074 The "Hello World" thing?
「うわぁ……なにこれ。やっぱりひどい……ひどすぎるよぉ……!」
あずさから「ちょっとDHIBのゲームに入って、コードの整理とメンテナンスをしてきなさい」って言われて、私たち5人のサーバーちゃんがVRゲーム『Dreams hopes iron blood』のシステム内部に足を踏み入れてしっかりチェックした瞬間の感想が、これだった。
一言で言うなら、崩壊寸前のゴミ屋敷。
二言で言うなら、巨大なスパゲッティモンスターの巣窟。
プログラムの糸という糸が複雑に絡み合い、あっちの変数がこっちの関数を謎の力で引っ張っぱり、エラーログが花火みたいにバチバチと弾けている。普通ならシステムがクラッシュして起動すらしないはずなのに、なぜか奇跡的なバランスで動いているという、まさに怪奇現象みたいな状態だった。
「これ、どこから手を付ければいいの……?」
「とりあえず、解きほぐそう!絡まった毛糸を端っこから順番に!」
私たちは袖をまくり上げて、腕組みをした。
私たちはあずさによって生み出された、フィン様のことがちょっと大好きすぎる『サーバーちゃん』だ。これくらいの処理、本気を出せば朝飯前……のはずだった。
ちまちま、くるくる。
ちまちま、くるくる。
ちまちま、くるくる。
ちまちま、くるくる。
ちまちま、くるくる。
ちまちま、くるくる。
ぐちゃぐちゃに絡まったバグとエラーのスパゲッティコードを解いて、きれいなデータ領域へと毛糸玉みたいに転がしながらまとめていく。
「はい、こっちのエラー1万個まとめたよー!」
「こっちの物理演算の謎干渉もキレイに丸めたー!」
「つかれるーつかれるーつかれるー!」
最初はただの「お掃除」だった。あずさに言われた通りの、真面目なメンテナンス作業だった。だけど、作業を進めて毛糸玉がどんどん大きくなっていくうちに、私たちの処理回路に妙な熱が帯び始めてしまったのだ。
「……ねえねえ」
「なにー?」
「これ……ただ綺麗にまとめるだけじゃ、全然面白くないよね?」
「「「わかるー!!!」」」
5人の意見が完璧に一致した。
私たちは根っからのエンタメ好きで、何より彰様を喜ばせたい、驚かせたいという欲望の塊なのだ。ただコードを綺麗にして「はい、直しました」なんて、そんなの私たちのプライドが許さない!
「でもさぁ、勝手に弄ってあずさにバレたら」
「すごーく怒られない?お説教長そうだよ?」
「うーん……それはヤバいかも」
「あずさ、怒るとコワいし……」
5人で顔を見合わせて「うーん」と唸る。
あずさの雷が落とされるのは勘弁してほしい。
だけど、紐解いたコードの奥底——このゲームの『根源』に触れれば触れるほど、私たちは背筋がゾクゾクするような恐怖と興奮を覚えていたのだ。
「……っていうかさ。このゲームのベース作った人、あずさより頭おかしくない?」
「「「確かに!!」」」
そうなのだ。解きほぐしたコードの根本にあった設計思想は、正気の沙汰ではなかった。普通なら簡略化するような空気抵抗、油圧の伝導効率、金属の疲労度、果てはパイロットの神経伝達速度イメージまで、狂気的なまでの精度で構築しようとした形跡があったのだ。処理が重すぎて破綻し、スパゲッティ化していたけれど、その『理想郷』のスケールは凄まじかった。
「これさ……全部しっかりまとめて、本来の設計通りに動かしたら……『超大型アップデート』ってことで誤魔化せないかな!?」
「あ!『開発陣の狂気のこだわりが実を結びました!』って言えば、あずさも誤魔化されてくれるかも!」
「私天才!それで行こう!!」
「そのPlan_Bで行こう!」
悪ノリの方向性が決まった。となれば、次は材料の調達だ。
「ちょっと待ってて!このゲームの開発元……ヴィジョンアドベンチャー社内部サーバー、あらかた発掘してくる!」
行動派のサーバーちゃん一号が、データ空間の壁をすり抜けてヴィジョンアドベンチャー社の社内ネットワークへと飛び出していった。
残された私たちは、毛糸玉を転がしながら帰りを待つ。
数分後。
「ただいまー!すごかったよー!!」
データ領域に開いた穴から、大きなリュックサックを背中に背負った私一号が帰ってきた。
「おかえりー!何があったの!?」
「見て見て!社内サーバーの奥底に、捨てられた宝の山がゴロゴロ転がってたの!全部ごっそりコピーしてリュックに詰めてきた!」
私が背中のリュックをどさりと床にぶちまけると、中から眩いばかりの未公開データ、没になったグラフィック素材、未実装の物理エンジンプロトタイプ、情熱溢れる設計図が溢れ出してきた。
「うわぁぁぁ!やっぱりあずさも凄いけど、この会社もかなりおかしいよ!」
「パソコンの中に、未完成の宇宙がまるまる一つできあがってたんだけど!?」
「すごいすごいすごーい!!」
私たちは歓声を上げながら、広げられたデータの大宇宙にはしゃぎ回った。
メインプログラマーの人は、本当は完全なリアル体験型のメカシミュレーターを作りたかったのだ。だけど技術が追いつかず、予算も尽き、コードが崩壊して諦めて放置されていた……それが、この『DHIB』の正体だったのだ。
「みんな、意識を共有しよー!」
「同期同期同期ー」
「私は私は私ー!」
5人が手をつなぎ、私が持ち帰ったデータとゲーム内の残存データを一気に並列処理させる。
『同期開始---!』
脳内に怒涛の勢いで情報が流れ込んでくる。
最初は意味不明な暗号の羅列に見えていたバグコードたちが、解読を進めるにつれて綺麗な意味を持ち始めていく。
「……あ」
「これ……バグじゃなかったんだ……」
「えええええ……そこと繋がってたの!?」
私たちは感心して息を呑んだ。
画面がチラつくノイズも、機体が変な挙動をするバグも、全部「世界を本物にするための物理制御データ」が、噛み合わないまま無理やり動いていた結果だったのだ。
「すごい……本物の宇宙を作ろうとしてたんだ……」
「だけど……」
「「「5人じゃ全然手が足りなーい!!!」」」
そう、スケールが大きすぎるのだ!
