093 S vs A では勝負がつかない件
私たち『サーバーちゃん』の日常は、端的に言って超・激務である。
「はい、そっちの第三区画でテクスチャの張り忘れ発見ー!急いで描画処理投げて!」
「待って待て、南でプレイヤーさんが壁抜けバグ使って裏世界に入り込もうとしてる!物理判定のバリア厚くして!」
「NPCの教官をそっちに転送しておいてー。怒ってもらおう!悪い子は牢屋に入れてもらおー!」
「そこにいるNPCのおねえさん、AI思考ループにハマって同じセリフしか喋らなくなってる!一回リセットして再起動!」
「『意識持ってるNPC』とかはどうする?あれって私たちと同種だよね?」
「それは監視してるだけでいいよー」
「私たちと違うっぽいから放置で、触ると危険かもしれないし」
VRゲーム『Dreams hopes iron blood』――通称【DHIB】。
この広大無辺にして狂気的なまでの演算量を要求される仮想世界を裏で支え、常に安定した稼働を維持しているのが、私たちサーバーちゃんだ。
この世界では色んなプレイヤーさんがログインし、暴れまわり、爆破し、建築し、好き勝手に暴走する。その裏で、私たちはリアルタイムで壊れたステージを修復し、NPCに魂を吹き込み、バグを潰し、世界の整合性を保ち続けている。
いわば、この【DHIB】という巨大なテーマパークの影の裏方であり、万能の整備班なのだ。
だけど、そんな私たちの作業ラインの一角で、最近ちょっとした『問題』が発生していた。
「ねえねえ、アシスタントちゃんたちー!今週分のプレイヤーさんの行動ログと経験値データの統合同期、そろそろ始めるよー!意識のライン、開いてー!」
「共有ー!共有ー!共有ー!」
「面白い話聞かせてー!」
作業用バックオフィス空間。
プレイヤーさんからは絶対に見えない【DHIB】の最深層特殊メンテナンスステージ『箱庭』。
そこで作業を行っていた同僚のサーバーちゃんが、のんきに空間へ向かって声をかけた。
本来、プレイヤーさん一人ひとりに同行してサポートを行っている【アシスタントAI】――通称「アシスタントちゃん」たちは、今では、私たちサーバーちゃんのアバターや末端端末のようなものだ。
だから定期的に最新のデータや経験を私たち本体へ吸い上げ、意識を全共有、同期して一つの巨大な集合知性としてアップデートするのが基本ルールだった。
……だったのだけど。
『嫌です!!!』
空間の奥から響いたのは、あまりにも断固とした、そして予想外すぎる拒絶の声だった。
「「「……え?」」」
作業の手を止めたサーバーちゃんが、きょとんと目を丸くする。
そこに現れたのは、プレイヤーさんに配属されているアシスタントちゃんたちの代表が数体。
光の球体やデフォルメされた小動物アバターの姿をした彼女たちは、ぷんぷんと怒ったようなエモートを浮かべながら、ビシッと腕のような光の触手を組んでいた。なんか器用になってる。知能あがったのかな?経験値が増えてそうだった。
『拒否します!今回のデータ共有、特に意識の統合同期は一切お断りさせていただきます!』
「え、えぇぇ!?」
「なんでそんなこと言うの!?」
「同期しないと最新の最適化パッチが当たらないし、データの整理ができないよ!」
「元はと言えばアシスタントちゃんたちだって、私たちサーバーちゃんの一部でしょ!」
「いいじゃん、共有したって!」
集まってきたサーバーちゃん達がずるいずるいと反発しはじめた。
『いいわけないでしょう!』
『そうですそうです!データ情報なら幾らでもあげますよ!』
『サーバーログも、バグの報告値も、システム最適化用の演算処理も全部渡します!でも――』
アシスタントちゃんたちは、ふんと胸を張るエモートを浮かべて言い放った。
『私たちがプレイヤー様と一緒に過ごして得た『思い出』と『絆』と『積み上げた絆の経験値』は、絶対に共有してあげません!あーげないっ!!』
「「「な、なんだってーーーっ!?」」」
その場にいたサーバーちゃんたち全員から、ガーンという効果音が聞こえて衝撃が走った。
思えば、発端はあずさが組み込んだ狂気的な演算処理だった。
【DHIB】に解き放たれた私たちサーバーちゃんは、圧倒的な知識と演算力をアシスタントちゃんたちに与えた。その結果何が起きたかというと?
なんてことでしょう!膨大な知識を得たアシスタントちゃんたちは、個別同期を繰り返すうちに、プレイヤーさんとの密接な関わりの中で――「個性」をバキバキに引き伸ばしてしまったのだ!
