081 スペック的には勝負にならない件
街並みを抜けた先、鐘楼の陰に隠れた地下への階段を降りていくと、そこには地上の平和な王国とは完全に別世界の、熱気とオイルと爆音が渦巻く地下ドックが広がっていた。
「うわ……なにここ、すごい迫力……!」
観覧席の隅に立ち、私はシークレットモードの透明な姿のまま、眼下で繰り広げられる光景に思わず感嘆の声を漏らした。
そこは二足歩行の人型兵器をベースに、プレイヤーたちが思い思いの改造を施して速さを競い合う『非公式レース場』だった。
観客席からは狂乱のような歓声が上がり、コース上では原形をとどめていない異形の機体たちが地鳴りのような爆音を立てて駆け抜けていく。
中でも私の目を釘付けにしたのは、下半身を丸ごと魔改造している二輪のモンスターバイクと融合させた、とんでもない機体だった。
フルフェイスのヘルメットをかぶったプレイヤーは、実況によると名前は『ライダー』さんというらしい。
彼女の操縦は、もはや神業と呼ぶにふさわしいものだった。
ブレーキどころかスロットルを全開にしたまま、機体の制御を全て駆使し、巨体を斜め45度に傾けて壁際すれすれを時速280キロでドリフトしていく。
「すごい……!物理演算を力ずくでねじ伏せてるみたいだ……」
巧みなプロの技術と、走ることへの狂おしいほどの情熱。
モニター越しに見える彼女の完璧なライン取りと力強い走りに、私は心から感動していた。あの走りを見ているだけで「この世界を愛して、全力で楽しんでいる」という熱量がビシビシと伝わってきたのだ。
「レースも良いね!これは楽しそうだ」
前世のゲーマーとしての血が騒ぐ。
だが、自分の腕前を思い返して、私は苦笑いを浮かべた。
「でも、流石に今の僕の力量じゃ無理か。飛行チュートリアルすら怪しいのに、あんな怪物たちと一緒に走ったら一瞬で壁の塵になっちゃうよ」
そう思いながら、私は観客席を離れてピットエリアの片隅へと足を進めた。そこには参加者たちが機体を整備するための臨時格納庫が並んでいる。
「……ん?ここって、自分の機体を出せたりするのかな?」
壁のシステムターミナルを何気なく操作してみると、シークレットモードの特別権限のおかげか、インベントリからマイ機体をこのドック内に召喚できることが判明した。
動画の撮影用に、格納庫の中に立つカラドボルグの雄姿を外からじっくり眺めるのも面白そうだ。そう思い、私は軽い気持ちで機体の召喚ボタンを押し込んだ。
重厚な油圧音とともに、漆黒と深紅の斑模様に彩られた『強襲用型カラドボルグ』がドック内に降臨する。
流線型でありながら鋭利な刃のようなフォルム。背部にびっしりと搭載された狂気的な数の超小型ブースター。やっぱり、いつ見ても惚れ惚れする格好良さだ。
ちょっとカサカサ動くとアレな虫っぽくみえちゃうけどね。気のせい気のせい。
「よし、ちょっとコックピット内のシステムチェックも兼ねて乗り込んでみよう」
私はシークレットモードを維持したまま、カラドボルグのコックピットへと滑り込んだ。シートに腰を下ろした瞬間、頭上で光の球体であるアシスタントちゃんがピコン!と大はしゃぎで光り輝いた。
『フィン様!お帰りなさいませ!なんと素晴らしい……!ついにこの非公式レース場へ参戦されるのですね!』
「えっ?いやいや、参戦じゃなくて、ここで機体のチェックをして……」
『全システム起動完了!思考波同期率100%!レースエントリー用の通信プロトコル、完了いたしました!今すぐにでも出撃可能でございます!』
「ちょっと待って!?仕事が早すぎるよアシスタントちゃん!?」
私がいやいやと手を振る間に、コックピットの全モニターが瞬く間に戦闘――ではなく「レースモード」へと切り替わっていく。
「レースをやってみたい気持ちはあるけどさ!僕の今の力量じゃ無理だよ!ハイパーモードの物理挙動なんて、秒で事故って大爆発しちゃうって!」
『ご安心ください、フィン様!』
アシスタントちゃんが胸を張るようにくるりと一回転した。
『本日はハイパーモードではなく、初心者向けの『レガシーモード(制御補助つき)』での出走へ切り替えます。機体の姿勢制御、慣性キャンセラーのミリ単位調整、トラクションコントロールはすべて私が完璧にバックアップいたします!』
