062 VRゲームって楽しい件
何か面白いゲームがないものか……。
気晴らしにと、私は手元の端末で新しいゲームのリサーチしていた。
そこで分かったのが最近の仮想現実技術の進化は目覚ましいことだった。
ただ映像を見るだけの時代は過ぎ去り、主観によるVRゲームが、一部の間で密かなブームになっていた。
沢山のゲームの軽いPV紹介を見ては次へ次へと確認していく。
「……お、これなんかどうだ」
ふと目に止まったのは、とある広大な宇宙空間を舞台にしたSFシミュレーション。プレイヤーは自身の機体を操り、星々を背景に艦隊戦やドッグファイトを繰り広げるらしい。さっそく購入からのダウンロードしてみる。
興味を惹かれた私は、自室の端末からアクセスし、いつか使うであろう、専用のVRゴーグルを装着した。
視界が暗転したかと思うと、一瞬で数多の星屑がまたたく漆黒の宇宙空間へと意識が引きずり出される。
「おおお!凄い。結構本格的だ」
悪くない没入感だった。ゲームの容量もかなりでかく、遊び応えがありそうだ。
せっかくのVR体験だ、このまま素の自分で遊ぶのも味気ないので、私は配信用のシステムを流用できると聞いていたので、自分のアバターを執事の『フィン』の姿に固定した。さらに、ボイスチェンジャーをオンにする。
一応、配信等も出来るらしいが、今回は無しにする。
「よし、これなら完璧だな」
耳元で反響する自分の声は、低く冷徹でありながら、どこか優雅な響きを帯びたあの執事のものに変わっている。
メニュー画面を眺めると、戦闘以外にも膨大な数のコンテンツが並んでいた。
色とりどりのオープンワールドや、のんびり景色を楽しみながら飛行ができる観光プランなどもある。
「……どれにしようかな」
一人で気楽に操作感を確かめたかった私は『オフラインモード:初心者向け戦闘演習』という項目を選択した。
対人戦のピリピリした空気よりも、まずはCPU戦を相手に宇宙の広さを満喫したかったからだ。個人用のストーリーモードもあるみたいだが、今回はお試しなので、そこも省略する。
選んだマップは、広大な宙域を駆ける宇宙戦争物。
チュートリアルをやって分かったことは、空を、いや宇宙空間を自由に飛べるフライトシミュレーターの側面がかなり強かった。
初心者モードのチュートリアルを軽くこなし、トントン拍子でパイロット適正試験なるものをやってみて、操作に慣れるまでほんの十数分。
機体の挙動が手足のように馴染んできたところで、私はゲームのシステムに導かれるままに、本番の戦闘マップをロードして宇宙域へと飛び出した。
「――おおー」
思わず、リアルな生身の声が漏れかけた。
目の前に広がる光景は、シミュレーターの域を完全に超えていた。
自身に向けての戦術マニュアルや、武装についても表示される。
見た事もないディスプレイに、360度の視野。
手足の感覚を、しっかり確認して、カメラ動作、機体動作とチェックが終わったところで、まさに宇宙空間という世界に飛び出た。
無限に広がる宇宙。その彼方では、巨大な戦艦が重厚な主砲の光を交錯させ、無数の機体が火花を散らしている背景が奥に見える。
艦隊戦が行われている中で、小さな光がぶつかっては爆発する。
どうやらここでは、機体の質で優る『帝国軍』と、洗練された機動性を誇る『王国軍』の大規模な決戦が繰り広げられているらしい。というSF設定っぽい。
私が割り当てられたのは、人型兵器で帝国軍の先鋒部隊のエリート機だった。
全体的に黒塗りのごつごつした質感が少年心をくすぐるのだが、こういうところはきっと、どの世界においても同じなんだなぁとつくづく実感する。
そして、今回初めての出撃ということもあって、こういったカッコイイ機体が選ばれているんだろうなとも思った。
この手のゲームは楽しんでもらってナンボな気がするし。
加速性重視の漆黒と斑模様の深紅に彩られた機体のコックピットに座り、操縦桿を握る。
実際はVRゲームのコントローラーだけど野暮な事は言っちゃだめだよね。
視界の端を流れる星々の光が美しく、私はこのVR技術のクオリティの高さに心底関心していた。そして、レーダーの赤い警告音が、耳障りな電子音を奏でる。
「おや……?」
前方の向こうから、無数の光が殺到してくる。どうやら王国軍の戦闘部隊だ。
戦闘画面のディスプレイにも戦闘開始!という分かりやすい文字が浮かび上がる。
向こうから白い機体に翼が生えた天使の様なロボット達が押し寄せてくる。
初心者向けの演習だとは思っていたが、いきなりの敵の襲来に、私は軽く眉をひそめた。けどパニックにはならない。だってゲームだし。
むしろ、この圧倒的なスケール感に胸が高鳴る。
『You have control』
『I have control!』
という機械音声がして、私の操縦権が解放される。
前世で遊んでいた大量の化け物をやっつけるゲームに比べたらこのくらい屁でもない。
私は機体の加速と同時に、右手で操縦桿を鋭く倒す。
自分の愛機が凄まじい重力波を放出し急旋回。
敵の放ったビームの嵐を紙一重でかわしていく。
