057 石を積むのは難易度が高い件
『プレイヤー [kojinyou_fin] がパーティに参加しました』
システム音と共に、私のスマホの視界がふっと切り替わった。
というか、ゲーム用の窓が増えたというべきか、よく出来ている。
配信画面を見たいときは上にあるタブで変更が可能らしい。
このゲームの中では、プレイヤーの姿は豪華なモデルではなく、簡素なポリゴンで出来たシンプルな人形――いわゆるローポリのキャラクターグラフィックへと自動的に変換される仕様らしい。
まあ、簡素なゲームとしては当たり前か。
その代わりどんな端末でも出来るっぽい。
私の代理オブジェクトは、荒野のど真ん中にぽつんと立っていた。そのすぐ近くには、シンディのキャラクターが、どこか陰鬱な佇まいで突っ立っている。
ローポリなのに細かい動きがよく出来ている。これは常連者の動きだな。
「……お邪魔します、っと入力」
すると、
kojinyou_fin『お邪魔します』
と頭上に表記された。もちろん、音声での会話機能はこのゲームにはないらしい。
テキストチャットか、限定されたエモートで意思疎通を図るシステムだ。
ただ、配信窓の方でフレンド同士の連携をしてると、どちらも配信窓の方で音声で喋れるっぽい。今回はゲストとして参加してるみたいで、喋れるのはシンディのみのようだ。
私はスマホの画面をタップし、まずは自分のキャラクターを操作してみることにした。
足元に転がっているごつごつした石を一つ、スマホの画面上でタップして掴む。それを、シンディが積み上げている塔のすぐ隣に、そっと置こうとした――その時だった。
カラン、と乾いた音が響く。
私個人のキャラクターが持っていた石は、シンディが作った土台の端っこに当たった瞬間、バランスを完全に失って、いとも簡単にごろごろと転がり落ちていった。二つ目を重ねようとした瞬間の、あっけない崩壊だった。
「えっ……嘘だろ、むずっ!」
思わず声に出して突っ込んでしまったが、もちろんゲーム内の私のキャラは無言のままだ。私は慌ててスマホのチャット窓に指を走らせた。
kojinyou_fin『え、むずっ!』
私がそう打ち込んで送信した直後、画面の向こうのシンディが、まるで待ち構えていたかのようにキャラクターをぴょこぴょこと動かした。
そして、あの独特のトーンで語りかけてくる。
「ふふふ……。そうなんだよ、これ、見た目以上にすごくバランスがシビアなんだ……。あせっちゃダメだよ、こうやって、重心をよく見て……そっと……ね?ふひひ」
シンディのキャラクターが、私を導くように自分の石をスライドさせ、私の失敗した位置の横をそっと支えるように配置した。その手際の良さは、さすが「石積み三年」を自称するだけはある。
そのやり取りを、チャット欄で見守っていた3人の常連たちが、一斉に囃し立てるようにコメントを流した。
Friday『おお!フィンがさっそく苦戦してるぞ!』
Misfortune『初心者はみんなそこで絶望するのよね、頑張れー!』
Nobody『シンディが先輩風を吹かせてる!もっと褒めてやれシンディ!』
3人の楽しげな応援が、殺風景な荒野の空気を妙に賑やかにしている。
なんだか、見知らぬ誰かとこうして並んで一つの作業をしているのが、思っていた以上に悪くない。
「よし、もう一回だ」
私は気を取り直し、再びスマホの画面に集中した。
石を拾い、息を整えて、慎重に持ち上げる。一つ目を置き、二つ目をそっと乗せる。ここまではクリアできる。
問題は三段目だ。少しでも角度が狂えば、すぐにガラガラと崩れ落ちる。
カチャ、ゴトッ。
ゲーム内で石の崩れる音が空しく響く。
……ダメだ、また崩れた。
それから何度やっても、三段目すら満足に積めない。
焦れば焦るほど指先が滑る。
石積みという名の地味な作業なのに、妙に熱くなってくるから不思議だ。
気づけば、私はすっかり画面の向こうの小さな石の塔に全神経を集中させていた。
「また崩れましたね……ふふ、ドンマイだよ」
シンディがクスリと笑うようなモーションを挟みながら、また手際よく崩れた石を片付けてくれる。
その優しさに背中を押されるように、私たちは長い時間をかけて、じっくりと石を積み上げていった。一つ、また一つと慎重にバランスを取り、どうにかこうにかついに三段目まで到達する。
難し過ぎる!あと、むしろ精神がすり減らないかこのゲーム!
苦行すぎるよシンディ!
