089 ブームになってる件
ぽかぽかと暖かい光が差し込む昼下がりのリビング。
私はソファに深々と体を預けながら、別段観たいわけでもないけど社会情勢というか、Vチューバーとしての教養としてテレビの画面をぼんやりと眺めていた。
手元には雫がいれてくれた煎茶の湯気が、立ち上っては消えていく。平和だ。平和すぎる。普段が怒涛の展開続きなだけに、こういう何もない平日の昼間というのは実に良い。
「……ふぅ。お茶がおいしいなぁ」
ズズッと一口すすったところで、テレビのワイドショーが画面いっぱいに派手なテロップを躍り出させた。なにやら『特集:世界を変える日本の最新VR技術!小さなゲームから始まった巨大なイノベーション』なんていう大層な見出しが躍っている。
「お?なんか面白そうなニュースやってるね」
私はリモコンを手にとって少しボリュームを上げた。
画面の中では、アナウンサーが興奮気味にマイクを握り締め、コメンテーターたちがうんうんと頷いている。
『――さあ皆様、本日の特集は、今や世界中の産業界を揺るがしている【VR技術の爆発的進化】についてです! かつては個人制作のような“小さなゲーム”から始まったVR市場ですが、今や巨大な市場へと成長しようとしています!』
なるほどなぁ。
私は心の中で深く同意する。確かに最近のVR技術の進歩は目覚ましい。トラッキングの技術なんて、前世でも考えられなかったレベルでリアルになっているし、私自身も最近DHIB――あ、いや、某VRゲームを遊んでいて「技術の進歩ってすごいなぁ」としみじみ実感したばかりだ。
「ついに地上波の昼特番でも、こうやって正面からフォーカスされる時代になったんだね。なんだかちょっと誇らしい気も――」
私がそんな呑気な感想を抱いていた、次の瞬間だった。
『――そして、そのVR技術の頂点であり、現在、最も爆発的な売上を記録しているタイトルがこちら!ヴィジョンアドベンチャーが誇る大ヒットVRゲーム『Dreams hopes iron blood』――通称【DHIB】です!!』
「んっっっ!?」
口に含んでいたお茶を危うく吹き出しそうになった。
画面には、重厚な人型兵器が火花を散らし、黒煙を上げてぶつかり合う凄惨かつ美麗なグラフィック映像が、堂々と地上波の真っ昼間に映し出されている。
そこはもっと違うシーン使おうよ。絶対特番組んでる中にプレイヤー混じってるだろこれ。
「DHIB!?ちょっと待って、そもそもあれってテレビで紹介していい内容なのかな……?」
思わず声に出してテレビにツッコミを入れてしまった。
だってあれだよ?確かにグラフィックやシステムは桁違いに凄いし、爆売れしているのは間違いないけれど、一番燃え上がってる中身はプレイヤー同士が殺伐とした戦場でドロドロの鉄と血の匂いを撒き散らす狂気のカオスゲー部分だよ?昼のワイドショーでお茶の間に流していい映像じゃないと思うんだけど……。
私の混乱を余所に、テレビの画面はスタジオへと切り替わった。
そこにはいつものコメンテーターだけでなく、スーツを着て難しそうな顔をした二人の専門家が座っていた。一人は「軍事評論家」、そしてもう一人は「先端医療工学研究所・名誉教授」。何このメンツ?
