正しい王都へ
なんとか予告通りに投稿できました。今年はこれで書きおさめになります。来年もまた宜しくお願いします。
ザァァァァ
広い石造りの部屋に水の流れ落ちる様な音が響いている。床は一面に白い大理石が敷かれ、部屋の中央には広い浴槽が掘り下げられており、精緻な彫刻の施された湯口からは途切れる事無く熱い湯が流れ出ている。部屋の四隅には松明が焚かれ、湯気で満たされた空間をぼんやりと照らしている。その浴槽に浸かりながら、どうしてこんな場所に居るんだろう、と考えている人影が居た。その人影はダスクであるが、小柄で細身だが鍛えられ引き締まった身体をしているのが入浴時という事で一目で分かる。豪勢な内装に少し居心地の悪さを感じて端で小さくなっていながらも、湯船に浸かる事の気持ち良さを表情に出して周囲を眺めている。
「はふぅ、気持ち良いねこれ。温泉ってスゴイんだな~」
ダスクの背後から聞こえてきた声の主は、床の上に置かれた巨大な盥に張られた、浴槽と同じ湯に浸かった黒炎で、紅い瞳を今は気持ち良さそうに細め、タライの縁に乗せた前足の上に顎を載せてすっかり脱力している。
「うん、気持ち良いな。
温泉に入るのが初めてだからでもあるけど、これが勝手に湧いてくるってのがすごいと思う」
「こっちにお湯入れてよ。ちょっとぬるくなってきた」
「了解。
こっちに一緒に入れれば良かったんだけど、メイド仲間に頼まれたサフィさんにお願いされたからな。
別に一緒でも構わないと思うんだけど、黒炎は怒ってないのか?」
「べつに~。キミとは違うんだからしょうがないって」
「そっか」
なんとか腕を伸ばせば届く位置にある盥に、桶で湯を続けて入れていく。溢れさせながら入れ替える事で温度を調節し、黒炎が頷いたところで止める。気持ち良さそうな黒炎の姿を見ながら、再びダスクは湯に深く浸かり、城に入ってからの事を思い返す。
王様を幽閉した事件が終結し、功労者として招かれたダスク達は、各々一部屋をあてがわれ、但し黒炎はダスクと一緒であったが、緊張から開放されて一息吐いていた。細かい傷はたくさんあったが、ほとんど無傷だったダスクは、回復魔法をかけられて全く傷の無い状態になっていた。鎧等の装備を全て外して楽な格好になったダスクは、明日の船探しの事について黒炎と相談をする事にした。
「明日だけど、すぐにアズレシルエンス行きの船が見付かると思うかい?」
「う~ん、やってみないと分からないかも。今度はちゃんと行き先を確認すればダイジョブだよ」
「それもそうか。こういうのはソラが得意そうな気がするけど、居場所が分からないからな」
「サフィに聞いてみればいいんじゃないかな。駄目ならサフィに頼むとか」
「そうしようかな。後でサフィさんに聞いてみよう」
「あ、それよりさ、思い切って王様に船出してって頼んでみよっか」
「そんなの無理に決まってるだろ。港にたくさんあるんだから大丈夫だよ」
「むぅ、言うだけならタダだしいいんじゃないかと思ったんだけどな~」
残念そうに言った黒炎は、フカフカの絨毯に丸くなって大きな欠伸をする。色々あったので黒炎だけじゃなくダスクも疲労感が大きく、すぐにでも眠ってしまいそうな状態であった。一度寝てしまったら、起きるのがどれ程時間を必要とするか分からない。ほとんど眠ってしまいそうになっている黒炎を見ながら、欠伸を噛み殺したダスクは頬をパチパチ叩いて眠気を飛ばそうと努力していた。
コンコン
扉をノックする音が聞こえてきて、いつの間にか意識が飛びそうになっていたダスクはハッとする。視線を落とすと、黒炎が気持ち良さそうに眠っている。再びノックの音が聞こえてきて、それがノックの音だと意識したダスクは、慌てて返事をして扉へと近付き誰何の言葉も忘れて扉を開く。
「あらら、いきなり開いたから驚いちゃったわ。せっかちねぇ、ダスクくんったら」
「すみません。ウトウトしていたので待たせちゃったと思って、慌ててしまいました」
「うふふ、みんな疲れてるからね。特に君は頑張ってくれたから尚更だよね」
「ありがとうございます。それでサフィさんは何か僕達に用事ですか?」
