2話 考察-戦闘(2)
「まずあいつの足をやる。俺が合図をだしたら奥に突っ切って逃げる。逃げ切れりゃあ俺らの勝ち、いいな?」
「いい……けど」
「けど?」
ナイフごときじゃ、あの皮膚に致命傷は無理だと思う。
かといって大剣を片手で振るうことなんてできないし……。
「リリム魔力は?」
「へへぇ、役立たずでごみんねぇ」
ど、どうする……?
大剣はダメ、リリムもダメ、護身用のハンドガンはあるけど、皮膚の硬い生物に効くようなものじゃない。
軽くて、近接武器で、それでいて簡単に扱えるヤツ。
あるわけない、そんなものがあればとっくに一般普及してるって。
「リュゲル、無理だ。私のもっている武器じゃ太刀打ちできな────」
私はリュゲルの目をみるべく顔を上げた。
しかし、その顔はすぐさま真下に下げることになる。
私の腹に、丸太のようななにかがブッ刺さっていたのだ。
その丸太は灰色の鱗で覆われていて、ランタンの光を滲ませる。
腕だ。
リュゲルの腕が、私の腹にめりこんで……。
「──っっ!!?!!?!?」
「うわぁ!! あんたなにやって……なにやってんの!!?」
「うるせぇ!! 敵を目の前にしてんだぞ!? ごちゃごちゃやってねぇで瞬時に判断しやがれっ!!」
他人にこの空間を弄られるなんてされたことないから、なんか、変な異物感が……。
い、息がしにくい。
なにかしらに触れられた感覚があった。
別次元といっても私の身体なので、触られていることはよくわかる。
鱗と接触するたびカチカチと擦りつけられる感覚があるので、おそらくこれは刃物だろう。
得物を強く握りしめたリュゲルは、間髪いれずに引っこ抜いた。
「なんだ? これは……」
それは、剣のような、それでいて剣ではないような刃物だった。
反り返った鉄はいまにも折れてしまいそうなほど薄く、柄も鍔もついていない、いわゆる裸身。
リザードマンの皮膚だから強く握れているのだろう、人間が握れば手がぐちゃぐちゃになる。
「なるほど、片方にしか刃がついてねぇのか。裸身だから軽ぃってのはいいじゃねぇか」
間違いなく異国の武器だ。
いつ、どこで、私の身体にはいったのかわからない。
でも、なぜだろうか。
身に覚えはない、しかし、私はこの武器を知っている。
脳の一部が炭酸水にでもなったのか、シュワッと弾けて全細胞に轟かせてくる。
私じゃないなにかが、私に混濁しているかのように。
「刀……だ」
「刀? 聞いたことねぇが、まぁいい。3秒でかたをつける。お前らは反撃にだけ備えてろ、後ろは振り返るな、誰の心配もするな。とにかく、奥に進むことだけ考えろ」
そういうと、飛び出すように壁モンスターへと近づいていったリュゲル。
勝負は一瞬、私は一時も目を離せなかった。
壁モンも一撃は受けるつもりなのか、反撃の構えはみせつつも、守りに徹する様子はない。
皮膚の鋼鉄さによほど自信があるのだろう。
リュゲルが刀を振り抜いた。
片手剣の半分、戦斧の1/4ほどの重量なものなので、ちょっと力をこめただけで、すぐにトップスピードへと到達する。
刹那、その鉄塊が、足首へと叩きつけられる。
ガキンッ──!
