17.ウィンタースクールの季節
金管バンドで、曲を披露する頃には僕たちは6年生だ。その意識の一方で、まだ5年生生活は続いていく。
5年生のビッグイベント。
小学校ではじめての宿泊研修。
チーム分けをしたり、部屋分けをしたり。
学年じゅうがそわそわして、先生が令和になってもお決まりの、そんなんじゃ連れていけませんよ!を言う。
そう言われたからって置いていかれる訳でもなく、水面下でそわそわしながら準備が進んだ。
持ち物はお母さんが全部用意してくれた。学校からのプリントには必ず本人と一緒にパッキングする、と書いてあったけれど、お母さんはそんな時間ないでしょう、と言ってすべてきっちり袋に詰めて、日付を書いてしまってくれた。これ、帰り荷物入るのかな、そう思ったけど、そんなことを言ったら話が終わらないのは目に見えていたので何も言わなかった。持ち物にこだわりはない。最悪自分さえいればなんとかなるやつだと思った。
今回、宗佑は自分に大きなチャレンジを課していた。班長。
はじめてチームの班長に立候補した。
班長だけ、腕時計を持っていって良いことになっていた。お母さんが洋服に合わせて、時計も用意してくれていた。G-SHOCKと書いてあった。文字盤の周りにダイヤルがついていて、あと何分とか1目で分かるようになっているところがかっこいいなと思って気に入った。お父さんがそれを見て、お父さんも昔着けてたよ、と言った。宗佑が物心ついた頃、お父さんはピカピカの自動巻きムーブメントの時計をつけていた。精密機器工業は寒冷で水や空気がきれいなところで発展する。お父さんの時計は、マッターホルンを擁するスイス製。日本では、長野。東洋のスイスとかつては呼ばれていた。土日を挟むと止まっちゃうから、とお父さんは日曜の夜に動かしたり磨いたりしていた。ずっしり重たくて綺麗でかっこよかった。
それがいつの間にかアップルウォッチに変わっていたことに今更ながら気づく。睡眠の質が測れるとか、生体データがとれるとか。そんなことの裏側で、宗佑はいつからかお父さんの時計を見なくなっていた。
「お父さんの銀色の時計好きだったな」
宗佑は言った。お父さんは、お目が高いね、そう言った。そういうことじゃない。大事そうに扱っている姿が好きだったのだ、そう思ったけど、もう口に出すのは辞めた。
「そのG-SHOCKはカシオっていう日本のメーカーが作ってるのよ。時計産業が有名なのはどんなところ?」
お母さんが話に入ってきて、社会に繋げた。
学習、学習、学習。
選ばれるものも、過ごし方も、与えられる全ては学力に繋げるものだ。
「じゃあウィンターに持っていくタオルは今治?」
宗佑が言うと、お母さんは目を輝かせて、そう!今治のタオルには、地域ブランドを表示して全部にマークがついていて…と次なる解説をはじめた。
宗佑はうんざりして、2人を置いて自室に戻った。
頭のなかで流れるのは、はい喜んで、で始まる流行りの曲だ。
モールス信号で表現されるSOSと、はい喜んで。
僕らの番だ、が頭の中を流れるあの子には到底なれそうにないと思った。
「ウィンターに履いてくスニーカー買ってもらったんだ。」
次の日、学校でミヤが嬉しそうにしていた。近くにいた女子も、GUで可愛いパジャマを買ってもらった話をしていた。新しい持ち物は、旅をわくわくさせるものだ。
「うち、時計」
うんざりした気持ちで宗佑は行った。
「時計!セレブじゃん」
誰かが言った。宗佑の気持ちはずーんと沈んで行った。




