2話 考察-戦闘(3)
戦線を退いたのも束の間、リュゲルは壁モンスターの肉を剥ぎ、樹脂へ新たな臭いを纏わせていく。
恐らくこいつはダーマドラゴンよりも上位種、利用しない手はない。
私も手伝うべきなのだろうが、いかんせん素人の幼子に頼めることなど限られているもので、声をかけてはみたものの少し邪険に扱われただけだった。
ふと横をみてみると、リリムは岩を枕がわりに寝そべっていた。
魔力の回復を急務とする合理的な行動にもみえるが、リリムのことだ、単純に疲れたから寝転びたかっただけなのだろう。
こんな湿地でよくくつろげるなぁ。
思わぬ形で休憩時間が生まれたわけだが、私には腰をおろして体を休ませるという考えが及ばなかった。
先ほどから胃袋を締め付けてくるような感覚がある。
キリキリと、それも脈打つような感覚。
不謹慎な話、先の戦闘でもこの感覚が瞬時の判断を鈍らせていたような気がする。
私はふたりの顔を確認し、タイミングを見計らって語りかけた。
「ちょっと……いいかな」
「あ?」
「んへ?」
「さっきの話の続きなんだけど」
「はえ? さっきってなに──?」
「出身の話だな。なんだお前、やっぱ人間じゃないのか」
「いや、何度もいうけどそれはない。私は生まれも育ちも人間の村。記憶の改竄とか悲惨な過去とか、そんなドラマティックなことはなにもない」
「ふん……」
「でも、こう……なんていうか、私の記憶じゃないんだけど、間違いなく私としての記憶がある……、っていうか……。その……覚えのないことを覚えていたり、するんだ」
「……?」
本でみただけの景色を、実際にいったみたいに鮮明に記憶していたことがある。
絶景スポットと謳われた原っぱへと、ピクニックにいった時だ。
匂いも、空気感も、川のせせらぎの音さえ、体験したことがないと計り知れない事柄を、なぜだか私は知っていた。
親に聞いても、「この子ったら、近所の河原と混ざってるのかしら?」と、茶化されるだけだった。
その時はまだ齢一桁なもので、ならただの偶然なのかもと思っていたのだが、灯火の息吹の結成からそんなことが何度もおきているのだ。
なんなら、本でみたことがない場所でさえ、脈打つ感覚があった。
幻覚だとか、洗脳だとか、そんなチャチなものじゃない。
私ではない誰かの記憶を、私として、私が持っている……ような、そんな感覚がずっとあるのだ。
「黙っててごめん。変な話、ずっと私の妄想だと思ってたから……」
「いやいい。つまり、その記憶がお前の正体と関係があるかもしれねぇ、ってことだな」
「う、うん」
私の知らない私のなにかがある。
そしてそれは、多分、この逃亡生活にも欠かせない、とても重要なことだ。
「恐らくは、そこが国杜の狙いだろうな。いまはなにより情報が欲しい、覚えてることならなんでも教えてくれ」
リュゲルがうわずった声で詰め寄ってくるものなので、私はその圧に少したじろいでしまう。
改めて言語化をすると言葉に詰まる。
建物、風景、言語、すべてがこの国と違っていて、説明のしようが思いつかない。
その間を取り持ちたくリリムの方へと視線をくべたが、体育座りで私たちという名の虚空を眺めており、助けにならないことを瞬時に理解した。
しどろもどろにも言葉を繋いでいくしかなさそうだ。
「建物……なんだけど、こう、四角い……? 50メートルくらいの白っぽい建物が、いっぱい並んでいる感じ」
「50メートル? 宿屋なら5個分くらいあんじゃねぇか? すぐ崩れんだろ、んな建物」
「でも、ほんとにそんな感じなんだよ。で、その前の道を1000人の人間が歩いている。みんな黒のタキシードを着ていたよ」
「…………」
あっ、まずい、嘘だと思われてる。
そりゃこんな現実感もない話、信じるほうがおかしいか。
私の親でも作り話だと思われたくらいだし。
「んな高度な文明、俺は聞いたことねぇな。他国だとしても情報くらいは入ってくるもんだろ。よほど遠い国の話なのかもな」
「え……? 信じてくれるの?」
「あ? いってんだろ、少しでも情報が欲しい。ホラ話でも、そこにミリ単位の有益がありゃあ、俺らの勝ちだ。オラ、続き喋れや」
そうだ、リュゲルはこういうヤツだった。
なんだか心臓がポワポワする。
「えっと……いろんなひとと会話をしたことがあって、話の内容も覚えてる。けど、この国と言語が違うんだ。内容は覚えてるんだけど、その内容はわからない……みたいな」
「なるほどな……なにか、単語は覚えてないか。食べもんとか道具、国の名前とか」
そういわれた私は、背筋がピンと伸びた気がした。
なるほど、単語か。
それならいくつか覚えている。
連想ゲームみたいな感じで、名前から絞ることができるかも。
「それならいえるよ! なんなら、さっきの刀もその国が発祥だし。名前も覚えてる」
「お、そうか! 場合によっちゃあ、この逃亡生活のキーになるぜ。なんて名前の国だ?」
「たしか……」
ランタンの灯りがボボっと鳴る。
無風だが、炎からなる上昇気流で靡いたのだ。
なんだか会話の間を取り持ってくれた気もする。
私は溜めるよう喉を唾液で濡らし、そして、開口した。
「日本……だよ。たしか、そんな名前だった。私には、その国にいた記憶がある」




