井上真理:発覚の一歩手前
「それでは、明日の対面楽しみにしています」
『はい、お待ちしております』
1時間経つ頃には、アリシアの声は普通に戻っていた。私が「ふう‥」とため息をついてスマホのマナーモードを解除すると、すぐ着信が来る。誰かな。赤荻さん。違う、これは赤荻さんじゃなくてセジーおじさんだ。わあい、久しぶり。
「もしもし、セジーおじさん、こんばんは」
『真理ちゃん‥‥』
‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥?
私の名前を呼んだっきり、全然続かない。
「どうしたの、おじさん?」
『‥‥‥‥ごめん、かけ直す』
そう返事が来て電話が切れて‥‥また着信が来た。
‥‥あれ?
非通知?
「もしもし?」
『‥‥セジーおじさんだよ』
「どうしたの?」
『‥‥あのな、真理ちゃん。おじさん、今まで仕事モードと親戚モードを使い分けてたけどね‥‥』
「うん」
『今だけ公私混合モードになっちゃうよ。情報漏洩モードとでもいうかな。だから絶対、大丈夫な人以外には言わないでね。仕事モードのおじさんにも絶対に言っちゃダメだよ。じゃないとおじさんクビになっちゃうからね』
「え、何、どういうこと?」
いきなり言われても戸惑うんだけど。でもおじさんは早く話を終わらせたかったみたいだ。私に考える暇を与えないまま、話を続ける。
『真理ちゃん、アリシアと念話してるでしょ』
「‥‥っ、してないよ‥?」
え、私、浮かれすぎた? 浮かれて登下校の時に変なこと言った? でも萌仁花や咲希なら、アリシアのことばれてるかもしれないからこそ止めてくれると思う‥‥。うっかりやらかしちゃった? え、私、他にまずかったところあった?
アリシアに迷惑かかっちゃう‥‥。
だらだら冷や汗が流れる。
『いいや、今日の会議で報告があったんだ』
「‥‥黙秘します」
『真理ちゃんが黙秘しても、政府の中ではやっていたことになるんだ。証拠もあるからね』
「証拠‥‥?」
『あのね、おじさんたちはアリシアを監視してるんだよ。たとえ寝ている途中でも、いま念話中だって分かっちゃうわけ』
え、そんな‥‥。
そんなそんなそんな。
「で、でも寝るときってほら、消灯してるんでしょ、カメラ映らないんじゃない?」
『‥‥具体的なこと言っちゃうよ。まず、体に直接つけるほど正確でなくてもある程度分かっちゃう機器があるんだ。ミリ波レーダーを使えば心拍数と呼吸数、赤外線アイトラッカーで眼球運動。話してる間は案外動くものだよ。口元は布団で隠してたみたいだけど、暗視カメラで顔全体の筋肉の動きが解析できちゃう』
「‥‥っ、ストーカー、変態、最低」
何を言えばいいか分からなかった。
認める、認めない以前に‥‥先程までのアリシアとの会話の時に私も我慢していたものがこみあげそうになってくる。
監視されているのは知っていたけど‥‥寝ているときですら、そんなことをするなんて。
でも相手にも、あまりゆっくり話している時間はないのだろう。沈黙もそんなに長くなかった。
『でも話してる内容自体は分からないんだ。いつ誰と念話しているか、中身の推察のための断片的な情報くらいしか分からない。あとは前後の行動との符合かな。で、アリシアは毎日21時から22時まで念話中ってのは分かったけど他の6人とは話してなかったからじゃあ外部かなってなってね。おじさん、会議で頑張って医療関係者の方に誘導したよ。でもそのうち真理ちゃんの名前が出てくると思う』
「‥‥出てきたらどうなるの?」
『真理ちゃんの監視が強くなって、政府からのコンタクトも増えるよ。監視はアリシアほど厳しくはないけど、真理ちゃんがなにかいつもと違うことしたらすぐ会議で報告されるし、スマホに監視アプリを入れてもらうことになるし、学校にも手を回して日常生活の制約も少しだけ強くなる。念話は止めないけど、中身を聞き取るためのミーティングを定期的にやることになると思う。有り体に言えば日本のために二重スパイをやってほしいって話になるんだよ』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
セジーおじさんは、個人的に、私に念話をやめてほしいんだ。
でもそれはあくまで、アリシアの監視を正当化するという前提に立った話だ。
「‥‥どうしてアリシアさんにそんなことをするの」
『それはアリシアがよく分かってると思うから今度聞いてみてくれ、念話でね。表で聞いたらおじさんが止めるから』
「‥‥え?」
念話をやめろって話じゃなかったの?