「用事が無いと来ちゃ駄目なのかな?」
普段とは違う真面目な顔でそんな事を言われて何故だか動揺するダスクであったが、すぐに笑顔に戻ったサフィーラは面白いモノを見たかのような顔になる。
「うふふ、冗談よ。王様との謁見があるからお風呂でサッパリしてもらおうかと思って。
案内するから黒炎くんと一緒について来てくれるかな?」
そう言って首を傾げるサフィーラはダスクよりも年上のお姉さんだが、それを感じさせない可愛さを違和感無く感じさせる特異なメイドさんであった。
黒炎を起こしたダスクは、サフィーラに何も持っていかないで良いと言われて、手ぶらで彼女の後について歩いていた。初めてジックリと見る城内は、分厚い絨毯が敷かれ、装飾品も程良く置かれているが、華美な装飾は多くないので、綺麗ではあるが物凄く贅沢をしている訳では無い様であった。先程の部屋も、質の良い調度品で揃えてあったが、金ぴかなモノは無かったので悪い印象は受けなかった。ダスク達の王様に対する印象も少しずつ良くなってきている。しばらく歩いて案内されたのは、湯殿と呼ばれる場所に繋がっている脱衣所という部屋で、ここで衣服を脱いで湯殿に入り、身体を洗って湯を溜めた浴槽に浸かるという、ダスク達には経験の無いモノらしかった。普段は水を浴びるか、濡らした手拭いで身体を拭くだけなので戸惑っていたが、黒炎の入浴にひと悶着あった後、前述の通りに温泉を楽しむ事になる。
疲れが湯に溶けるように抜けていくと、だんだんのぼせてきたらしく、フラフラしてきたダスクはそろそろ出ようと思ったが、何も持ってきてなかった事を思い出す。
「そういえば、サフィさんの言う通りに何も持ってこなかったんだよな。
出る時に濡れた身体はどうすればいいんだろう?」
「拭くものは用意しておいたから安心してね。それにしても、ダスクくんったらもう出ちゃうんだ?」
ポツリと呟いたダスクの独り言に、何故か返事が返ってくる。
「は?何で返事が返ってくるんだろう……うわっ、サフィさん、何でここに居るんですか!?」
何気なく声の聞こえてきた方向を見たダスクの視界に、おそらく裸であると思われる身体に大きなタオルを巻いたサフィーラの姿が飛び込んでくる。慌てたダスクは、首を元に戻して視界から外すと、顎の下まで湯に沈み込む。
「何でって、戦いの前に約束したじゃないの。御奉仕してあげるって言ったでしょ?」
「いやいやいや、待って下さいっ!僕が思っていたのとは全然違うのですがっ!
お茶を淹れてくれたり、肩を揉んでくれたり、もっと軽い事だと思っていましたよ」
「それも含むイロイロよ。とりあえず背中を流してあげるから、湯から出て来なさい」
「駄目ですよっ!隠す物も何も持ってきてないんですからっ!
とにかくここから出て行ってください。背中を流すのは結構ですから」
「恥ずかしがらなくても良いんじゃない?せっかくなんだからやってもらえば良いのに」
「そうそう、黒炎くんの言うとおりです。お姉さんが優しく洗ってあげちゃいますよ」
「黒炎も面白がって口を出さないっ!いい加減にしないと怒りますよ、サフィさん」
「ちぇー、残念だけど退散しようかな。脱衣所からは人払いしておくから安心してね」
残念そうに、それ以上に楽しそうな様子で頷いたサフィーラは、言った通りに速やかに湯殿を出て行った。最初からこうなる事が分かっていたかのような潔さであった。溜息を吐いたダスクは、黒炎を促して湯から上がると、タライの湯を流してから脱衣所に人の気配が無い事を確認して湯殿から出る。黒炎は、湯殿を出る前に盛大に身体を振るって湯を飛ばしていた。普段使った事も無いフワフワなタオルで身体を拭いたダスクは腰にタオルを巻くと、火照った身体を冷ますついでに黒炎の身体を拭く。タオルは十枚位置いてあったが、一枚目を絞りつつ何度か使って水気を取り、二枚目ですぐに乾く位まで拭く事が出来た。気持ち良さそうにされるがままになっていた黒炎は、最後に身体を振るわせると、毛はふわりと落ち着き、元の艶やかな状態に戻る。その様子を見ながら、置かれていた服を困惑の目で見るダスクは、着るのをためらっているように見えた。