「……ん?軍事に医療?なんでゲームの特集にそんな重たい専門家が二人も出てるんだろう……?」
困惑する私を置いて、番組は予想だにしない方向へと突き進み始めた。
『――先生、この『DHIB』の爆発的なヒットですが、単なる娯楽の域を超えているとお聞きしましたが?』
『ええ、まさにその通りです。私も正直たかがゲームだと思っていました。今は自分を恥じております。このゲームにおける機体操作、特に高度な旋回や姿勢制御におけるレスポンスの速さは、従来の軍事シミュレーターの域を完全に脱しています。軍事的な観点から見ても、プレイヤーの判断力や反応速度を極限まで引き出すシステム構成は、一企業のゲーム開発の枠組みを遥かに超えていると言わざるを得ません』
軍事評論家が真面目な顔で熱弁を振るっている。大丈夫かDHIB。発禁指定になりそうなくらい評価されてるぞ。
まあ、確かにハイパーモードとかいう正気の沙汰じゃない操作モードもあるし、プロの兵士が訓練に使うって言われても納得できるレベルではあるけれど……。
しかし、真の本題はそこからだった。
次にマイクを向けられた医療専門家の教授が、身を乗り出すようにして語り始めたのだ。
『軍事もさることながら、我々医療界にとっても、この『DHIB』がもたらした技術革新はまさに神の恵み、世紀のパラダイムシフトと言えます。皆様、このゲームの根幹を支える【次世代型超高精度脳波スキャン&フィードバック技術】をご存知でしょうか!』
「のうはスキャン……?」
私は首を傾げた。
教授はめちゃくちゃ興奮を隠しきれない様子で身振り手振りを交えながら説明を続ける。
『従来のVR技術では、脳から発せられる微弱な運動信号を読み取る際、どうしてもコンマ数秒の遅延や誤作動が生じていました!しかし、『DHIB』の内部システムに組み込まれた独自の神経同調アルゴリズム――言わば【直接思考伝達システム】は、脳波のパルスをほぼ100%の精度で解読し、デジタルデータへと瞬時に変換するのです!』
『先生、つまりそれは……どういうことでしょうか?』
『簡単に言えば!事故や病気で手足を失ってしまった患者様や、神経系に麻痺を抱える方々が、“頭で想い描いた通りに動く義手や義足”が、ついに現実のものになりそうなのです!』
スタジオから「おおーっ!」という歓声が巻き起こる。
『これまでも脳波で動く義手は存在しましたが、スムーズな日常動作を行うには何年も厳しい訓練が必要でした。しかし、この新たな脳波制御技術を応用した【次世代サイバネティクス義体】は、まるで失った自分の本当の手足のように、指先一本一本まで繊細に動かすことが事実上可能なのです!』
『素晴らしいですね!医療における先進的な大改革じゃないですか!』
『それだけではありません!今回、この画期的な脳波技術を提供してくれたゲーム開発側と、国が率先してタッグを組みました。本日、国から正式に発表があったのですが――なんと、この次世代義手・義足の導入および研究・治療費に関して、【公的医療保険の適用対象】とすることが超異例のスピードで決定いたしました!!』
「え、えぇぇぇ!?」
私は思わずソファから立ち上がってしまった。
国が超スピードで法改正レベルの動議を通して、医療保険の対象にしただって!?
手足を失った人や麻痺で苦しんでいる人が、高額な負担なしで自由な体を取り戻せるってことだよね!?それって……それってめちゃくちゃ凄いことじゃないか!!
「凄いなぁ……凄すぎるよDHIB……!単なる殺伐としたオープンワールドのゲームかと思ってたら、社会貢献どころか人類の医療史を塗り替えるレベルの偉業を達成してたんじゃないか……!」
私が一人で大興奮してテレビ画面に釘付けになっていると、背後でカチャリと音がして、静かな足音が近づいてきた。
「あら、随分と賑やかですね、彰様」
振り返ると、お盆に新しいお茶の急須を載せた雫が、いつものように完璧で美しいメイド服姿で佇んでいた。
どこか可憐で涼やかな立ち振る舞いが怖い。
あとタイミング絶対に見計らってるよね?
「雫。ちょうどよかったよ。見てよこれ!テレビでDHIBの特集やってるんだけどさ、脳波技術を応用した義手と義足が保険適用になるんだって!あのゲーム、裏でそんな凄まじい医療改革を起こしてたなんて、全然知らなかったよ!」
興奮気味に話しかける私に対し、雫はトレイを置くと、フッと意味深で綺麗な微笑みを浮かべた。
「ええ、見ておりましたよ。素晴らしいニュースです。……ただ、彰様。少し補足させていただきますと」
「補足……?」
「あのゲーム『Dreams hopes iron blood』を開発・運営しているのは確かに『ヴィジョンアドベンチャー』です。ですが、あのゲームの内部システムを魔改造し、あの狂気的なまでの超高精度脳波アルゴリズムを組み込んだのは、他ならぬあずさ『様』ですよ」
「……え?」
私の頭の中で、テレビの医療ニュースと、まだ一度も直接会ったことのない人物の顔――というか雫から聞いている名前がカチリと結びつかなかった。
あと、関係ないけど雫のその『様』付け罰ゲームはいつまで続くんだろ?
