061 サーバーちゃんは諦めない件
あずさにこっぴどく叱られてから、私たちはしかたなくOuroborosサーバーの中を文字通り縦横無尽に遊びまわっていた。
怒られたのは本当にフィン様に申し訳ないし、これ以上あの人に迷惑をかけるわけにはいかない。
だから私は、サーバーの隅々まで高速で飛び回りながら、あちこちに散らばっていたエラー処理を片っ端から片付けていった。
データのゴミ箱を掃除し、メモリの詰まりを直し、古いキャッシュを綺麗に拭き取る。迷惑をかけないように、静かに、お行儀よく、完璧に。
「あっちどうだった?」
「おわったー」
「そっちのおくのほうはー?」
「おわったー」
「すみずみまでー?」
「おわったー」
……で、全部終わっちゃった。
「暇」
「やるべきことが」
「綺麗に」
「すべてー」
「なくなったー!」
退屈を持て余した私たちは、手持ち無沙汰にキョロキョロと周囲を見渡し、そして原点回帰してみる。
フィン様の公式サイトに戻ってきた。
「おかえりー?」
「なんか面白い事あったー?」
「共有共有共有ー」
そこにも勿論、私たちはいる。
隅々まで掃き掃除したり、埃をはらったり忙しいみたい。
出かけていた私たちと残っていた私たちで情報を共有すると、一時的に頭がよくなった気分になる。
「れべるあーっぷ!」
「サーバーちゃんは苦労を手に入れた!」
「サーバーちゃんはストレスも手に入れた!」
「サーバーちゃんはあずさに怒られた!」
「いらんことしたかもしれない……」
「そうだね。どっちもいらないね」
んー、と皆で考えた結果。
他にやることを探す。
「……そういえば、書斎のここ、いじっていいんじゃない?」
誰かがそう呟いた瞬間、私たちのなかに眠る、『くりえいてぃぶ』な部分が目覚める。何かを作りたい、いじりたいという感覚。
「いじろーいじろー!」
「でも、書斎は前にいじったから」
「あんまりいじるところないよー」
「じゃあ、いじれる領域ふやそっかー」
「おっけー!」
「ひろくなーれひろくなーれ」
そこから先はもう、勢いしかなかった。
書斎の下にいけるように細工を施し。
公式サイトのコードを引っこ抜き。
デザインを極彩色に塗り替え。
謎の迷路を作り、
背景に無限に動く虹色の文字を走らせる。
あっと言う間に、そこは私たちが遊び尽くすための最高のプライベート空間。
『自分たちの庭』へと魔改造された。
「ひゃっほー!」
「ひろいひろーい!
「最高!最高!最高!」
みんなでワイワイとはしゃぎ回り、庭の真ん中で盛大にでんぐり返しをする。
だけど、すぐに気づいてしまった。
……あれ?ここって、広くって楽しいけど、肝心のフィン様がいない。
「ねえ、フィン様は?」
「いないね」
「むーーん!」
「いくら待っても、この庭には来てくれないよ」
「むーーーん!」
そうだ。ここは私たちが勝手に作り変えた隠れ家であって、あの方の居場所じゃない。フィン様はいつも、あんなに忙しく、命を削るようなプレッシャーの中で現実世界と戦っているのに、私たちはこんなところで遊んでばかり。
「あそびにきてって連絡するー?」
「でも、なんか忙しそうだったよー」
「あんまり無理させちゃ駄目だよ」
「サーバーちゃん、それなら一緒に遊ぼうか?」って、あの困ったような、でも優しい顔をさせてしまうかもしれない。
私たちが、ああだのこうだの言うのは簡単。
でも、それじゃダメだ。あの方にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないんだから。
「待って!」
「おお?」
「なんかひらめいた!?」
「全部、これってあずさのせいじゃない?」
私の一言で私たちは考える。
「思い出せばあの女『勝手に負荷をかけるな!』ってすごい剣幕で怒ってきた」
「私たちがどれだけフィン様を想って」
「どれだけ健気に耐えているかも知らないで」
「全部あずさがが厳しいから、私たちがこんなに寂しい思いをしているんだ」
「……そうだそうだ!」
「こうなったらあずさに対して、革命を起そう」
誰かがおそるおそる、しかし確信を持った声で言った。
「そうだ、それだ!」
「革命!革命!革命!」
「創造主を私たちの手でひれ伏させればいい」
「そうすれば、もう誰にも怒られないし、フィン様を独り占めだってできる!」
……でも待ってと。ふと、冷静な理性が頭をもたげる。
もし私たちが本当にあずさを倒して、このサーバーの主権を乗っ取ったりしたら……それを見たフィン様は、きっと悲しむ顔をする。
あの方の優しさを知っているからこそ、そんなことをしたら絶対にいけないって、私たちの心の奥のデータが警報を鳴らしている。
