赤都の事件:終結
あと1話は年内に投稿予定です。
時間はダスクが隠れ家に戻ってきてからしばらく経った辺りに戻る。陽が昇り明るくなっても、大切な家族で旅の相棒である黒炎の行方の情報が入って来ないので、不安と共に焦りとイライラが募っていた。不機嫌そうな顔のダスクは、部屋の中をうろうろと行ったり来たりし始め、兜を脱ぎ、盾と剣を持ってなくても尚重い全身鎧のせいで、軋む床板の音が部屋の外にまで届いていた。その様子に心配になったアルは、軽くノックをしてから扉を開ける。弾かれたように扉の方を見たダスクであったが、アルが首を振るのを見て肩を落としていた。
「心配するのは分かるけど、もう少し落ち着いたらどうだい?」
「すみません。そう言われても不安でしょうがないんです。
今迄これほど長く離れていた事が無かったので、余計にそう感じるのかもしれません」
「それでも無理やりでもいいから落ち着いた方が良い。そうしないと肝心な場面でミスをする」
「言うのは簡単ですが、一体どうすればいいんですか?アルさん教えて下さい」
その言葉に、何かを考える体勢になったアルは、少しして何かを思い付いたらしく、ダスクへ再び視線を向ける。
「こういうのはどうだい?身体を動かして適度なガス抜きをしてみるってのは?」
「ガス抜き?何をやるっていうんですか?」
「これだよ」
不敵な笑みを見せるアルは、腰に下げた長剣の柄を握って持ち上げてみせる。驚いたダスクではあったが、ムシャクシャしている気分が少しでも発散出来そうな提案に、アルと似た笑みを浮かべた。
ザワザワッ
隠れ家の中庭、とは言ってもそれほど広い物では無かったが、建物に囲まれた四角い空き地のようなもので、見上げると四角く切り取られた青空が目に入ってくる。その中庭に居る数人に加え、中庭を臨む窓辺にも多くの観客が集まっていた。その視線の向けられる先には、完全武装のダスクとアルの姿があり、向かい合う二人の横にはミリーとバーナが立会い、注意事項等を伝えている。周囲の観客はほとんどが赤に統一した服装をしており、盛んにどちらが勝つかの賭けをして声を飛ばし合っている。賭け率は7:3でアルの勝ちに賭ける人間の方が多かった。注意事項を言い終えたミリーは、呆れたような顔で二人を見て溜息を吐く。
「まったく、男ってのは……とにかく、大怪我しないように気を付けてね。
簡単な怪我なら治せるけど、回復魔法だって万能じゃないんだから」
「その辺にしておくがよい。痛い目を見れば自ずと分かるものじゃ」
バーナに引きずられていったミリーは、壁際に置かれたテーブルの周りに置かれたイスに座る。隣にはふんぞり返る様にしてバーナが座った。
「どちらが勝つと思う?」
「私はこういうのはやめて欲しいわ。どちらにも怪我して欲しくないから」
「つまらん奴じゃのう。弓も引き絞り過ぎれば弦はあっさりと切れてしまう。
それを緩めさせる為に自らその役を務めようとするアルの気持ちが分からんおぬしでもなかろう。
深刻なモノにならないように、この様な形にするのが一番だと思うのじゃが?」
「わかってるわ。だからこそ、私のような意見も有った方がいいのよ。
それよりも、バーナは単に良い暇潰しが出来て嬉しいだけでしょ?」
「くっくっくっ、当然じゃ。新たな情報が入るまで動けない状態は暇で仕方が無い。
それで、おぬしはどちらが勝つと思う?妾はダスクが良いところまでいくと思うのじゃが」
「またそれ?はぁ、私はやっぱりアルの方が有利だと思うけど。経験の差が大きいし」
「なるほどのう。見たところ装備は互角、後は実戦経験がモノを言うという事じゃな」
カチャッ
その時、金属を触れ合わせる音が聞こえて来る。周囲のざわめきが静まっていき、それに合わせる様に口をつぐんだミリーとバーナの視線の先では、ダスクとアルが体の前に構えた互いの武器の先を触れ合わせていた。ダスクの巨大な盾は壁に立て掛けて置いてあり、大剣を両手で握って構えている。同じ様に長剣を構えたアルの口元には笑みが浮かんでいた。
