111 ただの担当者な件
午後の配信部屋。周囲の音に邪魔されることもない穏やかな空間で、私はパソコンのモニターに向かっていた。
画面に表示されているのは、雫から転送されてきた『彰様確認用フォルダ』だ。
あずささんから送られてきた厳重な暗号化ファイルを雫が一度チェックし、熱い評価コメント欄を添えて私に回してくれたものらしい。
フォルダ内には三つのデータが入っており、中でも特に重要視されているのが一つ目のASMRのコミカライズデータだ。これまたすっごいのが来たものだ。
「よし、まずはこれから確認してみようかな」
私はマウスを操作して、最初のファイルを開いた。
「うわぁ……すごいなこれ……!これはコメントにも納得だね」
画面いっぱいに表示された表紙を開いた瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。タイトルは『執事のフィンとお嬢様の日常編』。作者のペンネームは『お嬢様』と書かれている。
ペンネームまでお嬢様になってるってことは、相当頭をふにゃふにゃにされちゃったのかな。なんだか申し訳なさが……。
雫が書き残したコメント欄には『プロの犯行に違いありません!』『ASMRの有料コンテンツをここまで見事に落とし込むとは……!』と凄まじい熱量で興奮が綴られていた。
実際に目を通してみると、その言葉の意味がよく分かる。モノクロの漫画形式なのだが、デジタルトーンの処理、ペンの抜き差し、光と影のコントラストの付け方が、本当に商業誌で活躍しているプロレベルのクオリティなのだ。
描かれているのは、顔の描かれていない読者視点の『お嬢様』が、お布団の中に包まっている朝のシーンから始まる物語だ。そこへ、執事服を着たフィンが静かに起こしにやってくる。
読み進めるにつれて、私はただ感心するだけでなく、自分が演じたボイスがここまで丁寧に汲み取られていることへの深みのある感動を覚えていた。
「何だろう……。ASMRの自分の技術力を、このお嬢様の表現力が遥かに凌駕している気がする……」
まさに実力の差ってやつだよねこれ。
うーん。負けてられないねこれは!
次はもっと演技力を鍛えてもっと良い物にしないとって向上心がくすぐられるね。
例えば、ダイニングテーブルでの朝食シーン。熱々のスープと焼き立てのトーストを運んできたフィン様が、不意にスッと手を伸ばしてくるところ。
画面の中のフィンが『ふふ、口端にパンくずがついていますよ』『まったく、いくつになっても手がかかるんですから』と、呆れながらも甘やかすような優しい眼差しを向けている。
この場面の演出はとにかく素晴らしい。
ただ甘いセリフを喋らせるだけでなく、そこに至るまでの小さなコマ割りで「お嬢様がパンをかじった瞬間の間」や「スープの湯気」を丁寧に描き、あえてトーンの密度を落として静寂を作っているのだ。
ボイス収録の時、マイクとの距離感や吐息の混ぜ方を何度も試行錯誤したのを覚えている。「近い距離で語りかける、包み込むような優しさ」を意識して乗せたあの声の微細なニュアンスや間合いが、マンガという媒体においてコマの視線誘導や余白の使い分けによって完璧に映像化されている。
指先の仕草や視線の角度を見ていると、自分の演技をこれ以上ないほど理解して描いてくれたのだと分かり、演者として胸が熱くなった。
ただ、がんばって収録したものの、後々にはかなり編集されちゃったけどね。
あのまま出すとみんな発狂しかねないって後に言われたけど。最初は冗談だよねって思っていたけど、事実っぽいし……。今世の女性は大変だ。
その後も、勉強中に居眠りしたお嬢様を軽くからかう表情の崩し方や、午後のティータイムの約束での光の差し込み方、お出かけ前の完璧なお辞儀の構図まで。
全二十四ページにわたって描かれているのは、単なるキャラクターの萌え要素だけではない。ページをめくった瞬間に読者の視線を惹きつける仕掛けや、登場人物の感情の波の作り方が計算し尽くされていて、まるで良質な短編映画を見ているような心地よさがある。有料ボイスの世界観をここまで深く読み込んで再構築してくれた作者の読解力と描写力には脱帽するしかない。
「すごいな……。演者として、自分の言葉にこんな命を吹き込んでもらえるなんて最高のご褒美だよ」
演者としての感謝と感動に浸りつつも、何周か読み返しているうちに、私の意識は自然と過去の記憶が蘇ってきて、作り手としての技術的な領域へと切り替わっていた。
「んー……ファイル名がhyousi、01、02、03って並んでいるんだね。見開き入稿の表紙の背幅は……多分大丈夫そうかな?何の紙を使うのかはわからないけど、ちゃんと背幅の計算はされてるみたいだね」
まだイベントのフォーラムに試験設置された段階だから、すぐに印刷所へ回すわけじゃない。それでも、なんだか無意識にデータの構成が気になってしまうのだ。
私は前世の学生時代、実は就職する前に友人たちとよく本を作っていた。
