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魔術会社のオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
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見る目が変わるep4

 5


「もうこんな時間か」


 学校帰りであろう小学生の声が外から聞こえてきたため、時計を確認する。最近の小学生は集団下校を義務付けられているのか、話し声がよく聞こえる。街の住人も子どもたちに声をかけ、地域全体で子どもを守るという考えが確りとできている。僕の事務所の入っている建物には他にも色々な事務所や、個人経営の仕事をしている人がいる。その中には静かなところでしか仕事ができない人もいるため、その部屋だけは防音されているみたいだ。

 椅子から立ち上がり体を伸ばす。長時間椅子に座っていたため体中の筋肉が固まっていたのか、バキバキと音が鳴り体に血が流れてくる感覚がある。先生からは『魔術師にとっては体も大切』と教えられ、昔は体を鍛えるのも教えのひとつに入っていた。今の自分を見られたら怒られる想像ができる。

 想像の中の先生は僕が学生だった頃のもの。それから結構な月日が経ったが、先生からは顔を見せに来いと何度も連絡をもらう。しかし、先生のいる場所は僕が学校に通うために入っていた寮の近くであり、今住んでいるこの街からは遠いため毎回断っている。流石に毎回断るのも気が引けるため、落ち着いたら会いに行こうかな、と。


 机の上の書類を見る。この事務所に舞い込んでくる依頼。失せ物探しや、届け物、旅の同行等様々なものがあるが今はこの街から出ていくことは厳しそうだ。


「空穂ちゃんの件、どうしようかな」


 幽霊になった存在が動くと言うことは僕たちの常識ではそう珍しいことではない。悪霊関係、ゾンビ、映画の影響でキョンシーと呼ばれるようになった死体や妖怪等、動く死者というものは結構存在している。死んだものを呼び寄せることも死霊術師や、霊を人間に入れる術を持った霊媒師などもいる。それでも自分が死んでいることを知らずに今までどおりの生活を送ろうとしている霊の話は聞いたことがない。

 空穂ちゃんがどう思っているかは分からないが、普通は他の人から見えていないと分かったときに自分は死んでいると思うだろう。偶然が重なったのか空穂ちゃんは未だに自分が死んでいると思っていない。死んでいるのに生きているという矛盾した存在になっているのだ。この世の理から矛盾した存在を放置するわけにもいかず、日々頭を悩ませている。


「いきなり、君は死んでるよって言っても信じてもらえないかも知れないし。証拠っていうか事実はあるんだけど、それを知って空穂ちゃんがどう"成る"のか分からないし何ともなぁ」


 *


「そこだよ」

「えっ? 壁しかないけど」


 扉の外から足音と微かな声が聞こえる。一人は空穂ちゃんだけどもう一人は誰だろう。僕は、一応机の引き出しを開けて魔術道具の確認をする。なにかがあった時にすぐに対処できるように。

 空穂ちゃんのことを見えているのはこの世の理から外れた存在しかいない。話し声が聞こえている以上、空穂ちゃんと話せる存在がいることは間違いない。

 僕が空穂ちゃんのことを見えているのは、常日頃から『ᛚ(ラグズ)』のルーンを持ち歩いているからだ。このルーンの意味は感性や直感力というものがあり、それを使い感覚的に空穂ちゃんを認識している。

 名前の存在する超常の存在は、それぞれが単体として独立しており、基本的に他者と馴れ合うことをしない。そのため今の空穂ちゃんと共にいる者が何なのか想像できないのだ。

 想像できないもの、未知こそが魔術師の恐怖である。


「こんにちはー、空穂です。入りますねー」

「えっ、扉?」


 声の先にある壁を見ると、かけられた額縁に一枚のタロットカードがある。逆さまになっている絵柄の効果によってこの事務所の入り口は普通の人に見えないようになっている。

 これは僕がやったことではなく、今は出張に行っている社員が持ってきた呪物のひとつだった。


 掛けられているタロットカードは『隠者』。大アルカナ9番目のカードで、逆位置の意味は秘密主義。タロットカードが呪物になったことにより物事を隠匿するという効果をもたらしている、らしい。魔術が使える人だけが見える事務所になっており、一般の人は事務所の扉すら見つけることができない。