「どうしたの?早く服を着ないと風邪引くよ」
「分かってるよ。でも、これってなんかヒラヒラしてて嫌なんだけど」
「それしか無いんだから、諦めてさっさと着ちゃいなよ」
その言葉で観念したダスクは、自分の好みからは随分離れた服を渋々と着ていった。ちなみに、ここに来る時に着ていた服は、サフィーラが持って行ったのか分からないが、どこにも見当たらなかった。
「ぷっ、その服キミに良く似合ってるよ」
「笑っておいて、そんな事信じられるわけ無いじゃないか」
「いえいえ、良く似合っておいでですよ。まるでどこかのお坊っちゃんかと思いました」
いつの間に入って来たのか、笑顔のサフィーラが出入り口の前に立っている。既に元のメイド姿に戻っていたので、ダスクはホッとして安堵の息を吐いていた。
「突然現れ過ぎですよ、サフィさん」
「メイドの嗜みでございます。うふふ、現れた時の驚く顔が良いのよね~」
らしい言葉に苦笑するダスクと、頷いて同意する黒炎に、サフィーラも嬉しそうに微笑む。
「お二人ともサッパリしましたか?」
「うん。ボク達温泉って初めてだったけど、本当に気持ち良かったよ」
「気持ち良かったし、サッパリもしました。これだけでも城に招かれて良かったですよ」
「満足して貰えて良かったわ。身支度も出来てるし、そろそろ行きましょうか」
「行くってどこに?」
「君達は何の為にここに来たのかな?これから王様の所に案内するわ」
「そっか、フラム姫の父ちゃんってどんな人なんだろうな~」
「厳しいけど、優しい方よ。わたし達の敬愛する王様です」
「なるほど。怖そうな人だったけど、サフィさんがそう言うなら少し気が楽になります」
「うふふ、それは良かったわ。でも君達ならそのままで大丈夫よ」
そう言って先に歩き出したサフィーラは、ダスク達を先導する様に廊下を静々と歩いて行く。背をピンと伸ばして姿勢良く歩いて行く様は、さすがは城に勤めるメイドだと、普段のふざけた様子からはなかなか想像出来ない姿であった。サフィーラについて行くうちに、次第に周囲の造りが立派なモノに変わってくる。おそらくこちらの区画は公的にも使用されているのだろう、他国の人間に対する最低限の見栄の様なモノなのかもしれなかった。思っていたよりも長い距離を歩いた後、格段に立派な造りの両開きの扉の前で立ち止まったサフィーラがクルリと振り返る。
「準備は良いかな?ダスクくん、黒炎くん」
「ボクは準備する事なんてないよ」
「王様に会うからって、特別準備する事は無いですよ。服はサフィさんが用意してくれましたし」
「うふふ、そう言うと思ったわ。驚かないでね……ダスク様達をお連れ致しました」
「驚かないでって、サフィさん?」
サフィーラの言葉を疑問に思ったが、扉の内側へ掛けられた声に反応した何者かが扉を開き始める。
ザワザワッ
扉の隙間からダスク達の姿が見え始めると同時に、室内から大勢の人間が居ると分かる様な喧騒が伝わってくる。扉が完全に開かれたところで、改めて室内に視線を向けると、全く予想していなかった光景が目に飛び込んでくる。室内には、一見して分からない位の人数の着飾った人間がダスク達の事を見ており、次いで大きな拍手が雨の様に降り注ぐ。唖然として固まったダスクは、注目されて居心地が悪くなり、連れのペットだと思われて注目されていない黒炎は、気楽にその様子を楽しんでいた。いつまでも動こうとしないダスクを、苦笑したサフィーラが後ろからそっと押して送り出す。その勢いに乗って足を動かすダスクの進行方向に有る人垣が、それに合わせて割れていく。最終的に両側に分かれて並んだ人々の先には、王様がダスク達を迎える様に立ち、その傍らには姫であるフラムフィールが一歩引いて控えている。王様は幽閉時と違って立派な王の装いをしているので益々威厳が表に現れていた。フラムフィール姫は色とりどりの赤を基調とした服と煌びやかな装飾品で飾っており、その金の瞳の力強さは王様とそっくりだという事が並んでいる今では良く分かり、確かな親子の絆を感じさせられる。人々の視線に押されるように王様の前まで進んだダスクは、場の雰囲気に飲まれてガチガチになっていたが、黒炎はその後ろから他人事のように眺めながら、これから何が起きるのかを楽しむように尻尾をゆったりと振っていた。
