アリシア:初招待の前に
「‥それでは?」
『はい、モニカと協議した結果、真理様の素行調査は合格です』
盗聴器のスイッチが入っていたら困るので、目の前にいるエレナと念話で話しながら、わたくし――アリシアは今からこの部屋に初めてお呼びする予定の真理さまのための最終打ち合わせを進めておりました。
「‥‥よかったです」
わたくしは安堵します。
真理さまにお菓子を食べさせていたのは、素行調査のためです。お菓子を食べてから次に寝るまでの記憶が、モニカとエレナの夢の中に流れる仕組みになっているのです。通常なら同じ調査を4回することになっていましたが、真理さまは素行がいたって純粋すぎたので早めに終わりました。
そして、思いがけない副産物もございました。真理さまはわたくしのことを心から愛してくださっていました。‥‥それを先に知ってしまうのは申し訳なかったです。
とはいえこれでわたくしはようやく真理さまに告白できます。涙が出そうになりますが、エレナがさらに付け加えます。
『ただし一部に情報漏洩に繋がりかねない性格が見られるので、矯正が必要です』
「‥‥矯正とは、まさか洗脳魔法を使うのですか?」
『はい』
「真理さまにそんなことはわたくしが許しません」
『お気持ちはお察しします。ですが今は非常時です。真理様を手に入れても本来の目的が達成できないと全く意味はありません』
「‥‥‥‥いろいろ言いたいことはございますが、ひとつ確認させてください。真理さまが洗脳魔法のことを知った時、ご自身の好意が偽物だとお考えにならないのでしょうか‥‥?」
『そうならないために、最小構成の洗脳魔法をもとに魔法陣の回路を組み替えることで、特定の状況のみに作用するようにします。かなり限定された状況での動作となるので治したい性格だけが治り、それ以外は元と全く変わらないように見えます。これは禁忌でなかった時代に治療でよく活用されていた使い方になります』
「‥‥なるほど」
真理さまの頭をいじるのははなはだ不本意ですが‥‥やむを得ません。
そもそも日本に転移後はもっと自由に動き回り、婚約候補をどんどん見つけられるものと思っておりました。
それがこの厳しい制限です。‥‥ですがその中において、唯一にして最大の希望の女神を見つけたのです。
まだ警察に保護される前の、転移直後に一目惚れした相手です。
「欠点を組み替えて理想の相手を作ろう、という考えでいいのでしょうか。悪いところも含めてその人間ではないでしょうか」
『倫理上の問題は当時から言われてましたし殿下のお気持ちはお察ししますが、悪い性格全てを治すわけではありません。機密情報漏洩は国家にとって重大な損失です。この治療は性格矯正ではなく、あくまで国益を目的としているのです。‥‥それに殿下は、真理様を超える女性が今後見つかるとお考えでしょうか?』
‥‥わたくしは王女です。いざというときにはすべてをおいて国を守る立場です。
「重ねて言います。わたくしの妃はできるだけ傷つけたくありません。今回は魔法を使いますが‥‥これ以上の操作は許しません」
『‥‥殿下のご意思は尊重いたします』
エレナはどっちともつかぬ返事をして、ぺこりと頭を下げました。
それから。
「マノラ」
『ん?』
「日本政府は真理さまを取り込もうとしています。現に真理さまも日本で生まれた身であり、わたくしたちには分が悪いです。何か策はございますか?」
『‥‥日本との国交におけるリスクはとても高いけど、急いだほうがいいなら、婚約式すぐにやったほうがいいんじゃない』
「婚約式ですか? ですが専用の剣は本国にありますし、立ち会い人も必要です」
『だから略式なの。わが王国の歴史において、略式のまま成婚した王族、略式のあと正式な式をあらためて執り行った王族もいるから問題ない。もっと大切なことは、真理様にわが王国の妃という自覚をもたせることだよ。ちょっと荒療治だけど、婚約を手っ取り早く既成事実化して愛国心と恋愛感情の両方に訴えるにはこれしかない』
「‥‥分かりました」
これもこれで心が痛みます。
現状、真理さまは双方にとってあくまで戦略の駒です。王妃になったあとはこのような策謀に晒される機会も増えるでしょうが、それでも愛を利用して囲い込むのは何かが違う気がします。
‥‥確かにこのような状況ですから、仕方ない面はあります。
日本がもっと寛容な国だったら、わたくしもこのような行動をとらなかったかもしれません。
わたくしは立ち上がると、真理さまの転移をエレナに指示しました。
何はともあれ‥‥ようやく真理さまとお会いできるのです。
タブレットの映像越し、そしてガラス越しではない、本物の真理さまと。
【異世界の王女と婚約した私を、日本政府が離してくれない】
【第1章 完】
※第2章(第9節以降)の開始は6月7日(日)予定です(毎週月~金曜日、初日のみ日曜日掲載)
※明日より2日間、おまけ2篇を掲載いたします