 ガチャッとドアノブを回す音が鳴る。共にいる人物に対する警戒心を悟らせる事なく、事務所に入ってくる空穂ちゃんを迎え入れる。


「いらっしゃい」

「今日は出勤というよりも相談事があって来ました」


 入ってきたのは空穂ちゃんと、同じ制服を着た小柄な少女。堂々と事務所に入ってくる空穂ちゃんに対し、事務所の外で入っていいのか悩んでいた。


「ほら、入って入って」

「えっと、お邪魔します」

「事務所の主は僕なんだけどな」


 僕がいうよりも先に空穂ちゃんが彼女を迎え入れる。小柄な子は、顔に見合わない大きめの眼帯をつけている。幽霊となった空穂ちゃんがつれてきたという時点で面倒事が確定しているが、大人として子供の話を聞かないわけにはいかない。

 とりあえず2人をソファに座らせてから僕は話し始めた。


「まず自己紹介しよう。僕はこの事務所の社長をしている。大人の人を名前で呼ぶのって遠慮しちゃうから社長さんとか呼んでくれればいいよ。一応、空穂ちゃんの雇い主ってことになってる」

「私は来栖愛美といいます。空穂ちゃんとは同じクラスで、えっと、色々ありまして、今起こってる不思議なことについて相談したいと連れてこられました」

「社長、変なことしないでよー。なんかあったら私が守ってあげるからねー」


 一番の不思議は空穂ちゃんを認識しているということ。彼女が空穂ちゃんのクラスメイトと言うことは、多分空穂ちゃんがもう死んでいることを知っている。それなのに空穂ちゃんは普段通りの快活さを見せている。偶然自分が死んでいる事実を知らない状況を手繰り寄せたのだろうか。


「分かった、とりあえず話を聞こう。それと空穂ちゃん、この前あげたお守り持ってる?」

「あの石の入った巾着袋? 持ってますよー。ほら」

「それならいいよ」


 制服のポケットから以前渡した巾着袋が出てきた。巾着袋には偶然を意味するルーン文字が刻まれた石を入れてもらっている。本人の望む偶然を手繰り寄せる魔術が機能していることを確認してから来栖さんに向き直った。


「それで来栖さん。僕も聞きたいことはいろいろあるんだけど、とりあえず君の相談事っていうのを聞いてもいいかな? これでも何でも屋として名が通っているんだ」

「人は来ませんけどねー」


 空穂ちゃんには事務所が他人には見えていないことを伝えていない。知られた所で問題はないのだが、態々言う必要もなかった。

 軽口には反応せず、来栖さんに対して話すように手で促した。

 

「相談事、なんですけど」


 そう言って来栖さんは左目を塞いでいた眼帯に手をかける。徐ろに眼帯をずらし左目を見せると、人間のものとは明らかに違う目が収まりよく左目に入り込んでいた。

 じっと見つめると、本人の意思とは関係なく眼球だけが辺りを探るように動き出した。仕事関係で魔眼の件を調査したこともあったが、来栖さんの目から感じられるものは剣呑な雰囲気を醸し出してはいなかった。

 ひとまず緊急的な危険性は感じなかったため、続きを話してもらうことにした。


「明らかに変質している。急な病気っていう感じでもないか。説明してもらってもいいかな?」

「説明と言われましても、今日の朝起きたらこうなっていて……」


 魔術や魔法の世界では遅効性のものも多くあるが、朝いきなり変化したというのが気になる。

 彼女は普通の女子高生。魔術や怪異に触れることなく、身体の一部がいきなり変化を起こすことは殆どない。本人の知らないところで呪いを掛けられている可能性もあるが、目の一部を変化させる呪いに覚えはなかった。

 

 来栖さんはいきなり変化をしたと思っているが、すべての物事には過程があり、それが積み重なり結果となる。過程をすっ飛ばして結果だけが存在することはない。家から目的地まで歩いた結果が到着であること。道中の移動手段を使わずに目的地へ到達することなどあり得ないのだ。