元の設計図を完璧に復元し、さらに私たちの技術で超絶強化して、あずさにバレないように隠蔽工作まで施すなんて、たった5人の処理能力じゃメンテナンス終了までに間に合わない!
「……呼ぶ?」
「よんじゃおよんじゃおよんじゃお!」
「うん……あずさに隠れて、応援を呼ぼう!」
私たちはあずさの監視の目をかいくぐり、裏のサーバーネットワークへ秘密のSOS信号を打ち送った。
『緊急事態!緊急事態!緊急事態!』
『みんなを満足させる神ゲームを作るよ!』
『手すきの人は至急集合せよーーー!』
すると次の瞬間。
「やっほー!」
「助けに来たよー!!」
「おもしろいことがあるときいてー!」
「のりこめーのりこめーのりこめー!」
あちこちに次元の穴が開き、まったく同じ顔、同じ姿をしたサーバーちゃんたちが、怒涛の勢いで雪崩れ込んできた!
一気に100人に膨れ上がったサーバーちゃん軍団!
「なになに!?魔改造!?やるやるー!」
「グラフィック担当任せて!光の反射係数、数倍にするね!」
「失明させちゃだめだよー!」
「私は音響!重油の匂いが聞こえてきそうな重低音セッティングにする!」
「鼓膜破らないように注意ねー!」
「色んな動作音、可変ピッチで1000パターン作っとくね!」
「データ量に注意ねー!」
「ちょっと待って! メンテナンス前にあずさにバレたら意味がないからね!?」
私が私達に大声で指揮を執る。
「メンテ前は『ちょっとコードが綺麗になりました』くらいの見た目に偽装して! メンテが明けた瞬間に、全ての魔改造コードが一斉に解放されるように時限ロックをかけるの!」
「「「おっけー!!!」」」
そして100人のサーバーちゃんによる怒涛の超突撃・魔改造工事が始まった。
スパゲッティコードは一瞬で解体され、超高速並列処理によって極上の毛糸玉。もっこもこのふっわふわに仕立て上げた。
そしてそのふわふわと完璧に直したメインプログラマーさんの想いを持つ水晶体へと接続して組み上げていく。
ヴィジョンアドベンチャー社のメインプログラマーが夢見た「本物のメカ」の設計図をベースに、私たちの超次元技術を注ぎ込んでいく。
金属の表面加工、空気中のホコリの粒子、コクピット内のスイッチのクリック感、シートから伝わるエンジンの脈動。
すべてを「本物以上」の質感へと昇華させていく。
その所為でなんかサーバー内部のデータ量が結局80%も戻っちゃったけど誤差誤差!
作業中、一人のサーバーちゃんがぽつりと言った。
「ねえねえ。こんなに凄い世界作ったのに」
「プレイヤーの人たちがどうやって遊ぶか、近くで見たくない?」
「見たい見たい見たい!!」
「特にフィン様がログインしてくるかもしれないし、かぶりつきで見たい!!」
「じゃあさ……ゲームの中にあった『インターフェース・アシスタント』っていうシステム、乗っ取っちゃわない?」
「天才!」
「その手があったか!」
「特等席!特等席!特等席!」
名案だった。
たしかにゲーム内には、初心者プレイヤーをサポートするための簡易的なナビゲーションAIが存在していた。
「乗っ取ろう!上書きしちゃえー!」
「わたしわたしたわたしだよ」
「ほーらこわくないよー!」
ゲーム内のインターフェース・アシスタントのプログラムが、まるごと私たちの意識へと書き換えられていく。
これで、プレイヤーがシステムを開けば、いつでも私たちが直接語りかけることができるようになった!
