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探し物ep3

『いいかい?これはルーン文字と言ってね、難しいことは省くけどヨーロッパで使われてた、いや、今も使われてる文字なんだ』

『アルファベットみたい』

『そうだね。まぁ北欧神話とかにも出てくるから知ってる人は知ってるよ。君にはこの文字を使った魔術を覚えてもらう』

『魔法使いだ!』

『魔法使いじゃないよ。そうだね、理想を叶えるための力。つまり運命を手繰り寄せる力だと私は思っているよ』






 空穂ちゃんが事務所を出て、僕が準備を終え外に出る。ジャケットを羽織ってきたが少し動いたら暑くなりそうだな、などと考えてしまう。とりあえず空穂ちゃんが出てから15分くらい経ってしまった。最近の学生はフットワークが軽いためどこに行ったか分からなくなる。


「さてと空穂ちゃんを探さないとね。ちょっと不安だなあ……」


 今回の件。明らかに普通の猫探しとは違う。依頼文はもちろんのこと特徴。『尻尾が二本ある猫』。空穂ちゃんが気が付かないのはまだ知識が無いからであるが分かる人にはすぐにピンとくるようなものだろう。

 妖怪猫又。つまるところ化け猫である。長寿の猫がそのように変化するという文献もあるが『目は猫のよう。体は犬のよう』とする文献もあり、狂犬病にかかった動物などという説もある。ただ、妖怪とされているもの。答えを得ようと、何かに定義付けようとすることもまた違うのである。

 ルールとは人間が勝手に定めた縛りである。その縛りの外で自分たちの理知が及ばないものに遭遇すると自分たちの理知の中に入れようとする。科学体系がそうなのだが、殆どの事象は解決できる。

 実際、妖怪に関しては定説と言われるものがある。河童は人の水死体であったり、一ツ目は死んだ象の頭蓋骨の鼻の部分が空いているため勘違いされていた、等である。ただ目に見えることだけが解明された気でいるだけであり、この世の見えていない部分は見えないままなのだ。


「妖怪絡みは久しぶりだけど、まぁなんとかなるでしょ」


 妖怪と相まみえるのは始めてではない。僕はただの何でも屋の社長。何でも、選んだ依頼はこなすのだ。それがこの世の認識から外れるものであったとしても。




「空穂ちゃんは先ず何を考えるかな?」


 空穂ちゃんの行く先を予想する。花の女子高生の考えを予測するというのはなかなか難しいが彼女は結構単純なところがあるからベタなところに行き着くだろう。

 この前も、事務所でババ抜きをして遊んでいた時に、ババを明らかに手札の位置から少し上に出して誘っていた。普通ならそれがブラフで上に出ていないところにババがあるのだが空穂ちゃんは違う。バカ正直に上に出しているカードをババにするのだ。さすがに可哀想になったのでそのババを取って負けてあげた。彼女はそういうベタな事を考えるのだ。

 そうなると空穂ちゃんは猫→魚と変換して商店街の魚屋に行くことをするだろう。今回はしっかり目に釘を差しておいたし、無茶な行動や一人で突っ走るようなことはしてないと思う。しかしそこは空穂ちゃんなので全然信用できない。今までの彼女の失敗を考えると今回は面倒そうな匂いがプンプンしてくるのだ。


 「とりあえず魚屋に向かいながら考えるか」


 一回思考を止め、商店街へ向かう。シャッターに閉ざされている場所が多い。最近では自治体の中でも盛り上げようとしているがなかなかうまくいかないらしい。そのなかで"唯一"普通に営業しているのが魚屋である。ほぼすべてシャッターが下りているこの商店街で唯一営業しているのである。人通りも多くはない。この商店街に来る人はその魚屋が目的のものしかいないのだ。

 この魚屋はちょうど十字路の真ん中で魚を売っている。魚屋自体はちゃんと店で売っているのだが、ここの店主は何故か十字路の真ん中で売っているため人々からは『360度魚屋さん』とか呼ばれているとか呼ばれていないとか。店主の雰囲気は陽気なおじさんのように見える。話しかけられたら、気さくに答える昔ながらの魚屋というイメージだ。



「魚屋さん、久しぶり」


 魚屋についた僕は店主に声を掛ける。辺りに人は全くいなくなった。声をかけられた店主は僕の方を振り向きにやりと笑った。


「社長さんじゃないか!どうしたんだ?魚買ってくか?」


 いつもの客のように話しかけられる。


「怖くて食べる用に買えたもんじゃないよ。一回だって食べたことないし」

「うちのは安心安全だから何時でも買ってくれよ!」


 魚屋さんは僕の方をバシバシ叩きながらそういった。安心安全。そして表情が変わったようにこちらへ問いかけてくる。


「それでどうしたんだ?」

「うちの社員がね、猫探しをしていてさ。この辺でみなかった?パーカー着た女子高生っぽい子なんだけどさ」

「見たぞ」


 いきなりの大当たりに少しだけテンションが上がった。当然ここに来れば何かしら分かるとは思っていたが早々に事が片付きそうで何よりだ。


「どこ行ったか教えてくれる?」

「魚を買ってくれたらな!」

 