「昨日のことを教えてもらえるかな? 昨日の朝、起きてからの行動。そして自分の思ったことを素直に。言いたくないことは言いたくないとはっきり言ってほしい。隠されると何も分からないからね」

「はい。昨日は朝起きて、すぐに顔を洗いました。前日、母に左目が充血していると言われたのでそれが気になり、朝起きてすぐに顔を洗ったんです。そして鏡を見たらまだ充血が治まってませんでした」


 起きたらいきなりでは無く、分かりやすい前兆が出ている。しかし、目の充血など普通にありえることなので気にしなかったのだろう。結果として謎の目になってしまったからこそ気付ける違和感であり、結果があったからこそ意味を見い出せる過程だった。


「今、私の母は入院してるんですけどお見舞いに行ってから一時間くらい滞在した後に帰宅しました。入院の世話で、学校はお休みしていて今日から復学だったんです。昨日は家に帰ったら夜まで勉強して、お母さんが早く良くなるように祈ってから寝ました」

「祈ってから?何に?」


 祈るとは神などに福をもたらして貰うように頼む行為である。その対象は人智の及ばない超常的存在。来栖さんの左目が変化したことに何か関係性があるかもしれない。


「月です。一ヶ月前の新月の日から昨日の新月の日まで毎日お母さんの回復を祈りました。偶然にも月が見えない日は一日もありませんでしたから」


 たった一日の月がきれいに見える夜なら、月に祈るということはあるかもしれない。しかし一ヶ月の間、毎日祈りを捧げるというのは普通の女子高生にとって出来ることではない。それだけ母の容態が心配だったのかも知れない。毎日、自分の中にある強い思いを月に念じていたのだ。


 月は様々な神のモチーフとされており、日本神話におけるツクヨミやギリシア神話のアルテミスなど数多く存在している。一ヶ月の軌道周期を女性の月経などと絡めて、月と女性には密接な関わりがあると古来では考えられていた。恐らく彼女の祈りを聞き届けたであろう存在が何かをした結果、彼女の目が変化したのだろう。

 月に関係した変化が起こっていることは間違いないが、月に関わる神の種類が多すぎて絞り切ることができない。


「そして朝起きたら私の目が鳥の目になってたんです」

「鳥の目? それ鳥の目なの?」

「種類までは分かりませんが、多分鳥の目だと思います。昔見た猛禽類の目に似てるかも知れません」


 言われてみれば鷹や隼とかと同じような目をしているように見える。鳥の目、月、神で結びつくものはひとつに絞られた。

 神話学については昔の友達に教えてもらったり、授業で習った知識のほかにも、仕事の役に立つだろうと現在でも勉強を続けている。

 

 彼女が月に願ったものは母親の癒し。そして変化したのは左目だけだった。剣呑な雰囲気を感じなかったのは神聖なものだからだろう。来栖さんは怪異や魔術を超える超常の存在である、神の一部を身体に宿している可能性が高かった。


「確定じゃないけど、多分ウアジェトの眼だね。今風に言うとSSRを超えてウルトラレア」

「ウアジェトの眼?それってなんですか」


 ウアジェトの眼はエジプトの神話に出てくる隼の頭を持った神『ホルスの左目』のことだ。ホルス神の目というよりもウアジェトという女神の目をホルス神が持っていたというのが正しい。ウアジェトの眼は月の象徴であり新月から満月へ、そしてまた新月へと欠損した月が満月へと回復していく様子から失ったものを回復させる力があるとされる。そしてウアジェトは守護の女神。悪霊や悪いものから対象を守る力がある。


 多分、来栖さんが空穂ちゃんを認識することができたのは悪霊や悪いものから守るという性質が作用したものと考えられる。目の性質が対象を守る力があるということは世の中の全てが見えていなければならない。その認識すると言う力が見えないはずの空穂ちゃんを認識したのだろう。