「そなたがダスクか。此度は我が国の危機を救ってくれて、我等一同感謝している」
渋味の有る低い声が、大きい声では無くても良く通り、室内に居る人間全ての耳に届く。
「いえ、自分の為に協力しただけです。大した事は……」
「ふむ、縮こまらずに堂々としていて良いのだぞ?そなたはそれだけの事をしたのだ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「広場での勇姿を聞いたが、普段はその様に控えめなのか?」
「すみません。こういうの苦手なんです」
「謝らなくてもよい。そなたが救国の英雄なのは変わらないのだから」
「……はい?英雄って僕がですか?」
「当然の事だ。今回の騒動でそなたが一番命懸けの活躍をしたのだからな」
「それは違います。それなら救出に参加した全ての人が英雄と呼ばれる働きをしました」
本当にそう思っているダスクは、王様相手でもそこだけははっきりと否定する。
「ふっ、確かにそうかもしれんな。皆の者、英雄達に乾杯しようではないか」
その言葉に人々はワインの入った杯を手に持つ。ダスクにはそっと近寄ったサフィーラが杯を渡してくれる。抜かりの無いサフィーラは、黒炎の前にもワインの入った皿を置いていた。
「杯を掲げよ。目の前の若き英雄と、余を救ってくれた全ての英雄達に、乾杯っ!」
キンッ
各々が乾杯を叫びながら金属製の杯が部屋中で掲げられる中、ダスクの杯と自らの杯を触れ合わせたのは王様が最初で、次がフラムフィール、ちゃっかり自分の杯を用意していたサフィーラも続いて合わせてくる。
「皆の者、本日は無礼講だ。大いに食べて飲み、英気を養うがよい」
その言葉と同時に、歓声が上がり、部屋の各所で立食形式の食事を食べ始める。しゃがんで黒炎の皿とも杯を合わせていたダスクは、自分の出番は終わったと思ったので、その場を下がってアル達を探そうかと考えていた。
「ダスクよ、もう少し話をしても構わんか?」
「え?あ、はい、何でしょうか?」
「そなたはこの先どうするつもりなのだ?」
「この先?はい、急いで国に帰って学院で色々な事を学ぼうと思っています」
「ふむ、このままここに残って余に仕えようとは思わんか?」
「申し訳ありません。学院で学ぶのは小さい頃からの約束なのです」
「そうか、残念だが今回は諦めるとしよう。話は変わるが、そなたは何か望む物などは無いか?」
「望む物……」
そう言って少し考えたダスクは、脚に前足をかけてきた黒炎の顔を見て頷く。
「もし可能でしたら、アズレシルエンス行きの船を出して頂ければ助かります」
「その様な事でよいのか?
金銀財宝とは言わぬが、まとまった金銭があれば船などいくらでも乗れるのではないか?」
「いえ、僕達はお金は必要なだけ有れば充分です。足りなくなれば自分で稼げますし」
「ふむ、無欲なのだな。それでは余の気が済まぬ。他に何でも良いから言ってみるがよい」
「う~ん、それではお願いみたいなものでも良いですか?」
「遠慮せずともよい。余に叶えられる事があれば可能な限り善処しよう」
「ありがとうございます。
僕達はこの街で身寄りの無い子供達に会いました。
彼等が社会に出られる様に、何か出来ることが有ればよろしくお願いします。
僕達に出せるお金はそちらに回してもらえると嬉しいです」
周りで聞いていた人々は、越権行為でもある訴えをしたダスクと、笑みを消した王様を見て、一様に顔を青くしていた。それを見ていたアルは何か考えがあるらしく、足早に歩み寄ってダスクの横に並ぶ。アルはダスクと共に救出に加わり大活躍をした一人で、今は鎧と長剣を身に付けていないだけの簡素な格好であった。緊張感のある空気がその場を支配するが、アルのあえて雰囲気を無視した言葉が追い討ちをする様に投げ込まれる。
「王様、我々の報酬も半分はそちらに回して頂けないでしょうか?」
「そなたもダスクと同じ事を言うのだな」
