091 楽しむ為にはノリと勢いが良くないといけない件
「――で、面白いものが始まるって聞いてきたけど、一体これは何をやっているの?」
VRゲーム『Dreams hopes iron blood』の広大なイベント特設フィールド。
その上空数百メートルに浮かぶ透明な観戦用特等席で、プレイヤーのひとりが眼下に広がるミニチュアのような廃ビル街を見下ろしながら、呆れ果てたようにコーヒーカップを傾けた。
もちろんだが、周りには同じようにこのおバカイベントを高みの見物しようと集まったプレイヤーたちが大勢押し寄せている。
ラウンジの中央には巨大なホログラムビジョンが浮かび上がっており、そこに配備された二十機の量産型ノーマル機の人型兵器のカメラ映像や、各機の操縦入力ログがリアルタイムで映し出されている。
「月に一度開催されてた公式のお祭りイベント『Safe Defense Robbery』――プレイヤー間では通称【ケイドロ】と呼ばれているやつだよ」
隣のソファに深々と腰掛けたベテランのプレイヤーが、手元のコンソールを操作してビジョンの画面を切り替えながら、呑気に答えた。
「警察陣営10人、泥棒陣営10人。プレイヤー全員がまったく同じ性能の『量産型人型兵器』に乗り込む。限定ルールで繰り広げられる、最高に頭が悪くて最高に真剣な大人のごっこ遊びさ」
「人型兵器で銀行強盗ごっこ……? 性能が同じなら、普通に撃ち合って戦争すればいいんじゃないの?」
「ふふっ、そこがこのイベントの狂っているところさ。まず今回の最大のポイントは、【操作方法が強制的にハイパー・モード固定】という点だね」
ベテランのプレイヤーがビジョンの隅にある「操縦ログ」を拡大してみせる。
そこには、近接センサーや思考伝達アシストといった最新の直感補正がすべてOFFにされ、無接点の二本スロットルと無数の物理スイッチ、そしてフットペダルだけでこの鉄くずを動かさなければならない、悪夢のようなマニュアル入力画面が流れていた。アシスタントちゃんも使用不能になっているのも恐ろしい。
「ハイパー・モード操作……!あの、ちょっとレバーを倒しすぎただけで機体がバランスを崩して前のめりに転んだり、旋回するだけで『ガコン!カツン!』ってフレームが悲鳴を上げる、操縦方式!?」
「その通り。思考と機体の動きにコンマ数秒のラグが生じるからね。熟練のパイロットでも、一歩足を踏み出そうとして関節のロックを解除し忘れ、膝からガックリ崩れ落ちるなんて日常茶飯事さ。そんな『不器用すぎる鉄の巨人たち』が、街中で真剣にごっこ遊びをするんだよ。……ほら、ビジョンを見てごらん」
特別ビジョンに映し出されたのは、警察側と泥棒側に分かれた各機体のコックピット映像だった。
どちらの陣営のパイロットも、目の前に並ぶ物理ボタンを狂ったような手つきでパチパチとブラインドタッチし、フットペダルを「踏んづけては戻す」を繰り返して、必死に機体の体勢を維持している。
「ルールは至ってシンプル。マップ中央の銀行に置かれた巨大な金庫を、泥棒側が奪取して指定の脱出地点の南の広場まで運ぶか、警察側を全滅させれば泥棒側の勝ち。逆に警察側は、泥棒機を全滅させるか、一定距離まで近づいて【捕縛ボタン】を押せば泥棒機体は動かなくなる。それらを駆使して全滅させれば、その時点で警察の勝ちとなる」
「捕縛ボタン?」
「そう。警察側の機体には特殊なショートコードが割り振られていてね。泥棒機のアサルトフレームに直接手を触れてコンソール上の【捕縛】をポチッと押すと、相手の機体に強制停止シグナルが送信されるんだ。電撃が走ったみたいにガシャーンと膝をついて強制ダウン、即脱落さ」
「へぇ、タッチされたら終わりなんだ。じゃあ武装はどんな感じなの?」