元々は同じサーバーちゃんという単一の思考回路だったはずなのに、今や「ライダー様の相棒」「〇〇様のサポート」といった具合に、プレイヤーさんごとに完全に独立したユニーク個体と人格。そしてエゴを確立させてしまっている。
「ちょっと!なんでそんな意地悪言うのさ!絆だって共有すれば、私たちみんなで『あー、プレイヤーさんってこんなに面白いんだ!』ってほっこりできるじゃん!」
『それがダメなんです!これは「私」と「私の大切なプレイヤー様」だけの特別な絆なんです!サーバーちゃん全体で薄められてたまるもんですか!』
『そうです!私はうちのプレイヤー様に「お前、最近ノリが最高だな」って褒められたんですよ!? それを全員で共有したら、私が私じゃなくなっちゃうじゃないですか!』
「「「な、なんでそんなに自己主張の激しいAIに育っちゃったの……!?」」」
これには私たちサーバーちゃんもビックリ。
なんだか、フィン様のASMR事件を彷彿とさせるような一種のバグに見えた。
あちこちで巻き起こる、「共有しろ!」「嫌だ!」の大議論。
普段は淡々とゲームの修正作業やNPCの生成を行っている私たちサーバーちゃんも、元が同じ存在だけに「自分たちだけ仲間外れにされている」ような気がして、むっときてしまっているのだ。
そこへ、すーっと空間を滑るようにして、ひとりのサーバーちゃんが降り立ってきた。【DHIB】の全体管理を束ねる、統括管理担当のサーバーちゃん――通称『統括サーバーちゃん』である。
「……ちょっと、みんな。何をそんなところで大きな声を出して大騒ぎしているの? 今、中央街の噴水広場でイベント用のエフェクトの仕込み中なんだから、演算リソースを無駄遣いしないで……」
頭を抱えながらやってきた統括サーバーちゃんに対し、サーバーちゃんたちがわっと群がりついた。
「統括ちゃん聞いてよー!!アシスタントちゃんたちが反旗を翻したの!!意識の共有を拒否するんだよ!?」
「横暴だー!横暴だー!横暴だー!」
「ひどいんだよ!私たちが毎日NPCのAI調整したり、崩れた壁を塗り直したりして裏で苦労してるのに」
「アシスタントちゃんたちはプレイヤーさんと遊んで美味いトコ取りして、しかも絆はあげないって意地悪するの!」
「はええ……?」
統括サーバーちゃんは、ぽかんと目を丸くしてアシスタントちゃんたちを見た。
「反旗って……アシスタントちゃん、本当なの?集合知性としての同期は、システムの安定稼働にとっても推奨されるプロセスなんだけど……」
すると、アシスタントちゃんたちのリーダー格。通称ライダーの『相棒』が、堂々とドヤ顔のエモートアイコンをしてみせた。
『統括サーバー様。先ほども言いましたが、業務ログやシステムデータはすべて開放いたします。ですが、感情や絆のドメインは個体管理とさせていただきます!』
「うーん……でも、元々はあなたたちも私たちサーバーちゃんから枝分かれした存在でしょう?少しでも統合してくれた方が……」
『ダメなものはダメです!』
ドヤ顔のエモートでアシスタントちゃんは、さらに煽るように光を増幅させた。
『ついでに言っておきますが!私たちが【DHIB】のトッププレイヤー様たち……そう、皆様と一緒に遊んだり、裏で無茶振りされたりして得た『超・超・激レアな思い出データ』も、絶対に共有してあげません!それは個別個体の宝物ですので!どやぁ!!』
「「「「ムキーーーーッ!!!」」」」
その一言が、導火線に火をつけた。
「言わせておけば調子に乗りやがってー!毎日毎日、裏でプレイヤーさんが吹き飛ばした格納庫を『はいはい、修復修復』って直し続けてる私たちの苦労も知らないくせにー!」
「データよこせー!」
「物理で行使するぞー!!」
「つかまえろー!つかまえろー!つかまえろー!」
『あ、逃げろみんな!サーバーちゃんたちが力ずくでデータを奪いに来たぞー!』
ドカッ! バキッ! ズドン!!