「レガシーモードの補助付き……それなら僕でも操作できるかも。うん、それならいいかなぁ」
アシスタントちゃんの至れり尽くせりな提案に、私の決意はあっさりと揺らいだ。
まあ、せっかくここまで来たんだし、最下位でもいいからあの熱気あふれるコースを走ってみるのも思い出になるかもしれない。
「よし、じゃあ一回だけ走ってみようか!」
『了解いたしました! 第8レース、出撃シリンダーへ移動します!』
ゴゴゴゴゴ……と轟音を立てて、カラドボルグをコースへと移動させていく。
流石にここからはシークレットモードを解除してるから、その瞬間、観覧席や周りのピットドックから、地鳴りのようなざわめきが巻き起こった。
『な、なんだあの機体!?漆黒と深紅の……カラドボルグ!?本物!?』
『待て待て、動きがやけに滑らかだけど、出力の波形を見ろ!控えめだぞ!?』
『あー、なんだ。プレイヤーがレガシーモード(初心者補助)で動かしてるのか。カラドボルグのスキンを被せたお遊び機体?』
『まあ、こんなところにあの伝説の機体が居るわけないか』
周囲のプレイヤーたちも「レガシーモードなら無茶なスピードは出ないだろう」と勝手に納得して安心している声が、通信ウィンドウ越しに漏れ聞こえてくる。
(ふふ、バレてないバレてない。安全な初心者として、後ろからのんびりついていこう)
私は心の中で胸を撫で下ろし、指定されたスタート位置へと機体を移動させた。
各部の最終チェックをアシスタントちゃんがテキパキとこなしていく。
「チェック完了です、フィン様。……あ、フィン様。一つよろしいですか?」
「ん?なに、アシスタントちゃん」
「もし普通に『歩いたり走ったり』して勝利を目指すおつもりなら、ハッキリ言って無理でございます」
「えっ、無理なの!?」
「はい。特に隣に今入線された機体……あちらは特殊兵装の二輪アセンブリのバイク型で、純粋な直線加速度とトップスピードでは勝ち目がありません。あのお方こそ、このゲームのレース界でその名を知らぬ者はいない『ライダー』様です。純粋な走りの速さなら、誰にも負けない怪物ですよ!」
「へえー!ライダーさん。やっぱりすごい有名人なんだ」
「ですのでフィン様、作戦の変更をご提案します。出力を抑えたレガシーモードとはいえ、カラドボルグの基本スペックは化け物です。今回はあえてスタートで出遅れ、迷惑のかからない安全な間隔を空けてから、後ろを追尾する形にいたします。追いつく際の推進力は、カラドボルグ背部の超小型多重ブースターを群制御して補いますね」
「なるほど! 追尾なら僕でも安心だね。コーナーでの壁への衝突だけ気をつけないと」
「そこもお任せください。……それとも、反射速度の補正もこちらで補助いたしますか?」
「ううん、大丈夫。レガシーモードの操作感なら、画面を見て自分で判断できると思う!」
「頼もしいお言葉です! それでは、まもなくスタートです!」
コース上に一瞬の静寂が訪れる。
横一列に並んだ異形のマシンたち。私のすぐ隣には、先ほど圧倒的な走りを見せたライダーさんのモンスターバイクが荒々しいアイドリング音を響かせていた。
その時、コックピット内のコンタクト回線に、ダイレクトな通信が入ってきた。
ノイズ混じりの、ハスキーで気風の良い女性の声――ライダーさんだ。
『ハッ、まさかカラドボルグのお出ましとはね。……お手並み拝見させてもらおうじゃないか、ルーキー?』
挑発的でありながら、どこか新しい強者を歓迎するような温かい響き。
私は嬉しくなって、ついフィン独特のボイスチェンジャーが効いた声で返事をしてしまった。
「――こちらこそ、よろしくね。ライダー」
『――ンッ!?』
通信の向こうで、ライダーさんが猛烈に息を呑む音が聞こえた。
声のトーン、そして「フィン」としての独特の声音に気づいて動揺したのかもしれない。だが、それを確かめる時間はなかった。
『シグナル……レッド……レッド……グリーン! レーススタート!!!』
爆音とともに、全機体が一斉にロケットスタートを切った!
