090 これを衣装とよぶにはオカシイ件
その後の私はソファに深々と体を預けながら、のんびりと読書を楽しんでいた。
……はずだったのだが。
「彰様ーーっ! ついに届きましたよ! 届きましたよー!!」
普段のクールで完璧な立ち振る舞いはどこへやら、雫が巨大なダンボール箱を両手に抱え、ルンルンとした足取りで部屋に飛び込んできた。
なんだかいつにも増して目がキラキラしている。いや、ギラギラしていると言うべきか。嫌な予感しかしない。
「えっ……届いたって、まさか……」
「ええ!この前お話しいたしました、我が最高傑作・守護騎士『キュリア』の衣装一式でございます!!」
ドサリ、と重厚な音を立ててテーブルの上に置かれた大きな箱。
雫は興奮を抑えきれない様子で箱のテープを勢いよく引き剥がすと、中から丁寧に梱包された衣装やパーツ類を次々と取り出し、私の前に並べ始めた。
「ささ、ご覧ください彰様!これこそが、彰様を完璧な女騎士へと仕立て上げる特注品です!」
「うわぁ……すごいな……」
思わず素の感嘆が漏れた。
目の前に広げられた衣装は、素人目に見ても尋常ではないクオリティだった。
イラストで見たあのゴテゴテとした繊細な西洋鎧の質感、重厚な装飾、滑らかな生地。どれをとってもテーマパークの高級衣装か、映画の撮影用小道具レベル……いや、それ以上の存在感を放っている。
「へぇ……生地の手触りもすごくいいんだね。なんだかすごく頑丈そうだし」
私が感心しながら、漆黒と金を基調としたインナー生地を撫でていると、雫が誇らしげに胸を張って解説を始めた。
「お目が高いです彰様!その生地は、人工的に作り出したクモ糸から抽出した超高強度合成繊維で編み上げられております。軽量でありながら耐摩耗性に優れ、9ミリ弾程度の弾丸なら容易に弾き返し、鋭利なナイフの刺突すら一切貫通いたしません」
「……はい?」
今何つったこの娘?
私は見事に固まった。
「……ちょっと待って雫。今なんて言った?」
「弾丸もナイフも通さないと申し上げましたが?」
「なんで!?コスプレ衣装だよね!?なんで防弾・防刃仕様になってるの!?」
「何が起きるか分からないのがリアルイベントという戦場でございますから。そしてこちらの胸当てと肩部分の装甲ですが――」
雫は私のツッコミを涼しい顔でスルーし、ズッシリとした金属光沢を放つ胸当てを持ち上げた。
「こちらも特殊な軽量合金とチタンの複合材で作成されており、見た目からは想像もつかないほど軽量です。もちろん、至近距離からの散弾銃の直撃にも耐えうる防弾性能を誇ります。戦車に踏まれても潰れません」
「何と戦うつもりなの僕!?会場に何が来ると思って作ってるの!?」
思わず声が裏返ってしまった。そこは戦場じゃない。Vチューバーの同人即売会だぞ。お前の頭もDHIBに汚染されてない? 大丈夫?
呆然とする私を置いて、雫のノリノリな商品説明は止まらない。
「そしてこちらの腰に帯びる大剣でございますが」
「これもまさか真剣だったり……」
「いいえ、安全面には親切丁寧に配慮いたしました。刃部分は高密度の特殊低反発ゴムで形成されておりますので、どれほど思い切り相手に叩きつけましても『ふにゃっ』としなるだけで、怪我一つさせない安全設計となっております!」
試しに雫が剣の身をポンポンと叩くと、確かに見た目の重々しさに反して、先端がふにゃふにゃとマシュマロのようにしなった。
見た目は真剣そのものなのに……視覚で騙されているのかな? すごいなこれ。
「あ、そこは急に安全面重視なんだ……」
「当たり前です!イベント会場でお怪我をさせるわけにはいきません。……そして、こちらが秘密兵器のチョーカーです」
雫が恭しく差し出してきたのは、中央に大きな漆黒の宝石があしらわれた、ゴシック調の美しいチョーカーだった。
「この中央についている宝石が、超小型ボイスチェンジャーユニット本体となっております。内部のノイズキャンセラーと高性能マイクが音声を拾い、付属の特殊マスクを着用して喋っていただくことで、彰様の声をリアルタイムで『気高く可憐な美少女の声』へと完璧に変換いたします。小型バッテリー内蔵で、丸一日連続使用しても余裕で稼働いたしますよ」
「すごい……これ本当に良く出来てるね。アニメに出てくる七つ道具みたいだ……」
「さらに、こちらのロングヘアのウィッグも、インナーと同じ人工クモ糸から作られた特注品です。シルクのように滑らかなキューティクルと美しい金髪の光沢はもちろんのこと、激しいアクションや衝撃を受けても絶対に乱れない圧倒的な耐久性は、本物の人毛を遥かに凌駕しています。そして最後の仕上げ――こちらの足元の発信機付きロングブーツですが」