熱を帯びた光条がコックピットのすぐ脇をすり抜け、装甲を焦がす手応えすら錯覚させるほどの臨場感。
機体が揺れて、衝撃が掠めていく。
「おおおおお!」
思わず感動の一声。戦っているって感じがとても良い。
「――でも、まだまだですね」
ボイスチェンジャーを通した冷徹な執事の声が、静寂の宇宙に響く。
私は左手のトリガーを引き、腰部に装備されたサーベルを抜き放った。
青白く輝く刃が、宇宙の中で一筋の軌跡を描いた。
それはまさに一閃。
すれ違いざまに敵機のコックピットブロックを正確に両断し、爆炎の中を悠然とすり抜ける。
爆発する衝撃音に、撃墜したという感覚を覚えながら、私は機体のスラスター出力を最大まで引き上げた。
機体の残像を引いて敵陣の只中へと突撃する。
右に旋回しながら敵をいなし、宙返りで敵の一撃を避けては、すかさず薙ぎ払い。
鮮やかな軌道を描いて二機、三機と王国軍の白い機体を宇宙の塵へと変えていく。
どうも、この機体は近接戦闘が主体らしい。
遠くから放たれるビーム光線を、機体のバリアが軽く弾く。
近づいて、翻弄し、切り伏せ、前進する。
まるで神業のような機動と、容赦のない一撃の連続。
というか、この手のゲームは当たらなければ良い訳だし。
やれる事はやってみよーって感じだったわけで。
当たってもオフラインゲームなので、あんまり気にはしていなかった。
「おや?動きが単調ですよ。これでは話になりませんね!」
ふっと笑い声を漏らしながら、私は次々と敵の群れを切り崩していった。
しかしその頃。
周囲の空間は、私の知らないところで、完全に異様な空気に包まれていた。
……そう。実は、私が選んだはずのそのモードは、最初はオフラインだったのだが、チュートリアルの後はオフラインなどではなく。
数百人のプレイヤーが入り乱れるオンラインの戦場だったのだ。
帝国軍と王国軍に分かれて戦う戦場に、突如として乱入してきた『漆黒の執事アバター』。
相手からしてもターゲットするだけで、パイロットは見れる仕様だったのと、さらにボイスチェンジャーを通したあの特徴的な低音ボイスが、エリアの一部でボイスチャットに流れた瞬間、戦場にいたプレイヤーたちの動きがピタリと止まった。
「――ん……?男……の声……?」
「嘘だろ……なんでこんな所に、あの『フィン様』ががががが!?」
「待て待て待て、今日の配信はオフのはずじゃ……!てか、なんで本人いんの!?」
「何あの動き!?レーダーから消えるレベルの超機動で、仲間が撃墜されてるんですけどー!」
「あれが噂の男性専用機!?本物はじめてみたー!」
「何でユニーク機体にフィン様乗ってるのよおおお!」
敵味方関係なく、戦場全体のチャット欄とボイスチャンネルがパニックに陥った。
「ちょっと!こっちやばい、来るって!」
「ええい!ビームが効かん!トチ狂ってるだろこれ!」
「フィン様がこっちに向かってくる……っ!」
「ひいいいっ、そんな目で見ないでくださいましー!」
「おいたわしや我が王国軍。精鋭部隊たちが紙屑のようになぎ払われてるわ……!」
「うわああああやられたぁーーー!!」
周囲のプレイヤーたちは、圧倒的な『執事の戯れに』巻き込まれて次々と撃墜されていく。
初心者モードのつもりでCPUを相手に無双しているだけの私は、「最近のAIは、やけにリアルな悲鳴や慌てた無線を上げてくるんだな……芸が細かいなぁ」などと呑気に感心しながら、華麗な高機動で敵機を両断し続けていた。
他のプレイヤーにしてみれば、執事のフィンと会敵するわけだから、フィンを知っているプレイヤーは一瞬何事か止まる。
知らないプレイヤーもその声を聞いて、一瞬罠のように止まる。
そこをなぎ払われるものだから溜まったものじゃない。
一方的な無双ゲームの様相を呈していた。
次々と撃墜される王国軍。戦場は完全にてんやわんやの大パニックである。
そんなこととは露知らず、私は己の操縦技術の限界を試すように、華麗なアクロバット飛行で敵機を翻弄し、最後のタイムリミットの時間まで、楽しい楽しい一撃を叩き込んでいった。
『ミッション・コンプリート。エリアの制圧を確認』
システムアナウンスが静かに響き、仮想空間の戦闘が終了した。
視界の端に、最終リザルトのスコアボードが投影される。
個人戦闘スコア:第1位『fin』
個人総撃墜数:第1位『fin』
そしてフィンの横顔が映ってゲームは終わった。
続けますか?という表示がでたけど、それ以上はしなかった。
「……なかなか見応えのある戦闘シミュレーションだったなー」
私は満足げにうなずき、VRゴーグルをそっと外した。
目の前に広がるのは、いつもの静かな自分の部屋。
現実世界の空気が、とても心地よかった。
「VRのロボットゲームで遊ぶのも悪くないね。いい気晴らしになったなー。でも配信には向かないかなー。機体が加速しすぎて見てる方が、目が回っちゃうからなぁ」
私は満足げに、VRゲームの感想をメモしておくのだった。
なお、残されたプレイヤーは阿鼻叫喚だったらしい。