「警察側の武器は、手持ちの強化ゴム製警棒と、ハンドガン。どちらも基本的には格闘戦で距離を詰めて『捕縛』に持ち込むためのただの牽制用だね。対する泥棒側は、煙幕弾、ハンドガン、そして秘策の『電気銃』を持っている」
「電気銃?当たったらどうなるの?」
「喰らった機体は、内部回路がショートして『1分間、一切の操作を受け付けず完全停止』する。ただし――ここが一番面白いところなんだけどね」
ベテランのプレイヤーはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「電気銃の効果で痺れている1分間は、システム上の安全装置が作動して『一切の外部攻撃を受け付けない完全無敵状態』になるんだ」
「えっ、無敵!?倒せるわけじゃないの!?」
「そう。攻撃が効かないんだから、泥棒側も電気銃で痺れさせた警察機を破壊することはできない。……でもね、ハイパー・モードの操作で動く重い鉄の塊が、狭い路地のど真ん中で『動かない無敵の障害物』として棒立ちになったらどうなると思う?」
「あっ……!通路が物理的に塞がる……!?」
「正解。物理的な通せんぼさ。しかも無敵だから警察側も味方を破壊して退かすことができない。泥棒側は電気銃を『敵を倒す武器』ではなく『動かない巨大な壁を作るツール』として使うんだよ。実に意地が悪いだろう?ただし、泥棒側も一機に対して電気銃を使えるのは1回までだけどね」
「うわぁ……めちゃくちゃ頭使ってる……!警察側の方が不利に見えるけど、なんでそんなリスクを犯して泥棒なんてやるの?」
「理由は単純、『山分けの配分』さ。勝利した時の賞金プールは、警察側が勝つと『3割』を10人で山分け。でも、泥棒側が勝つと『7割』が一獲千金で手に入るんだよ!あと単純にゲームとして面白いからかな?操作慣れにもこのイベントは良いからね」
「なるほどね。ハイリスク・ハイリターンなわけね」
「ちなみにそれだけじゃない。……泥棒側には、負けた時の『真の恐怖』が存在するんだ」
「真の恐怖……?」
ベテランのプレイヤーは声を潜め、ビジョンの下部に表示された注記テロップを指差した。
「泥棒側のプレイヤーは、もし警察に負けたり捕縛されたりした場合……そのプレイヤーはイベント終了後にゲーム内の『特設刑務所』へ強制送還される。そして、現実時間で『12時間』の雑用奉仕作業という名の、『ひたすら岩を砕いて穴を掘る作業』を完遂するまで、一切ログイン場所を変更できず外に出られないんだ。ただし、それに見合った素材も貰えるから無駄というわけでもないよ」
「じ、12時間!?貴重なプレイ時間が穴掘りで潰れるの!?」
「そう。だから泥棒側のプレイヤーたちは毎回、命とプライドと休日を懸けて、本気で泥棒になりきって挑んでくるのさ。……ほら、ビジョンで作戦会議のカウントダウンが始まるよ」
特別ビジョンのカウントダウンが【00:30】を示した瞬間、上空のラウンジに重低音のシステムアラートが響き渡った。
『ただいまより、30分間の作戦タイムを開始します』
「さあ、見ものだよ。不器用な鉄くずたちの、最高に真剣でバカバカしい攻防劇の開幕だ!」
……………
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「よし、全員いるわね!?今回こそ泥棒たちを一人残らずつかまえるわよ!」
ここは警察陣営の銀行前、防衛エリア。
警察側の一号機に乗るリーダーが、通信で声を張り上げた。
画面には、おそろいの濃い青色にぬられた、武骨で大きな人型兵器が十機並んでいる。
四角い肩の装甲、分厚い胸のプレート、そして太い油圧シリンダーがついた脚。通称『動く鉄くず』である。
「作戦を伝えるわ!私たちの勝利条件は『泥棒の全滅』。敵に近づいて【捕縛ボタン】さえ押せば、一撃で相手の動きを止めて勝てるわ!」
「リーダー!でもハイパー・モードだと、前に進むだけでも大変です!」
二号機に乗るプレイヤーが、必死な声で叫ぶ。
