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男性が少ない世界で執事っぽいVしてます  作者: そういう作品だったらいいなって
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038 執事になってみような件

「失礼いたします、彰様!」


 静かな作業部屋のドアが、いつにも増して勢いよく、しかし上品な動作で開け放たれた。

 そこにはいつもの完璧でクールなメイド、雫が立っていた……。

 が、今日の彼女はどこか様子がおかしい。いつもは氷の彫刻のように微動だにしない端正な顔立ちが、わずかに紅潮し、瞳をギラギラと不穏な――いや、瞳をキラキラと輝かせて、両手で大切そうに大きな段ボール箱を抱え込んでいた。


 いきなり入ってくる時は何かしら問題があるという事を悟ってる私は、今日は何があったのかなと気になる。


「どうしたの雫?そんなに張り切って」


 私が椅子を少し回転させて声をかけると、雫はフンスと荒い鼻息を小さく漏らしながら、トコトコと足音を弾ませて近づいてきた。

 私の机の前にドンと大きな箱を置き、感極まったような震える声で叫んだのだ。


「彰様!ついに、ついにアレが到着したのです!」


 なんだ、アレって。


「……あれ?」


 私は首をかしげた。

 なんか頼んだっけな。それとも昨日あずささんがやらかしたっていう。公式サイトのナニカ関連の面倒な苦情の束でも届いたのだろうか。全く心当たりがない。


「いや、言われても何のことやらさっぱりだけど……。

なんだかやけに嬉しそうだね、雫は」


「ふふっ……ふふふふふ。無理もありません。これこそは、世界最高峰の技術と狂気――失礼致しました。忠誠を形にした至高の芸術品です!」


 怪しい宗教っぽいセリフを吐きながら、雫は段ボールのガムテープを指先で器用に、かつ電光石火の如くビリビリと剥がしていく。


 そんなに興奮して、一体中身はなんだっていうんだ。


「で、結局のところ、その箱の中身は何なの?」


 私がクスリと笑いながら尋ねると、雫は箱をパカッと開き、まるで聖母マリアでも拝むような神聖な手つきで、中からふわっと黒い布地の塊を持ち上げた。


「むふふっ、お聞きになりたいですか?実はこれ、彰様のためだけに製作を依頼し、血と汗と執念の末にようやく納品された特注の『衣装』なのでございます!」


「い、衣装?」


 さらに首をかしげる。

服?普段着なんていくらでもあるし、配信のときだって別に困っていない。

そもそも私のためだけにオーダーメイドした衣装って何だ。


「ちょっとなんだか分からないんだけど……どういうこと?一体どんな服を作ったの?」


 私の問いかけに、雫は待ってましたと言わばかりに胸を張り、掲げ持った衣装をふわりと広げてみせた。


「これです!」


 そこに現れたのは――紛れもなく、私が普段ネットの配信や公式イラストで着用している、あの「フィン」の衣装そのものだった。

 実際に目の当たりにしたそれは、画面越しに見る何倍も、いや、常軌を逸したレベルで作り込まれていた。


「うわぁ……これって……」

「ふふふ、お気づきになりましたか?巷にあふれる安価なコスプレ衣装などとは一線を画す、正真正銘のガチ仕様でございます!」


 スイッチが入ったのか、雫の早口モードが突如として開幕した。ここからの彼女は、もはや誰も止められない「妄想先生」の片鱗を全開に匂わせる、恐るべき執事服語りへと突入する。


「まず見てください、このラペル(下襟)のカッティングを!英国のサヴィル・ロウに巣食う古式ゆかしい職人たちの血脈を受け継ぎつつ、次元跳躍的な立体裁断技術によって、彰様の肩幅の黄金比をミリ単位でねじ伏せる仕様となっております!最高級の生地を採用し、月明かりを浴びた際にほのかな青紫色の偏光シャドウを放つよう、深海魚の鱗の構造を模したミクロン単位の特殊樹脂コーティングを裏地に施しました!」