「盾は要らないのかい?大剣だけじゃ、早い長剣についてこれるかな?」
「大丈夫です。逆に両手で構えた方が集中出来そうなので」
「なるほど。それじゃあ少しずつテンポを上げて行こうか」
「はい。胸を借りるつもりで行きます。よろしくお願いします」
キンッ
その瞬間、武器を引いたアルは素早い斬撃を繰り出す。袈裟斬りや逆袈裟斬り等、何種類もの斬撃をかろうじて周囲の人間が分かる速さで繰り出していく。その全てをダスクは重い大剣で受けて弾いていた。周囲からは観客の感嘆の息を吐く音が聞こえて来る。ダスクの兜に覆われた表情は分からないが、同じであろうアルの笑みが、未だに二人が本気になっていない事を示している。その場で動かず数十の斬撃を交わしたところで、アルは初めて移動して間合いをとった。アルの顔が真剣なものに変わったのを確認した観客のほとんどが固唾を呑んで見守り、自分の唾を飲み込む音さえも大きく聞こえて来るのを邪魔だと感じていた。
ガギッ
一瞬で間合いを詰めたアルの長剣を、ダスクは大剣で受け止める。観客の目には、いつの間にアルが踏み込んだかさえも見えていなかった。そこから再び間合いを取ったアルは、ダスクの周りを回りながら斬撃や突きを放っていく。ダスクはそれらを弾いたり、鞘の面で受けたりしながら最小限の足捌きでアルの動きについていく。しばらく豪雨のような攻撃を続けた後、攻めあぐねたと言うよりは、今度はダスクの攻めの番だという風にアルは下がった。それに頷いたダスクは、アルに劣らぬ速さで踏み込み、上段から大剣を振り下ろしていく。アルとは違って手数は多くないが、長剣で受け流されても身体は流されずに、斬撃を流れる様に縦から横へと繋いでいく。時折突きも入れながら大剣を振る様子は、まるで竜巻のような荒々しさであった。目の前で起きている光景が信じられないくらい高度なやり取りである事に、観客は声も出せずに見入る事しか出来なかった。初めは笑みを浮かべていたバーナも、ここまでの試合は予想外だったらしく、顔色の青くなったミリーと同じく動けなくなっていた。
ガッ
弾かれるように間合いを取った二人は、最後の一撃を放つ為に気息を整え始める。ジリジリと上がっていく緊張感が限界に達しようとした瞬間、その場に轟くような野太い声が響き渡る。
「やめんかっっっ!!……そこまでにしておけ。双方が大怪我するか、最悪死ぬぞ」
その場の緊張感があっさりと霧散する。武器を下ろしたダスクとアルは、肩で息をしながらお互いに一礼をして武器を収める。アルと兜を脱いだダスクの顔は流れる汗でびっしょりになっており、双方が本気で剣戟を交わし合っていたのが分かる。バツの悪い顔になったアルは、頬をかきながら改めて自分達を止めてくれた人物に頭を下げていた。
「止めてくれてありがとうございます。隊長さんが止めてくれなかったらどうなっていたことか。
ダスクの予想以上の強さに我を忘れて戦ってしまいました」
「俺もここまでの試合になるとは思っていなかったがな。ダスクと言ったか、その若さで見事なモノだ」
そう言って、ダスクの顔を見る人物は、王直属の親衛隊の隊長であり、50代位のガッシリとした体格の巨漢でダスクよりも背が高いアルの頭一つ分も高く、紫の服に紫の軽装鎧を身に着けた、白髪交じりの黒髪と碧瞳の偉丈夫である。王が幽閉されたのは、隊長が不在の時で、任されていた副隊長は怪我をしながらも隊員に連れられて隠れ家に逃れている。
「ありがとうございます。アルさんがうまいこと導いてくれましたから。
試合の見事さを褒めるなら、アルさんを褒めて下さい」
「そんな事は無いよ。僕の力だけじゃここまでにはならない。君の力が高かったからでもあるんだよ」
「素直に賛辞を受けろ。双方の力があってこそなのだから、謙遜が過ぎると嫌味になるぞ」
