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男性が少ない世界で執事っぽいVしてます  作者: そういう作品だったらいいなって
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004 何かしたい件

 雫の手によって自室の一角に運び込まれた最高級のトレーニング器具一式は、瞬く間に私のプライベートジムへと変貌を遂げた。

 それから、ざっと3ヶ月が経過した。

 あれから雫との距離も少しやわらかくなった。

 『さん』付けは辞めて本人の希望で主っぽく振舞うようにした。


 日課は実にシンプルだった。

朝起きると、雫が用意してくれた完璧な栄養バランスの食事をしっかりと平らげ、かつてジムに通い詰めていた頃の記憶と知識をフル活用し、この華奢な少年の体に合わせたメニューでみっちりとトレーニングに励む。疲れたら睡眠をしっかりとり、最初こそ悲鳴を上げそうだった筋肉も、適切な負荷と栄養によって徐々に引き締まり、頼りなさげだった細腕にもしっかりとした動けるラインが戻ってきた。


 体力がついてくると同時に、これからへと向けた準備として、雫に頼み込んで様々な学問やこの世界の基礎知識を改めて学び直すことになった。


「彰様、本日の勉強の課題ですが……」


 完璧なメイド服に身を包んだ雫が、分かりやすいな資料の束を抱えてやってくる。しかし、私の中身は35歳で一通りの社会経験を積んだ元サラリーマンである。基本的な教養は前世の記憶と知識のままで十分に通用してしまい、教師役である雫を「さすが彰様、なんと深い洞察力でいらっしゃる……!」と過剰に感動させるだけで、勉強自体は何の障害もなくスイスイとクリアできてしまった。


 肉体的にも知識的にも、この閉ざされた空間の中で着々と準備が整っていく。

生活の心配は一切ない。国からの保護費は毎月振り込まれ、衣食住のすべてが保証されている。だが、35歳のおっさん魂を持つ私にとって、一生をただの「保護対象」として部屋の中で過ごすのは、やはり退屈の極みだった。外を自由に歩けない以上、この籠の中からでも社会と繋がり、自分の足で何かを成し遂げたいという思いが日増しに強くなっていた。


 外に出られないなら、ネットの向こう側へ行けばいい。


 パソコンのモニターを見つめながら、私は考えた。実姿を晒して表に出ることはできないが、最先端の配信技術やバーチャルなアバターを使えば、自宅から一歩も出ることなく、世間に向けて自分の声を届けることができるのではないか。


そう、世に言う――仮想アバターでの配信、いわゆる「Vバー」としての活動だ。


「……おや、彰様。何か画面に向かって、非常に面白そうな企みをお考えのご様子ですが」


 いつの間にか背後に控えていた雫が、メガネを光らせながらじっと私の横顔を覗き込んできた。その瞳には、主の新しい挑戦に対する期待と、何か良からぬ気配が混じってるように思えた。多分気のせいだろう。


 私はパソコンの画面を指し示し、軽く笑ってみせた。


「ねえ、雫。僕、この部屋から一歩も出ずに、ちょっと世界に向けて喋る仕事をしてみたいんだけどさ」


「……ネットを介して、世間に向けてご自身の声を届けると?」


 私の言葉を聞いた瞬間、雫の背筋がピシリと直立した。

 彼女の瞳が、わずかに、しかし確実に尋常ならざる熱量を帯びて見開かれる。メイド服の裾がわずかに震えているが、それ以外は完璧に感情を押し殺しているようだ。

大丈夫だろうかこのメイドさん。


「外を歩けないなら、ネットの向こう側で何か面白いことを発信して、自分の力でファンを掴んだり、あわよくば収益化して自分で稼ぐ仕組みを作ってみたいんだよね。もちろん、この屋敷のセキュリティや、国からの保護規定に触れない範囲でだけどさ」


「さようでございますか」


 私が軽い調子でそう説明すると、雫はグッと両手を胸の前で握りしめ、ふるふると全身を震わせた。

あ、やばい。また彼女の中で何かしらのスイッチが入っている気がするが、あえてそこには触れないでおこう。なんか葛藤がすごいんだろうな。面白いから良いけど。


「ですが、彰様。ご自身で何かを発信なされるというのは、現代社会における極めて高度な知的生産活動でございます。ましてやバーチャルなアバターを用いるとなれば、最高峰の3Dグラフィック技術、そのままの声では見バレ等の事もありますし、何より章様の声をそのままのせてしまうと発狂しかねませんので。ボイスチェンジャーのチューニング、そして配信プラットフォームの選定など、クリアすべきハードルは山ほどございます」


