012 続、配信の件
画面の向こうの弾けるようなコメントの嵐を眺めながら、私は手元のカップに目を落とした。
まったりとしたお茶会の空気感はそのままに、配信は中盤へと差し掛かっている。相変わらずチャット欄の流れは落ちつく気配を見せず、むしろ視聴者たちのテンションは右肩上がりに高まり続けていた。
元気なのは良いことだよね。
「たくさんのコメントありがとうね。
じゃあ、引き続き皆からの質問をいくつか拾っていこうかな」
私がそう言って微笑むと、コメント欄が一瞬で
『私を見て』『質問拾って』という文字の奔流に変わる。
その中から、パッと目を引いたものを拾い上げる。
『フィン様にとっての「今日のスイーツ」は何ですか?』
『好きな食べ物が知りたいです!』
『料理は何が好き?』
「スイーツ……んー。とりあえず好きな食べ物にしよっか……そうだね」
私は少しだけ首を傾げ、アバターの細やかな挙動で思案する様子を見せる。
「うーん、特別に凝ったものというわけじゃないけれど……。
やっぱり、オムライスかな。小さい頃から、なんだかんだで一番テンションが上がる料理かもしれないね」
その言葉に、コメント欄が即座に反応する。
『オムライス!!』
『ギャップが可愛すぎるだろ……!』
『執事服を着た気高き孤高のフィン様が、ケチャップでハートとか描いてる姿を想像して私はいま天国へ召された』
『誰か私にそのオムライスを作る権利をくれ……!』
『待って、妄想先生、今の発言で新しい絵を30枚くらい描いてそう』
「いや、自分で作ってるわけじゃないからね?
あくまで食べるのが好きっていう話だよ?
……一応、作れない事は無いと思うけど」
『作れるの!?』
『誰か私にそのオムライスを食べれる権利をくれ……!』
『男性の手料理ってこと!?やばいよやばいよ!』
『ファンタジー小説くらいでしか見たこと無いかも』
『そもそも執事の存在自体がファンタジー』
私は次のコメントへと視線を移す。
『趣味について詳しく教えてほしい!』
『運動が好きって前回の配信で言ってたけど、具体的にどんなことしてるの?』
「趣味、か……そうだね、前に少し話したけれど、運動全般は結構」
私はカップをソーサーに置き、姿勢を正す。
「自宅の中でできることには限界があるから、本格的なスポーツとか無理だけど……。
毎日の日課として、軽い筋トレとか、ストレッチはしっかりやるようにしているかな。
体を動かすのは、いい気分転換になるんだ」
画面の向こうの執事アバターが、軽く肩を回すようなしぐさを見せる。
その健康的な回答に、コメント欄が再びどよめいた。
『家で毎日筋トレしてるの……?』
『美しさを保つための努力を怠らない姿勢、尊すぎる』
『待って、今の「軽い筋トレ」っていうワードだけで白米三杯いける』
『筋肉……? あの華奢で気品あふれる御体に筋肉が……? 脳の処理が追いつかない』
『もっと詳しく! どんな筋トレしてるのか実演して! 全裸待機してるから!!』
『↑おい、全裸は駄目だろ』
『↑↑なんてもん見せようとしてるんだよ!裸は風邪引くだろ!』
『軽く肩回してる仕草も素敵』
「実演はちょっと恥ずかしいかな」
私は軽く手を振って笑う。
「それに、こんな素敵な環境だからね。
外の空気を吸いたいなーとは思うこともあるけれど、こうやって画面越しにみんなと話すのは好きだよ」
その言葉の直後、コメント欄の空気がほんの少しだけ変わった。
無数のコメントが流れる中、とある一人の視聴者の書き込みが、妙な熱を持って私の目を引いた。
『今「好き」って!』
『今の流れで「好き」って言ったけど、別の意味で「好き」って一言だけ言ってほしい……!』
『頼む! 一生のお願いだから私に愛の言葉を……!!』