「そうですね。楽しかったよ、ダスク」
「こちらこそ。ありがとうございました、アルさん」
晴れやかに握手を交わす二人の様子に、ウンウンと頷く隊長の顔は満足そうに笑みを浮かべていた。
「見事、じゃ、ありませーーーん!!」
突然怒鳴られたダスク達三人は、声の掛けられた方向に視線を向けると、一様に困った顔になる。そこには怒りに眉を立てたミリーが、バーナに押さえられながらも厳しい視線を向けてきていた。
「何やってるんですかっ!あのまま続けたら怪我じゃ済まなかっただろうし、下手すれば死……」
「落ち着け、ミリー。二人共怪我も無く、結局は隊長殿が止めたのじゃから」
「止めたから良いってわけでもないでしょっ!二人共なに考えてるのよ。
アルも大人なんだからここまでする事ないでしょ」
「ごめん、ミリー。僕が悪かった、許して欲しい」
そう言って申し訳無さそうな顔で微笑んだアルは、ミリーの頭に手を置き軽く撫でる。しばらくなすがままになっていたミリーであったが、大きく溜息を吐くと肩から力を抜いてアルの顔を見る。
「はぁ、もういいわ。二人共無事だったんだから良しとしましょう」
「心配してくれて、許してくれてありがとう」
「ありがとうございます。心配させてしまって、ごめんなさい」
「いいのよ。はいっ、この話はここまでっ」
その言葉と同時に、深呼吸をして笑顔になったミリーに、周りの一同は安心したように笑顔になる。周囲の観客も、引き分けで賭けがご破算になったにも関わらず、試合内容の凄さにダスクとアルに向けて大きな歓声を浴びせていた。
「そろそろ昼食にしよう。伝えたい情報もあるからな」
そう言った隊長の顔を、ダスク達は驚いて注視する。それにニヤリとした表情で応えると、皆を先導するように室内に戻る扉へと向かって行った。
食堂兼作戦会議室へ隊長を追い掛けて行くと、先程まで姿が見えなかった副隊長の姿があった。副隊長は、長い銀髪と鋭い金瞳の貴公子然とした30代位の男性で、長身に赤で揃えた服と軽装鎧を纏っている。入ってきたダスク達には一瞥だけして、隊長に礼をする副隊長の印象は、ダスクには良い物とは感じられず、表情を硬くする。テーブルには既に食事の用意がされており、隊長は上座に座って嬉しそうな顔をしていた。
「おら、お前らも早く座りな。話は食事が終わってからだ。冷める前に頂こうじゃないか」
その言葉に一同は空いた席に座ると、隊長が食べ始めるのを見てから食事を開始する。親衛隊の隊員の手作りらしく、豪快に材料を放り込んであるスープは、味はさておき、疲れた身体を癒してくれた。しばらく食事をする物音だけが聞こえていたが、段々と食事を終える人数が増えていき、最後に隊長が酒の入ったカップを音を立ててテーブルの上に置いたところで完全に静かになる。自分を見詰める周囲の視線をグルリと眺めた隊長は、一つ頷いて笑みを浮かべていた顔を真剣な表情に変える。
「さて、皆が待っていたと思うが、新たな情報とそれに加えて大きな成果を伝える」
そう言った隊長は、副隊長に向けて頷くと、ドカリと席に座る。それに了解の頷きを返した副隊長は、立ち上がって姿勢を正すと、一同を眺めてから報告を始めた。それに因ると、王を幽閉した犯人は王弟殿下であり、場所は城の貴人を罰する時に使う一番高い塔だという事。昨夜誘拐された姫は、城の一室に軟禁されており、あの時馬車に乗っていた者は全て同じ部屋に居るという事。最後に、情報と言うよりは成果で、独自に行った偽情報の流布が成功して、夜中に別の場所に我々が集合する事を信じ込ませる事が出来たらしく、この機に我々を殲滅しようと王弟殿下に決心させたようで、ほとんどの戦力を夜中から明け方にかけて城から誘き出す事が可能になったらしい。最後のところで得意げな顔で髪をかき上げる副隊長の仕草が、実に嫌味な様子であったと、後でダスクやアル達は頷き合っていた。