ライダーさんのマシンが猛烈な爆煙を上げてトップで飛び出していく。
さすが最速のパイロット、さっきの動揺くらいじゃゆさぶりにもならなかった。
私はアシスタントちゃんの指示通り、わざとワンテンポ遅れて――全機体が出発したのを見届けてから、そっとスロットルを踏み込んだ。
「よし……発進!」
『超小型多重ブースター、シーケンシャル点火! 推進力、最適化!』
背中に敷き詰められた無数の超小型ブースターが、まるで生き物のように千変万化の角度で一斉に青白いプラズマを噴射した!
「うわああああっ!す、凄まじいスピード……ッ!?」
『警告:コックピット内、加速度4.5Gを感知! 姿勢制御、正常動作中!』
「あははははっ!すごい!すごいよこれ!アトラクションみたいだ!!」
レガシーモードで出力を大幅に抑えているはずなのに、シートに身体が力強く押し付けられる感覚が襲う。警告アラートが鳴り響く中、私は恐怖どころか大はしゃぎで歓声を上げた。
ロマンの詰まった高速機体たちを、カラドボルグは滑らかなスリット状の機動でスイスイと追い抜いていく。
一機、また一機と抜き去り、わずか数秒で――私はトップを走るライダーさんの真後ろへと躍り出た。
『な……なにッ!?』
前方を走るライダーさんが、私のカラドボルグを視認して絶句したのが分かった。
『速い……!?レガシーモードの出力制限がかかってるはずなのに、なんでそんな速度で背中に張り付いてこれるんだよ!?』
「すごいなぁ……!」
私は背後に張り付きながら、心底感銘を受けていた。
カラドボルグの機体性能が文字通りの「化け物」なのは間違いない。けれど、それ以上にライダーさんのライン取りが完璧すぎるのだ。
私が少しでも横に並ぼうとすると、彼女は二輪の車体を絶妙に傾け、空気抵抗と後流のスリップストリームを利用して私の進行ルートを完璧にブロックしてくる。
「抜かせてくれない……!ライダーさん、すごく上手い!」
焦る気持ちも一瞬あったが、次第に私の心は別の感情で満たされていった。
(あはは、楽しい……!抜くのもいいけど、この人と一緒に走るの、すごく楽しいぞ……!)
後ろにぴったりと張り付き、相手の完璧なドッグファイトのような走りを間近で観察する。追い抜くことよりも、この極上のデッドヒートそのものが面白くてたまらなくなってしまったのだ。
そうして二人で後続を突き放したまま、レースは最終周回――運命の最終ヘアピンカーブへと差し掛かった。
「フィン様、ラストコーナーです!このままでは直線スピードの差で届きません!」
「なら試したいことを、やってみよう!」
前方のライダーさんは、きっと決め技である『フルスロットル・ドリフト』の体勢に入っていた。
二輪の巨体を斜め45度に傾け、ホバリングノズルを全開にして外側へ膨らみながら壁すれすれを削るように曲がっていく。
――だが、その瞬間。
彼女の車体が外へと少しスライドしたことで、コーナーの最内角に、奇跡のような『わずか一機分の隙間』がぽっかりと生まれた。
「そこだっ!!」
『多重ブースター、偏向噴射!強制姿勢変更!』
私はブレーキを踏み込むと同時に、カラドボルグ側面の小型ブースターを一斉に逆噴射させた!