「僕の方はダスクに便乗しただけです。気になってはいましたが、言うつもりはありませんでした」
「それなら何故?」
「彼の心意気に感心したから、という理由ではいけませんか?」
その言葉に、王様は身体を細かく振るわせ始める。周囲の人間は、王様の怒りが落ちるのではないかと思い、巻き込まれる事を恐れて距離を取るように離れて行った。しかし、王様の反応はその予想とは真逆のモノであった。
「くっ、ははははっ、遠慮もせず言ってくれる。よかろう、国策として考えると約束しよう」
「「ありがとうございます」」
同時に言って、同時に頭を下げたダスクとアルは、顔を見合わせて笑顔になる。王様も気分が良さそうに笑いながら、ダスクとアルの肩に手を置いて痛いくらいに力を込める。
「余に意見を言った民としてそなたらの名は忘れんぞ、英雄としての名と共にな」
からかう様に言う王様に、ダスクとアルは一本取られた感じになり、苦笑いで応えていた。恐れ知らずのダスク達に、話をしてみようと思っていた人々は互いに遠慮して距離を取り、それぞれ食事や会話を楽しみ始めた。
その後は黒炎に急かされて様々な料理を皿に取ってやりながら、アルの仲間達やフラムフィールに加えて、給仕をたまに抜けてくるサフィーラと会話を楽しみつつ美味しい料理に舌鼓を打つ。質の良いガラスとレースのカーテンを通して入ってくる陽の光は、部屋でウトウトしていた時間が思った以上に長かったらしく、いつの間にか赤く染まっており、見晴らしの良い城から見る光景もまた良い眺めなので、景色も楽しみながらの贅沢な晩餐になった。腹も膨らみ、そろそろ休みたいと思い始めた頃には、夜の闇に街の明かりが輝いて見えて、更に満足感を高めてくれる。王様はいつの間にか姿が見えなくなっており、各自が自由に退場し始めていた。
「挨拶したいから、明日また会ってもらえませんか?」
部屋に戻ろうと思ったダスクは、アル達に言葉を掛ける。全員快諾したのを見たダスクは一礼した後、満足してウトウトしている黒炎を抱えると、サフィーラに案内を頼んで今迄居た広間を後にする。迷いも無く先を歩くサフィーラに連れられて、あっという間に部屋に戻って来れたダスクは、サフィーラの開いてくれた扉を通って部屋に入り、毛布で作った寝床に黒炎をそっと降ろす。
「ありがとうございました。サフィさんも早く休んで下さい」
「あら、添い寝をしてあげるわよ。遠慮しなくてもいいからね、御奉仕の一環だから」
「またですか、もうそれはカンベンして下さい」
「うふふ、それじゃあ代わりに、少しお茶に付き合ってもらってもいいかしら?」
「それじゃあ逆の様な……はぁ、付き合わせて頂きます」
「ありがとう。そういうところが好きよ、ダスクくん」
呆れた顔でベッドの側から戻ってきたダスクは、テーブルの前のソファに座る。それを笑顔で見たサフィーラは、備え付けのティーセットで紅茶を淹れると、二人分のカップをテーブルに置いてからダスクの正面に座る。紅茶の香りにリラックスしながら、身体も温まってホッと息を吐いたところで、サフィーラはダスクと目を合わせる。
「本当にありがとう。君が居なかったら姫様やわたし達がどうなっていたか分からないわ」
突然お礼を言うサフィーラに驚くが、感謝を込めた彼女の顔を見て、ダスクも真面目な顔になる。
「気にしなくていいですよ。僕も黒炎を助けて貰っていますから、お互い様です」
「わたしって孤児なのよ。今は亡き王妃様に拾われて、姫様と姉妹のように育てて頂いたの。
だから王様や姫様はわたしの恩人って事に加えて家族でもあるの」
「なるほど。僕と黒炎の関係と同じだから、わざわざお礼を言ってくれたんですね」
「それも理由の一つ。君はわたし自身も助けてくれたから」
「僕も黒炎も、友達のソラの事もあって、サフィさんの事も友達だと思っているんです。
友達を助けるのは当たり前だから、気にしないで下さい」
「友達か~、ところで本当に添い寝は要らないの?」
「またそんな事を……冗談でもそんな事言っちゃ駄目ですよ」
「うふふ、冗談でもないんだけどな~」