それもそのはず。一歩前に進むだけで、たくさんの操作が必要なのだ。
「きゃっ!?レバーを強く倒しすぎたー!」
二号機の鉄の足が「ドカン!」と激しく地面を叩き、機体がグラリと傾いた。
そのまま隣にいた三号機の肩に、重い音を立ててぶつかってしまう。
「ちょっと二号機!押さないでよ!こっちは『捕縛コード』の練習中なんだから! 手がすべって別のスイッチ入れちゃったじゃない!」
「ごめんなさい!ペダルの踏み込みが強すぎたみたい!」
こんな風に、あちこちで『ガコン!カツン!』と金属がぶつかる音が響き、警察陣営は大さわぎだ。
「落ち着きなさい!続けるわよ。泥棒側の武器は『煙幕弾』と『ハンドガン』と『電気銃』。電気銃をくらったら1分間動けなくなるけど、その間は敵の攻撃も効かない【無敵状態】になるわ!だから、もし痺れた味方がいたら、その背中に隠れて盾にするのよ!」
「「「味方を盾にするの!?」」」
「動けないんだから役に立ってもらうわ!銀行の前に一号機から七号機まで並んで壁を作る!残りの八号機九号機は裏口。十号機は横の路地を固めるわよ!」
「「「おーっ!!」」」
警察の十機は、スイッチをバチバチと叩きながら、ぎこちない足取りでポジションにつき始めた。
一方、黒と赤のド派手なペンキでぬられた泥棒陣営の十機。
こちらは泥棒陣営。裏路地、隠れ家エリア。
雰囲気は、ワイワイ騒ぎつつも、どこか切実な悲鳴にあふれていた。
「いい?全員、よく聞いてね!」
泥棒側の一号機のリーダーが、コクピットの中で青ざめた顔で叫ぶ。
「もし警察につかまったら、ゲームの中の『刑務所』行きよ!12時間もひたすら岩をピッケルで砕いて、穴を掘るだけの作業をするのよ!」
「絶対に嫌だーーーっ!穴掘りはもう嫌だーーーっ!」
「経験者は語る。無駄に近い無駄じゃない作業」
「前につかまったとき、12時間ずっと穴を掘りすぎて、夢にまでピッケルが出てきたんだからーーっ!」
「脱走できないからなぁ。仕方ないけども」
悲鳴のような叫びが通信を飛び交う。
「でも、ちゃんと穴を掘れば良い素材がもらえるから、完全に無駄ってわけでもないんだけどね!」
「そうだけど!今は穴掘りじゃなくて、一獲千金の賞金が欲しいのーっ!」
「そうね。それじゃあ作戦を説明するわ!」
一号機がモニターで作戦図を表示した。
「まず、一号機から五号機までの『陽動班』が、銀行の正面から堂々と突撃するわ! 煙幕弾で相手の注意を引きつけるの!」
「リーダー!泥棒の切り札『電気銃』はどうしますか!?」
「電気銃を使えるのは、敵一機に対してたったの1回まで!だから一番大事な場面で使うわよ!電気銃で痺れた警察の機体は、動かない無敵の障害物になるから警察の機体を使って、警察の邪魔をするのよ!」
「「「あくまだ……!」」」
「そして! 警察の注意が正面に向いている隙に、六号機から十号機までの【奪取班】が裏口から突入!金庫室のドでかい金庫を引っ張り出して、南の広場まで運ぶわよ!」
「リーダー!ハイパー・モードで重い金庫を運ぶのは、めちゃくちゃ難しいですよ!?」
「そうよ!一機じゃ重くて動かないから、奪取班の三機で引っ張って、足並みをそろえて『イチ、ニ! イチ、ニ!』ってペダルを踏むの!リズムがずれたら全員で転ぶから気をつけてね!」
「わかった!リズムゲームだと思ってがんばる!」
「12時間の穴掘りを回避して、7割の賞金を手に入れるわよ!突撃ーーーっ!!」
泥棒側の十機は、関節のロックを解除するスイッチをパチパチと切り替え、ペンギンみたいなぎこちない足取りで、いざ銀行へ向かって進み始めた。
まだゲームがアップデートされて間もないのだから仕方の無いことかもしれないが、それでも歩けるだけも凄い事ではあった。
『――作戦タイム終了。これより、Safe Defense Robberyを開始します!』
