒に遊ぼう!」
「これ、みんな。イリーナ様も、イザベル様も、お前たちとかけっこをしに来たわけではないのだから」
院長がそう窘めると、子どもたちは「えー」という声をあげた。
(こんなこともあろうかと、今日はヒールの低い靴にしたから、大丈夫かな)
イザベルは子どもたちにニッと笑いかけた。
「イリーナ様、ちょっとこちらでお待ちいただいても宜しいですか?」
「え?」
イリーナにそう声をかけると、イザベルは子どもたちの遊び場に駆けだした。
「イ、イザベル様!?」
「さあ、みんな! 私に勝てる人はいる?」
(スカートをたくし上げて走る姿は、高位貴族の令嬢としては落第だろうけど、庶民になる予定だし、まあいいでしょ)
養護院まで渋々着いて来たドリスは、駆けだしたイザベルを見て眉間の皺を一層深くした。護衛のカーターは、驚いて目を見開いている。
《僕が一番早いよ~》
(ルーファス様に知られたら、またしかめっ面をされそうだわ。あとでイリーナ様に口止めをしておかないと)
イザベルは子どもたちと一緒に走り出した。
(ああ、こんな風に走るのは久しぶりだわ)
《イザベル、楽しい?》
(ええ、楽しい! 気持ちが良いわ。こういうところで、自由に生活できたら最高ね)
子どもたちと戯れるイザベルの姿を、ドリス以外は微笑ましく見ていた。
「院長」
イザベルの姿を見ていた院長に、銀髪の男性が声をかけた。
「シュトライヒ侯爵! ご訪問いただいていたのですね。気づかず失礼いたしました」
「アニヤが寄りたいと言ったから急に立ち寄っただけだから、気にしないでくれ」
シュトライヒは、同じ銀髪の愛らしい小さな少女――アニヤの手を握っていた。
院長との会話を聞き、イリーナは銀髪の男性に挨拶をした。
「シュトライヒ侯爵、こんなところでお会いできるとは思いませんでした」
「ああ、イリーナ様ではないですか。ご無沙汰しております。本日は施設見学ですか?」
「ええ。私もこちらの施設の支援をと思いまして」
「それは結構なことです」
「ねえ、お父さま、私も遊びに行っていい?」
大人しくしていたアニヤは、もじもじと父の手を離そうとしていた。
大人たちの長話に我慢ができなくなったようだ。
シュトライヒは、賑やかな笑い声をあげる子どもたちとイザベルを見た。
「あちらは、フォートレル侯爵令嬢です」と院長が紹介した。
「あの方がヴァルハルド帝国の……」
「お兄さまのご婚約者ですわ」
「そうでしたか。――アニヤ、じゃあみんなと仲良く、怪我をしないように気をつけるんだよ」
「うん!」
アニヤはそう答えると、イザベルたちに向かって駆けだした。「アニヤちゃん」という声が上がり、あっという間に子どもたちの輪の中に入って行った。子どもたちの輪の中心にはイザベルがいる。シュトライヒは、アニヤを見つめながらもイザベルの弾ける笑顔にも不思議と目を奪われていた。
◇◇◇
「はじめてお目にかかります。エリーアス・シュトライヒと申します。こちらは娘のアニヤ、4歳です」
子どもたちとのかけっこでボロボロの汗だく状態で戻ると、銀髪の長髪の男性が増えていた。
(この穏やかな微笑みの男性って……エリーアスじゃないの!?)
イザベルは先ほどまで一緒に駆けていた銀髪の少女と手を繋いでいた。
(この子が、エリーアスの娘か!? 確かに、似ているけど……。ああ、攻略対象者とは関わらないようにするはずだったのに、どうしてこう次々と……。そういえば、養護院に出入りするとエリーアスの出現率が上がった気が……。じゃあ、今後も会っちゃうってこと!?)
イザベルは紳士的な笑みを浮かべるエリーアスの登場に顔が引きつったが、自分の手を握る小さなアニヤには顔が緩んだ。
(エリーアスと出会ってしまったのは誤算だったけど……アニヤちゃんは、めちゃかわ。ああ、ここに出入りし続けるとエリーアス様には会っちゃう気がするけど……)
「ねえ、イザベル様! これなあに?」
突然のエリーアスに頭がいっぱいになっていると、イザベルと遊んでいた子どもたちがイザベルが持つ袋に興味を持った。
「え!? あ……これは――」
(しまった! 刺繍のこと、忘れてた!)