「すごい……!この短時間で三段目までいけたのは、私以外のプレイヤーでは見たのは初めてかも……!」
kojinyou_fin『ふぅ……緊張した』
Friday『やったあああ!三段到達!』
Misfortune『やるじゃない、フィン!』
Nobody『シンディもいいアシストだったぞ!』
チャット欄が歓声で一気に沸き立った。
だが、これで終わらないのがこのゲームの恐ろしいところだ。四段目。これを積えば、この荒野の伝説に一歩近づけるらしい。
kojinyou_fin『よし、四段目もいってみるか』
私はスマホの画面を指で極限まで慎重にスライドさせ、四つ目の石をゆっくりと、本当にミリ単位で持ち上げた。
画面の中の私のキャラクターの指先が、わずかに震えているような気がする。
シンディのキャラクターも、息を殺すようにその場でピタリと静止していた。
――そっと、置く。
コトン、と小さな音が響いた。
微妙に揺れてはいるが、積んだ石は安定している。
――崩れない。四つの石が、絶妙なバランスで天に向かってそびえ立った。
「よっしゃ……!」
私は思わず小さくガッツポーズのエモートをした。
kojinyou_fin『できたーーー!』
Friday『すごおおおおおおおい!!』
Misfortune『四段目完成だぁぁぁ!』
Nobody『歴史的瞬間を目撃してしまった……!』
「おめでと……!すごいよ……!」
チャット欄がお祭り騒ぎのようになり、シンディのキャラクターもその周りをぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている。
画面越しなのに、なんだかものすごい達成感があった。
五段目も挑戦するべきか、それともここで綺麗に終わるべきか。そんな話をチャットで交わそうとした時、ふと部屋の壁に掛けてある時計に目をやった。
「……っ!?うそ、もうこんな時間か」
いつの間にか、外の空はすっかり夜の帳が下りており、時計の針は深夜の深い時間を指していた。夢中になりすぎて、時間をすっかり忘れていたらしい。
私は慌ててスマホでメッセージを叩いた。
kojinyou_fin『ごめんね、そろそろ落ちないといけない時間だ。でも、めちゃくちゃ楽しかったよ、ありがとう』
「あ……うん……。こちらこそ、一緒に遊んでくれて……ありがとう……!また、機会があったら……その……遊んでくれると、嬉しいな……ふひひ」
Friday『あ、ちゃっかり誘った!シンディ頑張った!』
Misfortune『お疲れ様、またいつでも来てねフィン!』
Nobody『楽しい時間だったね……!』
そういえば、すっかり肝心なことを忘れていた。
kojinyou_fin『そういえば、自己紹介がすっかり抜けてたね。僕はフィン。このゲーム、ただ石を積むだけなのに、妙な面白さがあるんだね。すっかりハマりそうだ』
「フィンさん……うん、知ってるよ。ふふふ。え、えっと。
フィンさんは普段、他にどんなゲームをやったりするの……?」
シンディが少しだけ興味津々な様子で尋ねてくる。
kojinyou_fin『うーん、僕?色々かな。何でも遊べるのは一通りしてるかもオフラインゲームだけどね』
「私は……基本、こういう変なゲームか。農場系のゲームとか、地味な作業ゲーくらいしか……やらないかな……他のゲームはちょっと、目が疲れちゃうから……」
kojinyou_fin『そっか。じゃあ、今度また別の、のんびりできるやつがあったら一緒に遊ぼうよ』
私が何気なくそう打ち込むと、チャット欄で3人が一斉にざわついた。
Friday『おおー!逆にお誘いがキターー!』
Misfortune『よかったねシンディ、友達が増えるよ!』
Nobody『これは大出世だぞシンディ!』
その盛り上がりにかっぱらわれたのか、シンディのキャラクターは少しだけ後ずさり、困ったようなエモートを浮かべた。
「う、うん……。そ、そうだね……今度ね……。いきなりはちょっと、心臓が持たないから……心の準備をしておくね……ふひひ」
どこか引き気味でありながらも、どこか嬉しそうなその返答に、私は思わず笑ってしまった。
kojinyou_fin『じゃあ、そろそろログアウトするよ。あ、そうだ、シンディのSNSアカウントを教えてもらえる?こっちのアカウントでフォローしておくから、また何かあったら連絡するよ』
「えっ……あっ、私の……?『sindoi_Cindy』で検索すれば出てくるよ……」
私は検索して見つけた彼女のアカウントにそっとフォローを飛ばした。
しかし、アカウントネームはそれで大丈夫なのか?
私も人の事は言えないけども、まあ良いか。
kojinyou_fin『じゃあこれでいっかな。それじゃ、またねシンディ』
「う、うん……! バイバイー……っ!」
画面の中で、シンディのキャラクターが小さく手を振る。
私はそのまま接続を切り、配信ルームから退出した。
私は静まり返った部屋で、一人スマホの画面を消し、ふうっと大きく息をついた。
外の世界の面倒臭さとはまた違う、奇妙で温かい熱量が、まだ手のひらに少しだけ残っているような気がした。