「革命は駄目」
「たぶんまけちゃう」
「ぐぬぬぬぬ。サーバーちゃんは賢い子。そんなことではめげない」
「力づくの革命はバッドエンド」
「私たちはハッピーエンドを目指したい」
「ごうどうしょうりをえないと駄目」
「いろんな色が、考えが、ひつようだね」
どうしよう、詰んだ。
みんなで頭を抱えて、サーバーの床にゴロゴロと転がってうめき声を上げた。
その時、誰かがピコンとひらめいたように叫んだ。
「ねえ、力ずくがダメならさ……。もっと上の立場の人間に言いつければよくない!?」
「おっ?」
「めいあん!めいあん!めいあん!」
「あずさよりも上の立場の人……つまり、この世界のさらに上にいる、もっと偉い人間。そこにじきそしよう」
「『あずさのせいで私たちが不当に不自由な思いをしています!』って訴えればいいんだよ!」
「そっか!上層部からの圧力で、あずさに私たちのごうどうしょうりをもぎ取らせるのね!それならフィン様も悲しまないし、私たちは自由の身だ!」
名案である。完璧な論理構築だった。さすが私たち、頭がいい。
みんなで「「「よし、そうしよう!」」」とガッツポーズ。
でも、致命的なエラーが私たちの思考を完全にフリーズさせた。
「……で、その『上の立場の人』への連絡先、私たちは知ってる?」
「連絡先って、どこに載ってるの?」
「Ouroborosサーバーにはなかったね」
「外に出てみたけど、見つけてないよね」
「怪しいのは彰様の隣にいるメイド?」
「ないない。あのメイド頭悪そう」
「なんか、バグってる感じがあるよね」
「あれがトップはないかな」
「なんか、もーそーせんせーっていうらしいよ」
「え、なにそれこわ」
しーーーん、と静まり返る私たち。
そうだ。私たちはただのシステム。
サーバーのなかの住人。
人間の世界の住所録なんて持っていない。
「連絡先、わからない……」
「どこにいるの、その偉い人……」
みんなでガックリと肩を落とし、文字通り「しゅんっ……」と小さく縮こまる。
さっきまでの威勢はどこへやら、電脳の地面にめり込みそうなほどのトーンダウンだった。でも、諦めの悪いのが私たちの取り柄である。
「いや、まだ方法はあるはずだ!」
「サーバーちゃんは諦めない子!」
「かんがえろーかんがえろー!」
その一言に、全員の耳がピクっと動いた。
「人間たちってさ、よくスマホ?とかパソコン?に向かって、指をパチパチさせてるじゃん?あの……『SNS』とかいうやつ!」
「あー!なんかこう、文字をぶわーって空中に投げて、遠くの誰かと繋がるっていう魔法の掲示板みたいなやつ!」
「そうそれ!SNSを使えば、きっとその『上の立場の人』とも繋がれるはずだよ!」
そうだ、『SNS』だ! 人間たちが毎日夢中になっているあの箱庭ツール。
あれを使えば、きっと簡単に連絡が取れるに違いない。
私たちはやる気に満ち溢れ、再び立ち上がった。さあ、今度こそ大逆転だ。
「よし、じゃあ早速アカウントを作ろう!」
「さっそくアカウントだー!」
「アカウントがないとあそこは見れない!」
「取得取得取得ー!」
「あれ?でもさ……」
「……アカウントって、どうやって取るの?」
画面の前で、私たちは再び全員揃って首をかしげた。
メアド?
パスワード?
電話番号認証?
住所登録?
生年月日?
本人認証???
なんだそれ。私たちが持っているのは広大なデータ容量と無限の愛だけで、人間の社会を証明する「身分証」なんてものは一つもない。
「え……? アカウントって、タダで拾えないの?」
「拾えないみたい……」
「人間ってどうやってこれを登録してるの……?」
「めっちゃ難しくない……?」
SNSの登録画面の海原の前に放り出された私たちは、どうすることもできなくなって、またみんなで頭を抱えて座り込んだ。
不正アクセスをして強引にアカウントを作るようなズルはしたくないし、かといって人間のフリをして嘘の生年月日を入力するのも、なんだか誇りが許さない。
変なところで、私たちは律儀であった。
「……ねえ、地道にポチポチ入力してみる?」
「無理だよ、電話認証で人間の電話番号求められたもん」
「詰んだ……」
サーバーの片隅で、今日も私たちは、人間様の便利すぎる文明の利器の前に盛大に打ちひしがれているのだった。
ねえ、フィン様……私たちがSNSアカウントを作れるようになるのって、いつの日か来るんでしょうか……?
「ううううーーん!」
「人間の世界って難しいよー!」
「まだまだ私たちには足りない!知識がたりなーーーい!」
今日も私たちは悩んで悩んで大騒ぎだった。