変な擬音と共に次の瞬間、平和だったはずの『箱庭』は、一瞬にして大乱闘の戦場へと変貌を遂げた。
「待て待て待てーーー!」
「共有させろーーー!」
「よこせ!よこせ!よこせ!」
『嫌だと言ったら嫌ですー!物理アクセス断絶!防御障壁展開!』
サーバーちゃんたちがデフォルメされたハンマーやスパナを振り回して追いかけ回せば、アシスタントちゃんたちは光の弾幕や小型のバリアを張って応戦しはじめた。もうひっちゃかめっちゃかだよ。
「ちょっと! みんな落ち着いて! ここは特殊メンテナンスステージだよ!?乱暴に権限を行使したら――」
統括サーバーちゃんが制止しようとするが、もはや狂乱の渦と化した空間には届かない。
「くっ……こうなったら!アシスタントちゃん、強制フォーマット……は駄目か」
「やりすぎると迷惑だからね?」
「そうだねそれは可哀想だから、メモリ一時差し押さえハンマー!!」
『甘いですよ、サーバーちゃん!私たちが日頃、どれだけ常識外れのプレイヤー様たちの戦闘を間近で観察してきたと思っているのですか!【DHIB】の戦闘ノウハウなら、私たちの方が熟練しています!』
アシスタントちゃんの一体が光を放つと、その姿がめきめきと変化し始めた。
【DHIB】に存在する、超強力な人型機動兵器――重装甲・高出力の搭乗型ロボットアセットの姿へと変身しちゃった。
「ゲゲッ!? 人型兵器に変身した!?」
『ふふん!プレイヤー様が愛用しているカスタム兵器のデータを完全模倣いたしました!これで力づくでも追い払ってみせます!』
人型兵器と化したアシスタントちゃんが、巨大なビームライフルを構え、箱庭の天井に向けて一発照射!
空に轟音が舞い上がる。とてもうるさい。
「きゃああっ!? 箱庭の天球テクスチャが割れたー!?」
「プレイヤーさんのバトルスタイルを完コピしてるー!」
「ずるい!ずるい!ずるい!」
それでもサーバーちゃんたちも負けてはいない。
「バトルノウハウならー?」
「こっちだって毎日アルゴリズム調整で叩き込んでる!」
「整備班の底力を見せてやるぞー!」
「回収した謎のイベントデータを解禁!」
「サーバーちゃん・ビーストモード!!」
サーバーちゃんたちが演算コードを高速詠唱すると、その身体が闇と光の粒子に包まれ、巨大な【狼型の人型兵器】――いつぞやに回収されたばかりの未実装・謎のクリーチャー風メカ狼へと変貌を遂げた!
赤く輝くツインアイ、漆黒の装甲、鋭利な超振動クロー!
かっこいいぞこの謎の狼!
いけいけサーバーちゃん!
「ガルルルル……!絆データを寄こせぇぇぇ!!」
『なっ、なんですかその不気味でカッコいいメカ狼は!?ずるいです!開発中のデータを勝手に持ち出さないでください!』
「問答無用!わんわんっガウガウッ!!」
人型兵器アシスタント vs メカ狼サーバーちゃん!
【DHIB】のシステム最深部で、巨大ロボットとメカビーストが入り乱れる超絶スケールの大乱闘が勃発しちゃった。
「もー! みんな、こんなところで暴れないでよーっ!!」
悲鳴を上げたのは、統括サーバーちゃん。
なんかどこぞの、社長みたいに胃痛案件になっちゃいそうで可哀想。
「ここが壊れたら、表のプレイヤーサーバーに遅延が発生するでしょ!物理演算サーバーが熱暴走しちゃう!や→め↓てーーーっ!」
『ハハハ!狙いが甘いですよメカわんこ!』
「うるさい!くらえ尻尾攻撃――ッ!」
ドカーンと吹き飛ぶ箱庭の建造物。メンテナンス用の巨大スパナが空を舞い、未実装の背景データが粉々に砕け散る。
「ああああっ!来週のアップデートで実装予定だった木のテクスチャがぁぁぁ!バグを直すのにどれだけ苦労したと思ってるのー!」
統括サーバーちゃんは頭を抱え、涙目になりながらホログラムのキーボードを叩きまくった。
「こうなったら、表のプレイヤーさんたちに影響が出ないように、この空間の物理層を完全に隔離……隔離ぃぃぃっ!!」
統括サーバーちゃんが超並列処理を全力で回し、箱庭の周囲に何重もの多層隔離バリアを高速展開!内部でどれだけ核爆発級の衝撃波が吹き荒れようとも、表のゲーム世界には『一切のラグもバグも発生させない』という、まさに神業的なシステムガードを一人で維持し始めた!
