アリシア:事前調査
「殿下、ご無事でよかったです!」
ガラスの向こうで、モニカがテーブルの端を握りながら、歯を食いしばって、ぽろぽろ涙を流しています。
わたくし――アリシアは今、面会室にいます。今日はわたくしと他の6人が順番に面会することになっています。本来は昨日検査の合間に行う予定でしたが、紋章の件でひと騒ぎがあったため、1日延期になりました。
といってもこの面会は少々特殊で、部屋の真ん中に大きなガラスのはめ込まれた壁がございます(後で知りましたがこれは面会カウンターと呼ばれているそうです)。その壁を挟むように細長いテーブルがあります。わたくしとモニカは直接触れ合えるわけではなく、空間も遮断されているため、そのままでは声が通じません。声はマイクを通しているのでやや機械かがっています。
「殿下が生きておられるだけで、あたしの苦労は報われます‥‥」
「ありがとう、モニカには感謝しています。大変な時期が続きますが、ともに頑張りましょう」
タブレット通話でも確かに相手の映像は見られますが、画面越しでしかありません。遅延もあり、ぬるぬる動いていないのです。それだけに、物理的に近くにいるだけで安心することも多いのです。
やっぱり直接会って話をすることの代替にはなりえません。
‥‥さて、モニカ、ララの面談は終わりましたが、次は問題児2名が立て続けに来るのです。
まずはペトロナ。
「ここは病院という名の監禁施設ではないですか! 王国にこんな病院はありません! 今すぐ処しましょう!」
「ペトロナ、剣道部に入りたいのでしょう?」
「うっ、それは‥‥」
「体育の授業にも興味があるでしょう」
「それは‥‥その‥‥‥‥」
分かりやすいくらいにあわてているのはむしろかわいらしいです。ペトロナの親も、武道一辺倒で感情を隠すような育て方をしていなかったようなのでこっそり感謝しておきましょう。武人はとかくそういう教育になるケースも多いのです。
「もちろん軍人レベルの高度な教育は期待できませんが、生徒の皆さんと一緒に少し体を動かすだけでも楽しいと思いますよ。ほらクロエも制限付きが前提ですが赤荻さまは懸命に検討してくださってます。少しは利用しましょう、ね」
「‥‥‥‥り、利用するだけです! 信用しているわけではないです!」
ペトロナは照れてしまったのか、面会は予定より数分切り上げてしまいました。
その次のマノラですが‥‥。こちらはねぎらいの言葉はそこそこに、少し強い口調で話すことになってしまいます。
「男子生徒に飛びかからないと約束できますか?」
「うう‥‥」
「ここで約束しないと‥‥」
「だーっ、わかった、わかった、約束するよ!」
隷従の紋章の経緯から考えると身体拘束魔法などをこちらが勝手に使うのは難しいと考えたほうがいいでしょう。自分で律してもらうのが一番穏便ですが、万が一のことも考えると、マノラには内緒で赤荻さまに相談しておいたほうがいいでしょう。というか実はもうしています。ですが日本にとって今回マノラがやったことは『性的暴行』という特別な名前があって、その場合、口約束だけでは甘いらしく。
「後日あらためてここで面談しましょう。わたくしのほうで作った誓約書を、わたくしの目の前でサインしていただきます」
「‥‥分かったよ」
もちろんその誓約書は、政府が作った日本語の文書をエレナに翻訳してもらうものになりますが。翻訳魔法の本質は知識の一時付与ではなく常識の書き換えに近いです。もとの言語の文書を読むことはできますが、口に出したり紙に書くときに自然と日本語になってしまいます。ですので異世界の言葉で文書を書きたい場合、わたくしたちの中で唯一翻訳魔法の使えるエレナが一時的に自身の翻訳魔法を切って書かなければいけないのです。
‥‥現段階ではまだ日本の関与を教えないほうがいいのでこのような形になりますが、これからも繰り返すようなら隠すことはできないでしょう。それ以前にマノラは政治学に詳しく官僚の行動原理を考えるのがこの中では一番得意なので、どこかで気づかれるとは思いますが。
そもそも王国では、犯罪者に誓約書を書かせるという習慣がないのです。
‥‥さて問題児2人は片付きました。次はクロエですが、その次、最後はエレナです。‥‥エレナにはやってほしいことがございます。たまたま2人の検査が少し遅れ気味らしかったので、わたくしは今のうちにこっそりエレナに念話を飛ばします。
「アリシアです。検査中なら返事も反応もしないでください。面会について確認したいことがございますので、これから説明する点について手伝ってください‥‥」
◇
その日の夜、赤荻さまや真理さまと話して夕食を食べた後、エレナに念話を飛ばします。
「エレナ、本日の面会の件はどうでしたか?」
『‥‥殿下の懸念は理解しました。空間は確かに遮断されていましたが、魔法は物理とは別体系の力です。魔法の原理から考えると条件付きで可能です。事前細工も不要です。そして殿下がおっしゃっていた通り、この世界には魔力を持つ人がいません。ですので対象物に殿下の魔力を送れば、どれほど離れた距離にあっても判別して届けることは可能でしょう。‥‥ただし実際に動作するかは、相手次第です』
「相手次第‥‥ですか」
『はい。この魔法を相手に届けるためには、直接会う以外にも、相手側の同意が重要です。同意無しで無理に使うのであれば‥‥その時点で相手が殿下に強い好意を抱いている必要があります』
その言葉を聞いて‥‥わたくしはこくりとつばを飲み込みます。
もうちょっと時間をかけてゆっくり進めたかったのに。
でも、そういうわけにはいかないのでしょうね。
単なる婚約と違って、1年以内に全て終わらせなければいけないのですから。
そして、この魔法が届かなかった場合‥‥あれがハリボテだったということになります。
あれすら政府がわたくしと仲良くするために無理やり用意したものだったということになります。
もしくは、本人がわたくしの王女や異世界人の立場を利用して近づこうとした人だったということになります。
それを知ってしまうのが怖い。
この世界の味方が、本当に誰もいなくなります。
王国でも本心を隠しながらニコニコ笑ってわたくしに近づく人はいました。わたくしと同じ年齢の人ですら、そうしてきました。
だからこのようなものには慣れているはずですが‥‥胸が苦しくなります。
「‥‥強い好意とは、例えるならどれくらいですか?」
『そうですね‥‥ララの言葉を借りるなら、友達以上恋人未満が一番それらしいでしょう』
「友達以上恋人未満‥‥」
少なくとも普通の友達を超える必要があるということです。そんな関係、1週間や2週間では到達は難しいです。そう考えると‥‥少しだけほっとします。
『初めて来たチャンスです。2週間程度では条件は満たせないと思いますので、たとえ届かなくても悲観することはありません。それに失敗してもリスクはほぼありません。積極的に行きましょう』
「‥‥ありがとうございます、エレナ」
試します。試してみるだけです。決して関係の深さを測るのが目的ではないのです。後でいくらでも巻き返せます。
わたくしは自分にそう言い聞かせて、エレナとの念話を終わらせます。