イタズラっぽい顔で微笑むサフィーラに、ダスクは困った顔で聞かなかったふりをする。そのままお茶を飲み終わった二人は、揃って立ち上がると、ティーセットを片付ける為に持って行くサフィーラを見送りがてら扉を開ける為に、一足先にダスクは出入り口に向かった。
「お茶美味しかったです。おやすみなさい、サフィさん」
「扉開けてくれてありがとう。おやすみなさい、ダスクくん」
お辞儀をして去っていくサフィーラを見送ったダスクは、既に熟睡している黒炎を避け、ランプの灯を消してベッドに倒れ込む。フカフカのベッドの気持ち良さに、そのまま落ちるように夢の世界に突入していった。
カチャ
窓からの朝日が既に室内を明るく照らしているが、ベッドや寝床で眠るダスク達の眠りを妨げる事は出来ず、扉が開く音も全く効果が無いようであった。扉から入ってきた侵入者が、忍び足でベッドに近付いてくるが、途中で寝ている黒炎が気配に反応して起きそうになる。ピクピク動いている三角の耳に、侵入者は身動きできなくなったが、何事もなかったように動かなくなった黒炎の様子にホッと息を吐く。再び歩き出した侵入者は、ベッドで寝ているダスクの側まで来ると、その顔を覗き込む様に顔を近づけていく。サラリとダスクの顔にかかる長い髪の毛の下で、何かがダスクの唇に触れた。その感触に刺激されて眠りを覚まされたダスクが目を開くと、視界に覗き込んでいるバーナの顔が間近にあるのが飛び込んでくる。予想外の人物の予想外な登場に、固まったまま見詰め合っていたダスクであったが、唇から顔を動き回る何かに正気に戻る。動き回っていたモノを手に取ってみると、それはバーナの僕の赤いトカゲであった。
「……おはようございます。朝っぱらから何してるんですか、バーナさん」
「くっくっくっ、少しおぬしと話がしたくてな。む、何と言ったか……ドッキリ?というやつじゃ」
「はぁ、驚きましたよ。とりあえず少し離れて頂けないでしょうか?」
息がかかるくらいの距離で会話をしていたが、さすがに女性とこの距離で話し続ける事に照れるダスクは、そう提案をする。その言葉を聞いたバーナは、面白そうに笑みを浮かべる。
「くっくっくっ、可愛い奴じゃな。妾はそちらで座して待つ。茶でも淹れてくれ」
ベッドから身体を起こしたバーナは、テーブルの前のソファへと歩いていった。ホッとしたダスクは、いつの間にか新しくされていたティーセットで紅茶を淹れると、テーブルの上にカップを置いてバーナの正面に座る。淹れている間に香りで起きて来た黒炎の分も、予備のカップに注いで床へと置いた。
「おはよ~。バーナは朝っぱらからどうしたの?」
飲み難そうにカップから紅茶を飲む黒炎は、頭の上に載せられた赤いトカゲの歩く感触をくすぐったく感じながら、バーナに来室の理由を聞く。いつの間にか、普通に黒炎とバーナが会話をしている事を疑問に思ったダスクであったが、邪魔をしないように視線だけを向ける。
「うむ。少し話があってな。ちょうど良いからおぬしも聞くがよい」
そう言うと、バーナは被っていたフードを外套ごと脱ぐ。フードが覆っていた場所には、まるでドラゴンの様な角が頭の両側、耳の上に生えているのが見える。それを見ても何も変化が無いダスク達の様子に、バーナは笑顔になって頷いた。
「うむ。さすがは妾が見込んだ者達じゃ。これを見ても毛程も動じぬか」
「え?何か驚くような事ですか?」
「その角かっこいいね。隠してるなんてもったいないよ」
「普通の人間は、この角を見ると恐れたり、奇異の目で見るのでな。
鬱陶しいので普段はフードを被る事にしたのじゃ」
「そうなんですか?黒炎みたいに話せるヤツも居るし、それ程驚く事じゃ無いと思いますけど」
「妾の美貌もあって珍しい特徴は良くも悪くも人目を惹く」
「それを自分で言うんですね。珍しさか……黒炎もそれで狙われたからな。
黒炎が信用出来る人間の前以外ではしゃべらないようにしたのと同じ事ですね」
「なるほど、すでに体験済みか。馬鹿な人間はどこにでも居るものじゃな」
「ボクは気にしてないよ。気を付けていれば平気だからね」
「前向きじゃな。うむ、おぬしらに話して良かった。別れる前に真実を伝えておきたくてな」