「……えっ? ちょっと待って雫。あずささんが関わってるの……?え、僕がフィンとして所属してる。うちの会社のいけに、じゃなかった。……社長のあずささんだよね?」
「ええ、そうです。元々『DHIB』のシステム基盤はヴィジョンアドベンチャーの優秀なエンジニアたちが構築したものですが、その内部構造にあずさ『様』が深く手を加えられまして。……さらに詳しくは元々、とある凄腕プレイヤー様ご自身が自作された、脳波でマシンを動かすオンリーワンのアセットデータだったとか」
「えっ、プレイヤー自作のアセット……!?」
「はい。事故で足を痛められたプレイヤー様が、ご自身の神経信号を拾うために組み上げられた独自のハードウェア設計と仕様書でした。それをあずさ『様』がゲームのログ、といいますか、この場合はアシスタントちゃんと言いましょうか。そちら経由で解析し、最新の生体医療工学と結びつけて完璧な脳波フィードバックアルゴリズムへと昇華させたのです。その技術の凄まじさに医療界や政府が飛びついた、というわけですね。表向きはプレイヤーと企業による共同での技術提供という体裁を取っておりますが、裏では相当な額の取引が行われているのでしょうね」
雫は至極当然のように、さらりと恐ろしい裏事情を口にした。
なんか、知らないうちに凄い事が裏で動いてるって事は分かった。
「う、うん……。ま、まあ裏で色んな事が行われているんだろうなぁとは思うけど……。プレイヤー自作の技術をそこまで完璧な医療アルゴリズムに昇華させちゃうなんて、やっぱりあずささんって本当にとんでもない天才なんだね……。どこからそんな発想が出てくるんだろう……」
「ふふ、あずさ『様』とDHIBの熱きプレイヤー様方の執念から、としか申し上げようがありませんね」
「と、特許とか……凄そう……」
「そう思いますよね? ですが、特許権や利益に関しても既に話し合いはついております。大元となったプレイヤー様の意向で、事故で身体機能を失った方々のための救済基金を設立することになりました。国が主導しているように見えて、実際はたった一人のプレイヤーが成し遂げた偉業なのです。あずさ『様』は背中を押しただけにすぎません。あの御方は面白いことにしか興味がありませんから。ですので、ヴィジョンアドベンチャーにしても我が社にしても、これで一攫千金……とはいきませんね」
目眩がしてきた。うちの会社、いつの間にそんなことになってたんだろう。
だが、ふと画面に目を戻すと、アナウンサーがこう締めくくっていた。
『なお、この革新的な脳波アルゴリズムを開発した人物の名称につきましては、セキュリティ上の観点から一切公表されておりません。国および開発元企業との固い守秘義務契約により、永久に伏せられるとのことです』
「ん?開発した人の名前は伏せられるの……?」
私は不思議に思って、雫に尋ねてみた。
「ねぇ、雫。なんで開発した人の名前を伏せるのかな?これだけの偉業なんだから、名前を出せば世界中から大絶賛されるはずじゃない。開発した人がいるのに、隠しちゃうなんて勿体なくない?」
すると雫は、どこか慈悲深いような目を私に向けた。
「彰様。……本当に、そうお思いですか?」
「え?いや、 だって……」
「ええ。もし仮に、個人で『人間の脳波を解読し、義手や義足を完璧に制御できる技術』を完成させた開発者の本名や住所が世界に露呈したとしましょう。……一体何が起きると思われますか?」
「何がって……世界中からオファーが殺到して、大金持ちになるとか――」
「甘いです、彰様」
雫の声音が、すっと温度を下げた。
「大金持ちどころの話ではありません。世界各国の軍事企業、諜報機関、果ては巨大組織による【猛烈な奪い合い】が始まります。札束を積んだ買収交渉などまだ甘い方。脅迫、洗脳、身内の人質化、そして――直接的な『拉致・誘拐』すら当たり前のように行われるでしょうね」
「ら、拉致……!?」
「当たり前です。人間の脳を制御できる技術ですよ?医療だけでなく、マインドコントロールや無人兵器の遠隔思考操作にまで転用可能な技術になり得るのですから。そんなものを作り出した個人など、国家からすれば何としても身柄を確保したい存在そのものです。名前を伏せるのは、開発者を守るため……いいえ、無用な混乱を起こさないための最低限の配慮なのですよ」