──というオトマトペをだせば、どのような結果に終わったか想像は容易いだろう。
刀伝いに振動が伝達していって、腕、頭までもピリリと微弱に揺れていた。
「っっっんだよっ、このなまくらぁ!! 全然切れねぇじゃねぇかっ!!!!」
「違う! 叩きつけるんじゃない、叩いて、引くんだよっ!」
「ああっ!?」
「剣とか斧みたいに叩く武器じゃない、切る武器なんだ! お野菜みたいに、お刺身みたいに、引いて、切るんだよ!」
ま、まずい、壁モンが動きはじめた。
その巨大な左手は、押しつぶすようにリュゲルへと迫っていく。
この距離は避けられない、潰される。
「うらぁっ!!」
リュゲルは再度、足首を刀で叩いた。
うまい、足首を支点に、てこの原理で後ろへとのけぞり攻撃をかわした。
巨大でパワーは桁違いだが、動きは遅いようだ。
瞬時に動けば回避可能か。
「2撃目! くるよっ!」
先ほどと同じ動作で今度は右手を振りかぶってくる。
ここまで単調で、最も効果的な攻撃方法はない。
しかし、リュゲルはそれを目の前に、ピクリとも動かなかった。
今度はこちらの番とでもいいたげに、構えるだけで逃げようとする様子はない。
狙いはカウンターだ。
振り上げられた右手がリュゲルへと到達するその時、決着はつく。
リュゲルの息が荒くなっていることに気がついた。
左腕を失ってからまだものの数分、リザードマンとはいえ、激しい運動に耐えられるような軽症じゃない。
だが魔物にそんな憂慮はないだろう。
巨大な右手が躊躇なく叩き下ろされた。
「リュゲル!!」
「叩いて引く……叩いて、引くんだったな」
「……っ!!?」
衝撃だけで圧倒されてしまう。
手のひらと、刀がぶつかりあった。
鉄と鉄の擦れる音が響き、激しく火花が散り、そして──。
………………
…………
剣と、刀の違いをご存知だろうか。
ひとつ違いをあげるならば、刃の反りである。
剣は反りのないまっすぐな刃をしており、その重量を活かして、「叩き斬る」「突く」ことを中心とした武器だ。
甲冑に対する運用もあるため、斬るだけでなく、力をこめた打撃や刺突が重視されることも多い。
反面、刀は刃が反り返っており、刃の曲線を相手に這わすための形状をしている。
これは強く打つというよりも、振り抜きながら刃を滑らせることで相手を斬る、斬撃に最適化した設計といえよう。
つまり、「斬る」ことに関して、刀は随一の武器なのである──。
………………
…………
スパンッ────。
まさしく、一刀両断というのだろう。
先ほどまで平手だったそれは、中指から手首まで、縦にまっすぐわかれていた。
まっぷたつになった右手の谷間から、リュゲルの顔がかろうじてみえる。
「すごぇ!」
「やべぇなこれ……、なんつぅ斬れ味だ」
だが、まだ終わりじゃない。
崩れ落ちた右手から響く地鳴りがまだ止まないうち、私は無意識に声をあげていた。
「足だ!! 怯んだいまのうち、足を──!」
「いや、違ぇぜヒナタァ」
リュゲルはおもむろに壁モンの腕へと飛び乗った。
そして、二の腕、肩、と走って上へ登っていく。
壁モンも動揺しているのか、痛みに悶えてはいるが、か細いうめき声をあげるだけで暴れはしてない。
首元まで到達したリュゲルはそのまま、助走の勢いもスイングスピードに乗せて、刃を振るう。
「うぇ、すご……。……? ヒナタ?」
「…………」
刀の握りは歪だし、型もあったものじゃない。
走るフォームなんてドスドス走りだ。
でも私は、その時の彼を、月に昇る白龍に空見した。
豪快で、力強く、それでいて華がある。
私はこの剣技を知っている。
そしてそれがなによりも、私たちの力になるということも、知っている。
彼の中に光をみた。
これが私の、希望なのだ。
「……シュタ、ルド……?」
「これでしまいだぜ、デクの棒がよぉ」
およそ10メートルはある頭部が空を舞った。
落下と同時に岩に激突して、グシャッと潰れた。
壊れた噴水のように放出した血液は、遠くの岩場の影に隠れていた私たちにまで飛んでくるほどだった。
リュゲルは、血で溺れてしまうのではないかと思うほど返り血にまみれていて、戦闘時よりも息を絶え絶えに、格好がついていない。
私は、そんな彼の鮮血で滲んだ鱗が、とても綺麗にみえた。