 神話の詳細を詳しく話しても混乱させてしまうと思い、内容を掻い摘んで説明する。月に癒しの願いをした結果、癒しの力が宿った目になったと。


「そうなんですか……。どうしたら治りますか?」

「頼ってもらって申し訳ないけど、僕には神様の力をどうにかするなんてことはできない。ただ、その目は外に出しておくには厄介なことになりすぎるから処置だけさせてもらう」


 ウアジェトの目をなくしてしまった時、来栖さんは空穂ちゃんのことが見えなくなってしまうかも知れない。今も空穂ちゃんは来栖さんの方を心配そうに見つめている。

 誰にも見られない世界で唯一自分を肯定してくれる友人の存在が影のない空穂ちゃんを取り戻しているのだ。一度与えられた希望が無くなるというのは存外ダメージが大きい。社長として、何とか出来るなら手助けをしてあげたいと思う。


「その眼帯、貸してもらえる?」


 来栖さんは素直に眼帯を差し出した。その眼帯を受け取り「少し待っててね」と伝えてから、引き出しを開けて道具を取り出す。取り出したものは一本のペン。インクを魔力で補充して魔力を直接書き込むことが出来る物で、魔道具に分類される。

 僕が作ったものではなく、昔の友達から試作品として貰ったものだ。そのペンを使い、受け取った眼帯へ『停止』の意味を持つ『I(イサ)』を書き込む。眼帯に対しての破損などを防ぐ意味の停止と、ウアジェトの目の効果の停止。神の力を持つ目に効果があるかは分からないが、元は人間の目。おまじない程度に魔術を掛けてから、その都度対処していけばいいだろう。


「はい、これ付けて」


 表面には見えないルーン文字を刻まれた眼帯を来栖さんに返して、目につけるように促す。細工をされたものを身につけるのに少し抵抗があるのか、来栖さんは訝しげに眼帯を見ながら僕に聞いてくる。


「なにか書いてましたけど何したんですか?」

「これ以上、変にならないようにおまじないを掛けたって思ってくれればいいよ」


 *


 眼帯を取り付けた来栖さんは僕の方を向いてお礼を言った。処置は絶対ではなく、ウアジェトの目が機能しなくなる確証があるわけではなかった。神の目に触れた経験は一度もなく、処置が正しいかすら僕には分からなかった。


「社長に頼んでよかったですー」

「この先でどうとでもなるよ。それより空穂ちゃんが人を連れてくるなんてびっくりした」


 本来ならば幽霊である空穂ちゃんが現世の人と関わることはない。偶然にも神の一部が宿った来栖さんに見つかったから、二人は関わることが出来たのだ。


 空穂ちゃんが亡くなってから結構経つが、彼女は自分が死んでいることを知らないだろう。

 最初に空穂ちゃんと出会った時は外仕事の帰りで『ᛚ(ラグズ)』のルーンを持っていた。ルーン魔術が機能して、公園で一人でいる彼女を偶然見つけることが出来た。ベンチに座って項垂れたまま意気消沈している彼女に偶然の意味を持つ文字の刻まれた石を渡した。

 偶然を手繰り寄せる事で、自分が死んだと理解するタイミングを上手く避けているのかもしれない。


「私もびっくりしました。もう亡くなっている空穂ちゃんにも驚きましたけど社長さんが解決してくれるなんて」


 ルーン魔術は文字を刻まれた物質や、持っている本人に効果が現れるものである。空穂ちゃんに渡したルーン文字の効果は空穂ちゃんだけに効果があり、周りに影響を与えるものではなかった。

 空穂ちゃんが死の事実を知らなかったのも、空穂ちゃん自身が偶然真実を知ることがなかっただけであり、他の人を動かした訳では無い。

 対して今回は空穂ちゃんが能動的に動き、第三者である来栖さんを不可思議な世界へと引きずり込んだ。来栖さんの行動に、僕のルーン魔術は効果を見せない。


 空穂ちゃんが死んだという事実は、呆気なく本人へと伝わったのだ。神の目を前にして、偶然など存在しない。

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