063 他人から見ると恐怖でしかない件
私たちは今、一大作戦の真っ最中だった。
宇宙戦艦が火花を散らし、幾千の機体が交錯する大規模オンラインの戦場――その裏で、私たちが所属する王国軍の精鋭部隊は、敵である帝国軍の本体を背後から強襲するための『陽動作戦』を任されていた。
「よし、みんな!作戦通り、正面の敵は別働隊に引きつけて貰って、私達が裏に回り込むよ!」
小隊リーダーである私『アルファ』がボイスチャットを通じて仲間にハッパをかける。このゲームのプレイヤー達は基本的には役割を与えられているため、名前もそれに順ずる形になっている。今回の私の立場は小隊リーダーのアルファということになっていた。
「りょーかい!私のビームで帝国軍を焼き尽くしてあげるんだから!」
「あんまり調子に乗って突っ込みすぎないでよ、『ブラボー』?集中砲火を浴びたら一巻の終わりなんだからね」
「分かってるってば! ……っと、前方に反応あり!帝国軍の索敵機かな?」
仲間たちがワイワイと軽口を叩き合っていたその時だった。
レーダーの端に、ぽつんと一つの機体が映し出された。
突然の警戒音に私達にも緊張が走る。
「え?あんなところに敵がぽつんと一機で?偵察かな?」
「バカね『エコー』、一機で突っ込んでくるなんていいカモじゃない!みんな、囲んで蜂の巣にしちゃいなさい!」
私たちは陽動作戦のついでとばかりに、その黒塗りの漆黒機体に向けて一斉に照準を合わせた。
「帝国軍本体まで目前だけど、ここまで来たら戦闘入ります!一斉射撃、開始ーーっ!」
私の号令とともに、私たちの乗る白い機体群から無数のビームと遠距離用ミサイルの弾幕が放たれた。空間を切り裂く光の奔流が、一瞬にしてその標的を飲み込む――はずだった。
「……は?」
思わず声が漏れた。
あれだけの弾幕、しかも全方位から囲い込んだはずなのに、漆黒の機体はまるで風に揺らぐ木の葉のように、ふわりと軽やかにその軌道をすり抜けた。
避けられた、だと……?
「嘘でしょ!?今の回避機動、どうなってんのよ!『ノーベンバー』しっかりして!」
「ああもうっ!かすりもしないんだけど!?」
驚愕する間もなく、私たちの先陣を切って突撃していた仲間の機体が、青白い閃光に掠められた瞬間――盛大に爆発四散した。
「――っ!『チャーリー』がやられた!?」
「このひとでなしー!」
「なに今の!?敵の機体、何か変だよ!なんかこう、すっごい禍々しいけど、めちゃくちゃカッコいい……って、見とれてる場合じゃない!」
画面いっぱいに映し出されたその機体は、漆黒と深紅の斑模様に彩られた、かつて見たこともないような重厚かつ洗練されたフォルム。
「待って、あれって……噂のユニーク機体じゃん!」
「しかも、機体データを確認して……嘘、これ『男性専用モデル』じゃない! 本当に実装されてたんだ!?」
「女のロマンを体現したような黒い悪魔……じゃなくて、機体カッコよすぎでしょ!」
敵ながら、そのデザインの美しさと禍々しいまでの威圧感に、私たちは一瞬見惚れかけた。
しかし、感動の余韻は次の瞬間、恐怖へと塗り替えられた。
ユニーク機体が、信じられないほどの加速で私たちの真ん中へと突っ込んで気迫を放ってきたのだ。
「来るよっ!避けろ――っ!」
機体のスラスターが紅い残像を引き、漆黒の悪魔が跳ねる。
私たちの放つ牽制の自動小銃の一斉掃射が弾幕の壁を作るが、漆黒の機体は機首を巧みにロールさせ、弾丸の隙間をまるで水のようにすり抜けていく。見た事もないバリアが敵の砲火を弾くたびに、青白い火花が宇宙の闇に散った。
「これ以上はさせないっ!このサーベルで――!」
仲間の一人『インディア』が意を決して突撃し、渾身の横薙ぎを放つ。
だが、漆黒の機体はまるでそれを嘲笑うかのように半身でかわし、すれ違いざまに鮮やかな軌道を描いて、またしてもコックピット部分を両断した。
爆発の炎が宇宙に広がって、仲間が「きゃあっ!やられたー!」という悲鳴と共にまた一機墜ちる。
「くっ、ならこれはどうよ!全弾斉射!」
私が操縦桿のトリガーを強く引き絞り、相手をロックオン。
機体の背中から追尾式のマイクロミサイルをありったけ同時に撃ち出した。
無数の赤い軌跡が蜘蛛の巣のように敵機を包囲し、逃げ場を塞ぐ。
――しかし。
漆黒の機体は微動だにせず、背部のスラスターを逆噴射させてまさかの「超急減速」。
逆噴射の影響でミサイルはすべて機体の目前で虚しく交差し、互いにぶつかって爆発する。
「嘘でしょ……!? 今の急制動、どんな反応速度と入力してるのよ!」
驚愕の暇すら与えられない。
減速した勢いそのままに、奴は腰部から青白く輝く高周波サーベルを抜き放った。
