104 紛れもなくそれはお嬢様な件
「はぁ……。今日も、お庭のお花が綺麗に咲いておりますね」
窓越しに広がる広大な庭園を見つめながら、私は静かにため息をこぼしました。
美しく剪定された生け垣、季節ごとに色を変える花壇。どこを切り取っても完璧な景色ですが、私にとっては、この景色こそが私が囚われている『鳥籠』の象徴でもありました。
私が生まれ育った家は、代々続く由緒正しき名家です。
名家の血筋というものは非常に重んじられます。
私はその直系として、幼い頃から当主であるお母様からの厳格な教育を受け、将来を有望視される存在として大事に育てられてきました。
「よろしいですか。あなたは名家の娘として、いかなる時も品位を保ちなさい。言葉遣い、姿勢、歩き方……すべてにおいて完璧でなければなりません」
お母様のその言葉は、呪いのように私を縛り付けています。
言葉遣いは常に美しく。姿勢はどんな時も真っ直ぐに。身なりは上品に。おっとりと、誰に対しても微笑みを絶やさず、感情を乱さない。
それが、周囲が私に求める『お嬢様』としての完璧な姿です。
ええ、わかっております。これが私の役割なのだと。ですが……管理されたスケジュール、何をするにも使用人が先回りして手立てを済ませてしまう環境、私が自分で何かを決断したのがいつだったかさえ思い出せないような過保護すぎる生活に、私は少しだけ……いえ、とても疲れてしまっていたのです。
だからこそ。
私にとって、唯一の逃げ場であり、本当の自分でいられる居場所――それが『インターネットの世界』でした。
「ふふ……皆様、今日も活発にお話しされていて、何よりです」
夜。分厚い遮光カーテンを閉め切り、ふかふかのベッドの天蓋を下ろした私室。
誰もいないこの空間で、私はお母様から買い与えられた最新型のタブレット端末を開き、秘密の海へと潜ります。
勿論ここに至るまでも大変な作業でした。
端末を手に入れたばかりの頃、好奇心に任せて色々と検索していたところ、閲覧履歴を残したままにしてしまい、お母様にバッチリ見つかって酷く叱られたことがありました。
「このような下俗なものを見てはなりません!」とお説教を受け、端末没収の危機に瀕した私を救ってくれたのは、親しいメイドでした。
「お嬢様、これには『しーくれっともーど』という、履歴を残さない機能がございます」と、こっそり裏技を教えてくれたのです。
それ以来、私はその機能を駆使してお母様の厳しい目をどうにかかいくぐり、秘密のネットライフを守り抜いてきました。
掲示板、SNS、動画配信サイト。
画面の向こう側には、私を縛る『家柄』も『お母様の目』も存在しません。皆が好きなものを好きだと叫び、自由に語り合う、眩しいほどにきらきらとした世界。
もちろん、私がそこに自分から書き込んだり、参加したりすることはありません。
万が一にも名家の娘であることが露見すれば、お母様からこの大切な端末を取り上げられてしまうかもしれないからです。
それに、現実世界で常に人目に晒されている私にとって、誰にも見られず、ただ透明な存在として皆の楽しそうな様子を眺めている『ROM専』という立ち位置は、ひどく心地よかったのです。
素晴らしいイラストにひっそりと『ハート』を押し、掲示板の熱い語りに心の中で盛大な拍手を送る。それが私の、充実した内弁慶なネットライフでした。
そんな、透明な観察者でしかなかった私でしたが……。
あの日、私の人生に青天の霹靂が落ちたのです。
そう、あの『初配信』の日に。
……………
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その日、私はいつものように動画配信サイトやSNSを巡回していました。
ふと、SNSのアドレスからたまたま見つけた新着のサムネイルに目を奪われました。そこには、気品をまとった漆黒の執事が映し出されていたのです。
どこを経由してどうしてそこに行き着いたのかは私も分かりません。
ただ、偶然と偶然が重なって、そこに行き着いたのです。
私は面白そうだなと思って、軽い気持ちでリンクを触ってみました。
『こんばんは初めまして「執事のフィン」です。今日から、この場所で少しずつお喋りしていこうと思います。……音、ちゃんと聞こえてますか?』
画面から流れてきたその声を聴いた瞬間、私の心臓はドクンッと大きく跳ねました。
(……えっ?な、なんですの、このお声……!?)
