赤荻誠二:関係省庁連絡会議
小職――赤荻誠二は、今日も『特異事案対応に関する関係省庁連絡会議』に出席していた。普段も災害が起きた直後は、こういう会議が当面は1日1回開催される。事態が落ち着いたら少しずつ頻度を落とすんだけど、はじめは忙しい。まあ当たり前だよね。
今日は病院からの報告がまとまったので、厚労省の担当者が報告する。
うんうん、地球上で確認されている感染症の反応は無し。これはけっこう早い時期で分かっていたよね。で、アリシア、エレナ、ララ、ペトロナの4人のことをあっちの世界では人間族って呼んでいるらしいんだけども、その血液の成分は地球人のものとほぼ一致。
問題は獣人モニカ、マノラ、そして鳥人クロエだった。
「モニカの糞便からは寄生虫トキソプラズマのオーシスト(※胞子嚢/卵に似ているが、活動休止中の単細胞生物が膜に包まれた状態らしい)が検出されました。これは通常ヒトでは見られない所見です。トキソプラズマは通常、終宿主はネコであり、中間宿主であるヒトからの排泄はありえないものです。詳細は資料にあるとおりですが、他にも通常のヒトには見られずネコで確認できるような異常な所見が多数見られました。ウサギの獣人であるマノラはヒトとの差異は軽微ですが、やはりウサギ独特の血液中の成分が検出されました。鳥人クロエについても同様です」
出席者たちが次々と資料に目を通す間も、厚労省担当者は資料の読み上げを続ける。
「ただしエキノコックスのように人体に危険のある既知の寄生虫や成分の検出は、現時点では確認されていません」
エキノコックスはキツネ経由でヒトに感染する寄生虫だと思われがちだが、ネコ経由でも寄生する。それがないのはひとまずよかったかな。もしキツネの獣人だったらもっと騒ぎになっていただろうな。
「したがいまして、医師の所見としては隔離の段階緩和を延期するには至らないとのことです。ただし厚労省は獣医に支援していただく方向で調整しています」
周りを見ると、わずかに口角を上げている人がいた。ヒト相手に獣医を持ち出すのは確かに意外だ。獣医にとっても、患者が日本語をしゃべっているのは経験がないだろう。専門外だが必要な判断だ。でも市井の人はこういう面白いネタが好きだからね。マスコミが群がるきっかけにならなければいいんだけどね。
あと、アリシアには真理ちゃんのためにもちゃっちゃっと退院してほしいものだ。まぁ、学校への編入手続きのことはもう考えたくないが、残念ながら今回の会議の議題にも入っているんだよね。
面倒な学校の話だ。うわー。実は教育委員会や学校との調整はすでに早い段階で進めていて、真理ちゃんが国家機密の塊であるアリシアと面会できた理由もそれが絡んでいる。編入予定の高校の、それも学級委員長だからね。まずなぜ真理ちゃん以外はダメなのかをいざという時に政府として説明できるようにしなくちゃいけないんだけど、真理ちゃんにはその理由が十分にあったってわけ。本人はまだ何も知らないけどね。
この学校の話が終わったあとは、小職が真理ちゃんとアリシアのオンライン通話について報告する。この通話は調整の都合で2日に1日の頻度でおこなう‥‥つもりだったが、第一回の面談の様子を見るに、思ったより好感触だった。真理ちゃんはともかく、アリシアが楽しみそうにしているという様子を報告すれば、納得しない人はいない。まあ、この雰囲気なら、次の面談は明日だけども、そこからは毎日に増やしても叱られないだろう。息抜きにもなるし、信頼関係の維持にも繋がる。
おっと、どっかの省庁から意見が来た。
「このまま関係が順調に進展するようであれば、井上で軸を固定して、その上で同席者も段階的に入れていただきたいです。我々との接点を増やしていけませんか」
「まずは顔出しからですよね、了解しました、井上とも調整いたします」
この枠が固定化されれば真理ちゃんは喜ぶだろうけど、‥‥あんまり仲良くなりすぎると小職が個人的に困る、とだけ言っておくか。
「異世界人や異世界に関する研究チームについては、すでに複数の専門家に声をかけています。理論物理学をはじめ、生物学、医学、文化人類学、宗教学、言語学など幅広い学問の教授を集める意向です。すでに賛同した教授同士で暫定チームを編成し、お互い連絡を取り合っています。ただし人権を尊重する観点から、詳細な研究には本人の同意が必要です」
うわー、また小職の仕事が増えちゃったよ。面倒だなあ。あー、アリシアの窓口は小職だから、許可は小職が取りに行くってわけ。許可とれなくても研究チームは一部縮小で存続はするだろうけどね。
アリシアも2人の学者を連れてきているから、こっちからの研究も受けてくれるとありがたいんだけどなあ。まあ学校にも通うって言ってるし、あまりがっつり聴取するのは難しいだろうが。
「ですが問題点として、異世界人たちが記憶ベースで話をすると不正確な点も出てきます。その点、厚労省の坂口課長、病院で回収した本の解明は進んでいるでしょうか?」
「はい、エレナ協力のもと翻訳を進めているのですが、マジカルバッグの中から確認された書籍のうち、8冊が魔導書、4冊が植物や生物の本であると確認が取れました。本を取り扱う上で安全性に問題はないとの説明を受けており、現在エレナの同意を得て全ページ電子化の途中です。また、物理的特性として本を開いたときに背表紙にクセが残らない性質を確認したとのことで、本の構造についても確認を進めています。この12冊の他にも、ララという学者の本が多数あるらしいですが、それらは確認ができていません」
電子化が終わったあとは文科省にもデータを送ることになっている。
いやー、しかし医療目的で持ち物全部借りるとは言ったけどね、全部返すつもりはないようなんだよね。特に魔法の本は日本の安全保障にもかかわるから、分かりやすく言えば本の形をした軍事兵器だね。そこはもう単なる『借りたものをいつ返すか』のレベルを越えて準外交交渉になってしまう。悪いことを言っちゃうと、日本政府として要求を聞き入れてもらうために、どこまで交渉材料を持てるか。だって魔法に現代日本が対抗できるか分からないんだよね。仕方ないね。‥‥‥‥真理ちゃんから頼まれたらどうしようかなあ。半年後くらいに胃薬が増える予感がするよ。はぁ。




