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アリシア:未返却

「第7回の会議を始めます!」


わたくし――アリシアたち7人がこの日本に転移した日を1日目とすると、今日が10日目です。3日目にタブレットの貸与があり、複数人を1つの画面に一斉に表示することも可能だと分かると、4日目から毎晩会議をすることになりました。隔離病室でお互い会えていないので、お互いの顔見せも兼ねています。


『殿下、今夜は嬉しそうですね』


モニカからの指摘で気づきます。わたくし‥‥笑っていました。


『殿下の元気そうなお顔、久しぶりに拝見しました』


とエレナが言うあたり、本当に笑っていたのでしょう。恥ずかしいです。‥‥クロエは興味なさそうに本を読んでいますが、音声は聞こえていると思っておきましょう。


『殿下、何があったのでしょうか?』


モニカはまるで自分のことのように嬉しそうです。わたくしと同じ年齢で、幼い頃からずっとそばにいましたので、なにかと感情がうつってしまうのですよね。


「はじめて転移した学校の教室で、わたくしが友達になりたいと言っていた子と、はじめて面会できたのです。井上真理というお名前だそうです」

『わあい、殿下が恋していた子じゃないですか!』

「や、べ、別に恋してませんから! ‥‥きちんとお話したのは初めてですが、優しくて、楽しい話をたくさんしてくださいました。充実しておりました‥‥‥‥あ、皆様のお気持ちも考えておらず申し訳ありません」

『殿下が幸せだとあたしも嬉しいのです。ね?』


エレナも『はっ、はい』と微笑みながら頷いていました。余計恥ずかしいです。


『聖女も案外すぐに‥』

「モニカ、そういう話は退院してからしましょう」

『あ、申し訳ありません』


政府の目がどこにあるか分かりません。現に病院の祝さまとスピーカーで会話するときも、祝さまは部屋にいるわたくしの返事を聞く手段があることは明確に分かりました。

ですので部屋の中で不用意にしゃべることで、聖女のことを知られるわけにはまいりません。政府にすら説明していない、この転移の本来の目的なのですから。

日本は科学という技術でどこまでできるかわからないのですから、慎重に。


なのでこの会議も、王女の参加する会議と言いつつ、実際は外部にも公開可能な当たり障りない内容だったりします。赤荻さまがこの会議の存在を把握しているかは不明ですが、今のところ何も言われておりません。


さて、外部の人間との接触はほとんどわたくしとエレナに集中しています。わたくしはこの異世界転移の目的やメンバーのこと、自分の国のことを聞き取られています。

エレナは魔法技術について政府からしつこく聞かれているのだそうです。特に使える魔法のリスト作り、安全性や周囲への影響を細かく確認しているようです。わたくしとしてもそれらを確認する目的が大体見えてきたので、友好関係を構築するためにできる限り回答してくださいと指示しています。でも具体的な内容は一応こちらにも共有してもらいます。


「‥‥クロエはともかく、マノラは本を閉じてください」

『え~、けちー』

「はぁ‥‥ご自身の立場が分かっていないようですね。わたくしたちの転移魔法の中に勝手に割って入ったのですから、我が国の法律にてらしあわせても罪人なのですよ。少しは反省してください」

『やだやだ、あーしは日本に残るもーん!』

「何勝手なことを言っているのですか。日本で何か問題起こしてもわたくしは助けませんからね。全く知らない地で、エレナの翻訳魔法もきかないまま、誰にも頼れずひとり寂しく‥‥」

『あーっ、分かりました、あーしが悪いです!!!』


最初に教室に転移したときも、少年を襲ってましたよね。政府にとってわたくしたちは危険なのか安全なのか決めかねているということは、エレナのこれまでの報告からも分かります。マノラを放置するとわたくしたち全体の評価を悪くしかねません。


「これ以上度が過ぎると、マノラは罪人ということを表立って日本と共有しなければいけなくなりますし、日本との協議によってはエレナの拘束魔法を使うことにもなるでしょうね」

『あーしが悪いです! 何でもしますから!』

「‥‥では2つ約束してください。1つ、男を見つけても何もしないこと。ただし普通に話すだけなら可です」

『殿下、お言葉ですが、その言い方ですと『騒いだら殺す。パンツちょうだい』くらい普通に言いますよ』

「確かに。では男とは会話も含めて禁止です」


モニカの進言に従ってわたくしは柔軟に内容を変えます。柔軟な運用は政治の基本ですからね。マノラの声にならない悲鳴が聞こえてくる気がしますが、気のせいだったことにします。


「2つ目は、社会学者、政治学者としてわが王国に貢献することです。この日本や地球という世界の社会の仕組みを調べてください」

『えー、でも1年じゃあ無理ですよ』

「エレナは政府関係者との会議が多いですが、残りの時間で科学の本を読んでいます」

『でもぉ、あーしには解剖学という重要な学問が‥‥』


と言いつつ、図版多めの本をちらちらと見せます。はい、男を知りたいだけですよね。


「社会学と政治学。これ以外は認めません」

『ふぇえええ‥‥』


涙目になっていますがあなたは罪人ですからね。おとなしくしてください。


「マノラは風俗にも明るいですよね。本日、真理さまとの面談終了後に赤荻さまからわが国の文化について聞かれましたので、次に面談する時にマノラを紹介します。しっかり誠実に答えてくださいね。赤荻さまに少しでも欲情したら今度こそ罪人と伝えますから」