 妙に詳しい雫。あと鼻息が荒い。ついでに発狂って何だ。


「そうなんだすごいね。でもやりがいがあるというか、暇つぶし以上のことができそうだなと思ってさ」


「かしこまりました。彰様の新しい挑戦となれば、この一二雫、すべてのリソースを全霊を懸けて捧げます。まずは、世界最高峰の配信機材と、彰様の美しさを完璧に模した究極のバーチャルアバターの制作をお任せくださいませ。幸いな事にそれらに親しい友人がいますのでご安心くださいませ」


「そうなんだ。それは頼もしいね。何で詳しいのかは聞かないでおくね」


 雫はすでに脳内で猛烈なスケジュールを組み立て始めているようだった。

 しかし、彼女の圧倒的な行動力と手際の良さは本物だ。私が「やってみたい」と思ったその日のうちに、驚異的なスピードで環境を整えていくのは間違いない。




 それから数日後、私の部屋の一角に最先端のPC機材が運ばれてきた。


 設置はすべて雫がやってくれた。どこからか引き抜いてきたのか、あるいは独自の人脈で調達してきたのだろうか、天才的なエンジニアやデザイナーさんが、遠隔や非公開のセキュリティ回線を通じて次々と極秘の設計図を送ってきて作ってるらしい。よくわからないけど、凄い。そうとしか言えない。

 どうなってるんだこれ。


「彰様、こちらがテスト用の仮アバターでございます」


 雫が差し出したモニターには、漆黒のローブを纏い、どこか中性的な美しさと圧倒的な気品を漂わせる、執事風のバーチャルキャラクターが映し出されていた。

 細部にまでこだわり抜かれたデザインは、現実の私の華奢な体躯や、どこか気だるげで冷めた雰囲気を完璧に再現しつつ、フィクションとしての圧倒的なカリスマ性をまとわせているようにも見える。

 若干自分に似てる気がするが。気のせいだろう。しかしなんで執事なんだろうか?


「良いねこれ、結構かっこいいね」

「もちろんでございます。彰様の高貴な魂を宿す器として、これ以上のものは世界中を探しても存在いたしません」


 ボイスチェンジャーの調整も入念に行われた。地声のままでも十分に通る綺麗な声だが、配信用に低音を響かせ、聞く者を心地よく酔わせるような、まるで本物の貴族執事のような知的で艶やかな響きにチューニングされている。後、声を通しやすくして、疲れを軽減させるらしい。

ぼそぼそ喋っても、聞き取りやすくしているとか。


「あとは、名前だね。どんな名前にしようか」


 この世界でも本名はそのまま「比良彰」だが、ネットの海に漕ぎ出すのであれば、それっぽいコードネームや、この世界観に馴染む名前がいい。

「執事っぽいVチューバー、か……」

ふと、鏡に映る自分の細身の体と、目の前にある漆黒のアバターを見つめる。


 前世でジムに通い詰めていた頃の筋肉はまだまだ完全には程遠いが、この華奢な少年の体には、どこか儚さと、それを補って余りある知的な色気がある。執事というコンセプトであれば、立ち居振る舞いは自然体でいけるはずだ。


「名前かぁそうだなぁ……『フィーレリス』……いや、ちょっと長いな。『フィン』でいこうか」


 実は昔遊んだゲームで使っていた名前だったりする。


――呟いた瞬間、隣に控えていた雫が、ピクリと動きを止めた。

彼女の銀縁メガネのレンズが、部屋の照明を反射して怪しく光る。


「『フィン』……でございますか。なんとシンプルでありながら、奥深い響きでございましょう……! 闇夜にひそやかに佇む孤高の狼を思わせる、素晴らしいお名前です。これに決定でございます。今すぐ世界中のドメインと商標を押さえてまいります!」


「いや、個人の趣味の配信だからドメインとか商標はそんな大げさにならなくていいから……!」


 私の慌てた制止を、雫は華麗にスルーした。

彼女の中ではすでに、「フィン」という名前のバーチャル執事が世界を席巻する未来図が完成してしまったらしい。


 こうして、世間から隔離された家の中で、元サラリーマンの私こと比良彰は、バーチャル執事『フィン』としての第一歩を踏み出すための準備を着々と整えていった。

外の世界の人間がどう反応するか、そしてこの極端な女尊男卑の世界で、男である私がネットの向こう側でどれだけの爪痕を残せるのか。

 まだ誰もわからないが、私の退屈を紛らわせるためのささやかな遊びは、気づけば想像以上に大きな規模へと膨らみ始めていたのだった。

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