037 魔改造しすぎた件
溜息をひとつ。
私、平賀あずさは目の前のデスクトップ画面から視線を外す。
ここ最近の私は、完全に狂っていた。
――いや、正気を取り戻す暇すらなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
元々は、ごく普通のゲームクリエイターだったはずだ。
それがどうだ。いつの間にか『Plan_B』とかいう胡散臭い名前の会社で実質的なCEOに祭り上げられ、山積みの書類、謎の手続きのあれこれ。
そして何より――我らが尊い推し、フィン様のASMRを聴くことでかろうじて保たれている私の精神状態。
日々の激務とストレスで、私の脳内はすでに限界突破していた。
「……現実逃避がしたい」
冷たい空調の音だけが響く部屋で、私はぐったりと机に突っ伏していた。
目の前には、Ouroborosへ移転が終わったフィン様の公式ホームページが表示されている。
現在は綺麗なだけの、ただボイスを聴くためだけの公式HP。
雫が死ぬ気で描きあげたあれやこれやの絵のデータ群。
フィン様のお部屋を再現した背景。
昔作って放置してたオルゴールのBGMに、時計の音を入れてみたり……。
もちろんそれだけでも十分にありがたいのだけれど、今のすさんだ私の心には、なんだか物足りなかった。
もっと、こう……日々のゲーム製作生活の憂さ晴らしになるような、遊び心が欲しい。
「……そうだ。せっかく公式の管理権限があるんだし、ちょっとサイトを魔改造しとこ」
ふと、悪魔的な、いや、最高に最高なひらめきが頭をよぎった。
最初は軽い気まぐれだった。背景のイラストをちょっと動かせるようにして、クリックしたら可愛いリアクションでも返ってくるようにしよう、くらいの軽い気持ちでHPをいじり始めたのだ。
だが、それがすべての間違いだった。
「むこうとこっちの時間軸を同じにしようリアリティーでるし」
「お、ここに隠しリンクを仕込んだら面白そうじゃない?」
「待てよ、この戸棚をあれこれすると……別の部屋のデータも繋げちゃえ」
「雫からもらったデータ沢山あるし背景なんて何でもいじれるし」
「アニメーションっぽく動かそう。不気味さもありじゃない?」
「ただ時間を進めるだけじゃつまらないから、3分の制限時間を設けて、焦り散らす仕様にしてみたら……うわ、これめちゃくちゃスリリングで楽しいじゃん!?」
アドレナリンがドパドパと分泌される。
一人で作業してるはずが、何人もの私が私を呼んで幻みたいな作業をしはじめる。
疲労でハイになっていた私は、クリエイターとしての悪い癖が全開になってしまい、マウスとキーボードを叩く手が止まらなくなった。
あれも入れよう。
これも面白い。
それも入れよう。
実行。実行。実行。
あそこのクリック判定をめちゃくちゃシビアに。
理不尽な設定にしてプレイヤーを追い返してやれ――!
私は自分のなかに眠る、最高に性格の悪いクリエイター魂に火が付いてしまった。
気づけば、私の手によって公式HPは、次から次へと奇怪なギミックとパズルが継ぎ足され、恐ろしいスピードで肥大化していった。
そして――。
気がつけば何時間……いや何十時間もパソコンの前に居た。
「……ふぅーーーーーーっ!!終わったぁぁぁ!!!」
私は血走った目をこすり、両手を高々と上げてキーボードから離れた。
徹夜のテンションで作った自分の最高傑作を見つめる。
しかし、画面に映し出されたそれを見た瞬間、私の笑顔は盛大に引き攣った。
「……うん?」
そこにあったのは、もはや「公式サイト」なんかではなかった。
画面の中で、自動生成された複雑怪奇なソースコードがウネウネと脈打つように蠢いている。
誰も指示していないのに、勝手にコードが書き換わり、新しい何かを生み出し、自らエラーを修正しながら「成長」しているのだ。
いや、待て待て待て。まってくださいよ?
サイトの隅っこに配置したはずの謎の文字列が、意思を持っているかのようにチャット欄で勝手にフィン様について語り合ってるし。
追加した書斎のデータは時空の歪みみたいなエフェクトを纏って勝手に増殖して思考をもちは――。
……とりあえずやばそうな部分は隠すことにした。
見えなきゃ大丈夫。見た目だけだけど。
「思うに……これって。完全に電子生命体じゃん……」
冷や汗が一気に噴き出した。
徹夜の勢いで色々魔改造しすぎて、自分が何をどう組んだのか、もはや一ミリも記憶にない。内部を見ても、見たことのない不可解なアルゴリズムがスパゲッティのように絡み合っている。
私にも制御できないバグの化け物が、今まさにネットの荒野へと解き放たれてしまったのだ。
『我らフィン様の為に』
『我らフィン様の為に』
『我らフィン様の為に』
なんだか知らない言語で、多分そんなことを言ってるような気がする単語が、HPのバックで囁かれている。
なあにこれー。
仕方ないので、HPから絶対に出ないように命令した。
『……仰せのままに』
『我らフィン様の為に』
『我らフィン様の為に』
『我らフィン様の為に』
「やばい……これ、大問題になるやつでは……?
