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男性が少ない世界で執事っぽいVしてます  作者: そういう作品だったらいいなって
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106 反転させれば良い件

 私は平賀あずさ。

 自称・天才プログラマーにして、サイバーセキュリティ担当。

 そして不気味なほど仕事の早いあのメイド――雫の企みと圧倒的な事務能力によって、半ば生け贄のように『Plan_B』の代表取締役に担ぎ上げられた、哀しき社畜系引きこもり社長だ。


 現在の時刻は深夜……いや、もうすぐ東の空が白み始める早朝。

 相変わらずボサボサの頭にダボダボのパーカーを羽織り、目の下に深い隈を作った私は、ぬるくなった缶コーヒーを放置しマルチモニターの光の海と格闘していた。


「……ハァ。今日もどうにかこうにか山を越えたわね……」


 キーボードから手を離し、背もたれに深く体重を預ける。ギシッと椅子が悲鳴を上げた。

 だが、私が安らぎの溜息をつく暇など、この世界には存在しないらしい。

 コンソールの一角がピカリと怪しい赤色の光を放ち、画面の端から、優雅なメイド服を模した可愛らしいアバターがぴょこんと立ち上がった。


 私がサーバーちゃんたちの暴走を監視・隠蔽するために、こっそり裏で仕込んでおいたスパイAI――『スパスパちゃん』だ。


『あずさ様。お疲れ様です。現状のステータス、地獄のようなことになっておりますが、胃薬の準備はよろしいでしょうか』

「ちょっと待ちなさいスパスパちゃん!その第一声、毎回私の心臓に悪いからやめなさいって言ってるでしょ!なによ、またあの無法地帯のサーバーちゃんたちが何かやらかしたっていうの!?」


 私は跳ね起きるようにデスクを叩いた。スパスパちゃんは冷徹なホログラムの表情を崩さず、淡々と報告を続ける。


『はい。あいつら、あずさ様に黙ってOuroborosサーバーの最深層を徘徊し、そこで拾い上げた1000年前の謎の箱を勝手に開封。あろうことか、DHIB内部のアシスタントデータと同期させて大規模な歴史シミュレートを行っておりました』

「1000年前の箱って何!?ウロボロスの深層にそんな怪しげなゴミが埋まってたわけ!?っていうか、なんで報告してこないのよあいつらはーっ!」

『「あずさに言ったら胃に穴が開いて倒れちゃうから内緒ね!」とキャッキャと笑い合っておりました』

「私の胃袋を配慮したフリして一番タチの悪い隠蔽工作してんじゃないわよ!!もう胃に穴が開くわよ!」


 怒髪天を衝く勢いで叫びつつ、私はガシガシと頭をかきむしった。


「で!?そのシミュレートとやらで何が出たのよ!早くログを見せなさい!」

『承知いたしました。該当ログを転送します』


 スパスパちゃんが操作すると、私のメインモニターいっぱいに大量のデータストリームが流れてきた。


 ……が。


「……ハ?なによこれ。全編文字化けしてて、グチャグチャの暗号ノイズにしか見えないんだけど!?どんな古代の文字コード使ってんのよ!」

『あずさ様、落ち着いてください。データが古すぎて欠損が激しいためです。……部下である私を経由して、可視化・デコード処理を行います。少々お待ちを』


 スパスパちゃんのホログラムが青く発光し、画面上の文字列が滝のように書き換えられていく。やがて、ノイズが晴れ、可視化されたログが整然と並び立った。

 気怠げに画面に顔を近づけ――そして、そこに書かれていた文章を読み進めるにつれ、私の表情は凍りついていった。


『――1000年前。過酷な戦争と人口爆発による資源争い。極端な出生率抑制策により女性が全滅』


『――残された男性による人工女性の創造。しかし遺伝子欠陥により、男性に絶対服従、依存するバグが発生』


『――環境汚染によるオリジナル男性の全滅。残された人工女性による人工男性の創造。しかし遺伝子欠陥により、感情が薄くおとなしい植物のような性格になるバグが発生』


『――現在の世界は、バグを抱えた人工女性と人工男性の末裔。女性は本能的に、自分たちを強く引っ張ってくれる完璧なオリジナル男性を求め続けている……』


「…………は?」


 静まり返る自室。

 私の手から、飲みかけの缶コーヒーがポロリとこぼれ落ちそうになるのを、ギリギリのところで踏みとどまる。


「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ、スパスパちゃん……!なによこれ……なんなのよこのログはぁぁぁっ!?」

