2話 考察-戦闘 (4)
「ニホン……? 聞いたことねぇな。リリム、お前は?」
「え、あっ、お……ん、え、あ、う、うん……知ってる知ってる。日本でしょ、ニッポン。ジャ・ポーォン」
「おうそうか、流石だな。しかしよぉ、俺も結構、長寿のつもりはあったが、ここまで存在すら知らねぇ国、初めてだぜ……」
リュゲルはわかりやすく無視をした。
賢明だと思う。
しかし、なぜだか今回に限って、リリムは引けをとらなかった。
「ちょっと! 知ってるっていってるじゃない! なに無視してんのよ!」
「リリム、日本だよ。国だよ、国。国ってわかる?」
「わかるわよ! 日本でしょ? 挨拶はこんにちは、寿司が主食、メガネかけてボソボソ喋ってるデブっ鼻のヤツらは全員チーズ牛丼食べてる国よ!」
「ヒナタ……?」
「う、うん、あってると思う。最後のはよくわかんないけど」
部分的だけど、私の記憶にも引っかかるところがある。
聞き覚えでもあるのだろうか。
(──……ん? 聞き覚え?)
聞き覚えがあるとなれば、この記憶は物心がついてからの記憶ということなる。
私にとって、そこまで幼い時の記憶じゃない、ってこと……なのか……?
「でも、なんでリリムがそんなこと知ってるの?」
「なに? あんたたち知らないの? てかなんで私はこれ知ってんの?」
「なんだお前」
リリムは頭を人差し指でトントンつつき、悩ましい顔を私たちへとみせつけた。
記憶を辿っているのだろうか。
リリムはバカにしてもいい風潮があるけど、1000年も生きたら誰でもこうなるのかな。
「たしかねぇ……200年は前だったかしら? 当時は種族間差別も多かったから、私も森のほうに住んでたのよね。それはもう悠々自適に」
「う、うん」
「ある日、人間の子供が家の近くで泣いてたのよね。家に帰れなくなったって。私が街にいくわけにもいかないしさ、5年くらいそいつとふたりで暮らしてたのよ」
「なるほど、その人間が日本人だった……ってとこか」
「そうそう。なんか魔法でもない能力みたいなの? 使ってたから覚えてるわ」
私と同じだ。
やっぱり、日本人特有のものなんだ。
「それで、そいつはどうなったんだ」
「んー……あっ! そう!! そいつすごいのよ。私の家でてってから数年後、世話になったからって金銀財宝送ってきてね、世の中の認識も変えたから街でてきても大丈夫とか、わけわかんないこといってたわ」
「あ? 世の中……?」
「まぁ年頃だろうしねぇ、世界とか自己の確立とか、ちょっと闇々しいのに憧れあるんでしょ。普通に詐欺だと思ったから全部無視したけど」
「リリム……それって……」
金銀財宝、世の中の認識を変えた。
このふたつの情報だけで、その辺の子供でも誰を指しているのか判別ができるだろう。
なんだろう、有能ゆえに無能が露呈している、この感じ。
「リュ、リュゲル……」
「いや待てヒナタ、まだ早い。まだこいつをぶん殴るのは早計だぜ」
私を抑制したリュゲルの右手が、今度はリリムのほうを指した。
「リリムよぉ……そいつの名前、覚えてるか? 職業は?」
「はえ? なんだったかしら。たしか、『ヒイラギ コクト ジュッサイです』って名乗ってたわよ。いま王族なんだって────」
「…………」
「……っ」
「────……あれ? コクト……?」
*
「開門! 開門!!」
鉄の軋む重厚な音とともに、木製の巨大な門がぱっくり割れる。
そのふたつに分かれた木の隙間から青年の顔がみえると、辺りにいた人々はわれんばかりの喝采で歓迎した。
「シュタルド様がご帰還なされたぞぉ!!」
「今日はピースエデンの視察だったらしいからなぁ、やっぱ灯火の息吹なら最下層に到達できるんじゃないかぁ!?」
「あれ? でも、他のメンバーは……?」
しかし、その歓迎を無下にするのか、シュタルドはうつむいたまま眼前を確認しようともしない。
普段であれば、笑顔を振りまき声援に応えるよう努めているのだが、いま、彼の周りには張り詰めた空気感だけがたちこめていた。
そんな彼のもつ冷徹をまったく察知できなかったのか、身長の低い甘いマスクの少年が近寄っていく。
「シュタルド様、ご生還いただき幸いに存じます。リュゲル様方はまだお戻りになられませんか? 報酬の譲渡と書類申請がありますので、ご足労おかけいたしますが、一度ギルドのほうへとお願いします」
このメイド服に身を包んだ少年の名は「アラヨット」。
灯火の息吹が所属するギルドの受付け兼、事務長を勤めており、まぁ、いってしまえば苦労人である。
なお、メイド服は会長のパワハラで着させられており、個人の趣味では一切ない。
下級パーティーが相手であれば、各自、赴いてくるのを待てばいいのだが、ギルドが押しだすSランクパーティーともなれば話は別だ。
送迎、応対、すべてをサポートする勤めがある。
「馬車を用意しております。他御三方のために、もう一台手配しておきますのでどうぞこちらへ────」
そこで初めて、アラヨットは俯いた彼の顔を覗きこんだ。
刹那、自身の体内にあふれたのは自責の念。
自分なんてちっぽけな人間が、あろうことかこの方の行く手を遮ってしまったという自責。
シュタルドだと思って話しかけていた人物は、シュタルドではなかったのだ。
冷酷と呼ぶのが適切か、残虐と呼ぶのが適切か。
その瞳に、国民の信頼を一身に受けた情念なんてものはない。
気圧されるように尻餅をついたアラヨット。
そんな彼も、民衆も、一瞥することなく、シュタルドはギルドとは間反対のほう、国杜のいる王城へと歩みを進めていった。
*
コツ、コツと、鎧のすれる音だけが、その空間を支配していた。
見上げた天井はあまりに高く、ただただ広く、権威をみせしめるためだけのその空間。
シュタルドは、レッドカーペットの中心から少し外れた位置にて、正面にみえる大きな玉座へと膝をついた。
そのまま数刻、彫像のようにじっとしていると、いつのまにかボウっとした声が響いてくる。
「失敗……したようだね」
「…………」
その声は、耳で理解する声ではなかった。
目の前にいるはずなのに、脳を直接弄られているかのような、そんな声だった。
そもそもこの広い空間でこんなボソボソ声が響くわけがない。
「なんなりと、罰は受ける所存です。首を捧げます。心臓を捧げます。どうか、ご命令ください」
「いいよ、そんな趣味ないし」
玉座に座る男は冷淡な笑みをみせ、緩やかに語りかける。
樹液のように、染みいるような声だった。
「部隊の準備は整っているよ。また、いってくれるね」
「…………御意のままに……」
「前にもいったけど、リザードマンと人間は殺して、エルフは生捕りに。生きてさえいれば条件は問わない」
「……」
「あと、今回の部隊なんだけど、僕の娘が配属されているんだ」
「お嬢様がですか?」
「うん。でも別に気を使わなくていいよ、一戦力として扱ってくれ。僕らの一族はこういう使い方をするのが1番だし、本人もそれを望んでいる」
「はい……」
「それじゃあ、後は頼んだよ…………──」
そういい残し、国杜は姿を消した。
消えいるように、まるで最初からそこにいなかったかのように。
気配がなくなったと同時、シュタルドは空の玉座をスッと見上げる。
そして、なにも言葉を発さぬまま、彼は玉座に背をむけた。




