赤荻誠二:関係省庁連絡会議(臨時)
小職――赤荻誠二は、日本国において、内閣官房副長官補室所属であり、内閣官房の参事官補佐に相当する立場である。内閣官房副館長補は内閣官房に3名置かれており、その中でも小職の所属する事態対処・危機管理担当は、内閣危機管理監と緊密に連携したうえで内閣の重要政策に関する企画立案や調整をおこなっている。平時の業務ももちろんのことだが、東日本大震災その他の大規模地震、台風、豪雨といった自然災害のほか、日本国内でテロ事件が起きたとき、官邸の中では小職たちの管轄になる。
このような大規模災害が発生した場合、複数省庁が絡むことになる。たとえば学校の復興は文科省、企業や個人事業主関連は経産省、土木工事は国交省がかかわる。他にも多数の省庁が自分の管轄を持っている。これらをうまく繋げて調整するのが小職の仕事である。
‥‥とそれらしく言ったんだけど面倒なんだよ。省庁ごとに文化やしきたりが違うんだもの。お前の省庁ならこれくらい簡単だろってお互い思ってるふしもあるんだよ。ほかの省庁を下に見てる奴もいるんだよ。本来自分の担当ではないのに勘違いしてる奴もいる。お前ら官僚だろ、大学で何学んできたんだよ。お前の持ってるそれ、日本語で書かれているんだよ。お前も日本人なら読めよ。日本語わからないの? というわけで小職は胃薬が手放せないのなんの。あーあいつらまとめて処せねえかな。あ、今のはオフレコね。
そういったことを5月のとある火曜日の午前、休憩時間を作って、缶コーヒーを飲みながら同僚に愚痴っていた。
ここがどこかって? もちろん、総理官邸だ。テレビニュースでカメラが入るところだ。いやここは休憩室なんだけど、一歩出たらテレビで映ったことのある光景がある。そういう場所なんだ。
小職は痩せ型だからあまり体力もない。無精髭を剃るのも面倒な人間だ。官僚に向いていないとよく言われるが、本当に向いていない。むしろなぜこの仕事を選んだ。
「セジーはよくやってると思うよ、自信持てって」
同僚は小職の肩を揺すってくる。灰色のスーツがずれる。ちなみにセジーというのは小職のあだ名だ。小職の名前が『政治』と同じ読みなので、こうして発音をずらしている。
かくいう小職も実は30代半ばなので、わりとフランクだったりする。
「これから会議あるんだけどさ、その相手が小難しいやつなんだ。法務省のヤツ。ヤツ。知ってるだろ、ヤツだよ」
「ああ、ヤツね、俺も苦手だ」
「分かるだろ? はぁ会議いきたくねえなあ。休みてえなあ」
「でもそうするとマニュアルとか完成しないんだろ」
「ああ、分かってるよ、行くよ、行けばいいんだろ」
小職は休憩室の壁にどんと背中をぶつけて、それからぼそりとこぼす。
「あー、会議なくなんねえかなあ」
「それこそ、地震やテロ起きろって言ってるようなもんだろ」
「あー、そうだなあ」
有事ともなれば緊急会議が入ることになる。確かにもとの会議は流れる。だけども、これだけのために誰かの不幸を願うわけにもいかない。
「はぁー、もっと平和的にさー。異世界から人でもふってこねえかなあ」
そのとき、スマホがなったので電話に出る。小職の補佐する参事官だ。やべ、会議の時間間違えたか。
「へい、赤荻でござい‥‥」
『赤荻、これからの会議は中止だ。たたちに危機管理センターに来い。連絡会議の準備をするんだ』
「‥有事ですか?」
『来てから話す。急いでくれ』
‥‥なんだろう、嫌な予感がする。同僚に別れを告げて、缶コーヒーの残りを流し台に捨てて休憩室を出る。
◇
はぁ、異世界人を名乗る不審者7名ですか。
はぁ、魔法? 獣人? 鳥人? 自称王女? ちょっと何言ってるか分かりませんねえ。
「並行世界はよくテレビの仮面ライダーとかSFドラマで出ていたが、それと同じようなものだと思って構わない」
ああ、参事官様は最近のラノベとかそういうのは読まないくちだった。適当にラノベ用語に置き換えて理解するか。
つまり、剣と魔法の世界の住人たちがこの日本に来たんですね。って分かるか! そんなこと現実にあるわけねえだろ。小説の中は小説なんだから。ラノベなんだから。ここにいる人たち、夢と現実の区別できてるのか? 夢は夢なんだから夢のままでいられるんだよ。現実とごちゃまぜにしてんじゃねえぞ。これ絶対麻生なにかしか赤松なにかしのせいだろ。お前らのせいだぞお前らの。