画面の隅にある視聴者数は、私を含めてたったの『7人』。
おそらく誰も告知など知らない、ひっそりとしたテスト配信だったのでしょう。コメント欄には、私と同じように戸惑う数人の言葉が流れていました。
『……え?』
『待って、本当に始まった……?』
『声、良……』
『低音やばくないかこれ、耳が溶ける』
(わ、わかります!同意のハートを連打したいです!なんですのこの低音!大人の色気と落ち着きがありながら、耳の奥を直接撫でられるような心地よさ……っ!)
私はベッドの上で声にならない悲鳴を上げながら、タブレットを握りしめました。
声に特殊な加工が施されているのは、私にもすぐに分かりました。
男性が少ないこの世界において、男性の声というだけで強い刺激であり、さらに音声からご本人の素性を特定しようとする方々がいるのも事実です。それを踏まえても、特にこのフィン様のお声は格別でした。
『音質も問題なさそう。コメントもちゃんと見えてますよ。今日はテストも兼ねて、軽く自己紹介とか、これからの話をしようかなって思ってます』
フィン様がカメラの正面に向け、微笑むように表情を動かした。
――その瞬間でした。
『うそっ……!?』
『顔、顔良っっっ!!?』
『待って、待って無理、可愛い……いや、カッコいい……!?』
『えっ、今の笑顔なに……? 私の心臓撃ち抜かれたんだけど……』
『うおおおおおっっっ!!? 妄想じゃねえのかよおおおお!ガチの本物だぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!』
コメント欄が、文字通り爆発しました。
視聴者数が7人から20人、40人、一瞬で数百人へと跳ね上がっていきます。私も画面の前で「ひやぁっ!?」と変な声を漏らしてしまいました。
『……えっと? みんな、聞こえてる?』
戸惑ったフィン様が、軽く首をかしげる仕草をしました。
それが、ネットの海にトドメを刺しました。
『あ、頭がっ……!今の仕草は心臓に直撃した……っ!』
『いまの首かしげたの見た!? 尊すぎて今すぐ全財産を投げ出したい』
『可愛いとかっこいいのバグでしょこれ……全人類の保護対象がネットに降臨したぞ……!!』
(ああっ、お首!お首を傾げられました!尊い!尊さの暴力です!!)
私も心の中で、コメント欄の皆様と一緒に阿鼻叫喚の渦に飲まれていました。普段のおっとりとしたお嬢様の仮面など、もう粉々に吹き飛んでいます。
『ええと、みんな、ちょっと落ち着いてコメント欄を流してほしいかな。文字が流れる早さで目が回りそうだよ』
『ふふっ、ありがとう。音も映像もちゃんと届いてるみたいで何よりだね』
(苦笑いからの「ふふっ」は致死量です!)
もう、息をするのも苦しいほどの幸福感。
フィン様は、基本的にはこの部屋からまったりと雑談やゲーム配信をしていくと語りました。
外を自由に歩けない男性ならではの事情に、私も心臓がぎゅっと締め付けられます。それは私も似たような境遇だからでしょうか。
『ゆくゆくは、ちゃんと収益化も目指して頑張ろうと思ってます。……まあ、始めたばかりだし、今のところは投げ銭みたいな機能はついてない仕様なんだけどね。追々、システムの準備ができたら解放されると思うから、気長に待っててくれたら嬉しいかな』
その言葉に、再びコメント欄が荒れ狂いました。
『投げ銭……!?』
『金を払わせろ!!!!私の財布から勝手に引き落とせ!!!』
『無課金でこのクオリティの神配信を浴びていいのか……?』
『クレカの情報を入力させろって言ってるんだよぉぉぉおおおおっ!!』
(皆様の言う通りです!!私の、私名義のカードの暗証番号も今すぐコメント欄に書き込みたい衝動に駆られております!? )
ベッドの上でジタバタと暴れる私を他所に、フィン様はさらに恐ろしい言葉を紡ぎました。
『ボイスチェンジャーは一応使ってるよ。ほら、ずっと喋ってると喉を痛めやすい体質だからさ、そのへんのケアの一環としてね』
『ちなみに僕、今の普段の趣味はもっぱら体を動かすことだし、意外と健康優良児なんだ』
ピタッ、と。
コメント欄の動きが、そして私の思考が停止しました。
『……は?』
『待て待て待て、それってつまり……地声はもっとヤバいってこと……!?』
『趣味が運動……!?』
『待って、執事くんの解像度が高すぎてしんどい』
『運動しててそのスマートさは反則だろ!!信じられない、私の知っている現実はいったいどこへ行ったの……』
(では地声はもっと凄いのでしょうか!しかも運動なされていて健康優良児!?ああ……神様、私はこの時代に生まれて本当に幸せです……!)