子どもの無邪気な指摘で、すっかりイザベルの袋の中身が注目されていた。
「……こ、これは――その……あっ! そうだ。院長、子どもたちにお菓子も持ってきたのでお渡ししたいわ」
子どもたちは「お菓子」という言葉に、「わーっ」と盛り上がった。
「院長先生にお渡ししておくから、あとで貰ってね」
「イザベル様、ありがとう!」
「話を逸らす作戦成功!」と思った瞬間、イザベルの袋に興味を持った子が再びイザベルの袋を引っ張った。
「これもお菓子?」
「え! お菓子!?」
「いえ、これはお菓子ではなくて……」
イザベルは、袋を子どもたちから離した。もう一度話を逸らそうとしたが、イリーナが天使の笑顔で「今度のバザー用にハンカチを持ってきたのよ。ね、イザベル様」と言った。
「★◇#%&*!? え、ええ……――。バザー用の……これも、院長先生にお渡しして……」
「わあ! 見てみたい!」
「……え?」
「私も見たいわ」
子どもたちに混ざって何故かイリーナまでも、イザベルの刺繍に興味を持っていた。
(見たいって……。これ、を? ああ、こんなことならドリスが作った刺繍に入れ替えるべきだった)
救いを求めようとドリスを見たが、相変わらず彼女は主人のピンチに冷たい。
「その……私は、刺繍があまり得意ではなくて……」
イザベルはもう逃れられないと思い、観念して震える手で刺繍が入った袋を開けた。
子どもたちはイザベルの刺繍を覗き込んだ。
「わあ!」
バザーのときに購入した刺繍のハンカチを見ている子どもたちだ。
子どもと言えど、見る目が肥えているに違いない。
(ああ、こんな明らかにレベルの低い刺繍を……持って来てしまって……これじゃあ、支援じゃなくて、いやがらせ……)
「かわいい。うさぎさんだね!」
「うさぎ? 私、うさぎ好き」
イザベルが持つハンカチの刺繍を見て、子どもたちがニコニコとそう言った。明らかに不細工な何か分からない刺繍を、子どもたちは褒めてくれた。院長やイリーナ、エリーアスやカーターも、イザベルの刺繍を見て微笑んでいた。
《イザベル、褒められて良かったね》
(大人たちは刺繍というか……私の指に同情しただけかもしれないけど……)
「これは……――天使、でしょうか」
エリーアスはイザベルの刺繍をよく観察して微笑んだ。
(え!? エリーアス、すごい。凄すぎる。この刺繍を見てよく天使だと……)
イザベルはエリーアスに言い当てられて、カァッと赤くなった。
イリーナもイザベルの刺繍を覗いて「天使ですわね。ふふ、とても愛らしいです」と言った。イザベルは、そんな二人の反応にはにかみ笑いを見せた。
「私……施設に何かをしたくて刺繍を頑張ったんですけど、全然上手にできなくて……。笑われると思っていたんです。だから、そんな風に褒めていただけて……」
(――嬉しい)
子どもの目にだって、上手な刺繍じゃないことは分かるはずだ。
「これは温かい刺繍ですね」
院長はイザベルにそう声をかけた。
「フォートレル侯爵令嬢、刺繍は技術ではありません。あなたが、この子たちのために、お力を尽くしてくれたこと、それが我々にとっては最上の支援です。本当に、ありがとうございます」
院長が優しくそう言い礼をした。
「あっ……私こそ――。その、今度は……もう少し上手なものを……」
そう言い、慌ててぺこりと頭を下げた。
「イリーナ、イザベル様」
(久しぶりに聞くこのイケメンボイスは……)
「あら、お兄さま?」
イリーナの声に反応して振り返ると、何故かそこにルーファスが立っていた。
(なんで……。今日は来られないはずじゃ……――!?)
イザベルは慌てて自分の手に握られた刺繍のハンカチを隠した。
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