と大声で叫ぶわけにもいかず、あっという間に地下の会議室には各省庁の課長クラスの担当者がすらりと集まってくる。臨時の関係省庁連絡会議ってやつだね。地震とか起きたらまずこの会議が招集される。まさか異世界とかアニメでよくあるようなアレで招集されるとは思わなかったけど。
警察庁の担当者が説明を始める。
舞台は神奈川県川崎市多摩区にある、多摩川がよく見える、JR南武線宿河原駅を最寄り駅とする神奈川県立宿河原高等学校の3階、2年4組の普通教室。ていうか小職の妻の妹の子がいるクラスじゃねえか。おもいっきり当事者だよこれ。
ここで今から1時間前に自称異世界人7名が何も無いところから突然現れ、まず出現のメカニズムが不明。その場に居合わせた生徒・教師や対象者(※自称異世界人のことを対象者と呼称する)が説明したが警察は理解できず。警察が教室の天井などを調べたが今のところ科学的に説明可能な痕跡は全くなし。捜査を始めたばかりであり、引き続き事件性の有無も含めて調査中。
対象者のうち1名が、未確認国家の王女を自称。現時点では虚偽の可能性もあるが‥‥なるほど、それで外務省の担当者も呼んできたのか。
魔法というものが存在するらしいが、現時点で危険度は不明。一部魔法の使用に必要だという杖も警察に任意提出済。1名が男子生徒に対して性的暴行をおこなっていたが、それ以外の危険行為は現時点で確認されず。
次の問題は獣人と鳥人の存在だ。これは法律上どのような扱いになるのか分からない。医学的な知見も必要だが、知性があり人として扱えるか見られる。
というかそれ以前に、対象者が本当に異世界から来たということになると、不法入国と言うことすら不可能だ。なぜなら入国手段がそもそも存在しないからだ。つまり、不法入国はまず『入国』という行為があってはじめて成立するが、異世界転移魔法を現代日本の科学技術に照らし合わせて『入国行為』として確認するのは現時点で無理がある。完全に入管法上の想定外であり、扱いが整理できない。なるほど、よくわからん。だが入管庁も頭を悩ませる案件らしい。
仮に不法入国だとしても、送還先が存在しない可能性がある。これまでも不法入国した外国人の出身国が不明ということはよくあった。だが今回は本当に、物理的に送還する手段が不明なのである。政治的に困難なケースがどれだけかわいいか分かる。
「特定活動の在留資格を個別に付与することは制度上可能です」
とは言っていたので、とりあえずここへ住まわせることは可能だろう。
「その異世界人たちは今どこへ?」
「警察判断で入院とさせました」
「どちらにしろ感染症も考えて医療機関で隔離観察となりますね。まずは既存の感染症の可能性を切り落とすところから始めますが、なにせ異世界ですし‥‥」
厚労省の担当者が言った。そりゃそうだ、異世界ではこの世界には存在しない病気やウイルス、菌がいるかもしれない。そのための検査は長引くだろう。対象者7名は未知の感染症に罹患している可能性も考慮して、隔離病棟で数週間‥‥最低でも1ヶ月は過ごすことになるだろう。対象者には平気で地球人には危険な菌の存在すらありうるから、通常は行われない検査も必要になってくるだろう。かわいそうだが日本人を守るためには必要なことだ。
「対象者と生徒2名、警官4名が接触。そのほかにも、警察関係者を中心に、長時間対象者と同じ部屋で過ごしたり、対象者の出現した部屋の備品に触れた人がいます。彼らにも適切な医療措置が必要ではないかと警察内で意見が出ています」
「最終的には医者の判断になりますが、通例ですと2週間の自宅待機と定期検査ですね」
対象者の強制入院は決定事項として、へたに接触した生徒2名もしばらくは大変なことになるな、こりゃ。
次は外務省の出番だ。
「対象者のうち1名が王族を自称しており、周囲の人もこの1名を殿下と呼び守ろうとする様子がみられるとのことですが、現時点では身分確認が取れておりません。仮に国家組織が存在する場合、外交上の整理が必要になります」