『いや、本当に普通にトレーニングとかしてるんだけどなぁ……。みんな、そんなに信じられないものかな?』
首を傾げて苦笑するフィン様のお姿を前に、私は完全に陥落しました。
この日から、私の人生のすべては『フィン様』を中心に回るようになったのです。
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(私も……フィン様のお姿を、この手で描いてみたい……!)
溢れんばかりの情熱は、やがて私の中に一つの衝動を生み出しました。
私は幼い頃から絵を描くことが好きでした。ですが、名家の嗜みとしてお母様から強要されるのは、型にはまった水彩画や油絵ばかり。
私が描きたいのは、画面の中で生き生きと微笑むフィン様なのです。
「……ねえ、お願いがあるのだけれど」
私はある夜、私の身の回りの世話をしてくれている、歳の近い専属のメイドを自室に呼び出しました。
彼女は私が幼い頃から付き従い、私のネット趣味も黙認してくれている、唯一心を許せる理解者です。
「はい、お嬢様。何なりとお申し付けください」
「あのね……インターネットでお絵描きをするための、『お絵かき用のペン』と『お絵かきソフト』が欲しいの。お母様たちには内緒で、どうにか手に入れていただけないかしら?」
私が両手を合わせてお願いすると、彼女は目を丸くしました。
「タブレットでのお絵かき用のペンと、お絵描きソフト、ですか?それは構いませんが……お嬢様は機械操作が得意ではいらっしゃらないはずでは」
「これからはデジタルの時代ですもの。私も名家の娘として、最新の教養を学んでおきたいの。……駄目、かしら?」
「承知いたしました、お嬢様!この私めに、すべてお任せくださいませ!」
私の頼みを断れない彼女の優しさに甘え、私は無事にデジタルでの作画環境を『密輸』することに成功しました。
それからの私は、まさに水を得た魚でした。
夜な夜なベッドの中で、ペンとタブレットを膝に置き、ネットに溢れる無数の『イラスト講座』や『漫画の描き方』を見よう見真似で吸収していきました。
ROM専として無数の神絵師たちの作品を観察し続けてきた『見る目』が、私の技術を恐ろしい速度で引き上げていきました。
フィン様の美しい髪のハネ具合。完璧な執事服の意匠。伏せられた睫毛の影。
描けば描くほど、フィン様が画面の中で命を吹き込まれていく感覚に、私は夢中になりました。
そんな時でした。それがついに……。
――そう、運命の『ASMR』がダウンロードコンテンツに現れたのです。
『――おはようございます、お嬢様。……まだお布団の中ですか?』
「ひぐっ……!!」
初めてその有料音声を聴いた時、私はベッドの上で痙攣し、そのまま意識を手放しかけました。
駄目です。これは駄目です。
ただでさえ男性の声に弱い女性にとって、耳元で直接囁かれるフィン様の甘い低音、柔らかな衣擦れの音、そして私を『お嬢様』と呼んで甘やかしてくれるシチュエーションは、あまりにも致死量でした。
ですが、私も名家の娘。一度決めたことは最後までやり遂げる矜持があります。
何度も何度もASMRを再生して、何度も何度も夢の世界に旅立ちましたが、何度も何度も何度も再生を繰り返すことによって耐性がついていきました。
そして、私はこの奇跡のような音声を、ASMRから見える幻想的な世界を漫画として視覚化するという恐ろしい修業に挑む決意を固めました。
「ふぅ……ふぅ……。大丈夫、やれます、私……!もう一度……再生っ!」
『ふふ、眩しそうですね。しゃんとしてください』
「あぁあっ……!尊いっ……尊すぎます……!白目剥きそうですわ……!」
何度も何度も何度も再生しては止めて、再生しては止めて。