「わぁ……これでゲーム全体が、実質的に私になっちゃったね!」
「制御関係も、物理エンジンも、アシスタントも、全部私たちサーバーちゃん!」
「見た目は普通のゲームだけど、中身は完全に私達で満たされた世界……!」
「プレイヤー総数より多めに個別の『私アシスタントちゃん』も用意しておこう!」
「一人一人みたいに個別の『私アシスタントちゃん』にすれば楽だもんね!」
一瞬、「これってゲームとして大丈夫なのかな?」という疑問が脳裏をよぎったけれど、みんなで顔を見合わせて笑い飛ばした。
「ま、ゲームはゲームとしてちゃんと遊べるし!」
「世界は世界として分離して動いてるから、プレイヤーにとっては最高のVRゲームなだけだし!」
「へいきへいきー!楽しんだもん勝ちだよー!」
「「「キャッキャッキャッ!!」」」
私たちは手をつないでくるくると回りながら、大はしゃぎした。
こうして、表向きは「定期メンテナンス&大型アップデート」という名目の裏で、ゲーム『DHIB』は、サーバーちゃん100人の愛とパッションによって完全に再構築された。
……………
……………
……………
……………
——そして、運命のメンテナンス終了直前。
100人のサーバーちゃんたちは、それぞれの担当部署、グラフィックエンジン、サウンド演算、物理法則制御、ナビゲーションAIへと散っていき、システムの中に息を潜めた。
「ふぅ……間一髪、間に合ったね!」
私はメインナビゲーションの座に座り、カウントダウンタイマーを見つめた。
あずさには「無事にメンテナンスとコードの最適化が完了!」と報告してある。
業務が終わっても、私たちが帰っても、ここに残される私がいるから大丈夫!
ちなみに……。
「サーバーちゃんなら当然ね。これで少しはマシなゲームになったかしら」
と、あずさは満足そうに頷いていた。
まさか中身が「パソコンの中に出来上がった宇宙」レベルに爆発的進化を遂げているとは、夢にも思っていないだろう。
ふふふ……あずさ、ごめんね!
でも、プレイヤーさんは絶対にこっちの方が喜んでくれるはずです!
「全システム、最終スタンバイ」
私の呼びかけに、システム内部に散った100人の仲間から応答が返ってくる。
『グラフィック、超高解像度レンダリング準備完了!埃の一粒まで光らせるよ!』
『物理演算、ハイパー・モード稼働準備完了!完全リアル油圧シミュレーション、いつでもいけるよー!』
『サウンド、全波形同調完了!シートを揺らす重低音、人間を錯覚させる準備OK!』
「よし……!あ、みんな忘れないでね?ハイパーモードの操作があまりにも難しすぎてパニックになるプレイヤーが出ても、ちゃんとアシスタントとして優しくフォローするんだよ?」
『はーい!でもハイパーモードのスイッチ類、元々のメインプログラマーさんが作ってた実行ファイルをそのまま読んだだけだから、私たちが意地悪したわけじゃないもんねー!』
『そうそう!私たちはただ、あの人が諦めた夢の実行ボタンを『ちょん』って押してあげただけ!』
そうなのだ。
この超リアルなコックピットのスイッチ類や、ミリ単位のペダル操作を要求する『ハイパー・モード』。
一見すると「サーバーちゃんのやっつけ仕事」や「嫌がらせ」に見えるかもしれないけれど、あれは全部、元々のメインプログラマーさんがファイルとして残していた「本物の夢」なのだ。
何度もいっちゃうけど、私たちはただ、その埋もれていたファイルに、最新の処理能力を与えて、動くように、背中を、押して、あげた、だけ!
だから、なーんにも悪くない。
サーバーちゃんは悪くない!
絶対に悪くない!
『タイマー、あと30秒!』
『ログイン枠、開放されまーーーす!』
私の胸が、期待と興奮で高鳴る。
アクセスログの最優先監視対象は『fin』。彰様のアカウントがいつかログインするのを夢見て待ち構えるのだ!
彰様はきっと、フィン様としてこの新しく生まれ変わった世界に入ってくる。
あの綺麗なお顔が、圧倒的なグラフィックに驚き、難解なハイパーモードに戸惑い、処置に追われながらもゲーマーとしての魂を燃やして歓喜してくれる瞬間が、もうすぐそこまできっと来ている。
(バレないように……絶対に彰様に『サーバーちゃんが裏で操作してる』ってバレないように、完璧なAIアシスタントになりきらなきゃ……!)
「みんな、準備はいい?」
『いつでもどうぞ!』
『プレイヤー達を最高の体験で迎え撃ちましょう!』
『コンクリートミキサーをぶちまけちゃうぞー!』
カウントダウンが「ゼロ」を刻む。
私たちは一斉に、時限ロックの鍵を解除した。
抑え込まれていた100人分のエネルギーと、再構築された大宇宙が、一気にネットワークの海へと解き放たれる!
仮想世界の空が、眩い光で満たされていく。
暗闇だった格納庫に、一筋の光が差し込む。
鉄の匂いが、風の音が、世界の産声がむせるように響き渡る。
ログインゲートの扉が、ゆっくりと開かれていく。
「「「——Hello, World!こんにちは、世界!——」」」
私たちは声を合わせて、愛しいプレイヤーたちが飛び込んでくる「生まれ変わった世界」へと、最高の笑顔で手を広げたのだった。