国家が異世界にあったら確認のしようもないな、こりゃ。よく異世界転移もののラノベで『日本から来た』という主人公の言葉を周りの人があっさり信じるとかはあるけど、あちらにとっても国家として日本の存在を認めるかどうかは全く別の問題だよなあ、と半目になりながら聞いていた。
魔法なんだらは国の安全保障にも直結する。魔法が警察の能力を上回るとしたら大きな問題だ。だがこれらは軍事的脅威になりうるかも含め、情報収集が必要になる。ファンタジー小説上の魔法と現実の魔法はしっかり区別し、現実の魔法でできることとできないことをしっかり調べなければいけないんだよな。場合によっては、剣と一緒に任意提出してもらった杖も危険物扱いだろうな。
「SNSではすでに警察が複数投稿を発見していますが拡散されていないため、教育委員会から保護者に連絡して消してもらうとのことです。学校では一斉下校の前、緊急ホームルームを開いて全校生徒に指導を行うとのことです」
もうSNSにあがってたの? まだ事象発生から1時間だぞ。めんどくさいな、こりゃ。
そのあと獣人の詳細、マスコミ対策などを共有したが、何せ世界的に初めての出来事である。会議は長引くわ長引くわ。最終的に大量の議題を各省庁で持ち帰り検討ということにして、とりあえず隔離入院だけは先に緩めたら後で大変なことになるので、今からでも決定事項として扱うことになる。
◇
「不法入国ってのは、外国から日本に入ってくる時、入国審査があるだろ? それをしなかったときに成立するんだ」
「ああ」
「でも今回はな、そもそも外国から来たのか分からないんだ」
「本人が外国って言ってるだろ」
「そう言ってるだけで実は日本人かもしれないぞ。そういう犯罪とか精神患者とかはいるだろ。だから政府として客観的に確認できる状態でなければいけないんだ。空港や港の場合は防犯カメラや記録とかがあるだろ。それがない。今のところ、本人の証言以外に何も無いんだ」
「なるほど、それで」
「あの転移魔法がそもそも入国行為だったのかも確認できない。異世界と言っといて実は日本から来ましたって可能性もあるだろ。そもそも異世界が日本国内にあるのか、国外なのかも分からない。それをまず確かめないといけないんだ」
「わかったようなわからんような」
小職が説明すると同僚も頭を抱える。あ、言っちゃうこと自体は問題ない。こいつも小職と近い所属で、問題点とかを共有する関係にある。
ここは夜の職場。うん。夜だ。紛れもない夜だよ。窓の外がまっくら。読者のおまえらこの絶望感分かる? 夜だよ。この時間に職場にいるんだよ。周り誰も‥‥ああ、たくさんいるんだよ。そりゃあれだけのことが起きればな。
せめて常会中にやんなよ。今まだ5月だろ。あと1ヶ月ずらしたら常会終わって暇になるのに。
「んで、これからどうするんだ?」
「小職のめいがあのクラスに居るんだ、ちょっと連絡とってみるさ」
スマホを取り出して「おーい、もしもーし」と言ってみる。
『もしもし、セジーおじさん、久しぶり!』
「ああ、真理ちゃんか、今日真理ちゃんの学校で不審者出たらしいな、ニュースでやってたぞ」
『うん、いろいろあってね、私も2週間自宅待機になっちゃった』
お前かい。異世界人と接触した2人のうち1人はお前かい。ああ、また面倒なこと増えちゃったよ。どうしてくれんの。どうすんのこれ。どうすんのこれ。
『セジーおじさん、官邸? 今どうなってるの?』
「すまんが答えることはできない。まあ、頑張ってるよ。ああなんだ、何かあったらすぐセジーおじさんに言うんだぞ。また連絡するな」
『うん、分かった!』
小職はため息をつきつつ‥‥同僚がパソコンでネットニュースを見ているのに気付いた。ちらりと覗いてみると‥‥『川崎市の高校で不審者 一斉下校』というニュースが短く書かれていた。
そのニュースへのコメントをちらと見てみると‥‥
『この学校の近くに住んでいますが、空を飛んでいる人間のようなものを見たと近所のおじさんから聞きました。不審者が精神に作用する薬剤をばら撒いていないか調べてほしい』
などという書き込みがあった。うん、これはちとまずいな。週刊誌対策‥‥ああ、鬱だ。