『ひえええええ‥‥』


解剖学の本の中に頭をうずめています。ちなみにその本や、エレナの読む科学の本などは病院から貸与されたものです。わたくしの手元にも日本史の本があります。


ところでこの世界に獣人や鳥人は存在しませんが、わりと早いうちに身体計測があり、今では尻尾や翼のあるモニカ、マノラ、クロエは特注された入院着を着ています。獣人の知見はないはずなのになぜか着心地がいいのだそうです。退院したら日本の私服も着てみたいのですが、獣人は私服すら特注することになるのでしょうか‥‥。魔法でなんとかなればいいのですが。

それは後日確認するとして、今はもっと重要な話題があります。


「次は、継続案件のマジカルバッグについてです。モニカ、進展はありましたか?」

『はい、中身の一部は返却されましたが、そのほかのものとバッグはまだ返ってきていません』


わたくしたちが隔離病室に入れられる時、服や持ち物はすべて、病気の元がないか調べる目的ですべて検査すると言われて回収されたのです。あちらで調べてもらったうえで少しずつ返されてきていますが、‥‥やっぱり少しでも危険と判断したものは徹底的に調べられるようです。

マジカルバッグは見た目以上にものを入れることができる魔法のかばんです。病院や政府の関係者が何度もモニカの病室まで来て、前室越しに説明を求めていたというのは先の報告で知るとおりです。

マジカルバッグは中身をすべて取り出したつもりでもまだ残っていないかとか、バッグ自体に危険な仕掛けがないか徹底的に調べているのでしょう。このかばんはわが王国では少し裕福な人ならみな持っている常識レベルの日用品ですが、この日本に代替となるものはないのかもしれません。はぁ、わたくしたちにとって普段使っているものであっても危険物とみなされる可能性があるのはよく分かりました。きっと、というかやはり、少しでも魔法の絡むものは全部危険なのでしょうね。


『もう我慢できません、こんなところ‥』

「控えてください、ペトロナ」


少し血の気が多いのがペトロナの弱点です。

‥‥ですが問題はマジカルバッグだけではありません。


「例の水晶もまだ返ってきていないのですか?」

『‥‥はい』


バッグの中に入っていた、手のひらサイズの水色の水晶玉。あれはもとの世界に帰るために必要なものです。しかし、だからこそ扱いは慎重にしてほしいのです。あれがないと帰れないのですから。

そのためのマジカルバッグだったのです。マジカルバッグ自体に衝撃を与えても、中のものは壊れないという機能もついていたのですから。もちろん水晶は頑丈だとは聞いていますが、日本が水晶を調べるために何をするのか分かりません。


そして、あれは王家の財産のひとつで、魔力がない人でも使えるものです。異世界転移魔法を勝手に使われるのも困りますから、日本人に詳細を伝えるわけにもいきません。

そもそも、元の世界ではこのようなものを外国に持ち込むときはいつもひと目見られて終わりで、ここまで徹底的に調べられるとは思わなかったのですから。


「‥‥マジカルバッグと水晶の件はわたくしが引き継ぎます。取り扱いを間違えられるとまずいです。赤荻さまに返してもらえないか交渉します」


しかし、仮にマジカルバッグ自体の使用を禁止されるとしたら、それもかなり面倒ですね。マノラを除く6人の大きな荷物はたいてい、あの中に入っていたのですから。


『‥‥交換条件』


マノラがぽつりと言います。


「どうしたのですか、マノラ」

『いや、思ったんだけどぉ‥日本には魔法がないから、殿下やエレナの力が分からないじゃん?』

「確かに‥‥」

『だから魔法を武力とみなして、対抗できるものを探してる途中なんじゃない? 例えば大切なものを取り上げて交換条件にするとかさ』

『やっぱり日本は本職が処す!』

「ペトロナ!」


ペトロナはもう少し落ち着く訓練をしたほうがいいと思います。

それにしても、取り上げる‥‥なるほど。こうして隔離病室に入れられましたが、ただの検査ではない可能性もあるということですね。


「‥‥単純な友好を求めるわたくしが純粋すぎたということでしょうか」

『そうだね~、外交は腹の探り合いだよ、友達付き合いとは話が違う。敵意の有り無しじゃ計れないよ』


しばらく目を閉じてからゆっくり開きます‥‥「わたくしが間違っていました」と告げました。


‥‥わたくしの不見識でした。このあたりはお母様のほうが詳しいと思いますが、いまお母様はいません。わたくしはわたくしで、できることがあるはずです。

そういえばエレナは赤荻さまと一緒に、使える魔法一覧表を作っている途中でしたね。項目1つ1つの確認にてまとっているのと、病院側の希望もあって面談時間自体が短く、スムーズに進んでいないのだとか。


「‥‥エレナ」

『はい』

「後で念話しましょう」

『はい』

「他の人たちも、政府からわが王国の情報を求められたときは必ずわたくしに報告してください。軽微なものはそのまま流していいですが、政治の仕組みなど重要な情報はマノラへ、魔法のことは全部エレナかわたくしに話を振ってください」


‥‥そうでした、日本とわたくしたちにとって外交交渉はもう始まっているのです。

正直、最初に内閣総理大臣と会って市民権をもらい、そのあとは自由に年頃の女の子を探す‥‥という展開を想像していましたが、それはわたくしの世界の常識でした。わたくしたちは表向き外交使節団を名乗っていますが、使節団から持ち物を全部取り上げて交渉を試みるのが日本の常識だとしたら‥‥考え直さなければいけない事項もどんどん出てきますし、場合によってはお母様の判断も必要になってきます。

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