『耳元で囁いてくれ……!』
熱狂的なファンからの無茶振りは、配信者の宿命とはいえ、なかなかに直球な要求が飛んでくるものである。私は苦笑しつつ、マイクに向かってやんわりと首を横に振った。
アバターの表情を少しだけ困ったような、柔らかいものに変える。
「そういうのは、またの機会にしておこうかな。あんまり安売りする言葉でもないしね。でも、こうして配信に来てくれて、話を聞いてくれるみんなのことは、ちゃんと大切に思っているつもりだよ。……これで納得してもらえるかな?」
あえて直接的な甘い言葉を避けつつ、誠実に返す。
しかし、その絶妙な「塩対応と優しさのバランス」が、コメント欄の住人たちにとっては逆に特大の特効薬になってしまったらしい。
『ああああああああああああ尊い!!!!!』
『「安売りする言葉でもないしね」って言った時の表情プライスレス!!!』
『軽くあしらわれてるのに逆にありがたみががががが!?』
『選ばれし者しかその言葉をもらえない神聖不可侵の領域……!』
『むしろ最高ですありがとうございます!!』
『私を生かして殺す気かこの執事は……!』
コメント欄は歓喜の悲鳴と断末魔の入り交じるカオスな状態へと突入した。
私はやれやれと心の中で肩をすくめながら、画面の隅に流れる次の質問へと目を向ける。
「さて、じゃあ次の質問に行こうか……おっ、これだね」
『そもそも質問なんですけど、なんでフィン様って「執事」モチーフなんですか?貴族とか王様とかじゃなくて執事を選んだ理由が知りたい!』
その質問を読み上げた瞬間、私は思わず動きを止めた。
なんで執事モチーフなのか、か。
……もちろん、理由は一つしかない。家のメイド、一二雫が「主様にはぜひとも気高い執事であらせられてほしい」と勝手に設定を固め、アバターのデザインから何からすべて裏で用意し、私に半ば強制的に着せ替えたからだ。まあ、急に提案した私も悪いしね。どっちも悪のりっぽさはあったと思う。とりあえずやってみよう的な。
失敗とかはしても、どうとでもなるしね。
背後を振り返れば、今まさに壁際で「お茶の温度に抜かりはございませんでしょうか」といった顔をしながらもこちらを見ている。なんか『家政婦は見てしまった』感が強い。
「あー……それね」
私は少しだけ視線を宙に向け、苦笑いを浮かべた。
「それに関してはね、まぁ……あの『妄想先生』にしか分からないことなんだよね」
『ほうほう』
『妄想先生がデザインに関わってるからか』
『まさかの公式直結絵師!?』
コメント欄が一斉にざわめく。私はそのまま話を続けた。
「何というか、僕がこの世界に出てくる時に、勝手に『主様は執事服がお似合いでございます』って言ってこのアバターと設定を用意してくれたんだよ。だから、なんで執事なのかは、僕にも本当のところはよく分からないんだよねー。なんでなんだろうね、本当に」
わざとらしく首をかしげて見せる私に、コメント欄の考察班たちが一気に活気づいた。
『「用意してくれた」ってサラッと言ったぞ……!?』
『全ての元凶で草、いやよくやったというべきなのかな!?』
『やっぱり妄想先生、フィン様のリアルガチの身の回りの世話してるメイドで確定じゃねえか!!』
『公式最大手どころか、公式の生みの親かよ!!』
『待って、じゃあ、あのヤバいポエムの数々は、毎日ガチでフィン様を間近で見ている人間が書いてるノンフィクションドキュメンタリーだったってこと……!?』
『怖っ!! 解像度がバグってる理由がやっと分かったわ!! ガチの専属メイドが毎日観察して描いてたんだアレ!!怖っ!!』
『妄想先生、恐ろしい子……!そりゃフィン様と一緒にいたら頭おかしくなっちゃうよ』