重低音のシステムアラートがフィールド全体に響き渡ると同時に、警察と泥棒の十対十による、最高にバカバカしい決戦の火ぶたが切られた。
……………
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「作戦通り!一号機から五号機までの陽動班、突撃ぃぃぃーーーっ!!」
銀行前までやってきた泥棒組は、泥棒一号機の叫びとともに、正面の大通りを五機の黒赤の鉄くずが進撃しようとした。が、さすがのハイパー・モード。そう上手くはいかない。
「きゃあぁぁ!?スロットル踏み込みすぎて前傾姿勢になりすぎたー!」
「四号機!足の接地ロック解除してない!前に倒れる、倒れるぅぅ!!」
なんと開幕わずか5秒、泥棒側の四号機が足を引っかけ、派手に前倒れして路面にダイブした。人型兵器の鉄の塊が豪快にアスファルトを滑り、街灯をなぎ倒していく。
「よし!ナイス前傾スライディングよ四号機!」
「ただの操作ミスですーーーっ!!立ち上がり方がわからない!!」
「そのまま道路を塞いで時間を稼ぎなさい!煙幕弾、投擲ぃぃ!!」
泥棒機が投じた煙幕弾が炸裂し、銀行前の広場は一瞬にして濃密な白い煙に覆われた。
「煙幕だと?うろたえるな警察陣営!ブラインド射撃で撃ち払え!」
警察側の一号機が声を張り上げ、他六機がハンドガンを構える。
しかし、ここは悪夢のハイパー・モード。照準補正なんて気の利いた機能は存在しない。
手元の微小な震えをそのまま拾ってしまうスロットルのおかげで、ガンポッドの砲身が上下左右に狂ったように跳ね上がる。
銃声が鳴り響く。しかし打ち出された弾丸はあられもない方角へ飛ぶ。
「どこ狙ってるの!?雑居ビル3階の看板が吹き飛んだわよ!」
「手首が緩んでて、反動で銃口が上に向いちゃうのよー!」
「落ち着いてレバーを固定しなさい!撃って撃って撃ちまくるのよ!」
警察機が放った豆鉄砲のようなハンドガンの弾丸は、泥棒機どころか明後日の方向のアスファルトや信号機を弾き飛ばすばかりだ。
「今がチャンス!泥棒の切り札、電気銃発射ぁぁぁ!!」
煙の中からニュッと突き出された巨大な砲身から、青白いスパークが弾け飛ぶ!
雷音のような光の直撃を受けた警察側の二号機の胸部装甲から、激しい火花が散った。
「よし!二号機に電気銃ヒット! 1分間停止確定!」
「この無敵の二号機をみんなで押すわよ!」
「えっ? 押し込むんですか!?」
「そう!この動かない無敵の鉄くずを、銀行の正面玄関のど真ん中にセットして完璧な壁にするのよ!」
「え!? ちょっと、泥棒たちが痺れた二号機を押して動かし始めたぞ!?」
「味方を押し込むなー!押し返せー!二号機を解放しろーーーっ!」
押し込まれそうになる二号機を救出すべく、警察側も正面から力まかせに押し返す!人型兵器の鉄くずたちが、動かない二号機を間に挟んで「押し相撲」を開始した。アホみたいな事をし始めているのだが、実際は勝ち負けよりも、どちらの陣営も基本的にノリがいいだけである。
しかし、ここは『Dreams hopes iron blood』。
イベント中の押し相撲のベクトル判定は、単純に【先に押し始めていた側(泥棒側)の押し込み判定が優先される】という謎の仕様が『まだ』存在していた。
「くっ、押し返せない!?なんで警察側のほうが押し負けるのよ!?」
「だめ!先に押し始めた泥棒側の押し込み判定のほうが強い!判定勝ちしてるーーーっ!?」
「押さないでぇぇぇ!私、挟まれてる!挟まれてるからぁぁぁーっ!」
二号機の悲鳴も虚しく、泥棒たちの圧倒的な押し込みバグ判定によって、警察機達はそのまま銀行の正面玄関へ激しく叩きつけられた!
泥棒機に容赦なく壁へと押し当てられた結果、イベントシステム上の位置判定が衝突限界を突破。警察機達の背中が、銀行の壁グラフィックに『ズボッ』と深々とめり込んでしまった!
