アリシア:退院
6月9日火曜日。
やりました。耐えました。
やっと転移から4週間後の火曜日です。
わたくし――アリシアたちは、退院当日の朝を迎えました。
各種検査の結果、地球の常識の範囲内では異常なし。
わたくしたちと接触した日本人2名の体調に異常なし。‥‥まあ片方はわたくしが用意した薬を2回も飲んでいるのですが、それは内緒です。
自由になれるわけではありません。センサー監視はつくかもしれません。
それでもこの隔離病棟より広いらしく、定期的な医療スタッフの巡回もなく、見かけ上のプライバシーはある程度保護される可能性があります。‥‥もしかしたら真理さまを転移魔法で招待できるかもしれません。
もちろん客の出入りは事前申請・審査が必要になりますので、真理さまを勝手に呼び入れるのは日本政府との信頼関係に関わります。
でも‥‥正規の手順で真理さまをおよびしたところで、どうせ大したことは話せないでしょうし‥‥
‥‥なにより、真理さまには申し訳ない言い方ですが、日本政府管理の手を離れてわたくしたちのもとへ来ていただかないと‥‥困るのです。
聖女になってほしいというのもありますし‥‥日本に住むうえで情報収集が欠かせないのですが、その重要な情報源になりえます。
だからこそ日本政府に情報源やこちらへ流れる情報を管理されるわけにはいかないのです。水晶玉返却のヒントにもなるかもしれません。
リスクを侵すだけの価値はあります。
‥‥真理さまを戦略資源のように語るのは不本意ですが、マノラに言われた通り、他に手段がありません。
心苦しいですが、こんな状況です。いっそのこと開き直って、政府にも真理さまにもどちらにもバレないように立ち振る舞いましょう。
‥‥さて。食事後、病院を出るまで時間はありますので念話で話します。
「ところでマノラ、外務省をはじめ複数の話を統合すると、わたくし以外の6名が真理さまをわたくしの婚約者と同等の序列で扱っていたらしいのですが、そんなことをしたら政府から警戒されるリスクが上がるでしょう。マノラが加担した理由は何ですか?」
『‥‥あれ自体は確かにモニカとエレナの暴走だったけど、他の人も追随しちゃったからなあ‥‥あーしがやらないと他の5人との違いを探られてかえって面倒だと思ったんだ』
「‥‥とにかくやってしまったことは仕方ないので、一線を越えないよう指示しておきます」
当時のモニカとエレナはまだ真理さまの素行調査1日目で、8時から16時まで一気に見れたのです。わたくしとのオンライン面談が始まる直前あたりですね。
あの時に一体何を見たのか報告は受けました。確かに良友がおられることは真理さまの性格のよさを示唆するものですが‥‥モニカとエレナが真理さまにたいへん好感を持って、絶対に逃したくないと熱が入っていたとしても‥‥婚約可否は素行調査を終わらせてから判断するものなので、調査1回目の半分しか終わっていない状態であの態度は早すぎたと思うのです。
真理さまが本当にわたくしと結婚してくださるのでしたらその時はその時ですが、そうならなかったら気まずいだけかと思います。ここは元の世界と違って、婚約を断られても翌日普通に学校で会いますからね。‥‥ああ、おそらく学校の詳しい話をわたくしが6人に共有していなかったせいでしょう。情報には気を付けませんと。
◇
わたくしは医療関係者の付き添いで部屋を出ます。
と、廊下で赤荻さまとばたりと鉢合わせします。あら、赤荻さまが案内してくださるのですね。それにしては出会うのが少し早すぎる気がしますが‥‥。
「おはようございます」
「おはようございます、すみません、私は用事がありますのでアリシアさんは先に行ってください」
「はい、分かりました」
赤荻さまがすれ違ってきて‥‥え、近くないですか?
そのまま、手と手がぶつかります。
‥‥‥‥?
「あっ、ぶつかってしまい申し訳ありません、お手は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
わたくしはぺこりと頭を下げて赤荻さまを見送り‥‥
‥‥そして、手の中に握られているものを、どことは言いませんが自分の服の中に転移させます。




