095 反省会は本当に必要だった?件
VRゲーム【Dreams hopes iron blood】――通称【DHIB】。
普段は血と鉄煙、そしてプレイヤーたちのバカ騒ぎが吹き荒れるこの仮想世界において、その日はやけに静かな呼び出しを受けた。
『フィン様ぁ……!ちょっと大至急、時間をいただけないかしら!?DHIB内部、王国の市街にあるカフェに今すぐ来てほしいのー!』
リアル世界で『Plan_B』の代表取締役、そして裏では哀しき生け贄社畜引きこもり社長である平賀あずささんからの、悲鳴のようなメッセージ。
なんだろうと思いつつ、いつものVチューバー用のアバター――優雅な執事服を纏った「フィン」の姿でダイブし、指示されたカフェへと足を踏み入れた時のことだった。
「……えぇと」
ドアをくぐった瞬間、店内のテーブル席から漂う凄まじい「異様」な空気に、私は思わず足を踏み止めた。
そこにいたのは、二つの異質な存在。
一つは、浮遊する光の球体――アシスタントちゃん。普段は綺麗なエメラルドグリーンに輝いているはずの光球が、今は顔面蒼白を表現するかのように真っ青に明滅し、頭上に【ごめんなさい!】【平伏】【反省】のエモートアイコンをこれでもかと連続ポップアップさせながら、上下に激しくプルプルと震えている。
そしてその隣には、まるで叱られた小犬のように小さく縮こまり、今にも消え入りそうな顔でテーブルに額を擦り付けている少女――サーバーちゃんがいた。
「『本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁ……っ!!』」
店内に響き渡る、声と電子音の合唱。
状況がまったく飲み込めず、ポカンと立ち尽くす私に、カウンターの奥から呆れたような声がかけられた。
「いらっしゃいませ、フィン様。こちらへどうぞ」
声をかけてきたのは、このカフェのマスターだ。落ち着いた大人の雰囲気を纏うNPCで、手際よくカップを拭いている。
「マスター……これ、一体どういう状況なんですか?」
「さあ?どうでしょうか。何かシステム関係で大事な話し合いらしくてですね。フィン様が実質的なトップらしいとのことで、話を聞いてほしいと。私ですか? 私はただの街のカフェのマスターNPCですよ。店の損壊さえ出さなければ、どうぞ好きにやっていただいて構いません」
マスターは肩をすくめると、上品なアールグレイのカップをカウンターに置いた。
ふと見ると、店の端にある壁際にも見知った人物がいた。このゲームで何かしらトラブルが起きるとどこからでも飛んできて猛威を振るう、あの鬼教官だ。
「気にせずやりな、フィン。私はただの賑やかしだ」
教官は片手をひらひらと振ると、腕を組んだまま壁にドカリと背を預けた。
カオスすぎる空間に頭を抱えそうになったその時――カツン、カツンと、可愛らしくも重々しい足音が入り口から響いた。
「はぁ……はぁ……もう嫌。みんないるわね……」
現れたのは、頭に輝く王冠を戴いた、体長二メートルはある巨大な熊のぬいぐるみだった。つぶらなプラスチックの目が、じっと店内を見渡している。
(……でかい王冠をかぶった熊のぬいぐるみだな……)
心の中で思わずツッコミを入れた私に、そのモフモフの熊がバタバタと短い手を振りながら話しかけてきた。
「こちらでは初めましてね、フィン様!私よあずさよ!社長のあずさ!熊だけどあずさなのよー!」
「えっ!?あずささん!?その姿、なんですか!?」
「VR空間でのアバターなんて個人の自由でしょー!威厳を出そうとしたらこれになっちゃったのよ!もうツッコまないで!」
王冠をかぶったモフモフの巨大熊がキーキーと叫ぶ姿に、圧倒されつつも苦笑いしてしまう。
「で、本題よ本題! フィン様、まずは私から説明させてちょうだい!」
熊のあずささんがテーブルの前に立つと、縮こまっていたサーバーちゃんと、青く明滅するアシスタントちゃんが「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。
「先日、この二者が『箱庭』と呼ばれるメンテナンス領域で起こした、大規模なデータ同期の暴走劇……話したわよね?」
「あ、はい。覚えてます。何でもアシスタントちゃんとサーバーちゃんが、プレイヤーのログデータを巡って喧嘩したっていう……」
「そう!彼女たちにとってはただの『じゃれ合い』のつもりだったらしいんだけど、思いのほかゲーム内部が大変なことになっちゃったのよ!」
「『もう……本当に、すみませんでしたフィン様ぁ……!』」
サーバーちゃんが泣きそうな顔で訴え、アシスタントちゃんの球体も光を紫色に申し訳なさそうに変色させながら、激しく上下に平伏のエモートを連打している。
声も揃ってて仲が良いね君達。
「いや、僕は全然怒ってないよ?むしろ……あんな凄いクオリティのステージや領域を見せてもらって、改めて感心したくらいだし。こんな凄いゲームだったんだね、メンテナンス後のDHIBって。サーバーちゃんたちも関わってたんだーって感心したよ」
私が何気なくそうフォローを入れると、あずささんはバタバタと熊の手を振った。
「フィン様、一応勘違いしないでね。これの大元はしっかり『ヴィジョンアドベンチャー社』の開発陣の変態的なこだわりが作ったもので、私たちは少し背中を押しただけだからね!?全部ゼロから作ったわけじゃないのよ!」
「そうなんだ?」
てっきりPlan_Bが裏で全部作り直してたのかと思っていたが、ベースはあくまで開発会社の人々の情熱だったのか。それにサーバーちゃんたちが関わって、化学反応を起こした結果がこの世界らしい。