自分自身がサークル主としてイベントにガンガン参加していたわけじゃないけれど、友人たちの本作りのサポートや入稿データのチェック、補正のお手伝いはよくやっていたなぁと、懐かしい感覚が蘇る。
締め切り直前の修羅場に友人宅へ呼び出されては、「ファイル名が全部『本文01、02、03……』みたいになっててページの順番が分からない!」とパニックになる友人の横で、笑いながらファイル整理をやったっけ。あの頃の作業の癖が、今でも体に染み付いているらしい。
「もし本当に印刷へ回すなら、表紙はhyousiでいいけれど、本文の始まりは裏表紙に印刷するかどうするかで変わってくるよね。裏表紙に印刷するなら02だけど、そうじゃないなら実質的な本文の1ページ目は03からになるはずだし」
私は独り言をこぼしながら、後々の管理や万が一の入稿時にも困らないよう、サクッとファイルをリネームしていく。
さらに、レイヤーがしっかり統合されているかを確認し、グレースケールの設定の潰れもなく、素晴らしい処理になっている。そこまで見て、ふとあることに気がついた。
「あー、なるほど。ノンブルが入っていないのか」
Web公開やデータ鑑賞がメインならそのままでもいい。でも、ここまで細部まで計算して描かれた作品だ。イベントで同人誌や冊子として物理的に発行したいだろうし、ページ番号がないと製本や印刷の落丁・乱丁防止のレイアウトで迷ってしまう。前世でも「ノンブルを忘れて印刷所から確認電話が来た!」と青ざめていた友人の顔が思い浮かぶ。
私はメモ帳ファイルを開き、キーボードを叩いた。
『ノンブルがありませんので、イベント頒布にて印刷するのであれば、表ノンブルにするのか、それとも隠しノンブルにするのかご検討ください』
作者に向けたアドバイスのコメントを書き留め、つい熱が入って私自身が扱いやすく加工・調整したファイルも別フォルダに添えておく。まあ、あくまでこうしたらどうですか?みたいな別の参考データだけど。
「このクオリティなら、あずささんに了承をもらって特例で通してもいいんじゃないかな。むしろ公式に打診しちゃうとか。イベントでPlan_Bが公式として同人誌を頒布するなんて、胸アツだなぁ……その場合は二次創作じゃなくなっちゃうかもしれないけど……まあ、誤差の範囲だよね!」
ただ、もしPlan_Bとして参加するなら企業ブース枠で申し込まないと。一般サークル側に迷惑をかけちゃいけないからね。
そんな未来の展開に思いを馳せながら、二つ目のフォルダを開いた。
二つ目のフォルダを開くと、そこに入っていたのは一つ目の重厚なコミックとは打って変わって、パステルカラーで彩られた全二十ページの作品だった。
雫が添えたメモには『マイナスイオンが出て浄化されます!』『可愛い!可愛いは正義!!』と興奮気味にコメントが書いてあったけれど、私としてはその可愛さもさることながら、純粋にデザインとしての洗練度の高さに感心していた。
画面に表示されたのは、三頭身くらいにデフォルメされたミニキャラのフィンだ。
朝は小鳥のさえずりと共に目覚め、小さなエプロン姿で一生懸命フライパンを振るって朝食を作る。昼間はパソコンの前に座って配信をしようとしてマイクのコードに少し絡まっていたり、午後は庭のお花にジョウロで水をあげたり。家事一式をこなしながら楽しそうに過ごす『執事の一日』が描かれている。
「ここまでもちもちにデフォルメされているのに、特徴的な髪のハネ具合や執事服のラインを見ただけで『あ、フィンだ』って一目でわかるのが本当にすごいな」
キャラクターのデフォルメ化は、一見簡単に見えて実はデッサン力や特徴の引き算のセンスが問われる難しい作業だ。絵柄を可愛らしく丸めるだけだと、元のキャラクターの良さや識別性が消えてしまいがちなのだが、この作品は必要な要素を的確に捉えているからこそ、この愛らしさが成り立っているのだと思う。配信準備のシーンでマイクコードに少し戸惑っている顔など、表情の崩し方も絶妙で思わず口元が緩んでしまう。
「データサイズが正方形ということは……実際に形にするなら変形断裁の絵本仕様にするのかな。表紙にマットPP加工を施して、角を丸く落とす角丸加工なんかにしたら、手触りも含めて最高に可愛くなりそうだ」
前世で友人たちが特殊装丁や印刷方式にこだわっていた時のことを思い出す。
昔、友人が「今回は絶対にオフセット印刷で刷りたい!」とこだわりを見せたことがあった。B5サイズ・四十ページ構成で、発行部数は三百部ほど。そこまでは良かったのだが、どうしても表紙の仕上がりに納得がいかないと、途中で版の線を増やして色数を追加してしまったのだ。
その結果、印刷所からの請求額は見事に六桁に乗ってしまい、見積もりを見た友人の顔から一瞬で血の気が引いていたのを今でも覚えている。デジタル印刷と違ってオフセットは版を増やすごとにダイレクトに費用が跳ね上がるから、聞いてるだけでも地獄絵図だった。百部でもすごいのに三百部だもんね。友達の家の中で在庫の山が凄くて笑った。笑い事じゃないけど、あれは笑わずにはいられなかったな。