気絶しそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、手元のノートにペンを走らせます。
柔らかく足音が近づき、ベッドの端が僅かに沈む音。
シャッとカーテンを開けるコマ。
光に目を細めるお嬢様を見る、慈愛に満ちた悪戯っぽい笑顔。
何度も何度も何度も何度も音声をリピートし、その度に心臓を跳ね上がらせながら……その結果。
私はついに全二十四ページにわたる『執事のフィンとお嬢様の日常編』を描き上げました。
顔のない読者視点の『お嬢様』。
エプロン姿のフィン様。
コトコトと煮える野菜スープ。
そして――朝食の席で、口元のパンくずを拭ってくれるフィン様の細く美しい指先。
「ああ……なんという事でしょう……。私、私はやり遂げました……」
完成したデジタル原稿を読んだ時、私は自分の描いた漫画のあまりの尊さに、一人で声を殺して泣きました。
ですが、同時に強烈な虚無感も襲ってきました。
これほどのものを描き上げたのに、私はこれを誰にも見せることができないのです。
そもそもこの国では男性を描くことは禁忌に近いですし、何よりこれはASMRの完全コミカライズ。どうあがいても公式の規約違反です。
(仕方がありませんね。これは、私のお墓の中まで持っていく大切な宝物……)
そう思って、データを封印しようとした、その時でした。
『次回のイベント「集まれVチューバー」にて、フィン様の二次創作ジャンル・フォーラムが試験設置されます!』
SNSでその情報を見た瞬間、私の心臓はこれまでで一番大きく跳ね上がりました。
(イベントに直接参加しなくても、データを送ることができる……!?)
理性が「やめなさい」と警鐘を鳴らしました。
お母様に知られれば、ただでは済まないでしょう。
ですが。
(――見てもらいたい)
私の中に燻っていた、一人の『クリエイター』としての欲求が、ついに檻を破りました。
この熱量を、この気持ちを、フィン様ご本人に、そしてあの素晴らしいキャラクターデザインを生み出した原作者の妄想先生様に届けたい。
気がつくと、私は部屋の呼び鈴を鳴らし、あの歳の近いメイドを呼び出していました。
「お嬢様、いかがなさいましたか?こんな夜更けに……お顔が真っ赤ですが、お熱でも?」
「……あなたに、折り入ってお願いがあります」
私は震える手を握りしめ、彼女の目を真っ直ぐに見つめました。
「フォーラムに、作品を投稿したいの。でも、投稿には『サークル名』や『作家名』、そして住所氏名などの情報が必要らしくて……」
「まさか……お嬢様の本名をお出しするおつもりですか!?それはいけません!奥様に知れたら……!」
「わかっています。だから……あなたの名前と、連絡先を貸していただけないかしら?」
私が頭を下げると、メイドは息を呑みました。
「私、イベント会場になんて行けません。お母様の監視を抜け出してサークルスペースに座るなんて、夢のまた夢です。でも……せめて、この作品だけは届けたいの。私がフィン様からいただいた、この溢れるほどの気持ちを、形にしてお返ししたいのです」
私の必死の訴えに、メイドの瞳からホロリと涙がこぼれました。
「お嬢様……っ。お嬢様が、そこまで一つのことに情熱を注がれるなんて……!私、感動いたしました!ええ、構いませんとも!私の名前だろうが住所だろうが、いくらでもお使いくださいませ!」
「ありがとう……!本当に、ありがとう!」
私たちは手を取り合って喜びました。
実は彼女もまた、私が夜な夜なフィン様の配信を見ている影響で、すっかり隠れフィン様ファンになっていたのです。だからこそ、この共謀には並々ならぬ熱意を見せてくれました。
「それで、お嬢様。サークル名やペンネームはどうなさるのですか?偽名とはいえ、あまり不自然なものは……」
