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見る目が変わるep3

 いきなり声をかけられてびっくりした私は逃げ出してしまった。もう何も期待してなかった。そう思っていたのにたった一言声をかけられただけなのに頭が真っ白になってしまった。二週間くらいの短い間、それでも私にとっては最悪の二週間。社長以外の人から私という存在がなくなってしまったこの二週間。これからもまだ続いていくんだろうと、何となく思っていた。そう思っていたのに、それは一瞬で打ち破られた。その瞬間のことは死んでも忘れないだろう。暗雲立ちこめ、光がない暗闇の中差し込んだ光は私の心を動かす。その動いた心と同調するように私の体も動いてしまった。


 流石に逃げ出すのは駄目だとあとになって思った私は、奇跡を信じてもう一度学校に向かうことにした。道中、『さっき声をかけられたのが一度きりだったらどうしよう』とか『あの子にも無視されたらどうしよう』とか、元々はそんなにネガティブなことを考える性格ではなかったのに世界に虐められてからはどんどんネガティブになっているような気がする。それを振り払うように猪突猛進に物事を進めてしまって社長にお小言を貰うこともしばしば。

 学校に付いて校門のすき間を通る。態々開けなくても、この校門は女子高生1人がぎりぎり通れるくらいの隙間がある。校門としてのセキュリティは大丈夫かと心配になるがカメラも沢山あるし大丈夫だろう。それよりもそろそろ授業が終わりそうな時間になる。授業終了のチャイムがなる。私は校門に背を預け、自分の教室を外から眺める。


「ほんの二週間くらい前なんだけどな」


 その時は授業終わりにクラスメイト数人と集まって次の授業まで話をしていた。それでも、今は1人。ある日突然1人になってしまった。一人で泣いていた私は社長に声をかけられなかったら今頃どうしていたかわからない。話してくれるだけで有り難いが社長は大人。やっぱり同年代の子と話したい。仲良くしたい。その思いだけで奇跡を信じて毎日学校に来ているのだ。前まで当たり前だった友人との会話、それを今では奇跡だと思ってしまっている。そして、その奇跡が今日起こった。

 朝出会った同級生。ここに来る道中で思い出していた。彼女の名前は来栖愛美。特別仲がいいわけでもない。ただ学校内の活動で数回一緒になっただけのクラスメイト。そんな彼女が今の私にとっては特別に感じられる。好きとか嫌いとかそういう物を通り越して、砂漠の中に発見したオアシスのような潤いを与えている。そんな彼女が窓から外を見ていることに私は気づく。そして彼女も私に気づいたのだろうか。太陽が眩しいのだろうか、手を目に当ててこちらを見る。その後、小さく手を振ってきた。思わず周りを見回すが誰もいない。やっぱり彼女には私が見えている。それだけでこんなに嬉しいのだろうか。彼女は『そこで待ってて』というようなジェスチャーをして窓から離れていった。

 飼い主を待つ犬というのはこういう気持ちなのかと思ってしまった。一緒に遊んでいた時に、飼い主がすぐ戻って来ると言って部屋から出ていったときこんな気持ちで犬は待っているのだろう。まだか、まだかと期待しながら。もしかしたら私の前世は犬かもしれない。今までこういう経験が無かったからわからなかったが。

 来栖さんが来るであろう校舎の玄関口を見逃さないように注視する。待つこと2分。来栖さんは玄関口にやってきた。そして『こっちに来て』というジェスチャーを私にする。その瞬間、私の中で何かが、弾けた。小学生以来かもしれない速度で来栖さんの元へ走っていく。やっぱり前世は犬かもしれない。






 校舎に辿り着いた私は、思わず来栖さんに抱きついてないてしまった。来栖さんは『えっなになに』と驚いたようだったが、すぐに私の背中を撫でてくれた。誰かに触ってもらえている。その事実に私はさらに涙を流してしまった。

 

「ごめんね」


 私の涙で来栖さんの制服が濡れてしまうということは無かったから良かったものの同級生の胸の中、しかも自分よりも背の低い子でなくのは申し訳無くなってしまった。あと恥ずかしい。ただ、それよりも嬉しい。私を認識してくれる、それだけなのに来栖さんから離れたくないと思ってしまう。


「大丈夫」

「うん」


 2人とも何から話せばいいのか探るように無言の時間が流れる。私は、何で私のことを無視しないのか。そして恐らく来栖さんは今の教室の状況を見てどういうことなのか知りたいんだと思う。無言の空間を断ち切ったのは来栖さんの方だった。


「とりあえず、状況確認。ていうか、お話しよっか」


 少々強引に私の手をつかんで校舎の中に連れていった。靴を脱ぎ捨てて校舎に入ったから、今回は靴箱の中に何もないことが気にならなかった。






 手を引かれ入ったのは、この時間に授業が行われていない空き教室。私も来栖さんも向かい合うように椅子に座る。「なんだか久しぶりに学校の椅子に座ったような気がする」と私が来栖さんに言うと『私もだよ』と返ってきた。「学校人と話すのも」と言ったら、苦々しい笑みを浮かべて何も返っては来なかった。


 そして状況確認をする。私は多分皆から見えていないということ。何故か机の上に花瓶が置かれるという虐めを受けているということ。まるで死んでいるみたいに。私は生きているのに。


「みんなっていうのは学校の?」

「ううん、多分世界の。親も友達も街の人もみーんな。ほとんど誰も私のこと見えてないみたい」


 彼女に聞かれたことに正直に答える。言葉に出して見ると今の自分の状況は相当キツイものだと再認識してしまう。心が辛い。それを察したのか、来栖さんは私の手を両手で包みこんで優しく握った。