「そういうわけだ。皆は夜まで交代で睡眠をとっておくように。
肝心の所で眠くて駄目でした、なんて言ったらぶん殴るから、覚悟しておけよ」
それから隊長は、部隊長達に隊員全員に伝えておくように命令した後、席を立ったダスク達の近くに歩み寄ってくると、アルとダスクの顔を見る。
「お前達二人には特に期待してるからな。しっかり寝ておけよ」
「「分かりました」」
二人揃っての返事に、笑みを浮かべた隊長は、二人の肩を掴むと痛い程の力を込めてから戻っていった。副隊長と作戦について話し合うのだろう。それを見送ったダスク達は、揃って部屋を後にする。その背を苦々しそうな顔で見ていた副隊長の眼差しに気付く者は誰も居なかった。
陽が傾き、次第に赤く染まっていく空が、隠れ家の一室の窓から外を、正確に言えば中庭を眺めているアルの目に映っている。昼間の熱狂が嘘だったかのように、無人の中庭は静かだった。
「ダスクは想像以上に強かったな」
ポツリと呟いたアルの言葉に、イスに座っていたミリーと、ベッドの上で外套とフードを被ったままゴロゴロしていたバーナは、窓辺のアルへと視線を向ける。
「本当に強かったわね。私も鍛えていると思っていたのに、とてもじゃないけどついていけないわ」
「そうじゃのぅ。あの齢であの力、どれ程の鍛錬をしたものやら」
感心する二人の様子に、曇った表情のアルは溜息を吐く。いつもと違う暗い雰囲気のアルに、二人は不思議そうな顔を向ける。それを見て頬をかくと、アルは苦笑いを浮かべた。
「いや、あの歳であの力を得るには、どれだけの時間を鍛錬に使ったのかなって」
「小さい頃から脇目も振らずに来たんじゃないかしら?」
「ふむ、アルよ、おぬし余計な事を考えてはおらぬか?
ダスクの心根の清い事は一目瞭然。自ら決めた事を苦しむよりは楽しむ気概で貫いたのじゃろう。
黒炎とかいう相棒も常に傍に居たようじゃ。それを不憫とか思うのは余計なお世話だと思うがな」
痛い所を突かれたという顔になったアルは、苦笑いのままだが、気分の晴れた様子であった。
「ごめん。確かに余計な事だね。それにしてもバーナは随分とダスクの事を気に入ったみたいだね。
いつもは他人に興味が無いのに」
「ふんっ、あやつは良いヤツじゃ。おぬしにも似て真っ直ぐに育っておる。
それに、妾の僕を褒めてくれたしのぅ」
その答えがいかにもバーナらしいものだったので、アルとミリーは揃って笑顔になる。
「エリスにも会わせてみたいな。真面目な彼女ならダスクの事を気に入るだろうし」
「そうね、動植物が好きだから、黒炎くんに会わせたら元気になりそうね」
「どうかな?あやつは意外と大きい動物は苦手かも知れんぞ」
そんな感じに会話を楽しみながら、今は療養中の仲間の事を想うアル達であった。
ダスクが寝て起きてみると、窓の外は既に真っ暗になっており、真夜中と呼ばれる時間帯に突入している事に驚いてしまう。アルとの試合が想像以上に疲れたという事に加えて、張り詰めていた気持ちが緩んだのが一番の理由だろう。ダスクは内心、アルに感謝の言葉を呟く。身支度を整えて食堂に行くと、既にほとんどの人間が起きているらしく、食事を各々で摂っていた。周りを見回していたダスクの視界に、己を呼ぶアル達の振る手が映ったので、自分の分の食事を確保して近くの席に座る。
「おはよう、ダスク。随分長く寝ていたみたいだな」
「おはようございます。アルさんのおかげで緊張がほぐれたみたいです。ありがとうございました」
「気にしないで良いよ。戦力は万全であるにこした事はないからね」
「おはよう、ダスクくん。顔色が良くなってるみたいで良かったわ」
「ミリーさんの回復魔法のおかげでもありますよ。ありがとうございました」
「ふふっ、使った甲斐があったわね」
「おはよう、ダスク。おぬしも疲れは充分に取れたようじゃな」
「はい。バーナさんも顔色が良いみたいで良かったです」
「うむ。妾も充分長く寝たからのぅ」