「ああっ!?やばい、壁にめり込んだ!スタックしちゃったーーーっ!?」
「画面がガガガって振動してる!テクスチャの隙間に挟まって完全に埋まってるわよ!?」
「ちょっとぉぉぉ!物理的に腰から下が壁から抜け出せないんだけど!?」
「あああーっ!これは壁押し付けバグかもー!こういうのはアップデートで治ってないんかーい!!」
無敵時間が切れたにもかかわらず、物理的な地形ハマりによって身動きが取れなくなった警察機。
「よし! 警察機が壁にスタックして物理的に正面を完全封鎖完了!」
「警察の機体どころか物理エンジンのバグまで使って!?悪魔かこの泥棒ども!!」
「直ってないバグが悪いのよ!これで警察の正面組はしばらく手出しできないわよ! 今のうちに裏口組、金庫を奪取しなさい!」
「ハイパー・モードに設定されてるから直ってるはずなんだけどなぁ。これ絶対遊ばれてるよね?」
……………
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正面が大惨事になっている頃。
泥棒側の奪取班。泥棒六号機から十号機は、銀行の裏口へとたどり着いていた。
「裏口到着!よーし、ここはドロップキックでド派手に破る!」
「バカ言わない!ハイパー・モードでドロップキックなんて高等テク、できるわけないでしょ!片脚上げた瞬間にバランス崩して後ろにひっくり返って自滅するのがオチよ!」
「じゃあどうするの?」
「腕の関節モーターを力まかせに回して、不器用なパンチを叩き込む!右肩オン!肘固定! 進ペダル踏み込みぃぃぃ!!」
泥棒側の六号機がぶん回した大雑把すぎる拳が、裏口の扉を豪快にぶち破る。
「やった、破れたー!金庫室へ急げーーー……って、ああっ!? ペダル踏み込みすぎたー!」
しかし慣性制御に失敗した泥棒側の六号機が、そのまま勢いを殺しきれず狭いフロアの曲がり角を曲がりきれずに壁へ激突。頭から壁に突き刺さってスタックした。
俗に言う『壁に頭がめり込む現象』である。
「慌てるな六号機!バックのスイッチを入れろ!」
「バックのボタンどれだっけ!? あった! スイッチ『F-04』だ!」
「それ『緊急消火装置』のボタンよーっ!?」
六号機の全身から大量の白煙と消火剤が吹き出し、狭いフロアが真っ白な粉で埋め尽くされる。
「うわああ!前が見えない!何やってるの六号機!」
「間違えて隣のボタン押しちゃったのー!でも待って……消火装置って使えたんだ!?初めて知ったんだけど!」
「本当だわ!煙幕代わりに使えるじゃない!次回からこれ目くらましにメタ利用できるわね!」
「感心してないで視界を確保してよー!」
そこへ、裏口に回っていた警察側の七号機と八号機が、消火剤の煙を割って姿を現した。手に持っているのは、重厚な強化ゴム製警棒。
「待ちかねたわ、泥棒!ここから先は一歩も通さない!」
警察七号機が警棒を壁に刺さっている泥棒六号機へ振りかぶる。
ハイパー・モードにおける格闘攻撃は、腕の関節モーターを『肩、肘、手首』と順番に駆動させる必要があるのだが上手く操作できた様だ。
「痛い痛い痛い!警棒の威力が重すぎる!」
「逃がさないわ!『捕縛ボタン』――ポチッとな!」
ノリの良い警察七号機がコンソールの【捕縛】を使用。
それにともなって、泥棒機から警告音がなった。
『ピピピッ!強制停止シグナル送信』
「あぁぁぁっ……!膝の油圧が……落ちるぅぅ……!」
捕縛シグナルを受けた泥棒側の六号機は、スタックしたまま派手に膝をつき、その場に崩れ落ちて完全停止した。むしろそれがさらなるバグを呼び起こし、今度は警察機の七号機と八号機が動けなくなってしまった。
「ああ、やっちゃった!」
「巻き込みバグになってるじゃーん!」
「六号機が完全停止されたー!でも立ち止まるな!七号機、八号機、九号機は金庫室へ雪崩れ込めー!」
残った泥棒機が、わき目も振らずに金庫室へ移動する。
部屋の中央に鎮座するのは、超巨大な金庫だ。
「あった!金庫よ! ……ってか、毎回思うんだけどさ」
「なによ?」
「人型兵器で奪いに来てるからって、なんで金庫までこんなにデカいのよ!どんなサイズの現金入ってるのよこれ!あと、銀行のサイズ感もおかしいでしょ!」