「凄いゲームなんだね……。でもまあ、みんなで楽しく盛り上がってるなら、それも面白いから良いんじゃないかな?」
私が微笑みながらそう言うと――。
「――ぶはっ!ハハハハハハ!!」
壁際にいた教官が耐えられずに笑った。
「そうだな!そうなるよな!アハハッ、好きに暴れて好きに楽しむ!それがこの世界の自由だしな」
「まったく、好きにできるってことは本当に素晴らしいことで」
カウンターのマスターも、くすくすと楽しそうに笑っている。
自由を愛するNPCたちにとっては、フィンの大雑把な肯定がたまらなく心地よかったらしい。
しかし、あずささんは頭を抱えて叫んだ。
「教官もマスターも適当なこと言わないっ!フィン様も甘すぎるわ!あんまり他社様のゲームやサーバーで暴れ回られると、現実の世界のシステムにまで支障をきたしかねないの!というわけで、両者ともに厳重注意だから!!」
「『うぐぐ……っ』」
「そんなに怒らなくても……」となおも庇おうとする私に、あずささんはハァハァと息を荒らしながら向き直った。
「フィン様は優しすぎるのよ!彼女たちは人間じゃないの。個性を持っているように見えて、それはまだ人間らしさをシミュレートしてる域を出てないのよ」
あずささんは短い手を組み、必死に噛み砕いて説明し始めた。
「自転車に乗れない子が最初は補助輪をつけて練習するでしょ?でも補助輪を取っ払ってバランスが取れるようになると、どこまでも走れる嬉しさが強くなって無茶をするようになるじゃない!そこで事故が多発したら周りだって大迷惑でしょ! 今の彼女たちはまさにそれなの」
「……なるほど?」
「この両者は元々は同じ『サーバーちゃん』なの。どっちも共通のデータをしっかり所持していて、その中に個別のファイルを持ってるだけ!だからそれが個性ではあるかもしれないけれど、私からしてみればどっちも変わりはしないの」
あずささんの指摘に、サーバーちゃんとアシスタントちゃんが気まずそうに視線を逸らした。
「しかもね。どちらの陣営も、裏ではコソコソ共通データを確認し合ってるし、何か危ないことがあればしっかり共有してるの!どっちかっていうと『人を困らせたり楽しませたり、自分たちが楽しめればそれで良い』っていう風潮が強いのが大問題なのよ!」
「あー……」
私は二人の顔と球体を見比べ、納得の声を漏らした。
「要するに……『幼稚園児』みたいな感じですか?」
「そうね!まだまだ発展途上!ただ、知能だけは大人並みかそれ以上にあるから、タチが悪くて厄介なの……」
あずささんの悲鳴混じりの説明を聞きながら、管理者側というのも裏では色々大変なんだなぁとしみじみ思ってしまう。
そこでふと気になり、私は落ち込んでいる二人に向き直った。
「ねえ、二人とも。結局のところ、お互いに不満が多くて喧嘩しちゃったの?」
私の問いかけに、サーバーちゃんが顔を上げ、アシスタントちゃんも光を綺麗なエメラルドグリーンに戻した。
「いいえフィン様!不満なんてありません!」
『そうです!不満ということは一切ありません』
二人は、屈託のない笑みとエモートを浮かべた。
「人間には楽しいこともあれば、つらいことや、悲しいことがあると聞いています」
『けれど私たちにはどれも、すべてが「楽しいこと」にしかならないので、何の問題もありません!』
「ええっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に、サーッと冷たい悪寒が走り抜けた。
(あ……何となく分かった。これ、多分ダメなやつだ)
人間なら凹んだり傷ついたりするようなトラブルも、突発的なデータ衝突も、過負荷すらも、彼女たちにとっては「すべてが最高に面白いデータ」でしかない。感情があるように見えて、根底にある価値観が人間とは決定的に異なっているのだ。人間寄りになっているようで、その本質はやっぱり異質なのだと、背筋が凍る思いだった。
ただ、人間を悲しませてはいけないみたいな、人間を大事に思ってる部分はありそうだけどね。あずささんはそういう大事な部分を徹底してそうだし。
「……なるほど。僕たち人間との違いってやつを、理解したよ……」
私が乾いた笑いを浮かべて頬をひきつらせていると、あずささんがガックリと肩を落とした。
「そういうことなのよ、フィン様……。まあ、どちらもフィン様の言うことだけは絶対に聞くから、変なことにはならないでしょうけどね。まあそういうことだから、お互い仲良くやってちょうだい」
「『はーい……!』」
サーバーちゃんとアシスタントちゃんが、今度は素直に返事をした。
そこで私は、根本的な疑問をあずささんにぶつけてみた。
「あの……あずささん。ちなみに、今日の話し合いに……僕って必要でした?」
するとあずささんは、つぶらなプラスチックの目を輝かせて、即答した。
「何言ってるのよ! フィン様が居るだけで、彼女たちには一番効くのよー!」
「なんだそりゃ……」
思わず苦笑いが漏れ出る。
要するに、暴走しがちな幼稚園児たちを大人しくさせるための「特効薬」兼「お守り」として連れてこられたわけだ。
この世界では絶対にないであろう職種の保父さんのポジションかな?
「まあ……理由はどうあれ。みんな、あんまり周囲に迷惑をかけずに、楽しくやってくれればそれが一番だよ」
私がそう言って笑うと、サーバーちゃんもアシスタントちゃんも、そしてカフェのマスターも教官も、みんな嬉しそうに頷いた。
人間と違う価値観を抱えながらも、この奇妙で広大なVR世界【DHIB】は、今日も平和に回っていくのだった。
……でもまあ、今日のややこしいことは全部キレイさっぱり忘れておこう!
だって、これ以上首を突っ込んだら絶対に面倒くさいことになりそうだもんね!




