アリシア:初めての交渉
『繰り返しになりますが魔法陣を構成するために回路を組み合わせるのが基本です。回路部品の角度や長さがわずかに違うだけで出力や精度も変わります。ですので教師や本人の知識、経験によって結果は変わります。魔法の威力や安定性を維持するためには、熟練の魔道士でない限り、補助具が必要になります。人の手で魔法陣を組むと完全な一致は困難です』
わたくし――アリシアは、エレナと赤荻さまの打ち合わせに初めて同席させていただきました。エレナは魔法に詳しいので、このような状況での説明も勉強になります。‥‥ただ、目的を念頭に少し抑制してもらうようお願いしました。
事前に政治学に詳しいマノラも交えて念話で相談した結果、日本は魔法を未知の脅威とみなしている可能性が高いのではということになりました。この打ち合わせの前にも、マノラが『あーしたちの世界で、外国に行っても何もされなかったのは、相手国が魔法を理解しているだけでなく対策する能力もあったからだと思うんだ』と言っていたので理解できました。日本はその能力を有するのか、日本人ですらわからない状態なのです。
わたくしは聖女を連れて帰るという本来の目的と矛盾しない範囲で本当に日本と友好を結びたいのですが、信頼関係を崩さないためにも、日本から見た魔法使用のリスクを少なく見せることが優先という結論になりました。そうでないと荷物どころかわたくしたちの行動も制限される可能性が高いのです。
本来、魔法はもっと自由なものです。部品を組み合わせて理論上はどのような魔法でも創作できます。ですがそれはかえって危険性が高いと判断される可能性もあります。ですのでその説明は意図的に避けてもらいます。すでに説明してしまったことを後から覆すと怪しまれるので、それらは全て真実だということにして、あとはリスクを小さめに評価されるよう言葉を選んでいけばいいのです。
伝えないことと、ウソをつくことは違うのです。
‥‥‥‥改めて、わたくしにはこのような外交の経験がほとんどありません。お母様からもっとアドバイスをもらえていればと悔やみます。‥‥‥‥とりあえず今は、マノラが勝手についてきたことに感謝しましょう。本人には言いませんけど。
ですがマノラはあくまで学者であり、宰相や大臣や官僚のように、戦略を立てる専門の人間ではありません。頼るのはいいですがぺったりというのも難しいのですよね。
『‥‥それでは、杖を使うことで出力のばらつきを抑え、安定させられるのですね』
赤荻さまが納得したところで、わたくしから提案してみます。
「赤荻さま、魔法の安全性を確認するために今回の一覧表を作っていると認識していますが、杖があったほうがリスクは低いです。その杖ですが、実はエレナが転移当日、警察に渡してしまったものになります」
『なるほど‥ただ、7名のうち杖をお持ちになってるのはエレナさんのみとお聞きしていますが、他の人はなぜ杖をお持ちになっていなかったのですか?』
「エレナは他の人と比べて扱う魔法の種類が多く、また出力にも幅があり、精度や安定性を上げるためには杖が必要です。他の人が使う魔法はエレナと比べると単純で、出力も限定されているので、杖の有無に関係なく安定して使えます。今も日本では杖を必要としない範囲の魔法のみを使っています」
ここで赤荻さまが眉間にシワを集めてじっと考え込み始めました。沈黙し始めてから少し時間がたってしまいましたので、わたくしから声をかけてみます。
「必要であれば、わたくしたちが魔法を使うときは日本側の求める条件を守ります。いかがでしょうか?」
『‥‥趣旨は理解しました。杖の返却については安全面の整理も含めて、いったん持ち帰って検討しますね』
「それからもう1つ、別件ですが、モニカのマジカルバッグに入っていた水晶玉はたいへん繊細で、少しでも傷がつくと機能に影響が出るかもしれません。保管のさいは可能な限りマジカルバッグに入れていただけると助かります」
『承知しました、こちらは担当者に申し伝えます』
「よろしくお願いします」