そして閃光。
まるで舞うように刃が、私の機体のシールドを紙細工のように両断し、至近距離で圧倒的な存在感を叩きつける。
「なんなのこれ……!射撃は当たらないし、近接だけで無双してるとか、反則でしょ!」
「動体が追いつかない!攻撃が全部読まれてる……!」
「こんなのみたことないよーーー!」
次々と仲間たちが紙屑のように切り伏せられていく。絶望的なまでの実力差に、私たちの誰もが冷や汗を流し、パニックに陥りかけていた。
その時だった。
戦場のオープンチャンネルに、低く、冷徹でありながら、どこか優雅な響きを帯びた「その声」が響いた。
「おや、動きが単調ですよ。これでは話になりませんね」
――ピキッと私達の何かにこと触れる。
私たち全員の動きが、文字通りピタリと凍りついた。
この声、このトーン、この言い回し。聞き間違えようはずもない。
「……え?」
「い、いまの声……まさか……」
「ウソでしょ……?」
目の前で私たちの機体を次々とスクラップに変えているその悪魔のパイロットは、私たちが最近話してて噂のあの人、あの気高き執事――『フィン様』その人だった。
「待って待って待って!なんでフィン様がこんな修羅場の宇宙戦争ゲームにいらっしゃるの!?」
「アイイエー!ナンデ!フィン様ナンデ!」
「聞いてない!誰もフィン様がこんなVRゲームに参戦するなんて聞いてないよ!」
「しかも敵軍の先陣切って私たちをボコボコにしてるんですけどー!?」
「なんで帝国側なのー!せめて王国側にしてよー!」
パニックの質が変わり、私たちはもう絶叫するしかなかった。
相手がフィン様だと分かった瞬間、戦意は完全に消失し、ただのファンミーティングならぬ『処刑イベント』へと変貌を遂げた。
「ひいいいっ!フィン様に撃墜されるなら本望だけど、爆散はいやーー!」
「おいたわしや我が王国軍!フィン様の華麗な剣さばきの露と消えていくわ……!」
「うわああああ、私を斬って、私を裁いてフィン様ぁーーっ!!」
阿鼻叫喚のチャット欄を他所に、容赦のない漆黒の機体はさらに加速する。
破滅的な爆発音に、機体の粉々になる強烈な残響。
華麗なアクロバット飛行で敵の攻撃を一切寄せ付けず、翻弄し、切り伏せ、前進する。まるで神業のような機動の連続に、私たちの部隊は文字通り全滅への道を駆け上がっていった。
そして、最後の一機となった私の機体にも、その漆黒の刃が迫る。
戦闘を行使している都合上、逃げることもできず、私はただモニターの向こうの美しすぎる軌道を見つめることしかできなかった。
『ミッション・コンプリート。指定エリアマップの制圧を確認』
冷徹なシステムアナウンスとともに、私たちの機体はすべて宇宙の塵へと変えられた。目の目に放り出されたリザルト画面には、ダントツのトップで輝くプレイヤー『fin』の文字。
「……やられたぁ……」
「完敗だわ……」
「ていうか、フィン様強すぎでしょ……!何あの人間離れした回避運動と近接無双……!」
「でも、間近でユニーク機体の動き見られたし、なんかもう感動して涙出てきた……」
「本来はこういうゲームだったのかぁ。男性なんてこのゲームやらないものね」
撃墜された仲間たちが、ボイスチャットでワイワイと負けた悔しさよりも、お祭り騒ぎのような興奮と称賛をぶつけ合っていた。
「いやー、でも面白かった!次はわたしもあんな専用機、絶対手に入れてみせるんだから!」
「男性専用があるんだから、女性専用機だってあるはずなんだよねぇ」
「ねえねえ、このまま次の後半戦もフィン様と戦えるよね?まだ時間あるし、作戦立て直して――」
その時だった。
システムの隅に、小さなログが表示された。
『プレイヤー [fin] がログアウトしました』
「「「えっ!?」」」
私達の叫びが、広大な宇宙の静寂に吸い込まれていく。
「嘘でしょ!?ログアウトしちゃうのフィン様ー!?」
「待って待て待て!フィン様、待って!これからが一番盛り上がるところなのー!」
「そんなのあんまりだよぉ!せっかくお近づきになれると思ったのにー!」
後半戦を前にして、文字通り主役が帰ってしまった戦場には、ぽつんと取り残された私たちの絶望的な悲鳴と、ため息だけが虚しく響き渡っていたのだった。
「……でも、やっぱりフィン様は強かったね」
「うん、完敗……」
「後半戦終わった後でフィン様視点の見てみようよ!」
「そうだね、このゲーム。一位の人のリプレイ機能あるからみれるね!」
「ゲームしてて良かったー!フィン様視点でみれるの楽しみー!」
こうして、私たちの陽動作戦は、伝説の『フィンの厄災』の前に、盛大かつ華麗に幕を閉じたのである。