「バーナさんが良い人だって事は分かってますよ。アルさん達やソラやサフィさんに姫も。
見た目が違っても、心が同じモノを良いと感じられれば友達になれます」
「うん。みんな友達だよ」
「ふっ、単純だが、そういうのも嫌いじゃないぞ」
皆で笑い合った後、そこからは紅茶を飲みながらしばらくの間会話を楽しんでいた。
そろそろ戻ろうと立ち上がったバーナは、ふと思案していたかと思うと、ダスクに握った拳を差し出して手の平を上に向けて開く。そこにはバーナの瞳と同じ色の宝石が載っていた。
「受け取るがよい」
戸惑うダスクに、促す様に頷いたバーナの顔を見て、恐る恐る手に取ってみる。瞳と同じ色と大きさの蒼い宝石は、光の具合でまるでドラゴンの目の様な縦長の筋が見える。一目見て高価な物だと分かる品に、ダスクは慌てて返そうとする。
「こんな高価な物は受け取れません」
「いいから持っておくがよい。それは妾とおぬし達との友情の証じゃ。
手放したりすれば、もれなく天罰が下るじゃろう。くっくっくっ、心しておくのじゃ」
「分かりました。そういう物だったらありがたく頂いておきます」
「もし、おぬしらだけではどうしようもない事態が起きた時、助けが必要になったらそれを握りながら心から祈るがよい。どこからか手助けが現れる……かもしれぬ」
そう言って、外套とフードを被ったバーナは扉へと向かって歩き出す。慌てて追いかけたダスク達は、扉を開いて彼女を送り出す。
「ありがとうございます。これは大切に持ってますね」
「ありがと~。バーナと友達になれて良かった」
「うむ。改めて別れの言葉は、その時になったら交わそう。また後でな、友よ」
笑顔で手を振り戻って行くバーナを見送ったダスク達は、扉を閉めて部屋に戻ると、再びソファに座る。黒炎もソファに飛び乗って丸くなった。
「バーナって良い人だね」
「うん。僕達を心配して来てくれたのかもしれない。これはお守りとして持っていよう」
「ボク達ってイロイロ巻き込まれちゃってるからね~」
「この旅って、悪い出会いもあるけど、それ以上に良い出会いが有るのが良いな」
「そうだね、これからも友達たくさん作っていこうよ」
「そうだな」
これからの旅と、王都と学院での生活にそういう小さな目的があってもいいんじゃないかと、笑みを浮かべたダスクは考えていた。
カチャ
扉が開いた音に視線を向けたダスク達の視線の先には、戻って行ったはずのバーナの姿があった。不思議そうな顔で見ていると、わずかにバツの悪い顔になっていると思われるバーナは黒炎の傍らに来る。
「そやつを忘れておった」
そう言うバーナの視線の先には、黒炎の背中の毛に埋もれる様にして寝ている赤いトカゲの姿があった。
「あ、忘れてた」
「そういえば居たんだっけ」
「ふっ、妾もすっかり忘れておった」
赤いトカゲを回収して、そっと懐に仕舞ったバーナは、苦笑いをして戻っていった。ダスク達は顔を見合わせて同じく苦笑する。それからは、紅茶を飲みながらスカルトパシオンで食べた料理でどれが美味しかった等の話をして時間を潰しながら過ごしていた。
昼時になると、呼びに来たサフィーラに連れられて、大食堂で食事をした後、公務の有る王様の代わりのフラムフィールや、親衛隊の隊長に見送られて城を出る。港に向かうのは、兜をかぶらず脇に抱えたダスクと黒炎、アルとミリーとバーナ、そしてサフィーラの5人と1匹である。ダスクの肩に乗った黒炎を笑顔で見る女性陣、但しバーナは表情を変えていないが、は服装や髪型等の身嗜みに関する話をしている。ダスクはアルと再戦の約束をしながら、お互いの武器の扱いについて意見を出し合ったりしていた。港に着き、船の場所を知っているサフィーラの案内で向かった先には、数日ぶりに見る人物の姿があった。色々あったダスクと黒炎には、その数倍も日にちが過ぎたように感じられた。
「ひさしぶり~、元気にしてた?ソラ」
「久しぶりって、別れてからそこまで経ってないぞ、オレ達」