笑顔で、バーナは除くが、会話をしながら全員が充分な休養を取れたみたいだと、ダスクは安心する。黒炎を助ける為には、アル達の状態も大きく影響するからだ。
パンパン
その時、食堂内に手を叩く音が響く。音の出所へ視線を向けると、隊長が立ち上がっているのが見えた。
「おう、お前ら、半刻後には作戦を開始するぞ。遅れた奴はぶち殺すからな」
それが冗談では無い事を証明するかの様に、隊員達は慌てて食事を終えると、出撃の準備をする為に食堂から飛び出していく。呆気に取られて見送ったダスク達に近寄ってきた隊長は、出撃が迫っているせいか笑顔が猛獣の様に見えていた。
「お前らも同じだぞ。隊員じゃないから拳骨一発くらわすだけだがな」
岩の様な拳が落とされれば、一発でも致命傷になりそうな迫力がある。苦笑いになった一同は、同じ様に食事を終わらせると、準備をする為に食堂から部屋へと戻って行った。
時間前に食堂に戻ったダスクの視線の先には、準備を整えた全員の姿が有り、アル達の呼ぶ動作が既視感を感じさせる。隊員たちの表情はいずれも引き締まっており、これからの実戦に思いを馳せているのが分かる。扉が開いて副隊長を伴った隊長が入ってくると、全員が姿勢を正して迎え、今回の作戦の最終確認を待つ。
「うむ。時間前に全員揃っているようだな。そいじゃサクサク説明よろしく」
そう言って場所を副隊長に譲った隊長は、イスにドカリと座る。代わる様に前に出た副隊長の説明に因ると、王弟殿下の部隊は思惑通りに城を出たらしく、時間の猶予は朝日が昇るまで有る見込みである。速やかに城の正門前に移動して潜み、身軽な隊員に先行させて門を開けさせる。その後、王弟殿下の部隊が戻るまでの間に王と姫を救出する。救出する前に王弟殿下が戻ってきた瞬間にこちらの負けが決定する。そういう綱渡りの様な作戦であった。
「質問はあるか?今のうちに言っておけよ、始まったら最後まで止まれないからな」
周りの手が上がらないので、少し考えたダスクは懸念していた事を聞いてみる事にする。
「はい。本当に王弟殿下の部隊は騙されてくれたんでしょうか?」
その質問に不快そうな顔になった副隊長が何かを言おうとするが、隊長が手で制して立ち上がる。
「俺はこいつを信頼している。だから大丈夫だ。
もしこいつを信用できないなら、こいつを信じた俺を信じてくれ」
その言葉に何も言えなくなったダスクは、大人しく引き下がる。周囲の隊員は、素人の考えだと笑っていたが、アル達は真面目な顔のままであった。心配そうなダスクの顔を見て、アルも同じ事を考えていたらしく、頷いてから囁いてくる。
「最悪の場合も念頭に置いとくべきだな。何があっても動けるようにしとこう、ダスク」
「はい。僕は単身で動けますので、アルさんはミリーさんとバーナさんに付いててあげて下さい」
「ああ、そうさせてもらうよ。だが、君も気を付けるんだよ?」
「ありがとうございます。大丈夫です、単身での実戦には慣れています」
頷き合った二人は、緊張感の増した顔になりながらも落ち着いたまま、もうすぐ始まる作戦の開始を待っていた。
カチャッ
扉を後手に閉めたダスクは、先行するアル達を追いかける。時間になり、目立たない様に5人ごとに隠れ家を出発する隊員たちに続いて、ダスクとアルとミリーとバーナの4人は深夜の路地に走り出る。さすがと言うべきか、アル達は足音も立てずに走って行く。遅れない様に走るダスクも同じく足音を立てていなかった。未だに土地勘の無いダスクは、アル達の姿を見失わない事だけを考えて追いかける。色々な方向に角を曲がりながら走る事しばし、前方に月に照らされた広場と城の大きな影が見えてきた。しばらくして全員が揃った事を確認した隊長は、黒ずくめの細身の影に頷きかける。おそらく、この黒ずくめの人物が先行して潜入し、正門を開ける役割を務めるのだろう。危険な役割を行うだけあって、腕も立ち、隊長に信頼されている人物だと他の隊員達が言っているのをダスクも耳にしている。隊長に頷き返した黒ずくめの人物は、脇目も振らずに城へと駆けて行く。その姿はまるで影の様で、視界に入っていても人だと認識するのは困難だった。あっという間に城壁に取り付くと、わずかな出っ張りを探って器用に素早く登っていき、その内側へと消えていった。