ちょっと頭がこんがらかってよくわからない。
『よく覚えてね、心拍数、呼吸数、眼球運動、顔の筋肉の動き、これに気をつければなんとかなるさ。あ、サーモグラフィもあるからね。でも次はないからね。それから公私混合モードのおじさんに真理ちゃんのほうから連絡する手段はないと思って。いつも必ずこっちから電話かけるからね』
そう言われて‥‥電話を切られた。
一方的に切られた。
でも私はかけ直す気になれなかった。
手段はないと言われたのもそうだけど‥‥
おじさんが守ろうとしているのは私であって、アリシアではない。
スマホが床に落ちても、拾う気になれなかった。
私は悔しい。ただただ悔しい。
◇
翌日木曜日、アリシアとの対面面談、オンライン会議とあったけど、今夜念話するなと伝える手段はなかった。赤荻さんや政府関係者が見ているので、変なことはできない。
私は平静を保っていたけど、内心はものすごく荒れていた。
あと1日くらい連絡を遅らせてもいいと思った。なにも対面の前日にしないでほしかった。でもそれだけの事情があったのだろう。
その夜、アリシアに一通り伝えた。アリシアは特に強い感情は示さず、「‥そうでしたか」とだけ言った。私はそんなアリシアにすら言いたいことがあったけど‥‥多分こういうことが積み重なったうえでの反応なんだろう。くっと腹に力がこもったけど、すぐ抜いた。
「‥‥というわけで、念話は‥やめたいです」
『‥‥正直に言うと続けたいですか?』
「‥‥はい」
アリシアは冷静だった。
『赤荻さまを利用しましょう』
「え?」
『考えてみてください。赤荻さまは念話をやめろと一度も言っていませんし、むしろヒントを与えてくださっています。大丈夫です。お話を聞く限り、赤荻さんが守りたいのはわたくしでも真理さまでもありません。わたくしと念話している真理さまです。それだけ今の真理さまは幸せそうだったのでしょう』
「‥‥‥‥」
『なので間接的にわたくしも守りたいということですよ。ね、利用させてもらいましょう。‥‥でも念話はしばらくお休みしたほうがいいですね。こちらで準備をしますので数日お待ち下さい。そのあとは必ずこちらから連絡します』
その返事に‥‥私は心の中で手を挙げて喜んだけど‥‥急に不安になった。
でもその漠然とした不安をアリシアにぶつけることはしない。アリシアに策があるというのだから。信じる。
『それからもう1つ、今すぐお伝えしたい、大切な話がございます。明日、教室の机の引き出しの隅にナマモノを入れます。入院食の食べ残しにわたくしの魔力を強く込めたものです。少し腐っているかもしれないので取り扱いに気を付けて持ち帰り、部屋の好きな場所にこすりつけて1時間放置してください。それさえすれば食べ物を捨てて水でふいても構いません。そこにわたくしからの贈り物が現れます。事情が事情なので少し汚いお願いになってしまいましたが、受けてくださいますか』
「‥‥分かりました」
私はそう言って、なるだけ淡々と話を終わらせた。
‥‥希望は残っている、のかもしれない。そう思うと少しだけ元気が出た。