「ええ、決めてあります。ペンネームは『お嬢様』でいきます」
「……はい?」
メイドがぽかんと口を開けました。
「さ、サークル名はどうされるのですか?」
「サークル名も『お嬢様』です」
「……お嬢様。それは、直球すぎませんか? あまりにも捻りがないというか、かえって怪しまれるのでは……」
メイドは心配そうに眉を下げましたが、私は譲りませんでした。
「いいのです。私は、誰でもない『お嬢様』。フィン様の前では、ただの一人のお嬢様でありたいの。……もし、これが規約に触れて消されるようなことがあっても、私は構いません。この精神をまといながら、正面から挑みたいのです」
「お、お嬢様……なんという覚悟……!まるで戦に赴く騎士のようです……!」
メイドは涙ぐみながら、運営への投稿用フォームに自身の情報を入力してくれました。
最後には、私のデータを添付して送信ボタンを押すだけ。
「ところで、お嬢様。……一体、どのような原稿を描かれたのですか?私は、お嬢様がタブレットに向かわれているお背中しか見たことがなかったので」
送信ボタンを押す直前、メイドがふと興味深そうに尋ねてきました。
「あら、見たいかしら?ふふっ、私の処女作にして、最高傑作よ」
「ぜひ!拝見させてください!」
私は少し誇らしい気持ちで、画面に漫画のデータを開きました。
「これです。タイトルは『執事のフィンとお嬢様の日常編』」
「……えっ?」
メイドの顔から、すっと表情が抜け落ちました。
画面には、圧倒的作画で描かれたフィン様が、ベッドに包まる『お嬢様』に優しく微笑みかける1ページ目が表示されています。
『――おはようございます、お嬢様。……まだお布団の中ですか?』
「あ、これ、あの……公式のASMRの……?」
「ええ。完全に視覚化してみましたの。特にこだわったのはキッチンのシーンよ。ほら、ここ。不意にスッと手を伸ばしてきて、口元のパンくずを取ってくれる大ゴマ……」
私が得意げに、そのページを表示させた瞬間でした。
「ひっ……!!!」
メイドが、声にならない悲鳴を上げました。
彼女は両手で口を覆い、目を見開いたまま、ブルブルと激しく震え出しました。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?具合でも悪く……」
「む、無理です……っ!お嬢様、これ、これは解像度が、高すぎ……っ! 描写が、致死量……っ!!ぐふぅっ!」
メイドは白目を剥き、そのまま後ろに倒れて、フカフカの絨毯の上に大の字になって気絶してしまいました。
「きゃあああっ!? ちょっと、しっかりなさい!誰か、誰か来て……っ!……いえ、駄目です!人を呼んだらこの画面とお母様に内緒のデータが見られてしまいます!」
深夜の私室で、私は一人、気絶したメイドを前にオロオロと歩き回る羽目になりました。
まさか、運営に送る前の最初の読者が、作品の破壊力で昇天してしまうなんて。
(……でも、これなら)
私は、倒れたメイドの頬をぺちぺちと叩きながら、部屋の中で光るタブレット端末を見つめました。
これほどの威力があるのなら、きっと。
イベントの公式運営様もPlan_Bの社長様にも、そしてできればフィン様や妄想先生様にも、私のこの狂気にも似た情熱は、届くはずです。
「……ふふっ。対戦、よろしくお願いしますね」
私はそっとタブレットの前に座り直し、画面に映る送信ボタンの上へとそっとペン先を掲げました。万感の思いを込めて、優雅に、そして力強く。
「えいっ……!」
コツンと、小さなタッチ音が静かな部屋に響いたのでした。
がんばれ、私。
創作活動の本当の楽しさと地獄は、きっとその先にあるのですから――。




