005 掲示板ではいつものことらしい件
掲示板の話とか好きなんですよね。一度も参加したことないので一生ROM専なのですが。
ここはとあるネットの片隅にある掲示板の雑談スレッド。
外の世界に出られない者たちや日夜コアな話題で集うその場所では、まったりとした会話やくだらない雑談等が交わされているはずだったが、今日の空気はいつになく異様な熱気を帯びていた。
原因は、数日前から一部の界隈で話題になっていた、とあるユーザーの存在。
IDを「!shizuku!」とするその人物は、界隈では知る人ぞ知る、桁外れの熱量を誇る専属家政婦……ではなく。
実は「美麗なイラストを描くことで一部では有名なのになぜか中身がヤバい妄想小説ばかりを狂ったように連投する絵師こと『妄想先生』」として、生暖かい目で見られていた。
スレッドの住人たちも、最初は
「またあの妄想先生が変なこと言ってる」
「お前の主様(笑)は今日も元気か」
と、すっかりお馴染みのネタとして面白半分でスルーしていたのだが――。
名前:名無しさん
おい、お前ら昨日の見たか?
あのいつも主様語りばっかしてる絵師の『!shizuku!』、今回はマジっぽいぞ。
名前:名無しさん
どうせまた「うちの主様が世界で一番尊い」系の妄想だろ。
あの人の描く絵は神なのに、テキスト欄を開くと一瞬で頭がおかしくなるから好き。
名前:名無しさん
いや、それが今回は違うんだよ。
なんと、その妄想の主様が明日、バーチャル世界に降臨して配信をやるって言い出したんだ。
専用の特設配信サイトのURLまで貼られてたぞ。
名前:名無しさん
は? 配信?
大人しくて、声もあげられずに地面ばかりの下しか見てない男が? ネットで?
どうせいつもの妄想設定だろ。あの人、絵の腕はガチなのに脳内設定の解像度だけとち狂ってるからな。
名前:名無しさん
URLは多分これ?
ttps:以下略situji.以下略
自己責任でよろしく。
名前:名無しさん
なんじゃこりゃー!
クリックしてみたけど、個人の趣味レベルを遥かに超越した超高精度なプラットフォームが構築されている件について。
見たこともないドメインだし、もしかしてガチのプロが裏にいる?
名前:名無しさん
あの妄想先生のトーンがいつもと違ってガチすぎて逆に怖すぎるんだが。いやいつもおかしいけど。
!shizuku!『漆黒のローブを纏い、月下香の如き気高き孤高の我が主様は、執事・フィンとして降臨される。お前らの汚い画面越しであっても魂が浄化されるから正座して待て』
とか書いてあったぞ。
名前:名無しさん
フィン……?
執事モチーフのVチューバー?
何故執事?
ていうか、男の配信者なんて前代未聞すぎんだろ。
声が聞けるだけでもやばいんだが。
名前:名無しさん
もしガチだったら私のメンタルがもつか不安なんだが。
世の中の女どもが一斉に群がって、ネット回線がガチでパンクするぞ……!
あと、あのスレ主、いつもは「私の主様を愛でる会」とか言って絵しか上げないのに、今回は妙に法的コンプライアンスやセキュリティでドヤ顔で語ってて草なんだが。
あれも妄想?
名前:名無しさん
妄想のクオリティ高すぎて草。
でも、あの先生、普段から絵の資料集めとか言ってやけにガチな屋敷の間取りとか描いてるから、今回の設定もめちゃくちゃリアルなんだよな。
名前:名無しさん
でもさ、そこまで言われたら気になるじゃん。
男くん自体の希少性がエグいのに、それがバーチャルとは言え喋るんだぞ?
明日、とりあえず見に行くわ。絶対にリアタイする。
名前:名無しさん
私も行く。
ていうか、もし本当に本物の男の配信だったら、どんな声なんだろ……高音の可愛い系? それとも儚い感じ?
名前:名無しさん
あの妄想先生曰く「世界を魅了する低音の響き、聞く者を心地よく酔わせる気品に満ちた麗声」らしいぞ。
またいつもの過剰すぎる主様補正が全開だな!
名前:名無しさん
でもさ、最近の国の方針的に、こういう個人発信ってめちゃくちゃ厳しくないか?
身バレ対策とか大丈夫なの?
一歩間違えたら阿鼻叫喚だろ。
名前:名無しさん
そこはあの妄想お絵描きの脳内世界の話だろ。
どうせ「実は私の脳内で配信が始まりました」系のいつものポエムでオチるに一票。
あいつの主様に対する愛はガチの狂気だから、設定だけはやけに細かいんだよなぁ。
そろそろ妄想先生も捕まっちゃう?妄想だから大丈夫?
名前:名無しさん
明日、19時だっけ?
とりあえず正座待機な。
このスレの女たちの命運が明日の夜にかかってるぞ……!
名前:名無しさん
言っても暇人つどいだけどね私達。
そんなネット上の騒動など、当の本人は知る由もなかった。
自分の部屋で、いよいよ明日へと迫った初めての配信の準備をしながら、私は「ふぅ、そろそろ機材の最終調整をしておこうかな」と、のんびりとモニターに向き合っていた。
外の世界に出られない閉ざされた日常の中で、退屈を紛らわせるために始めたささやかな遊び。
それが、女性たちの心を激しく揺さぶり、電脳の海で波を引き起こそうとしていることなど、まだ誰も――もちろん私自身も、微塵も予想していなかったのだった。