 とても人間らしい商魂たくましいおじさんである。情報を貰う代わりに何か対価を払うというのは昔の情報屋みたいで少し格好いいなと思ったこともあったが、このおじさんの風貌を見ると格好いいとも言えなくなってくる。


「わかった。じゃ、その籠を一つ分ね」


 情報代。そう割り切りをつけて魚屋から籠を一つ分買った。その中には多分、鯵や鯖などがたくさん入っている。新鮮なのか目がこちらをみているように感じる。死んだ魚ってこっちを見てきているような気がするので少し苦手なのだ。


「毎度あり!それで、社長さんのとこのアルバイトの子ね。うちの横の狭い路地あるだろ?そこに入っていったぞ。なんだかその路地をずっと見つめていてな。意を決したように入っていった。おかしなことも有るもんだと見てたが、そうかそうか」


 矢継ぎ早に魚屋は言葉を紡ぎ、何かに気づいようにこちらの肩をバシバシ叩いてきた。そうして魚屋は黙る。こちらも言葉を発さない。そして僕と魚屋の目が合う。魚屋の口はニッコリと笑っているが目は笑っていなかった。


「心配だなぁ。早く行ってやれー。あ、お代ちょうだいね」


 他人事のように。実際他人事なのだが。この魚屋、このような話には興味がない。唯自分の趣味と役目を行っているだけに過ぎないのだ。


「はい、お金。それと石もつけとくね。魔除けだよ魔除け」

「……性格悪いな社長さん」


 魚屋にお金を払い足早に路地へと向かう。僕の背中には魚屋の視線が突き刺さっていたが振り向くことはしなかった。どこの神話や伝承にもある振り向いてはいけない道。日本神話における黄泉比良坂、ギリシャ神話におけるオルフェウスの話など違う土地でも似たようなテーマのものがある。

 

 ただあの魚屋はそういうモノとは違う。神格化された神話のものではなく、もっとおぞましい物なのだ。十字路の中心にいる者。十字路は昔から辻と呼ばれている。辻は横の通路を境に現世と来世の境界を果たしていると言われている。その中心にいるものは辻神と呼ばれるがこれは神と言うには人を不幸にしすぎている。つまり神社などで信仰されている神ではなく、お祓いや石碑などで鎮める悪神であるのだ。何故あそこで魚屋をやっているかは僕には分からないが、魚に限らず生物の生と死を感じているのかもしれない。肉業者などの加工しているものと違い、魚は加工されていないものを販売している。命の終わりをみることができることから魚屋をやっているのかもしれない。あくまで僕の想像でしかないが。


「そんなことより早くこの路地?を進んで空穂ちゃんを探さないとね。死ぬことはないはずだけど急いで行かなきゃ」






 薄く暗い路地を進む。一歩進むごとに足音に驚いたネズミや、なんだかよくわからない生物が飛び出してきたり鳴いたりしている。他には室外機の音が不安をかき立てるような音で鳴り止まない。ただただ進む。このような暗がりの道では自分の感覚だけが頼りになる。


「空穂ちゃーん!いるー!」


 大きめの声で空穂ちゃんを呼ぶがその声は路地に反響して消えていく。この路地にいるなら声が聞こえてくるはずなのだが返答は何もない。ただ、先ほどの魚屋が嘘をつくことはないはずなので間違いなく空穂ちゃんはここに来た。

 神は嘘をつかない。アレは悪神ではあるが神は神。神と呼ばれているもの。アレがあの場に存在するということはどこかでアレが神として認識されているということである。自分の存在は、他者からの認識によって形成されると言う考えがある。存在しないはずのものが存在するということはそれが認識されて、その認識のなかで形成されたということ。つまりアレ、魚屋は神として認識されているからこそ辻神としてあそこにいるのである。嘘をつく、そうするとその嘘を隠すためにまた大きな嘘をつかなければならないそのような(いつわり)は起こらないと信じている。


「ん?」


空穂ちゃんを探しながら歩いていると足元に何かがあることに気づいた。気付かずに蹴ってしまったことで気付いた、というのが正しい。そこにあったのは、首から上がない女子高生の死体であった。それは、先ほど事務所を出た空穂ちゃんだと証明するかのようにパーカーを着て、ポケットからは僕の渡したお守りの巾着袋が出ていた。



「あー。間に合いませんでしたか。」

 

 そう一人つぶやいて空穂ちゃんだったものへと目を向ける。ピクリとも動かないし、もう冷たくなっているのだろう。


「今回のバイトは長続きすると思ったけど、自分から危険に行ってしまうようでは駄目だね……。」

「ただ、自分と同じ形をした動物の頭がないというのも気持ち悪いね。猫かぁ……。流石にこれは見逃せないね」


 その場にあった少女だったものを無視して僕は路地を進んでいく。僕の行く道は光がなくなっていく。そして僕の来た道には何もないのであった。





「さすが、偶然にも一発で答えを引き当てたね空穂ちゃん」


 誰もいない空間に僕の声は反響していく。

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