19.観光バス
あっという間に出発の日。
出発の挨拶はあの子が務めた。
時間と決まりごとを守って、感謝を込めてあいさつを。
あの子が書いた作文ではない気がした。それでも、とても一般的な真面目なスピーチを、少し低い落ち着いた響く声で暗唱するような感じがとても好ましく感じられた。
あの子は、白いダウンジャケットの中に白い長袖Tシャツを着て、黒い細身のパンツを履いていた。飾り気のない、無駄のない美しさを感じる。女子は顔周りにチラチラと毛を出すのがたぶん流行りだ。そんな中、あの子は常に、スッキリと顔周りも含めて結んでいた。なんであの子ばっかりこんなに目につくのだろう。もう、あきらめて白旗をあげてしまいたい。降参だよ、参りました。目にとまらない理由がないと思ってしまう。それもこれも、どれもミヤがこいばななんてしてきたせいだ。
バスに乗り込む。
観光バスは3台。クラスは4クラス。
クラス単位にはならず、少し普段と違う顔ぶれにみんなソワソワしているようだった。バスの座席は班単位。右の2席が女子班、左の2席が男子班だった。
ミヤが順当に?通路を挟んであの子と並ぶ席をゲットし、宗佑はそのミヤの隣に座らされていた。
行きの車内では、映画を流してくれていて、見る人も寝る人もいた。サービスエリアで途中休憩にはいる。宗佑は、流れで外に出てきたものの、お手洗いに行くでもなく、少し外の空気を吸って、すぐにバスに戻ってきた。そこに、あの子とミヤが戻ってくる。あぁ、またミヤはあの子のそばにいるんだ。宗佑はモヤモヤとして、寝たふりをすることにした。
バスの中はまだ人がまばらだった。
あの子とミヤが席に戻る。あの子の奥、窓側に座る女子はまだ戻ってきていないようだった。2人の間に沈黙が流れ、そしてねたふりの宗佑。いびつな空気の中で、宗佑の心臓がドキドキと音を立てている気がした。
「ねぇ」
ミヤが、声を潜めてあの子に声をかけた。
あの子の返事はない。
ミヤが続けた。
「俺、結構お前のこと好きなんだけど」
言った…!宗佑の心臓の音がふたりに聞こえてしまうんじゃないかと思った。嬉しそうなミヤの声。好きだと言えるって、すごいことなんだな、と思った。
でも、予想外なことにあの子はしばらく黙っていた。そして、一呼吸のあとに話しはじめた。
「…結構、くらいだったらそういうこと言うのやめて」拒絶を含む声だった。
ミヤが固まるのが、ねたふりをしている宗佑にも空気で伝わってくる。キュッとミヤが宗佑のシャツの裾をつかんだのが分かる。いやいやいや、無理だよ、この流れで頼られても何もできない。宗佑は反応しないように努めた。心臓の音が大きすぎて、よく聞こえない、そう感じたほどだった。
「わたし、お前とか呼ばれるのちょっとにがて」
あの子が追い打ちをかけた。
ただ、地獄のような空気がその場を支配していた。ぽつぽつとクラスの子たちがもどってきて、バスの中が賑やかになる。あの子の隣の女子も戻ってきた。
「さのまるっていうラーメンのゆるキャラみたいなやつ可愛かったぁー、お土産買うところにもあったらお揃いしようよ」窓側の女子があの子に話しかけて、場に日常が戻る感じがした。ミヤはもう、しゃべらなかった。宗佑の次はミヤが寝たふりをするようだった。宗佑は、あからさまに起きてみせることもできず、そのまま、起きているとも寝ているともつかないような感じで窓の外をぼんやりと眺めていた。ミヤが宗佑をつかむ手がいつ離れたのか、気づかないうちに、バスははじめの目的地についた。