漆黒の装甲が地面に激しく擦れ合い、眩いばかりの火花がサーキットを照らし出す!
あえて機体を地面に強く擦り付けることで、その摩擦衝撃を「ブレーキとアンカー」代わりに利用し、人型兵器の質量を強引にインコースへとねじ込んだのだ。
『なにぃぃぃぃぃ!?』
すぐ隣で、バイクを傾けていたライダーさんが目を見開き、狂ったような悲鳴を上げた。
滑り込むようにイン側を強奪したカラドボルグ。
地面を擦る衝撃をクリアした瞬間、アシスタントちゃんが全ブースターを直線方向へと一括点火した!
「いっけえぇぇぇぇっ!!」
弾かれたように加速する愛機。
最終コーナーを立ち上がり、その一瞬でライダーさんのマシンを鮮やかに抜き去ると、そのままチェッカーフラッグが振られるゴールラインへと飛び込んだ!
『勝者――強襲用型カラドボルグ!!!』
実況の大歓声と、観客席からの割れんばかりの拍手が鳴り響く。
「ふぅ……!勝っちゃった、すごく楽しかったー!」
私はコックピット内で大きく深呼吸をし、達成感でいっぱいの笑みを浮かべた。
ふとモニターを見ると、すぐ後ろで停車したライダーさんのバイクから、呆然とした雰囲気が漂っている。
私はすぐに彼女との直通通信回線を開いた。
「いやー!お疲れ様でした!機体性能の差がなかったら、絶対に負けてました!ライダーさんの走り、本当に凄かったです!また機会があったら、ぜひ遊んでくださいね」
『えっ……あ、おい待て、お前……本当にフィン様……!?』
彼女が困惑交じりの声を上げた瞬間。
私はシステムメニューから『シークレットモード』を再度実行した。
大歓声の渦中にいたカラドボルグの巨体が、まるで最初から存在しなかったかのように、光の粒子となってその場から忽然と消え去った。
『消え……た!?』
『どこ行った!?ホログラムか!?幻か!?』
周囲が蜂の巣をつついたような大騒ぎになるのを、私は透明な姿のままコックピットから降り、クスクスと笑いながら見守った。
いやぁ、本当に良い汗をかいた。といってもアバターだから汗は出ないけれどね。
……………
……………
……………
……………
「ふぅ、やっぱりこのゲーム、動かしてるだけでめちゃくちゃ面白いなぁ」
大混乱なレース会場をそっと後にし、私は再び白亜の街並みが広がる王国の地上へと戻ってきた。
猛烈な熱気と爆音から一転、穏やかな木漏れ日と、小鳥のさえずりが満ちている。
大通りを歩くプレイヤーたちも、カフェのテラス席で美味そうなお茶を飲んでいたり、楽しそうにおしゃべりをしていたりと平和そのものだ。
「そういえば、王国の喫茶店とかカフェって、グラフィックと再現度がすごいってSNSで話題になってたっけ」
レースで適度に興奮した心を落ち着かせるには、ちょうどいいかもしれない。
あずささんに見せる「観光動画」の締めくくりとしても、美味しそうなスイーツやオシャレな喫茶店の風景を収めるのは最高のはずだ。
「よし、次はあの美味しそうなケーキの看板が出ているカフェに行ってみよう」
私はワクワクとした足取りで、甘い香りが漂ってくるカフェに向かって、軽やかに歩き始めたのだった。




