011 二回目の配信の件
あれから一週間。
世間の狂騒が少しだけ落ち着きを見せた頃、私は再び自宅の配信部屋に座っていた。
画面の向こうでは、すでに待機画面の時点で今回も制限人数の600人程がしっかり埋まっており、チャット欄が目にも止まらぬ速さで流れている。
今回はサーバー確認がてらメンテナンスをしっかり行ったおかげで、前回の「300人制限による阿鼻叫喚」は回避できたらしい。といっても多分、もっと大多数が見れてないきもする。
ただ、一気に制限を解除すると、何が起こるかわからないので、視聴者制限人数はゆっくり増やしていくそうだ。
「よし、そろそろ時間か」
私が小さく呟いて配信開始のボタンを押すと、静寂をまとった黒いローブの執事アバターがふっと優雅に微笑んだ。
画面が切り替わった瞬間、コメント欄の流れがさらに一桁跳ね上がった。
『キタああああああああああ!!』
『待機してた! 生きててよかった!!』
『今日のフィン様も美しすぎて目が潰れる』
『今回は見にこれたー!やったああああ』
『前回の倍でも足りないのよフィン様!絶対もっと見にきてるよこれ!』
『ありがたやありがたや』
『何かの拍子でネットが落ちたら戻ってこれないタイプの部屋だな!』
『サーバー君でも回線君でもしっかり生きてくれー!頼むぞーーー!』
まだ二回目の配信なのにコメント欄は元気があって良いね。
「皆さん、こんばんは。『執事のフィン』です。一週間ぶりですね、お元気でしたか?」
低音の響く穏やかなボイスチェンジャー声がマイクを通じて配信されると、コメント欄が一瞬で
『こんばんわー!』という挨拶と
『尊い』
『もうだめだ。声が良い』とか
『耳が溶ける』といった悲鳴で埋め尽くされる。
『私ずっとここにしゅみゅー!』
『お姉さんには刺激が強過ぎる気絶しそう』
等々、ちょっとしたカオスが生まれてる。
さて、今日の本題は「まったりお茶会というか、ちょっとした近況報告」だ。
「ええと、今日も特に気負ったこともせず、お茶でも飲みながら皆さんのコメントを拾っていこうと思います。まずは……そうだね」
私は手元に用意していたティーポットに手を伸ばし、目の前でカップへと紅茶を注いでみせた。湯気がふわりと立ち上がり、上品な香りが漂う……ような演出を、3Dアバターのトラッキングとリアルタイムの挙動で再現する。
無駄にこった仕様なのだが、よく出来ている。
何度か挙動で変な動きとかもあったけど、どうにか配信に間に合った形で動かせる。
もちろん、実際に目の前で雫が淹れてくれた紅茶を、私は今まさに味わっているところだ。
カップを持ち上げ、ゆっくりと口元に運んで一息つく。その一連の動作を、アバターのカメラが滑らかに捉える。
「ふう……美味しいね。やっぱり、淹れたての紅茶は落ち着くよ」
その何気ない、自宅でのリラックスした一連の動作をリアルタイムで見せつけられてコメント欄がざわつき始めた。
『……え?』
『待って、凄い動作してる!』
『ポット持って注ぐまでの動き、滑らかすぎないか!?』
『これ、あらかじめ用意されたモーションじゃなくて、完全にガチの手元を同期させてる動きかな』
『えぐいことしてて草』
『え、待って、ちょっと待って……これだけの可動範囲とリアルタイムの自然な動きを誇る3D技術って、結構大変なんだが!?フィン様の挙動が安定しすぎてるよ!一切ぶれてない!』
『手元で紅茶飲んだ時の喉の動きまでそれっぽいの見えてるんだけど私の気のせい!? 怖い! 技術力がバグってる!!』
コメント欄が「技術の暴力」に対する恐怖と驚愕に染まっていく。
いや、雫のプログラマーの友人が「これくらい余裕だろ」と言って組んでくれたシステムなのだが、世間的にはやっぱり滑らかな動きらしい。
私は苦笑しながらカップをソーサーに戻した。
「あはは、そんなに驚かなくてもいいのに。あれから少し良いものにしてもらっただけだよ。……それでね、今日の近況報告なんだけど」