「こういうパステルタッチの絵本風なら、ハードカバーの上製本にしたら本気で絵本屋さんで売っていそうなクオリティになりそうだよね。まあ、上製本も小部数だと一冊あたりのコストがとんでもなく高くなっちゃうけれど……。でも、もしグッズとかも用意したら、ノベルティでミニアクリルスタンドなんかを挟んだりして、夢が広がるなぁ。トートバッグとかも付けてセット頒布とか良さそうだよね。どんどん値段が高くなっちゃって阿鼻叫喚になるけど。作る側も、受け取る側も狂気だからね……」
本作りのコスト感や装丁の美しさに思いを馳せつつ、データ自体を隅々まで確認する。解像度やカラーモード、ページの重ね合わせも含めて完璧で、不備や間違いは一切ない完全な問題なしだった。
そして、最後の三つ目のフォルダを開く。
雫からのコメント欄には『破廉恥では……?』『ご本人に見せるには刺激が強すぎるのでは!?』と葛藤の跡が残されていたけれど、私は中身を開いた瞬間、思わず苦笑した。
「……なるほど、これは攻めてるなぁ。そういう着眼点か」
私の第一印象は「過激」というよりも、「フェチズムの表現技法としてめちゃくちゃスマートだな」という感心だった。
表紙に描かれているのは、いつもの完璧な執事服を首元まできっちりと着込んでいるフィンだ。だが、紅茶を注ぐために僅かに身を乗り出したその一瞬の動作――前傾姿勢によって生じたシャツの襟元の僅かな隙間からチラリと覗く『鎖骨』のくぼみが、異様なまでに緻密に描き込まれている。
ページをめくっていくと、手袋を直す瞬間の首筋や、ソファで本を読みながらふと顔を上げた時にタイの隙間から覗く肌のラインなど、徹底して「チラ見え」に焦点を当てたイラスト集になっている。
肌を大々的に露出させるのではなく、しっかり着込んでいるからこそ隙間の肌が引き立つという、美学のようなものを感じる。肌の露出そのものが珍しいこの世界において、男性の格好良さや色気をどう表現するかという高いハードルに対し、あえて着衣の『隙間』に絞ることで品を保ったままフェチズムを昇華させているのだ。
「まあ、うちの雫も普段からもっと凄まじいものを描いているしね。これが問題あるっていうなら、そもそも雫の作品なんて一つも頒布できないから平気だよね」
私は独自の基準であっさりとセーフ判定を下した。
ただ、妄想先生を基準にしていいのか、ちょっと悩むところではあるけど。
多分SNSで妄想先生はアウトかな?セーフかな?ってアンケートをとったら全員がアウトって言いそうなんだよね……。私もアウトに投票すると思うし。
ただ、クリエイター視点で見ると、印刷データとして少しハラハラする部分があった。
「見開きのイラストが多いし、構図の重要なモチーフが画面の中心に描かれているのが多いな。これは製本する時に印刷所の人も苦労しそうだぞ」
同人誌を作る上でよくある罠の一つが、この「ノド」の問題だ。本を製本する際、ホッチキスで止める中綴じならまだしも、背表紙を接着剤で固める無線綴じの場合、中央の数ミリはどうしても開いた時に隠れてしまう。
「せっかくの最高に魅力的な鎖骨のラインやチラ見えのポイントが、見開きの真ん中に重なっているページがある……!このままだと本として印刷して開いた時に、物理的に巻き込まれて見えなくなっちゃうぞ。作者さんはデジタル画面のフラットな状態で描いているから気づかないんだよね」
私は外側の断ち切り部分を含めて拡大確認した。
「やっぱり、これだと裁断や綴じの段階で一部が消えちゃう可能性があるな」
私は親切心から、製本時に大切な絵やラインが消えてしまわないよう、自分で仕上がり線の外側に塗り足し用の余白を作成し、中央に寄りすぎている構図の余白を微調整して、それらを予備の別データとして保存し、補正してあげた。
「よし、これで全部かな」
確認と手直しを終えた三つの作品データ、そして私が作成した修正メモと補正済みデータを、ひとつの圧縮ファイルに綺麗にまとめ直す。
最後に、返信メールを作成する。あまり専門的なツッコミばかりを並べて雫を困惑させたり、作者さんの情熱を冷まさせたりしないよう、丁寧で前向きな言葉を選ぶ。
『3作品とも確認しました。どれも素晴らしい熱量とクオリティで感動しています。印刷・製本を見据えた技術的な微調整とアドバイスメモを添付しておきましたので、確認時に使ってください。作者さんにそのまま送るかの判断はお任せします』
文字を入力し終え、送信ボタンを押す。
モニターの画面が切り替わり、送信完了の通知が表示された。作業を終えて背もたれに深く体重をかけると、爽快な達成感が胸に広がっていく。
イベントの会場で、フィンの愛が詰まった作品たちが並ぶ未来。ファンたちの熱量と、自分たちの表現が交差する瞬間のことを想像すると、胸の奥がじんわりと熱くなるのだった。