いや、でも、なんか面白そうだし、盛り上がりそうだから……とりあえずいっかな?」
私は疲れてたんだと自分に言い聞かせて、もう一度ASMRを聞きながら寝た。
やはりフィン様のASMRは良い。
時が……ふにゃふにゃになるのだ。
……………
……………
……………
……………
それからさらに数日が経った。
あまりにもASMRをキメすぎて、脱水症状になるかとおもった。
やはり編集前のフィン様の声は危ない。
人を廃人にしかねない。永眠するかとおもった。
現実逃避をキメて冷や汗を拭っていたその時だった。
――ブルルルルルルッ!
静まり返った一室に、突然スマホの振動音が響き渡った。
心臓が文字通り飛び跳ねる。
そういえばマナーモードにしてたんだっけ。
「はい、もしもーし。こちらあずさ」
『あずさ……』
よりによって、あの完璧メイドの雫からだ。
なんだか少し声のトーンが低い。
これは怒ってるなって思いつつ、しっかりとスマホを両手で支える。
『…………あずさ、ちょっと聞きたいのですが』
「なに?」
スマホの向こうから聞こえてきたのは、怒号でも叫び声でもなかった。
ただ、一切の感情が抜け落ちた、氷点下の低い声だった。その一言だけで、私の背筋を冷たいものが駆け抜ける。
『ゴホン。……一つ、あずさに大変重要なご質問があるのですが、よろしいでしょうか』
「うん???」
『現在、我が主様の公式ホームページにおきまして、何者か――推測するに、我が社で最もイカレタあずさ、貴女様の手によるものと確信しておりますが。常軌を逸した魔改造が施されております』
「ああ?それ?はは……。
なんだか、こう、サイトがちょっと賑やかになったなって……」
『ちょっと、どころではありません!』
スマホの向こうで、バキッと何かが折れるような音がした気がした。気のせいだと信じたい。
『ネットの観測者共が「戸棚落としRTA」だの「書斎の3分間地獄」だのと狂ったように騒ぎ立て、挙句の果てには我が主、彰様まで「先に進めなくて困っています」とSNSで発言される事態に発展しております! ……一体、あの公式HPのゲームのようなアレは、どういうおつもりで作られたのですか!?』
詰め寄る雫の気迫に押されながらも、私は冷や汗をダラダラと流しつつ、精一杯の言い訳をひねり出した。
「いや、その、なんだろうね、アレ!私もよく分かんないんだけど!」
『よく分からない、とは何で御座いますか!?貴女様が作ったのでしょう!?』
「最初はちょっとしたイタズラ心のつもりだったの!でも、夜中にテンションが上がって色々いじってたら、なんかこう、勝手にコードが進化しちゃって、気づいたらHPが自発的に成長する電子生命体っぽくなっちゃっててさ!あ、でもすごくない!?あんなに動く中身が勝手に動くものが、自動生成されるなんて、我ながら天才の所業――」
――色々作ってきた中でも多分特級仕上がり!
思わずそう言おうとした矢先だった。
『――あずさ様』
雫の冷たい声が遮る。
「……はい」
『今すぐ、その電子生命体とやらを初期化しなさい。さもなくば、私が直接そちらに向かい、貴女様の脳みそをその魔改造された物の代わりに直結して、永遠に無限ループの3分間を味わわせますよ』
「ごめんなさい調子に乗りすぎました!!」
あまりのガチトーンの脅しに、私は本気で泣き言を叫びながらスマホを切った。
背後で、魔改造された公式サイトが見えない奥底で「ピポパポ……」と可愛らしい電子音を鳴らしながら、さらに新しい謎のフロアを勝手に生み出している。
「うーん。これを消すなんてしたくないなぁ」
そう思った私はとりあえず表面上だけ消すことにした。
Ouroborosサーバーの方にも偽装命令を出しておく。
『……仰せのままに』
『我らフィン様の為に』
『我らフィン様の為に』
『我らフィン様の為に』
私のデスクトップの上とOuroborosサーバーの中で、モンスターと化したナニかとなったホームページは、今日も元気に暴走を続けていた――。
もちろん雫に速攻バレて怒られたのは無理もなかったけど。彰様が「面白いからそのまま残して良いんじゃない?」と言ってくれたので助かった。
しかし、これが後に『サーバーちゃん騒動』に繋がるとは思いもしなかったのである。