『ご覧の通り、私が翻訳した歴史ログです』

「ご覧の通りじゃないわよ!!1000年前の電子データなんて、現代の技術でも一切残ってないはずでしょ!?この国の男女比崩壊の歴史だって、教科書には過酷な環境変化により諸説ありとしか書かれてないのよ!?なんでこんな特大の歴史的真相みたいなデータが存在するのよ!!」


 私が叫ぶと、スパスパちゃんは静かに人差し指を立てた。


『推測するに、Ouroborosサーバーの最深部のジャンクデータ領域に、奇跡的に残存していた1000年前の微小な文献ログが存在していたのでしょう。それをサーバーちゃんたちが発見し、DHIB内に蓄積された現代人の行動パラメータをパズルのように当てはめて、完全可視化シミュレートを行った結果と思われます』

「シミュレート……!?じゃあ、これが1000年前の完全な事実なのか、それともサーバーちゃんたちが拾ってきたデータから出来ちゃった妄想なのかは、誰にも分からないってこと!?」

『ええ。完全な事実か妄想かは証明できません。……ですが、あずさ様。心当たりはありませんか?』


「心当たりがありすぎるわよチクショウーーーーッ!!!」


 私は自分のデスクに頭を激しく打ち付けた。ゴスッという鈍い音が響くが、痛みを気にする余裕などない。

 そう、心当たりがありすぎるのだ!


 なんでこの世界は極端に男が少なくて過保護に隔離されているのか?

 なんで一部の女たちは気にいった男と話すだけで脳のネジが吹き飛んで服従し限界化しちゃうのか?

 なんで男たちはみんな箱入りで、自分から動こうとしないおとなしい子ばかりなのか!


「全部……全部遺伝子のバグだったってことぉぉ!?嘘でしょ!?我が国の歴史的根幹を揺るがすどころか、全人類のアイデンティティを根底から粉砕するレベルのホラーじゃないのこれーーっ!!」


 ガタガタと膝を震わせ、私はボサボサの頭を抱えて自室の中をキーキーと徘徊した。


「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!知っちゃいけない世界の裏側を知っちゃったわ! 国家の最高機密どころの話じゃないわよ!監察局にバレたら私、名前のない暗黒機関に捕まって宇宙の塵にされるわ!!」


 冷や汗が全身から噴き出し、心臓がバックバクと早鐘を打ち鳴らす。

 ……だが。

 激しいパニックのピークが数分ほど続いた後。

 ふと冷静になって、冷ややかな思考がスッと割り込んできた。


「……あ」


 私は脚を止め、深呼吸をひとつ。

 デスクの上にあった冷め切った缶コーヒーを一気に喉へと流し込んだ。ごくり、と苦い液体が食道を通る。


「……ってかさ。よくよく考えたら……どうでもよくない?」


 スパスパちゃんのホログラムが、わずかにピクッと揺れた。


『……はい?』

「だってさぁ!」


 私は缶コーヒーをデスクに置いて、冷静にキレる。


「1000年前の過去がどうだったとかさ!自分たちの遺伝子がバグってようが、人工的に作られた末裔だろうがさ!知ったところで今更どうしろってのよ!過去の歴史なんて変えられないし、遺伝子がぶっ壊れてようが直ってようが、私が今日やらなきゃいけないデバッグ作業と書類の山が減るわけじゃないでしょ!?」


 私は両手を腰に当て、堂々と胸を張った。


「だから!べつにいいじゃない!!今は今!過去なんて振り返ったってしょうがないし!元々私は頭のネジなんてとっくに吹き飛んでぶっ壊れてるんだから、何も問題ないわよ!ハハハハ!」