「ま、待って待って、情報量が多い……!」

「まだまだございます!」


 雫の勢いは止まらない。目を爛々と輝かせながら、執事服のフロント部分を指差して捲し立てる。


「フロントのダブルブレストを留めるボタン!こちらはただのボタンではございません!現存する隕石から削り出したメテオライト素材をベースに、古代ルーン文字の魔力障壁っぽく『Plan_B』として手彫りし、さらに中央には『絶対的主従の絆』を象徴する人工ブラックダイヤモンドを爪留めいたしました!ちなみにこのボタン、物理的な衝撃が加わると位置情報を検知するギミックつきです!」


「ボタンに謎のハイテク技術とロマンを詰め込んだって形かな?」

「そうで御座います!」

「主従の絆ってなに?」

「そういうもので御座います!」

「さらに特筆すべきはこの袖口のカフリンクスでございます!」


 だめだ、こうなったら雫はもう止まらない。

カフリンクスってなんだろう……。ボタンみたいなのかな?

あとで調べておかないと。

私のツッコミを華麗にスルーし、狂気的な熱量をそのままぶつけてくる。


「アシンメトリーに配置されたプラチナ製の軸には、かつて私が夜な夜な書き殴った『主様讃美ポエム』の全文字が、ナノマシン技術によって肉眼では見えないレベルで刻印されております!これにより、彰様が腕を振るうたびに、精神安定効果と絶対服従のオーラが半径五メートル以内に展開される仕組みとなっております!まさに、機能美と狂気が高次元で融合した、究極の執事服でございます!!」


「すごいことは分かったけど、ナノマシンで刻印しないでよ、こわいよ!

精神安定効果とか、オーラとか絶対にないでしょこれ」

「着てもらえれば効果がわかります!」

「そうなんだ……雫的には着て欲しいんだ」

「是非!是非とも!」


 私は頭がクラクラしてきた。服ってなんだっけ?執事服って、もっとこう、シンプルに黒くてシュッとした服じゃなかったっけ? なんで隕石とかナノマシンポエムが出てくるんだ。


 しかし、目の前で誇らしげに胸を張る雫は、本気の本気でこれを私に着てほしいらしい。


「どうですか、彰様! この圧倒的なまでのディテール、そして細部までこだわり抜いた偏執的なまでの美しさ! これぞ、我が主様にこそ相応しい、宇宙一の執事服でございます!」

「いや、どうですかって言われても……すごいね、色々と……」


 圧倒されすぎて引き攣った笑いを浮かべる私に、雫はふっと表情を和らげ、最高に甘ったるく、そして逃げ場のない狂気を孕んだ笑顔を向けた。


「さあ、彰様。善は急ぎます。今すぐその部屋着を脱ぎ捨てて、こちらをお召しになってください!」

「今すぐ着るの?」

「当然でございます!これを着て、そのまま次の生配信を行っていただくのです! 画面の向こうの愚民どもが、我が主様の神々しさと、この執事服が放つ神秘的なオーラにひれ伏し、泡を吹いて気絶する姿が目に浮かびますねふふふ……」


 危ない目をしながらよだれを垂らしそうになっているメイドを見て、私は盛大なため息をつき、おそるおそる言葉を絞り出した。


「……あのさ、雫」

「なんでしょうか、彰様!何なりとお申し付けください!」

「雫って執事が大好きなの?」

「大好物でございます!彰様の次に大事な事で御座います!」

「そうなんだ……。話したらとまらなくなるくらい?」

「勿論で御座います!執事を嫌いな女はおりません!」


 なるほど、あんまり気にはしたことがなかったけど、この世界では男性に尽くされるのはある種の妄想を越える理想なのか。

 それでも私は雫に大事な事を伝えなくては鳴らないと感じだ。


「……あのさ、雫」

「なんでしょうか、彰様!」

「これ着ても皆には見えないよ?」


 だってVチューバーだしね?


 私のその冷静で心底呆れたツッコミに、雫は「はっ」と我に返ったように目を見張り、そして――まるで慈悲深い聖母のような、あるいはすべてを悟った狂信者のような微笑みを浮かべたのだった。


「彰様!わたしに良い考えがあります!」


 それ絶対に良い考えじゃないよね。

私は思わず苦笑した。

 大丈夫かなー。ダイジョウブカナー。

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