雫がズシリとした革製ブーツのつま先を指さした。
「左足のかかと部分を強く二回踏み込んでいただくと、内部の圧着ガスが開放され、周囲十メートルに視界を遮断する高濃度煙幕が大量噴出いたします。緊急退避の際にご使用ください。あと、転倒事故にはご注意を」
「発信機とか煙幕まで仕込まれてるの!? 脱出装置付きのコスプレって何!?」
私は頭を抱えた。
何なんだこの衣装一式は。
裏の業者って一体どこに頼んだんだ。
絶対軍事用の技術が混ざってるだろこれ。
「さあ、彰様!説明は以上です。早速着てみてくださいませ!」
「えぇ……いや、構造はすごいと思うけどさ……」
「さあさあ!善は急げでございます!」
「わ、わかったよ!じゃあ……まあ、ちょっと着てみるくらいなら……」
押し切られる形で引き受けると、雫は満足そうに頷き、素早くメイク道具一式を取り出してきた。
「ではお着替えの前に、まずはお顔に軽くお化粧を施させていただきますね!」
「……え?お化粧までするの!?」
「当たり前でございます!完璧な『キュリア』を生み出すには、顔立ちの補正と立体的なメイクが不可欠です! さあ彰様、目を閉じて……終わるまで、絶対に鏡は見ないでくださいね?」
「うぅ、わかったよ……」
私は腹を括って目を閉じた。
そこからは、雫の職人技とも言える怒涛の作業が始まった。
パフが肌を叩く軽い音、筆が滑る感覚、甘い化粧品の匂い。
手際があまりにも良すぎて、何の文句を挟む隙もない。
こういうところは真剣なメイドっぽさがあるんだけどなぁ。
「はい、お顔の準備は完了いたしました!では次に、この肌色のインナースーツを別室でお召しになってください。その後の試着はお任せ下さい」
「これ……医療用の補正パッドが付いてるやつだよね?」
「ええ、女性特有の美しいボディラインと、例の圧倒的な『胸』のボリュームを自然かつ完璧に再現するための、特注シリコンボディスーツでございます。さあ、こちらへ!」
そこからは、もはや着替えというより「装着作業」だった。
インナースーツを着込み、その上から防弾性能付きのインナーウェアを纏い、雫の手を借りながら重厚な装甲パーツを一つ一つカチリ、カチリと装着していく。
意外にも通気性は抜群で、特に汗で蒸れるような不快感も全くなかった。
これは、本当に最先端の医療用技術にしか思えないな。
仕上げに金髪のロングウィッグを被せられ、宝石付きのボイスチェンジャーチョーカーを首に巻かれ、専用のマスクを装着させられた。
「……ふぅ。完璧です。完璧すぎます、彰様……!さあ、鏡をご覧になってください!」
雫の熱っぽい声に促され、私はゆっくりと目を開け、姿見の前に立った。
「……え?」
そこに映っていたのは。
背が高く、腰まで届く滑らかな金髪をなびかせ、圧倒的なスタイルの良さと、気高く美麗な雰囲気を全身から漂わせた――完全に一人の『美しすぎる女騎士』だった。
ゴテゴテとした鎧が逆に華奢な顔立ちを引き立てており、胸元の圧倒的なボリューム感も驚くほど自然に馴染んでいる。全体的に重そうに見える装甲も実際はとても軽くて、重装備を纏っていることを感じさせないほどだった。そしてどこからどう見ても、男が女装しているようには見えない。二次元の世界からそのまま飛び出してきたかのようなクオリティだった。
隣では、雫が「きゃーっ!彰様!彰様!!」と見たこともないテンションでスマホを構え、パシャパシャパシャ! と狂ったような連写速度で写真を撮りまくっている。
「う、うわぁ……僕、本当にこんな風に変わっちゃうんだ……すごいな……」
『う、うわぁ……僕、本当にこんな風に変わっちゃうんだ……すごいな……』
鏡の中の自分を見つめながら、素の声と同時に首元の宝石から美しい声が響いた。
「っ!?」
自分の首元の宝石から流れてきたのは、鈴を転がすような、気高くも可憐な『完璧な美少女の声』だった。あまりの落差とリアリティに、頭が混乱してパニックになりかける。あ、これ、小声で喋れば地声は混ざらないのかな?これは確かにフィンのシステムと同じ仕組みだ。
『あ、あのさ雫……これ、声まで完全に変わっちゃうんだね!?すごいけど……すごいけど、なんだか自分の声じゃないみたいで変な感じだよ!』
「ふふふっ! 素晴らしい完成度です彰様! 声のトーンも立ち姿も、まさに私が思い描いた通りの『キュリア』そのものです!」
『普通に感心しちゃうけどさ……』
鏡の前で手元や衣装を見回しながら、私はうーんと唸った。
確かにすごい。技術の結晶だし、見た目も完璧だ。だけど――。
(……これ、本当に私が着てイベントに行くの……? こんな格好で……?)