不思議そうな顔になった人物は、ソラリス・シールという名前の、透き通る様な銀髪を三つ編みにして背に流す中性的で美しい容姿の、ダスクより少し低い背丈で小麦色の肌の上から赤を基調とした色とりどりな服を着ており、力強さを感じさせる明るく輝く金の瞳の持ち主である。ソラリスはまるで全力疾走をしたかのように、何故か汗を流して荒い呼吸を整えるように深呼吸をしていた。
「色々あったんだよ、ソラと別れてから」
「サフィから少しは聞いてるけど、巻き込まれ体質だよな、お前ら」
「言わないでくれ。改めて言われるとへこむから」
「あはは、これからはもう少し気を付けろよ」
「気を付けても、巻き込まれる時は巻き込まれるんだし、気にしないのがイチバンだよ」
「黒炎の方が大物っぽいな」
顔を見合わせて笑い合うソラリスと黒炎に、少し拗ねた感じになったダスクはソッポを向く。微笑ましそうにその様子を見ていた他の面々は、船の出発の時間が迫ってきたところでダスク達に声を掛ける。
「一緒に戦えて良かったよ、ダスク。あまり話せなかったけど元気でな、黒炎」
「あんまり無茶しちゃ駄目よ、ダスクくん。黒炎くんも、そういう時は止めてあげてね」
「またな、ダスクと黒炎。次に会う時まで元気でいるのじゃぞ」
「御奉仕あんまり出来なかったわね。次回に期待しててね、ダスクくん。
今度会った時には君にも御奉仕してあげちゃうね、黒炎くん」
「オレ達はいつまでも友達だ。絶対にまた会おうぜ、ダスク、黒炎」
それからアルは、ダスクと硬く握手を交わし、黒炎の頭を撫でる。それ以外の人は、鎧でやり難そうであったが、ダスクを抱き締め、黒炎の首にギュッと抱きついていた。別れを惜しむ一同であったが、船長からの出発の合図で離れて向かい合う。
「みんな、見送りに来てくれてありがとうございます。みんなの事は友達だと思っています。
絶対にまた会いましょう。それでは、また」
「みんな、またね~。みんなとは友達だから、絶対に忘れないし、忘れないでね~」
それぞれが、その人らしい『また会おう』の言葉を掛けながら手を振って送り出してくれる。ダスク達は笑顔で振る手と、大きく振る尻尾でそれらに応えながら船へと歩いていく。船へと上がる階段にダスクが足を掛けたところで、後ろから走ってきた誰かがダスクの首に抱きついて囁く。
「ありがとう」
驚いたダスクが、声の主に目を向けると、それはソラリスであった。普段の強気な顔ではなく、金の瞳は涙で潤んでいた。
「ありがとう?」
何に対してお礼を言われたのか分からなかったダスクは、鸚鵡返しに聞く。
「ああ、色々な事をしてくれたから、ありがとうだよ」
「そっか」
細かい事を聞く様な雰囲気じゃなかったので、ダスクはそれだけを返す。しばらくして、気が済んだソラリスは、涙で濡れているが太陽の様な満面の笑みになって、そっとダスクを放す。
「それじゃあ、行ってこい。次に会う時までにでっかい男になってろよ」
「分かった。これまで以上に鍛えておくよ」
しばし見詰め合ったダスクとソラリスは、握手をして離れる。何か問いたげな黒炎にウインクをしたソラリスは、足早にアル達の居る場所に戻って行った。
船上に上がったダスクと黒炎は、ダスク達を待っていたかのように出航した船の縁から皆を見下ろしながら手を振る。それに応えたアル達の振る手に送られて、船は港から段々と離れて行き、お互いに相手が判別出来ない位の距離まで手を振り続けていた。
「良い人達だったね。また会えるといいな」
「大丈夫、きっとまた会える。そう信じていよう」
「そうだね、信じればきっとかなうよね」
「うん」
別れの余韻にひたりながら、遠ざかるスカルトパシオンへと視線を向ける。きっとまたこの景色を見に来ようと、ダスク達は心の中で決意していた。
空は雲一つ無い快晴で、波も穏やかであり、ダスク達の船出を祝福しているかのようであった。とうとう本来の目的地、王都アズレシルエンスへと向かう船に乗る事が出来たダスク達は、このまま順調に辿り着けるのだろうかと、若干の不安を感じつつも、期待に胸を膨らませていた。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