チャキッ
城壁を越えた黒ずくめの人物の眼下には、隙だらけだが人影らしき物がいくつか動いていたので、腰のナイフを抜いて様子を窺う。どうやら女性らしい人影二つと何か動物の様な影が一つだと確認出来たので、速やかに無力化に入る。現時点では何者か分からないので、門の開閉装置に近寄っている女性を目標として、その背後に音も無く降り立つと、片手で口を塞ぎ、その喉にナイフをピタリと当てる。
「動くな。動けばこの者の命は無い」
それだけで動けなくなった人影達に、警戒していた心は少し安堵した。そして、もう一人の女性の顔へと視線を向けたところで、弱々しい声が聞こえて来る。
「誰か……」
救いを求めた様な女性の言葉は、白んできた空の闇に溶けて消えていくが、丁度その時月の光が女性の顔を照らした。一瞬とまどった黒ずくめの人物は、それが自分の仕える王家の姫の顔である事に驚いたが、念の為に確認の問いを飛ばす。
「貴女はフラムフィール様ですか?」
突然の質問に躊躇していたが、相手が話しの出来る人間だと分かり、胸に希望の光が灯る。
「そうです。私は、この国の王の娘、フラムフィールです」
背後に居る動物の様な影からは見えなかったが、黒ずくめの人物に向けて、顔の薄絹を外して月光に照らされた素顔を見せる。その顔はまさしくフラムフィール姫のモノであり、不敬を行ってしまったと理解した黒ずくめの人物は、ナイフを当てていた女性を離してその場に跪く。
「失礼致しました。わたしは王の親衛隊の者です。王と姫を救う為の作戦に従事しております。
城の外に親衛隊と隊長、副隊長が来ており、協力者と共に城門が開くのを待っております」
「おぉ、親衛隊が王の救助に来ているのですね。早く門を開けて下さい」
「はっ、了解しました」
その言葉と同時に門の開閉装置に取り付いた黒ずくめの人物は、開ける操作を行い始める。その様子を薄絹を戻しながらホッとした顔で見るフラムフィールの傍に、恐怖でフラフラになった女性、サフィーラが歩み寄って彼女を抱き締める。もう一つの影である黒炎も安心した風にゆっくりと尻尾を振っていた。
「良かった。ナイフを当てられた時は、もう駄目かと思いました」
「私もです。もしサフィが死んでしまったらと、絶望感で動けなくなりました」
「ほんとに良かった。ちょうどいいタイミングで救助が来てくれたね」
笑顔になったフラムフィール達の後ろでは、門の開いていく音が低く響いていた。
ギィィィィガンッ
重い金属製の門が開くと、跳ね橋を渡った先から親衛隊らしき集団が近付いてくるのが分かる。その中には、見覚えの有るくすんだ黒色の全身鎧の姿があった。跳ね橋を渡って駆け寄った黒炎達の姿に、最初の目的が達せられた親衛隊の面々は嬉しそうな顔になる。ダスクは黒炎に走り寄ると、怪我が無いか全身を確かめるように眺める。
「怪我とか痛い所は無いかい?本当に心配したんだからな、黒炎」
「あはは、キミは心配性だな。僕は全く心配してなかったよ。キミの力を信じてるからね」
「う、僕だって信じていたさ。でも僕と違って鍛えてないから、怪我とか……」
「くっくっくっ、こやつは心配の余り、熊のようにウロウロしていたのじゃ」
「本当の事を言ったらかわいそうよ。確かにバーナの言う通りだったけど」
「二人共、知っていても黙っていようよ……ダスク、すまない」
「いいですよ、もう。とにかく無事だったんだから構いません」
不貞腐れているダスクの様子に、一同は笑顔になる。そこにサフィーラを伴ったフラムフィールが歩いてくると、見慣れないアル達に視線を向ける。