冷静になればなるほど、じわじわと羞恥心と困惑が込み上げてくる。
そんな私の頭の痛い部分を察したのか、雫は自信満々に胸を叩いて微笑んだ。
「ご安心ください彰様。当日のイベント運営・スタッフの方々とは、既に密な連絡を取り合い、万全の手はずを整えております!」
『えっ……スタッフの人と?』
「はい!会場での頒布物――『フィン様の麗しき御姿を余すところなく収めた特製イラスト本』も印刷所から直接会場へ搬入されるよう、手配は完璧でございます! 1冊1000円のぴったり会計とし、混雑や混乱、ご迷惑となるような問題は一切発生させないよう厳重に申し伝えてあります」
『あ、あのさ雫……迷惑をかけないのはすごく大事だけど、運営の人に無理な注文とか出してないよね……?』
「もちろんでございます! 待機列の厳重な制御から非常時の避難導線まで、スタッフ総出で完璧に管理させますので、混乱など微塵も起きません。何より当日の現地へは、私の運転するお車で移動いたします!彰様がその美しい『キュリア』のお姿のまま一般の電車や街中に晒されるような失態は絶対にいたしません」
『車で行けるのは助かるなぁ。そこは本当にありがたいよ……』
「そして会場の内部に入りましてからも、私から一歩も離れずについてきてくだされば一切問題ございません! 危険も、余計なトラブルも、すべてこの私が完全にシャットアウトいたします!お手洗いにつきましては、サークルスペースの後ろのお手洗いを貸し切りにしてありますので、ご安心くださいませ」
そこまで堂々と、抜かりなく準備が整っていると言い切られると、なんだか断る隙すら奪われていく気がする。
本の発行手配から当日の移動手段、会場内の警備やトラブル対策、果てはトイレの確保に至るまで、全てが完璧なまでに外堀を埋め尽くされているのだ。
「さて、彰様」
一通り説明を終えた雫が、ニコリと満足げな笑みを浮かべて私を見上げてきた。
「実際の衣装と仕上がり、そして万全の体制をご覧になって……いかがいたしますか? イベント、参加なさいますか? それとも、やめておきますか?」
『うーん……』
私は綺麗な女騎士の姿のまま、腕を組んで自問自答した。
確かに恥ずかしい。男としてこの格好で外に出るなんて、正気の沙汰じゃない気もする。けれど……画面の向こうでしか知らなかったVチューバーのイベント。あの「文化祭」のような熱気あふれる現地に行ってみたいという気持ちも、間違いなく本物だった。
体に馴染むこの完成度の高すぎる衣装。
それに、雫がここまで自分の時間と情熱をかけて、完璧な準備をしてくれたのだ。
『……現地には、行ってみたいんだよねぇ。こんな機会、めったにないし……』
鏡の中に映る美麗な女騎士――『キュリア』となった自分をじっと見つめながら、私の心は決まりつつあった。
『車で送迎してくれて、会場内でも雫がついててくれるなら……うん。ちょっとだけ、やってみようかな……!』
「――っ!!彰様……っ!!」
私が腹を括って承諾の意を伝えると、雫は歓喜のあまり両手を合わせて打ち震え、今にも感涙しそうな表情で私を見つめるのだった。
(……う、やっぱり今からでもやめた方がいいのかな……?)
大喜びする雫のあまりの熱量に気圧され、私は自分の選択が本当に正しかったのか、早くも頭を抱えて激しく悩み始めるのだった。