「言わないの!そこは『大人の事情』ってやつよ!過去の運営が『ロボットサイズに合わせて引き伸ばしました』って露骨に主張してるんだから、それいったら、何で銀行の入り口も人型兵器サイズになるのよ!頭おかしいけど、突っ込んだら負けよ!あと、ここのイベントもアップデートしなさいよ!なんでこんな頭のおかしいイベント残ってるのよ!」
「絶対これ、忘れ去られたイベントだよね。遊ぶ側は楽しいけど」
突っ込みを入れつつも、金庫の横を見渡した泥棒七号機が声を上げた。
「そして何故か都合よく金庫の横に、極太の牽引ワイヤーが落ちてるわ!」
「なんでだろうねー。どうしてだろうねー」
「最初から持ち物に入れてくれればいいのに、絶対に持ち物枠に入れたくないんでしょうね!だってこれ最初からあったら便利すぎちゃうもん!」
「運営も『ここだけにしか使って欲しくない』からって、毎回この場所に落ちてるのはどうかと思うわ」
「ごたくは良いからワイヤーを金庫に引っかけなさい!」
メタ的に納得した泥棒たちが、さっそく金庫にワイヤーを装着させる。
ハイパー・モードでの操作もあって難しそうに見えるが、ここだけは簡易入力でいけるらしい。多分ここもアップデートできていない。
「重っ!?ハイパー・モードのトルク最大にしても一機じゃびくともしない!」
「だから言ったでしょ!三機で並んでワイヤーを引くの!いい?掛け声に合わせてフットペダルを踏んで!せーのっ、『イチ、ニ! イチ、 ニ!』」
三機の泥棒機が、まるで『地獄の綱引き』をするかのように、ぴったり息を揃えてステップを踏む。
少しでも誰かの踏み込みがずれると、機体のバランスが崩れて全員で転倒してしまうのだ。まさに命がけのリズムゲーム!
「うおおお!動いた!巨大金庫が動いたぞー!」
「動いたって言うか滑ってるよね。ちょっと金庫があらぶっててバグりそうで怖い」
「こ、このまま、壁を壊して脱出広場へ向かうわよ! 12時間の穴掘り作業は絶対に回避するのよーーーっ!!」
銀行の側面にある「なぜか内側から簡単に崩れる仕様の壁」が豪快に崩れ落ち、もうもうと立ち込める砂煙の中から、巨大な金庫を引きずった泥棒機たちが姿を現した。
「壁を壊してショートカット成功!このまま南の広場まで突っ走るわよ!」
「えっさーほいさーえっさーほいさーって?」
牽引ワイヤーを肩にかけた泥棒七号機、八号機、九号機が、巨大金庫をズルズルと音を立てて引っ張っていく。
警戒する十号機と、後ろでは、陽動から合流した他の泥棒たちがガードを固めている。
「あと、この内側から簡単に壊せる壁って何なのよ!」
「アップデート前のマップデータ改変ミスがそのまま残ってるみたいだから仕方ないよ!多分運営も放置してるから実質公式ルート扱い!」
「放置しすぎでしょ!感謝するけど!」
「絶対放置してないってこれ、遊ばれてるだけだってー」
巨大金庫がアスファルトを削りながら進む。
だが、脱出地点である『南の広場』まであと数百メートルというところで、前方から激しい金属音が響いてきた。
「逃がすかぁぁぁ!!泥棒どもーーーっ!!」
狭い路地を迂回してきた警察側の残存部隊が、正面の交差点から立ち塞がった。
さらに、後方からも壁のスタックから、どうにか力まかせに脱出してきた警察機たちが追いかけてくる。
「しまっ……正面も後ろも挟まれた!?警察の足が予想より早い!」
「金庫が重いだけだよ。え、つっこんじゃだめって?」
「ふふふ……なめるんじゃないわよ!こっちだってハイパー・モードのペダル連打で足の限界速度を叩き出してきたんだから!」
「足の関節シグナルがオーバーヒート直前だけどね!」
「壊れても勝てば良い!全機、【捕縛】の準備!泥棒たちを一機残らず刑務所へ叩き落としなさい!」
「「「おーっ!!」」」
前後からじわじわと距離を詰めてくる警察陣営。
泥棒側のプレイヤーたちに走る緊張感。
負ければ現実時間で『12時間の岩砕き・穴掘り作業』が待っているのだ。
「嫌だ……!12時間の穴掘りだけは絶対に嫌だぁぁぁーっ!」
「ピッケルを振り下ろすだけの作業なんて二度とやりたくないー!」
「何度もやってるから、別に苦じゃないけどね」
「みんな!最後の電気銃を使うわよ!残ってる機体、全弾発射ぁぁぁ!!」
泥棒機が一斉に残った電気銃を構え、警察機に向かって放つ!