私は話を本筋に戻す。
「先週の初配信のあと、色々な反響をいただきました。ネットも見てますので、温かい言葉をかけてくれた皆さん、本当にありがとう。そして、お礼といってはなんだけど。個人的な報告で……ようやく僕も、SNSのアカウントを開設しました」
画面の端に、新しく取得したアカウントのIDが表示される。
瞬間、コメント欄の爆発音のような歓声が文字となって流れてきた。
『いいいいいやったあああああああ!! フォローした!!』
『通知くんは絶対に逃がさない』
『毎日朝昼晩の挨拶を義務付けます』
『尊すぎて自分のアカウントが爆発した。パスワードなんだっけ』
「これから日常のちょっとしたこととか、写真を……まあ、気が向いたら載せていこうと思ってるよ。よろしくね」
和やかなムードでコメントを拾っていくと、ふと、流れるチャットの中に特定のワードが何度も混じっていることに気がついた。
『そういえば、妄想先生にお礼は!?』
『妄想先生のあの神絵とポエムについてどう思ってますか!?』
『妄想先生への言及を要求する!!』
「あー……」
私は思わず苦笑し、頭を軽くかく仕草をアバターにさせた。
「『妄想先生』のことだね。もちろん、SNSのほうでもイラストは見たよ。すごく……何ていうか、気合の入った絵を描いてくれていたね。テキストもなんていうか独創的だよね」
コメント欄が
『被害妄想が生んだ真実っていわれてて笑ったよ』
『気合の入った絵どころか全宇宙の至宝だぞ』
『ポエムのほうはどうなんだ』
『独創的言われてるじゃん』とツッコミの嵐になる。
「みんなからも『妄想先生にお礼をいいたいって』ってコメントをたくさん見たんだけどさ」
私はちょっと意地悪く、しかし真面目なトーンで続ける。
「実は配信のあと、本人に直接言っておいたんだ。『あまり過激なことや、周りを威圧するような文章を書くのは控えなさい』ってね。しっかりとお説教、というか、お叱りをしておきました」
その言葉を聞いた瞬間、コメント欄の動きが、ほんの一瞬だけピタリと止まった。
そして次の瞬間――。
『は????』
『待て待て待て待て待て』
『フィン様が、あのガチトーンの妄想先生を……お叱りした……だと……!?』
『待ってくれ、公式が最大手どころか、公式が直接ストップかけてて草』
『妄想先生、ガチでガチの主様に怒られたの!? マジで!?』
『うらやましすぎるだろオイ!!!!』
『妄想先生、本当にフィン様とつながりあるのか。どうなってるんだよこの世界』
『いいないいな! フィン様に直接お説教される人生どこに売ってますか!? 私も全財産払うから怒られたい!!!』
『あの恐ろしいまでの解像度と全方位マウントの狂気ポエムを書く妄想先生が、生身のフィン様に「こらっ」って怒られてしゅんとしてる姿を想像したら、属性が渋滞しすぎて脳がバグった』
『怒られてて草。でもちょっと羨ましすぎて枕引き裂いてるグスン』
コメント欄は、嫉妬と歓喜と「まさか直接怒られているとは」というシュールな笑いで大爆発を起こしていた。
画面の向こうで、雫が「め、面目次第もございません……彰様……」と縮こまっている姿が目に浮かんで、私は思わず小さく吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
「ふふっ。まあ、本人も反省している……か、どうかは分からないけれど、これからは少しマイルドになる……かもしれないね。皆も、あまりあの子を煽らないであげてほしいな。多分いっぱいいっぱいなんだとおもうから。妄想先生から煽ってくることの方が多いかもしれないけど」
私がそう優しく微笑むと、コメント欄はさらに
『優しい世界』『フィン様聖人説』『でも怒られた妄想先生は怒られた感想を聞かせてほしい』という声で埋め尽くされていった。
こうして、世間を巻き込んだ電脳世界の茶番と日常は、今日も賑やかに、そして平和?に過ぎ去っていく。