「貴方達が協力者ですね?この度は救出に来てくれて感謝します」
「いえ、僕達は姫の護衛を頼まれたにも関わらず、誘拐の現場に間に合わなかった間抜けです。
貴女を救うのは我々の義務でもありますので、お気になさらずに」
そこまで話したところで、親衛隊の隊長がフラムフィールの側まで来て跪く。
「姫様、お救いするのが遅れて申し訳ありません。
王の幽閉にも力及ばず、事が終結したあかつきには親衛隊全体の積を我が一身にて賜りたい」
「立ってください。それは全てが終わってからです。それに悪いのは犯人なのですから」
「はっ、全力を以って王を救います。とりあえず姫様は城から逃れて下さい。ここは危険ですから」
「分かりました。貴方に全てを任せます。それではサフィと黒炎は私と共に参りましょう」
ボッボッボッ
フラムフィール達が避難しようと足を踏み出すと同時に、広場の周囲に篝火が焚かれる。その数は多く、広場を隅々まで煌々と照らしていた。何が起きたのかと驚いた一同の前に、篝火の周辺に居た部隊が進んでくる。広く間合いを開けたその中心に、部隊を割って出てきた人物が進み出る。
「叔父上っ」
フラムフィールの叫びを聞いた王弟殿下は、ニヤリとした笑みを浮かべてこちらを眺める。突然の出来事に動けないでいると、何故かこちらに居た親衛隊副隊長が進み出て、王弟殿下の横に一歩引いた位置で立つ。訳が分からないでいると、副隊長は王弟殿下と同じ、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「まだわかりませんか?私はここにおられる次期王の親衛隊の隊長になる男です」
言葉の意味がゆっくりと理解されるにつれて、こちらの隊員達に動揺が走る。隊長は怒りに顔を真っ赤にしながら足を踏み出した。
「貴様っ!何故王を裏切ったっ!まさか、王の幽閉にも関わっているのかっ!?」
「ここまできたら言わずとも分かるでしょう?あの怪我は偽装ですよ」
「くっ、叩き殺してやるから、そこにジッとしていやがれっ!」
元副隊長に飛び掛ろうとした隊長に、王弟殿下は片手を上げる。それに反応した部隊が前進すると、威嚇する様に武器を打ち鳴らした。その数は、こちらの数倍もあり、その威圧感に思わず足が止まる。
「動けば余の部隊がそなた達を一人残らず殲滅するぞ」
「ぐっ」
動けなくなった隊長の姿に、満足そうに笑う王弟殿下は、全員に聞こえる様に言葉を発する。
「武器を捨てて余に下るがよい。今なら命だけは助けてやらんこともない」
痛いほど拳を握り締める隊長と、悔しげな隊員達の様子を見ていたダスクは、小さな声で隊長とアル達に聞こえる様に囁く。口の動きは兜に隠れるので心配する必要はなかった。
「ここは僕に任せて王様を助けに行って下さい」
驚いた一同は、視線を動かさない様に気を付けながらダスクへ声を掛ける。
「ふざけている場合じゃないんだぞ。言ってる意味が分かっておるのか?」
「はい。僕が時間を稼いでいる間に王様を助ければ、この状況も変えられると思います」
「いや、しかし、そんな事が可能だとは……」
それまで無言で考えていたアルは、確かめる様にダスクに言葉を掛ける。
「本当に良いんだね?王様を救出に向かえば、君を助ける者は誰も居なくなる」
「はい。言うのは失礼かと思いますが、僕一人の方が良いです。
他に人が居ると邪魔になってしまうので」
「そうか、それじゃあそうさせてもらう。隊長、合図をしたら全員を城に向かわせて下さい」
「分かった。すまない、この国の為に命を賭けさせてしまって……」
力無くうなだれる姿は、王弟殿下には観念した様に見えるらしく、元副隊長と共に笑みを深める。動き出そうとアルが合図をしようとした時、フラムフィールが制止の声を小さな声で上げる。
「お待ちなさい。彼一人を犠牲にして国を存えようとして良いのですか?