「誰もじゃないよ。私は見えてる」


 その一言でまた涙が出る。何度思っただろうか。皆に見えてもらえなくてもいい。ただ1人、友達と呼べる人に私を見てもらえれば良いのに。社長はもちろん私のことを見えてるし、会話もしてくれる。それでも、私を今まで生きてきた日常に迎え入れてくれる存在ではなかった。でも、目の前に居る彼女は私を日常に迎え入れてくれるかもしれない。そう期待せずには居られなかった。


「でも何で来栖さんは」

「愛美でいいよ」

「愛美、は私のことが見えてるんだろ?」


 今まで2週間、学校の誰も私に話しかけることはしなかった。それは勿論見えてないから。見えていないということと、そこに存在しないことは同じではない。しかし見えていないということは自分の認識の外にあるということである。そのような存在の私を何故、愛美だけが認識できるのか。


「驚かないでほしいんだけど」


 そのような前置きをしてから彼女は眼帯に手をかける。自分の今の状況以上驚くことなど無いだろう。こんな、超常的とも言える変な現象を体験して何を今更。

 眼帯に手をかけた彼女はゆっくりと眼帯を外していく。そこには、なんか人間の目じゃない何かの目がついていた。普通にびっくりしてしまい、少し固まってしまった。多分、愛美も勇気を出して言ってくれたと雰囲気から感じ取れるため頑張って言葉を紡ぐ。


「えっと、それは、なに?人間の眼じゃないよね?」

「これたぶん鳥の目。猛禽類、えっと、鷹とか隼とかああいうやつの目。昔、小さい鳥を飼っててそれで調べたことあって。多分そういう奴。今日朝起きたら自分の目がこうなっててびっくりしたよ」


 自分だったらびっくりしたでは済まないだろう。そもそも人間の眼が鳥の目になる、なんてことはあり得ない。いや、今の自分の状況がまずありえないことだから、あり得ないことっていうのはあり得ないことなんだけど。


「多分、この目が影響して鏑木さんのこと見えてるんだと思う」

「空穂でいいよ。やっぱり詳しいことは愛美本人でも分からないよね」


 一体全体、何がどうしてこうなっているのだろうか。愛美だけが私のことを見えている。そして愛美には謎の目。不可解な現象に巻き込まれすぎている。この前の巨大猫の件もそうだがここ2週間で不思議体験を一生分しているだろう。


「私以外にも空穂ちゃんが見える人いれば良いのにね」

「あっ。いる!いるよ!確実な人が1人だけ。そうだよ!その人のところに行って相談しよう」


 愛美だけが見えていると思っていた。というか社長が当たり前のように私と会話しているせいで社長の存在を忘れていた。寧ろ、社長こそ最初に私を見てくれた人であった。

 

 




 




 花瓶が置かれ、親にも見てもらえないことが分かった私は絶望して家の近くの公園のベンチに座っていた。夜も深くなるというのに通りがかった警官に声をかけられることもなく

。普段よりも多い警官。それでも私は見つけられなかった。ただ1人、月の光だけをうっとおしく思いながら虚空を見つめ俯く。もう死んじゃおうかなと思っていた。たったの2日なのに心がつらすぎる。このまま、誰にも存在を認知されずに生きていくなら死んでいるのと変わらない。そういう思考すら嫌になり止めたくなった。


「ふふっ。お嬢さん面白いね。こんな時間にどうしたの」


 聞こえた声に顔を上げる。そこにはスーツを着た男。親からも見られなくなって絶望した私の見てる幻覚かもしれない。


「皆、私を見てくれない」


 メンヘラみたいなことを言っている。実際にメンタルがもうボロボロになっているので間違っていないが、自分の見てる幻覚に言っているので恥ずかしくもなんともない。


「ふーん。そうなんだ。じゃあ、僕が面倒を"見て"あげる。とりあえず僕の事務所においでよ」


 そう言って私は社長に手を引かれて社長の運営する事務所に入りアルバイトとして雇ってもらった。






 思い出すと最初に手を引いてもらったのは社長だった。それでも幻覚だと思っていた人に手を引かれても当時は何も思わなかった。今思い出すと結構恥ずかしい。


「えっと、その確実に空穂ちゃんが見えてる人ってどんな人なの?」

「どんな人……。印象に残らないくらい普通の人。会社の社長やってる人」


 そういえば私は社長のこと何も知らない。何歳なのか、どんな経歴なのか、何で変な会社をやっているのか。聞いたら答えてくれるかもしれないが、聞いたことがない。事務所ではよく分からないこと言ってるし、社長が仕事の依頼も受けているところを2週間で見たことがない。大体私が行動するか無理やり受けるかしか無く、どうやって生活してるのかも不明。内職でお守り作りをしているみたいだけど、それで生活できるならお守り屋さんとかやったほうがいいのでは?


「そんな人に相談しても大丈夫なのかな?」


 愛美は社長のやってる会社のことを当然知らない。そうなればこの質問も当然のことだろう。仕事をしているようには見えない社長に、有能アルバイトの私が仕事の依頼人を連れていってやろう。私も依頼人の一人だけど。そうなれば愛美には社長やっている会社のことを説明しないとならない。


「大丈夫だよ。社長の会社『何でも屋』だからね。何かあったら私が愛美を守ってあげるよ」


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