20.赤ベコ
家で作ってもらったお弁当を、道中のミュージアムの休憩室で食べることになっていた。
ぞろぞろとバスから児童が降りていき、興味があるようなないような、事前学習である程度調べ終わっている中で答え合わせのような時間が過ぎる。大勢がお昼をまとまって食べられたら良い、という必要性に対して、場所をみつけ、その場所に行く意味と学ぶことをみつけ、事前学習させる。先生って大変だ。展示の3択クイズのボタンを連打する同級生を前に、僕は先生の立場を考えていた。こういう、何かを知りましょう!学びましょう!っていうミュージアムのゴールは何なのだろう?専門家になろうと思う子供が一人でも出てくること?それなりに学んだ感じの手応えが出せること?まさか、体よくお昼ごはんを食べさせるためではあるまいな?
宗佑がそれなりに楽しみ、考えを飛躍させながら館内を歩いていると、背中が急に重たくなって、ドサッとミヤが乗りかかってきた。
「ねえ、さっきのさ、どういうこと?」
ミヤは、僕が起きて見ていた体で話をすすめる。いや、起きていて聞いていたのは間違いないのだけど、寝ていることにしたはずなのだが…。僕の戸惑いの一方で、ミヤは納得がいかない様子だった。
「結構好きって、だめ?結構だよ?」
ミヤがぽつぽつと、でもちゃんと宗佑に向けてと分かるように話してくる。
「…」
しばらく互いに沈黙する。
「結構、の度合いが人によって違うとか?」
宗佑の声に、ミヤがそれだ!と膝を打った。
「結構、ってどのくらいで使った?80くらい?」
宗佑が、聞くと、ミヤはちょっと元気がでたのかニヤリとした。
「そうちゃんのそういう感じ、珍しいじゃん。好き度ってこと?120とか」
「は?それ100超えてんじゃん」
「だから結構好きって言ってんじゃん」
「そりゃないよ。60くらいと思うよ普通、でもミヤ的には80くらいのつもりなのかなって思ったけど、120は無理だよ。伝わらない。」
宗佑は少しヒートアップしてきたが、だんだん宗佑たちのいた展示スペースに後続のチームが追いついてきて、そのままその話は有耶無耶になった。
勘違いだよ、って、あの子が知ったらどうするんだろう。誤解が解けてめでたしめでたし?どちらにしても、ミヤとあの子は早めに話をしたほうがいいような気がした。でも、宗佑が間に入れるか?というと自信がない。ぐるぐるモヤモヤ。
そんな中でもお弁当は美味しかった。
焼肉おにぎりにグラタン。ミートボールにもやし炒め物。好きなものがいっぱい詰まっていて、嬉しい気持ちになった。宗佑のお母さんは、キャラ弁は作らない。でも、すごくおいしいし、見た目も色とりどりで綺麗だ。みてみて!なんて小さい子供ではないから言わないけれど、お弁当を開ける瞬間、少し得意になる自分がいた。ミヤが、宗佑のお弁当をみて、すげ、うまそ、と呟いた。ミヤはカバンからジップロックを取り出した。中に、ニンジンとセロリがスティック状にカットされたものと、海苔のない白いおにぎりが2つ。ラップに包まれたハムとチーズ、それからブドウが少し入っていた。日本のいわゆる弁当っぽくない、海外のランチみたいな感じだと思った。ミヤが食べているとそれもかっこいいと感じる。
「えっ、お弁当箱ジップロックなの?」
近くの女子が、純粋に驚いたという感じで悪びれずにぽんっと言った。
「うち、いつもこういう感じだけど」
ミヤがセロリスティックを取り出し、肩をすくめる。
その様子がなんだか様になっていて、その女子がキュンとしたのが宗佑にも感じられるようだった。
ミヤはシャクシャクと良い音を立ててスティックサラダを食べ、皆が気になっているであろうチーズとハムを、重なったそのままで食べすすめて言った。そしておにぎり。具は…?皆が音を立てず、でも堂々と見るわけにも行かず固唾を飲んで見守っていた。
「塩かよ…!」
耐えきれずに男子が声にだす。
「あ、具のこと?ないよ、白米」
ミヤはおかしそうにその男子に笑い返した。
「塩もないのかよ…!だから痩せてんのかよ」
ミヤと自分を見比べたのか、それともおにぎりの具がなかったことへの絶望か。切ない声だけがお弁当会場に響いていた。
お弁当パックは、捨てられる容器と指定されていた。
皆、プラスチックのお弁当パックに、入れてくるのでそれなりに嵩張る。そんな中、ミヤのゴミはあっさりとペタンコになったジップロック1つにおさまった。燃やす と書かれた段ボールにひらりとジップロックが舞い、着地する。あまりにもスマートだった。
昼食のあとは、郷土体験で赤ベコの絵付けをした。
頭をトンと叩くと、大きくうなづく牛。塗っている途中、講師の方の雑談という感じで、赤い色は魔よけなのだと解説があった。インドの方のおでこにつける赤いビンディも魔よけだと聞いた。どこでも赤は魔よけの色なんだな。宗佑は納得しながら聞いていた。
「ああ、七五三の時に目尻に赤いのつけたりするやつ。」
あの子の声がポンとひびいた。
「この前妹が七五三で、赤いのつけてて、魔よけだって」
わ、たしかに。ざわざわと同意の声が広がる。じゃあ、鳥居も?鳥居って赤?朱色?皆が口々に話した。一心不乱に塗っていた赤ベコが、急に身近なラッキーアイテムになったのを感じた。
こういう時にぽんと臆せずに言葉が出てくるのがあの子だなと思う。宗佑は、どんなに思いついても、別に皆に共有しようみたいな気持ちはあまり湧いてこないように思った。もしかしたら、先生からの質問にこたえて先生に認めてほしい、みたいなのはあるかもしれない。でも今みたいに、普通に先生と対話するみたいな感じで自然にぽんと言葉を返すみたいなことは、できるような気がしなかった。
頭を塗ると、赤ベコがめちゃめちゃ頷いてくれる。滑らかな動きが小気味よい。いいよね、あの子って。うんうんうん。宗佑の中で今まで底の方に一生懸命沈めてきた気持ちが、赤ベコの頷きに導かれて浮かび上がってきてしまう。でも、あの子はミヤのすきぴだからな。うんうんうん。赤ベコの目が真っすぐ宗佑を見つめている。いいの?それで?…いや、いいんだ。仕方ない。赤ベコはまだ、勢いが消えずに頷いていた。