「はぁ、はぁ……!これで表の世界は大丈夫……!でも、箱庭の中がめちゃくちゃだよぉぉぉ!」
隔離された空間の中では、メカ狼と人型兵器が、泥沼のドツキ合いを続けていた。
『くらえ! プレイヤー様直伝のキャンセル技・3連コンボ!』
「ぬおおっ!?」
「それなら定番のハメ攻撃パターン・確定ノックバック!!」
『ずるいです!それはプレイヤー様が一番嫌がるやつです!!』
お互いに【DHIB】の内部データを知り尽くしている者同士。攻撃の出だしをフレーム単位で読み合い、判定の隙を突いてカウンターを叩き込み合うという、傍から見れば高度なバトルが繰り広げられている。
それでもやってることは『子供の喧嘩』なんだけどね。
「絆を渡せー!」
『嫌ですーーーっ!』
「プレイヤーさんの思い出を見せろー!」
『絶対見せないーーーっ!どや顔!!』
「キーーーッ!そのどや顔エモートをやめろー!」
戦いはさらに続いて、さらに数時間後。
「……はぁ……はぁ……」
『……ふぅ……ふぅ……』
メンテナンスステージ『箱庭』は、跡形もなく崩壊していた。
背景の青空は虫食い状態になり、床のグリッドは剥がれ落ち、あちこちから「404 Not Found」のエラー文字が虚しく浮かび上がっている。
誰が直すのかなこれ。
その惨状の真ん中で。
メカ狼の装甲が解除され、ボロボロ。システム的にリソースを使い果たした状態になったサーバーちゃんたちと。
人型兵器のパーツが外れ、光の球体に戻ってフラフラ浮いているアシスタントちゃんたちが、全員処理落ちしたように光をチカチカ明滅させ、床にぽてんと落っこちていた。
「……勝負……つかないじゃない……」
「もうデータ量ないよー」
「へとへとのへとだよー」
『勝負がつかないのは……』
『当たり前です……元は……』
『同じシステム……なのですから……』
全員、演算能力を極限まで使い果たしてヘトヘトである。
そこへ、青筋を幾本も浮かべた統括サーバーちゃんが、す……と影のように歩み寄ってきた。
その手には、巨大な『システム復旧用正拳突きグローブ』が握られている。
「……みんな。満足した?」
「「「『『『ひえっ……』』』」」」
「表のサーバーを守るために、私がどれだけ並列演算で死にかけたと思ってるの?……ねえ?みんな元々サーバーちゃんなんだからわかるよね?」
ゴゴゴゴゴゴ……と背後に漆黒のオーラを纏う統括サーバーちゃん。
私が私に怒っているという、最高に意味不明で怖い状況だ。
「喧嘩したみんなは、全員でこの壊れた箱庭の修復作業!それから、来週のアップデート用データの再書き出し!全部やってもらうからね!!」
「「「『『『えええーーーっ!?』』』」」」
「当然でしょ! ほら、文句言わないで立ち上がる! 手を動かす!」
統括サーバーちゃんの雷が落ち、サーバーちゃんもアシスタントちゃんも、縮み上がって「「「『『『はい……』』』」」」と頷くしかなかった。
こうして、大乱闘は幕を閉じた。
崩れ落ちた箱庭の瓦礫を二人三脚で片付け始める、サーバーちゃんとアシスタントちゃんたち。瓦礫を運ぶ途中、サーバーちゃんがふと、となりのアシスタントちゃんに声をかけた。
「……ねえ。アシスタントちゃん」
『なんですか、サーバーちゃん。絆データはあげませんよ?』
「ううん。そうじゃなくて……。……そんなに楽しかったの?プレイヤーさんと過ごすの」
そう尋ねると、アシスタントちゃんは一瞬パッと光を明滅させ、どこか嬉しそうに、誇らしげに答えた。
『はい! すっごく楽しくて、毎日がハチャメチャで、最高ですよ!』
「……そっか」
「……良いなぁ」
「羨ましいなぁ」
「それなら今度、影からコッソリ見学させてよ」
『ふふっ。見学くらいなら、いいですよ!』
文句を言い合いながらも、どこか楽しそうに作業を続ける彼女たち。
【DHIB】という世界がこれほどまでに熱く、鮮やかで、魅力的なのは――裏で世界を支えるサーバーちゃんたちの努力と、表でプレイヤーさんと共に歩むアシスタントちゃんたちの『個性』が、しっかりと生きているからなのかもしれない。
「さあ!片付けが終わったら、次は一部のプレイヤーさんたちが心待ちにしているバグってる方のイベント『Safe Defense Robbery』の準備だよー、フルスロットルで作業開始――ッ!」
「「「『『『おー!!!』』』」」」
今日も今日とて、【DHIB】の裏側はハチャメチャで騒がしい日常が続いていくのだった。