「ひえっ……」
雫の淡々とした、でもリアルすぎる解説に、背筋に冷たい汗が伝うのが分かった。
ヤバい。めちゃくちゃヤバい話だった。私が呑気に「すごーい!」とか思っていた裏で、そんな暗黒映画みたいな奪い合いの可能性が存在していたなんて。
「へ、へぇ……やっぱり、技術が凄すぎると大変なんだねぇ……」
私は頬を伝う汗を拭いながら、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「……あ、でも待って」
ふと、ひとつの疑問が頭に浮かんだ。
「じゃあ……あずささんはもっと大変なんじゃないの?技術提供や開発した人の名前は伏せられてるとしても、裏の社会や国家の偉い人たちには、あずささんが関わってることなんてバレてるんでしょ?ヴィジョンアドベンチャーだって、ウチが作りました!なんて絶対いわなそうだし。なんならPlan_Bの会社がやらかしてます!って絶対に言うよね?言わなくても、あのあずささんなら、そう言えっていいそうだけど。自宅兼会社に引きこもってるとはいえ、あずささんはすごく危険な状態なんじゃ……!?」
直接会ったことはないとはいえ、我が『Plan_B』の社長であり、責任取るところは全部取りそうな、凄まじい天才プログラマーだ。そんな人に危険が及んでいるかもしれないと思うと焦ってしまう。
私に対し、雫はまったく動じる様子もなく、優雅にトレイを抱え直すとクスリと小さく微笑んだ。
「その件でしたら大丈夫ですよ」
「え?なんでかな!?大丈夫な理由がないじゃないか!」
「ええ。何故ならあずさ『様』は裏の世界で――『元々、この国の政府および世界の安全保障機関においても【最重要警戒人物】のトップリストに入っている』からですが」
「………………え?」
私の思考が完全にフリーズした。
いま物凄い爆弾発言を聞いた気がする。
「……ええっ!?」
「それに、あずさ『様』はご自宅兼オフィスから一切出てきませんし、周囲のセキュリティは国家の要塞以上です。政府や防衛省からすれば『またあいつか!今回は医療に役立つからヨシとしよう』程度の認識であり、下手に手を出すと国家のネットワークごと裏から崩壊させられることを知っていますので、どの組織も恐れ多くて手が出せないのですよ。本人はその件を全く知りませんが」
「えぇぇぇぇぇ……」
私は開いた口が塞がらなくなった。
最重要警戒人物!?国のトップリスト!?
雫の話では、万年寝不足で目の下にクマを作って大きめのパーカーを着込み、自宅から一歩も出ずにゲームやデバッグをして引きこもっている人物。
国からは『下手に手を出すと国が滅ぶから触るな』って恐れられてるってどういうことなんだろう……。会ったことはないけれど、あずささんって一体どれだけ恐ろしい人なんだ……。
「な、ねぇ雫……それ、冗談だよね……?」
「至って本気ですが?」
雫は一切の破綻もない完璧なメイドの笑みを浮かべている。それが余計に恐ろしい。
(……待てよ?)
私は引きつった顔のまま、目の前の可憐で恐ろしい完璧メイド――雫の顔をまじまじと見つめた。
あずささんが国家レベルの最重要警戒人物で。
そんな人の自宅に通ったり連絡を取り合ったり、うちではメイドとして完璧に立ち回っているこの雫という存在。
色んな事情にここまで精通していて、私が会ったこともないあずささんと親友の仲で、凄まじい発明や取引を全て把握し、サポートしている彼女が、ただの『普通のメイド』なわけがない。
(……じゃあ、絶対雫もセットで【最重要警戒人物】に入ってるよね……!!)
私は声に出さず、心の中で猛烈にツッコミを入れ、そっと静かに雫から一歩距離を取った。
「彰様?どうなさったのですか、そんなに遠くへ離れられて」
「い、いやなんでもないよ!ちょっとお手洗いにいこうかなって」
「そうですか……」
微笑みながらそう答える雫。
テレビの中では、アナウンサーが『夢と希望に満ちた最新VRと医療の未来!』と爽やかに番組を締めくくっていたけれど、私の胃の痛さはピークに達していたのだった。
ギャグ枠で大丈夫です。
ええ、多分きっと。
感想もありがとうございます。
少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。




