21.カンガルー
そうして、宿舎について、入館式をした。
優しそうなおじさん、おばさんの話を聞いて、各部屋にむかう。ずっしりと重たいバッグを抱え、皆フラフラと歩いていく。ふと、前にあの子が見えた。ただでさえ重たいバッグなのに、じゃらじゃらと沢山のマスコットが付いていた。
「個数制限なかったっけ?」
つい、目についたことが口に出てしまって宗佑の言葉が、小言のように響いた。
「そうちゃん先生、今回は書いてありませんでした!」
あの子の近くにいた女子が答えた。
「シュナウザー可愛くない?」
あの子がついていたマスコットの犬の手を振って見せてきた。
「あかりって、大型犬って感じするよね」
近くの子が言った。
「シュナウザーではなさそう」
「なんか、大きくて、喜んで走ってくるかんじ」
「ねぇ、よくないよ!今バカって意味に聞こえた」
あの子の周りはいつも賑やかで、あの子の声は特段響いて聞こえる気がした。
「じゃ何の動物だと思う?」
気を抜いてるとすぐに巻き込まれるのも、あの子の近くにいるせいだ。
「か、か、カンガルー」
全く回らない頭で考え、出てきたのは何故かカンガルーだった。軽やかに飛び跳ねるような。言ってしまってから、僕の隠しておきたい気持ちが出た答えになってないかと心配になった。
「腕力ムッキムキのやつだ」
「それもわかる」
「ピョン、ドカーン!みたいな」
「それな」
宗佑の心配をよそに、女子たちはキャッキャしながら歩いて行ってしまって、最後尾から、目を細めた表情を作ったあの子がこちらをみていた。
各部屋に入り、部屋着に着替える。
部屋着ってなんだ?もってきたっけ。
そう思いながらカバンをあさると、2日目、と書いた袋が出てきた。これか。
妙にスポーティだったが着心地が良さそうだった。虹が2つ。そのうち1つを反転させて重ねたようなマークがついて、切るとすべすべしてよく伸びた。着心地がいい。
このあとは、わらじづくり体験だ。
しおりと筆記用具を持ち、移動する。
と、廊下であの子が先生を前に泣いていた。
遠巻きに見ていた女子が、「あかり、さっき部屋着に着替えた時、ズボン履こうとして、障子破いちゃった」と教えてくれた。何がどうなって障子が破けるんだ…宗佑の頭にはハテナが沢山浮かんだ。
奥から先生が、旅館のおばさんを連れて歩いてきた。
「すぐ直しておきますから大丈夫ですよ、よくあることです。お気になさらず」おばさんがニコニコと話している。なんとも安心する心強い周波数だった。優しい…!
「あら、女の子!女の子が障子破くのはあんまりないわ…かえってこちらがごめんなさいね」
何故か、おばさんが謝って、先生を笑わせてくれた。
あの子は、震えるように、「破いてごめんなさい…」と謝っていた。おばさんが、あの子の肩に手を置いて、「せっかくの楽しい移動教室、少しのことはもう気にしなさんな」と言った。おばさんは、女神か何かなのかな、と思った。福音の瞬間に立ち会ってしまった気持ちだった。
そんなこんなで、思いもよらない一波乱を起こしながらも、活動は進む。わらじづくりは難しいが、リズムに乗って作業に、没頭するとあっという間に仕上がった。履いてみると結構ちくちくした。館内で履くことになっていたが、これなら裸足で歩かせてくれ、という気持ちになって、誰が思いついたのか、靴下の上から皆履き始めた。それでも、靴下を突き破ってサワサワとしたり、ちくちくしたりした。でも、不格好な、縦に割ったナスみたいな形のわらじになったが、結構愛着がわいた。靴がある時代に生まれたことに、改めて感謝した。わらじづくり名人1人を、児童10名ほどで取り囲む。同じ輪にいたあの子は、名人と遜色ないような、お手本みたいな形に編み上げていた。
「すごいね」
わらじづくり名人が目を丸くしていた。
障子を破って泣く姿。こんなにきっちりと美しいわらじをつくる姿。ちぐはぐだけど、どちらもあの子の魅力であることには変わりなかった。




