岡村咲希:週刊誌記者
わたし――岡村咲希は、その日も昼休みに教室で真理と通話していた。
「いよいよ来週だね、楽しみにしてるよ!」
『うん、私も早く咲希たちに会いたいな!』
「もにかも待ってるよ~」
『うんっ!』
その通話を切り終わって‥‥わたしは萌仁花と目を合わせる。
「‥どう思う?」
「どしたの~?」
‥‥内容が内容なので周囲の生徒に聞こえにくいよう、わたしは肩を寄せて、こっそり耳打ちする。
「真理、自宅待機なのに嬉しそうだよね?」
「‥‥来週戻れるからじゃない?」
「えー、あと4日だよね、ちょっと遠すぎじゃない?」
「ってことは‥‥」
と、萌仁花が小指を立てたので、わたしはそれを握ってやる。にやりと笑って‥‥
「絶対会ってるよね」
「ふふふふふふっ」
萌仁花は手の甲を口に当てて、笑いを抑えていた。萌仁花も自分のことのように嬉しそうだった。
でも真理に尋ねても会ってないと言われるんだよね。‥‥怪しいな。‥‥怪しいなあ。
◇
わたしたちのクラスは、異世界転移してきた子たちが現れた渦中のクラスである。だからその子たちの姿を、全員がひと目は見ている。
最初こそ生徒たちは異世界の話ばかりしていたけど、最近はすっかり聞かなくなった。というか新しい情報が全くない。小説とか漫画とかに出てくる創作上の異世界を話題にしても、異世界ではなく、その創作作品の話をしているにすぎない。誰もが少しは興味はあるけれど、興味の対象はあくまで『現実に存在する異世界』だ。
「ニュースにも新聞にもないし、政府が隠しているのかなあ」
そうわたしがつぶやくと、萌仁花は「わあ~国家機密ってかっこい~!」などと囃し立てる。
「まりまり、政府のかっこいい人に゙なるのかなあ~。黒いサングラスをかけて、黒いスーツを着て‥‥」
「うん、萌仁花が何か勘違いしてるのは分かった」
人差し指をぷにっと、萌仁花の頬につきさす。ギャルっぽい彼女は「んー! んー!」と言いながら手をばたばたさせている。
‥‥さて、今は放課後。わたしも萌仁花も偶然部活がお休みだというので、かばんを肩にかけて一緒に教室を出る。いつも通り下校中にマックへ寄るつもりなんだけど。
「‥‥今日は半分以上の部活が休みだって。自主練してる人はいるけど」
「そうだね~、最近先生たちなんか忙しそうだね~」
忙しそうじゃない先生もいるけれど、部活に影響あるなんてね。一体何があるんだろう。異世界案件はもう終わったと思ってたけどそうじゃなかったってこと?
と、廊下でちらりと古田の姿が見えた。わたしたちと同じクラスの男子だ。吹奏楽部でおとなしい感じで、もう5月下旬なのに合服のままだ。
「もしも~し?」
「うわっ、ど、どうしたの、驚かさないでよ」
腰を曲げて下から声をかけてみると彼はいつも驚く。少しは周りに気を配ってほしいものだけどね。
そして彼は小林と仲がいい。わたしたちも真理と仲がいいから、そちらのほうも気になるんだよね。
「小林は元気そう?」
「うん、ウサギの人の話ばかりしてるよ」
「ふふーん、好きなのね」
「い、いや、そんなんじゃないよ‥‥多分」
古田は気まずそうに笑っていた。うん、逆レされて惚れたんだ。これだから男子は。
小林は真理と同じように2週間の自宅待機になっていて、来週火曜日、真理と一緒に学校に戻る予定だ。問題はその小林が異世界の人に゙押し倒されていたということ。これについては警察から後日、小林以外にも一部の生徒に事情徴収があったらしい。
「‥じゃあ、わたしたちは帰ろっか」
◇
校門を出ると、そこで待ち構えていたとばかりに中年の小太り男性が駆け寄ってくる。こちらは古田と違って、5月下旬だというのにもう暑いですといわんばかりに半袖のシャツだけになっている。
「ああ、いいかな、僕、週刊夕日の山田というんだけど‥‥」
「いこう、萌仁花」
週刊誌記者に関わってもろくなことはないし、学校から指導もされている。
「そんなこと言わないで、頼むよ、君たちもこの学校で起きたことを知りたいんだよね?」
「わたしたち何も知らないんです」
さっさっと早足で歩くと、記者はそれ以上追いかけてこないようだった。かわりに別の子に声をかけている。はぁ、ぼろが出なければいいんだけどね。
うちの学校は統制が取れている‥‥ほうではないかと思う。それでもいくつかほころびはある。例えば異世界人の話は学校の生徒同士で普通にしているし、隣のクラスの子が「SNSにうっかり書いて先生から注意された~」「えー、そのアカウント見てさやかって分かるほうがやばくね~」などと話しているのも聞いたことがある。話す人は学校と無関係の友人や親戚といくらでも話す。
‥‥ただ、教室にいきなり現れたことと特徴的な見た目以外に情報が全く無いのは救いだった。
そして、情報の締め上げが思いの外厳しいと感じる。さやかという子のアカウントが特定されたのもそうだ。これで、うっかりネットに書いたらすぐ特定されるという雰囲気が広がってしまった。多分、噂が広がったら誰が広めたのか徹底的に調べるんじゃないかな。政府も絡んでいるかもしれない。
‥‥週刊誌はもう異世界人の情報を掴んでいるんだろうか。はぁ、さっきの記者と話してちょっと探りを入れてもよかったんじゃないかな。
◇
「心配なのは真理と小林が戻って来る火曜日なんだよね」
結局、マスコミの話をするするとマックの中まで引きずり込んでしまった。小さいテーブルに2人で向かい合ってポテトを食べながら、わたしはそんな感じのことを言った。
「確かに~、小林はともかくまりまりは心配だね~」
「無理に押されたらと思うとねえ」
最近の様子からアリシアについて何か進展があったかもしれないしなかったかもしれない。真理は話したくなさそうだったから私たちもあまりしつこく聞かないようにしてるんだけど、もしわたしたちの予感が当たった場合‥‥真理は生徒の中で一番情報を持っているということになる。
「ね~、もにかたちでまりまり守らない~?」
「賛成。学校の外に出るときは、わたしたちのどっちかができるだけ一緒にいるようにしよう」
「おっけ~!」
萌仁花は頬杖をつきながら、指で丸を作った手を軽く振る。このちゃらくていい加減な感じがネコみたいで愛嬌あると思う。冬服の時も萌え袖なんだよね。手の半分を袖で隠しちゃう感じ。今は夏だし半袖だけどね。
「ついでにアリシアたんのこと教えてもらお~」
「それは多分やめたほうがいいんじゃない」
わたしは苦笑いしながら、ポテトを2本ほど口に放り込んだ。




