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男性が少ない世界で執事っぽいVしてます  作者: そういう作品だったらいいなって
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054 迷惑はかけちゃいけない件

 外の激しい雨音は、いつの間にか小雨へと変わりつつあった。

自室でスマホを片手に他者の配信に没頭している彰様の背中をリビングの隅からそっと見守りつつ、私は個人の机へと戻ってきた。


 先ほど交わした会話。

彰様が「とりあえず試してみるか」と口にしてくださった瞬間、私の胸の内で沸騰していた忠義と狂熱のマグマは、最高潮のピークを迎えた。


――あの偉大なる彰様が、我が手によって仕立て上げられた男装の女騎士『キュリア』として、現実世界のリアルイベントに降臨される。想像しただけで、脳内の全回路がショートしそうになるほどの歓喜が駆け巡る。


 しかし、実行に移すためには、まずクリアしなければならない最大の関門があった。それは、イベントへの参加申請である。


「……ふふっ。もちろん、準備はとっくにできておりますよ。たまたまですが」


 私は優雅に椅子に腰掛け、パソコンを開いた。

画面の向こうには、数日前から受信トレイの最上部に鎮座していた、一通のメールが光っている。

 それは、国内Vチューバーの祭典『集まれVチューバー』の実行委員会からのものだった。


 そこには「!shizuku!様のクリエイティブな世界観を、ぜひ当イベントでも御披露目いただければと存じます!企業枠は埋まっておりますが、個人枠や特別ゲスト枠として、ぜひご参加いただけないでしょうか!」という、熱烈を通り越して平伏しているような勧誘メールが熱く綴られていた。


 相手は、私の実力を誰よりも理解しているイベント運営である。

ならば、こちらの要求もスムーズに通るはず。私は背筋をスッと伸ばし、メイドとして、そして一個人のクリエイターとして、極めて丁寧かつ厳格なトーンで返信をすることにした。




『集まれVチューバー』運営委員会の皆様へ。


 日頃より、電脳世界の発展とクリエイターたちの活動を支えるべく、ご尽力されていることに深く敬意を表します。

!shizuku!またの名を妄想先生でございます。


 以前より貴殿らよりいただいておりました、イベント参加への温かいお誘いメール、大変ありがたく拝見しておりました。


 我が主――フィン様の大々的なお披露目も無事に終えることができましたので、それならばと、今回は私個人の名義とはなりますが、参加させていただきたく存じます。もちろん、可能であれば、という形でも構いません。


 つきましては、今回の頒布物予定といたしましては、「フィン様の麗しき御姿を余すところなく収めたイラスト本」を予定しております。


 ただし、参加にあたりまして、いくつか私から「厳格な条件」を提示させていただきます。当然のことではございますが、我が主であるフィン様ご本人がこの肉体を持って会場に降臨されることはございません。

 その代わりに、私と私の大切な友人を当日の責任者と売り子として参加させて頂きたいと考えております。


 また、私たちの頒布にあたっては、間違いなく会場の秩序を乱し、他の参加者様に多大なるご迷惑をお掛けすることが予想されます。

 他の参加者様、並びに一般参加者様、企業様、そして個人Vチューバー様、ファンの参加者様に『絶対に迷惑をかけない』ことが参加の絶対条件でございます。そのため、以下の事項を徹底して遵守していただくよう強く求めます。



その1 会場内の導線は、全ての参加者の方々の通行を妨げないよう、極めて厳重かつスムーズに確保してください。



その2 イベントの準備中、および開場前におきましても、決して待機列を形成させないでください。もし準備中に列らしきものが形成された場合は、速やかにスタッフの手で散らしていただくか、会場の外、所謂シャッターの外などへ強制的に追い出してください。



その3 頒布物は「一冊1000円のお釣り銭が発生しないよう、小銭のやり取りで手間取らない価格設定」に統一し、スピーディーに頒布を完了できる形を徹底します。運営側としても、問題が起きぬよう人員を配置してください。



 皆様の血と汗と努力があってこそのイベントであると、私も我が主も深く理解しております。ですので、これら全ての安全管理と導線確保の条件が完全に整うのであれば、ぜひ参加を前向きに検討いたします。


 よろしくお願い申し上げます。


 !shizuku!より


送信ボタンを叩いてから、わずか数分。

――ピコン。




 まるで私のメールを受信するためにスタンバイしていたのではないかと疑うほどの猛スピードで、返信の通知音が鳴り響いた。

私はふふっと含み笑いを漏らしながら、そのメールを開いた。


『!shizuku!様!!

 メール確認いたしました!!

 主催の私どもも、日頃からフィン様の配信を涙を流しながら拝見している熱狂的な信者……失礼、ファンでございます!

 ご提示いただいた条件、全て完全に把握いたしました!

 参加者様への配慮、開場前の列形成の完全排除、シャッター外への誘導、そして安全なる頒布の徹底、すべて運営本部が総力を挙げてバックアップさせていただきます!

 導線につきましては、消防法ギリギリの安全確保と、厳重な警備体制を敷かせていただきますのでご安心ください!

 いかなる混乱も起こさせぬよう万全の準備を整えておりますので、何卒、何卒ご参加のほどよろしくお願い申し上げます!!!』



 文面からあふれ出る、主催者側の尋常ではない熱量と、狂気的なまでの即レス。

 まあ、いいでしょう。


 主催者もフィン様の熱烈な崇拝者であるのならば、こちらの意図を正しく汲み取り、現場をコントロールしてくれるはずです。これほどまでに話の早い相手であれば、安心して我が主と一緒に参加が出来るというもの。


 私は参加するご連絡を入れさせてもらい。

満足げにうなずき、パソコンをそっと閉じた。


 これで障害は一つクリアされた。


 残るは、あの美しき彰様を、完璧なる守護騎士『キュリア』へと仕立て上げるための準備のみ。


「ふふふ……ふふふふふ……」


 誰もいない部屋で、私は思わず怪しげな笑い声をこぼしてしまった。

 彰様がこの計画の全貌を知ったとき、どのような表情をされるか。今から楽しみで仕方がありません。


 私は身なりを整えると、彰様のための特製コスチュームと補正器具の最終発注を行うべく、知り合いの信頼できる業者さんへと再び連絡を入れるのだった。

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