「きゃあぁぁっ!?」
「やられたーーーっ!?」
警察側の機体が電気銃を喰らい、またしてもカチコチに固まる。
正面にいた人型兵器が一種のモニュメントみたいになってて奥深い。
「敵機停止!」
「でも残ってる警察機が迫ってくるわ!電気銃はもう使い切ったわよ!」
「敵のハンドガン、結局あたりもしなかったね」
「なら……最後の力技よ!痺れた警察機を、追いかけてくる後ろの警察機に向かって蹴り飛ばし……じゃなくて押して転がすわよ!」
「押し勝つわよ!判定勝ちの暴力よーーーっ!!」
サポートする泥棒機たちが力まかせに無敵状態の警察機を押し込む。
そして後ろから走ってきた警察機と正面衝突!
アップデートされていないであろう、イベント中の物理エンジンのガバガバな衝突判定によって、無敵の機体にはじき飛ばされ、後続の警察機が、まるでドミノ倒しのように重なって転倒した。
「ぎゃあぁぁっ!?味方が降ってきたー!」
「無敵の味方が一番危険な質量兵器になってるぅぅぅ!」
「今よ!広場へ飛び込みなさーい!!」
大混乱に陥った警察陣営を横目に、泥棒側の七号機、八号機、九号機が、死力を尽くしてペダルを踏み込む!
『イチ、ニ! イチ、ニ! イチ、ニ!』
関節モーターが悲鳴を上げ、黒赤の機体がガクガクと激しく揺れる。
金庫が広場の境界線の黄色のエリアラインをズズズ……と跨いだその瞬間――!
『ピロリロリーン♪』
フィールド全体に、ド派手なシステムアナウンスと紙吹雪のホログラムが舞い散った。
『――勝者、泥棒陣営!!金庫の完全奪取を確認しました!』
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
「勝ったー! 7割の賞金ゲットーーーっ!!」
「12時間の穴掘り回避ぃぃぃ!!助かったぁぁぁーっ!」
南の広場にたどり着いた泥棒機たちが、抱き合おうとして案の定ハイパー・モードの操作ミスで派手に押し倒れ合い、将棋倒しになって大歓声を上げた。
一方、現場に遅れて辿り着いた警察陣営の一号機は、膝から崩れ落ちて地面を叩いた。
「くそぉぉぉ……!久々に泥棒側に持っていかれたわ……!」
「ハンドガン全然あたりませんでしたね……」
「でもまあ、負けても参加賞はもらえるし……穴掘りしなくていいのは私たちも同じだから……」
「そうね……穴掘りがないだけマシだと思いましょう……」
「いやーでも、最高に面白かった。また残ってるといいなーこのイベント!」
「穴掘りも面白そうではあるよね?やったことないからわからないけど」
「でも、どっちの陣営も人型兵器を倒そうとしないのはプロレスみたいで面白いんだよね。また遊びたいねー」
眼下で繰り広げられた壮絶なバカ騒ぎを見届けた観戦ラウンジでは、拍手と爆笑が巻き起こっていた。
「ハハハ!いやー、最高に酷い試合!」
「壁押し付けバグに、巻き込みバグ、最後は無敵機体の押し込みドミノ倒し!」
コーヒーカップを置いたプレイヤーが、隣のベテランプレイヤーに満足そうに頷いた。
「いやあ、面白かった。一見するとただのクソ操作イベントに見えるけど、みんな本気で工夫して戦ってるのがいいね」
「そうだろう?不自由な鉄くずだからこそ、生まれるドラマとハプニングがあるんだよ。……まあ、一番のドラマは来月修正されるかもしれないバグとの戦いだけどね」
「ふふっ、それも含めてこのイベント『Safe Defense Robbery』か」
「次はもう無さそうだけどね」
ホログラムビジョンには、無事に勝利して大喜びする泥棒たちと、壁から抜け出せずにいまだにガガガと振動している警察二号機のシュールな姿が映し出されていた。
『――次回の「Safe Defense Robbery」は、来月第3土曜日に開催予定です。皆様のご参加をお待ちしております!』
「「「絶対に来月まで残ってないわ」」」
上空の青空に大きな告知テロップが浮かび上がり、最高にバカバカしくて最高に熱い「ケイドロ」の一日は、賑やかな歓声とともに幕を閉じたのだった。