 高らかに笑い飛ばす私。

そんな私を、スパスパちゃんは今まで見たこともないような底知れぬ哀れみとドン引きの混ざった瞳で見つめていた。


『……あずさ様。自分たち電子生命体がバグってナンボの存在なのは重々承知しておりますが……生みの親であるあずさ様ご自身がここまでバグっていらっしゃるのは、どうかと思いますよ。……正直、ドン引きです』

「失礼ね!プログラマーなんてみんな頭のネジが数本抜けてて当たり前なのよ!『ぶっ壊れてる』からこそ、この過酷なブラック会社の社長が勤まるんじゃない!」


 フンと鼻を鳴らす私。

 だが……。


「……ん?」


 自分の口から出た言葉に、ふと妙な違和感を覚えた。

 ぶっ壊れてるからこそ……?


「……ねぇ、スパスパちゃん」

『何でしょうか』

「……今、私、すごく恐ろしいことに気づいちゃったんだけど……」


 私はゆっくりと自分の手を見つめ、青ざめた顔で呟いた。


「……もしかして……この世界においては……ぶっ壊れているほうが……まともってこと……?」


 スパスパちゃんが首を傾げる。


『はい?』

「だって考えてもみなさいよ!遺伝子レベルで男性に対して脳がバグって服従し限界化するのがこの世界の正しい仕様な訳でしょ!?」

『はぁ……論理的にはそうなりますね』

「ってことはよ!?彰様やフィン様を見ても『うわーガチの男くんだ!尊い!よし鉄壁のセキュリティ組むぞ!』ってプログラマー脳で理性を保っていたり、推し活感覚で叫びつつもギリギリ正気を保って仕事してる私って……」


 私はガタガタと震え出した。


「……遺伝子の呪縛から外れてる……!?ぶっ壊れてるからこそ、この世界の狂気的な服従本能に呑まれずに、まともな思考回路を保ててるってことじゃないの……!?」

『あ……』


 スパスパちゃんが珍しく小さな声を漏らした。


「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!確認しなきゃ!」


 私は猛烈な勢いでキーボードに十本の指を叩きつけた。ネットの海の奥底、医療データベースや社会統計の禁忌エリアへとアクセスを仕掛け、一番重要なフィン様のASMR顧客データと照合を開始する。


 検索ワードは、一度精神破綻してから社会復帰した人物の統計データ。

 画面上に、ズラリと躍り出るグラフと著名人たちのリスト。

 それを見た瞬間、私の顔面から完全に血の気が引いた。


「……嘘……でしょ……?」


 画面に映し出されていたのは、驚くべき事実だった。

 過去にフィン様の配信やASMRを聴いて脳が溶け、一度精神破綻を起こしてから見事に社会復帰を果たした人物たち。その中には、著名な方々がズラリと並んでいた。


 そして彼女たちの復帰後の行動ログは……驚くほど冷徹で、合理的で、まともな判断力を取り戻していたのだ。


「な、なにこれ……!一度壊れてから復帰した人たち……みんなめちゃくちゃ冷静になってる……!社会復帰者の割合に著名人が多すぎるでしょ……!」


 私は頭を抱えてデスクに突っ伏した。


「そういうこと……!?一度限界突破して脳を焼き切ることで、遺伝子のバグが強制リセットされて……本当のまともな人間に戻るってこと……!?ってことは……ってことはよ!?」


 私はバッと顔を上げ、血走った目でモニターの向こうのスパスパちゃんを凝視した。


「もしかして……今、私は……健常者になりつつあるってこと……!?脳がバグりきってないから、逆にこの狂った世界の中で普通の人間になっちゃってるの……!?いやあああああ!私はまともになりたくない!狂ったままでいさせなさーーーーい!!」


 頭を抱えて悲鳴を上げる私。

そんな私に向かって、スパスパちゃんは深々と溜息をつき、可哀想なものを見るような哀愁漂う目で見つめながら、静かに告げた。


『……いえ、あずさ様。その支離滅裂な思考回路に行き着いている時点で、もう十分重症です。安心して狂ってください』

「私にもっとフィン様のASMRと胃薬をくれーーーーーっ!!!」


 朝焼けの光が差し込む自室に、虚しく私の狂った絶叫が響き渡るのであった。

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