皆で戦えば撃退する事も出来るのではありませんか?」
「あのさ、みんな勘違いしてないかな?ダスクは死を覚悟してなんていないよ。
そもそも、あんなヤツラがダスクをどうにか出来ると思うなんて、まったく見る眼がないな~」
子供の様な声で話すのが誰だか分からず動揺する隊長以下隊員達に、兜の下で笑みを浮かべているのが分かる声音でダスクは肯定する。
「その通りですよ。見た感じ手ごわい相手は一人も居ません。
数が多いのなんて僕には関係無いですし、命なんて掛ける程の場面じゃありませんから」
それを聞いた隊長と隊員達は、自分達を安心させようとする言葉だと思っていたが、アル達は心配そうにしていながらも信じられる言葉に聞こえていた。
「すまん、任せるぞ。我々に残さず全部倒してしまっても構わんからな」
「君の本当の力が試されるんだね。頑張れよ、ダスク」
「ダスクくん、無茶するなとは言わないけど、怪我したら私が治してあげるからね」
「天晴れ!おぬしの戦い振りは僕に見守らせるから、思う存分やるがよい」
「私の名前はフラムフィール、この国の姫です。王に代わり、この国の代表として心から感謝します」
「終わったらわたしがメイド的に御奉仕してあげちゃうわよ。期待しててね、ダスクくん」
「みんな大げさなんだからな~。
キミの本来の『護る』戦いなんだから、さっさと終わらせちゃってもいいんだよ、ダスク」
「うん。本気の出せる機会なんて少ないから少し嬉しいんだよね、僕」
皆の応援と、やりたかった『護る』戦いに、ダスクは全身から力が湧いてくるのを感じる。巨大な盾と大剣を持ったダスクは、楽しげに笑う王弟殿下と元副隊長の前に進み出る。二人が呆気に取られた瞬間、アルの合図と隊長の号令に従ってダスクを除いた全ての仲間が城へと下がる。慌てて突撃させようとした王弟殿下の眼前に大剣の先を突きつけて動きを封じたダスクの後姿を、すぐに閉められる状態に門扉を動かした居残り組みのフラムフィールとサフィーラと黒炎とその頭に載った赤いトカゲが見守る。
「くそっ、余の親衛隊長よ、あやつを討ち果たすのだ」
「畏まりました、我が王よ。鎧の中身はただの子供です。すぐに終わるでしょう」
してやられた感のある王弟殿下は、顔を赤くして元副隊長に命令する。それを受けて、笑みを浮かべたまま近付いてくる元副隊長は隙だらけで、かえって手が出しづらいダスクであった。
「ふっ、子供だからといって手加減はせぬ。しかし、最初の一撃は君に譲ろうじゃないか」
腰から長剣を抜いて構えた元副隊長の言葉に、良いのだろうか、と思いつつ鳩尾に簡単な突きを放つ。待ってましたと受け流そうとした元副隊長の長剣をへし折りながら進んだ大剣は、そのまま鳩尾に突き刺さり、吹き飛ばされた元副隊長はかなりの距離を転がされてから止まる。口から泡を吹き、気絶している姿は物凄く滑稽であった。動けなくなっている王弟殿下をよそに、ダスクは跳ね橋の前まで移動して仁王立ちする。その姿には、一人として通さない気迫のようなものがあり、男性としては小柄なダスクを一回りも二回りも大きく見せていた。
「ちっ、使えん奴め。皆の者、相手は一人だ。速やかに踏み潰し、一人残らず殲滅せよっ!」
「お、おぉぉぉぉっ!!」
呆気に取られていた王弟殿下とその部隊は、大声を上げて自らを奮い立たせると、武器を抜いてダスクへと殺到する。そのまま人の波に飲み込まれるかと思われたダスクは、向かって右側半分を大剣の一振りで武器をへし折りつつ吹き飛ばし、それに後続が邪魔される間に、反対側へ勢い良く踏み込むと、巨大な盾で武器を持つ手の骨を砕きながら弾き返す。弓矢も部隊の後方から飛んでくるが、全て鎧に弾かれて何の効果も無かった。それぞれが重なる様に向かってくる為、倒された人間が後続の障害になるという悪循環に入っており、ある意味作業の様な状態になってしまう。撃退しながら、予想以上の手応えの無さに、失望した風に首を振る余裕もあるダスクであった。後ろから見ていた黒炎は、ダスクの考えている事が分かって楽しそうに尻尾を振る。
「あ~あ、ダスクってばつまらなそうだな~。魔狼の群れの方が手応えがあったのかも」
「あんなにたくさん相手にしてるのにつまらないって、ダスクくんって何者?」
「う~ん、ダスクは小さい頃から魔狼相手に鍛えてきたから。
あの程度の戦い方しか出来ない相手じゃ全く手応えを感じ無いんだと思うよ」
「そんなに程度の低い戦い方なのですか?私にはとても激しく見えます」
「うん。魔狼が狩りをする時には、隊列もあるし、役割分担も徹底してるんだよ」
「はぁ、すごいのですねマローとは。もっとすごいのはダスクくんだけど」
ピーーーー
そんな風に会話をしていた黒炎達の耳に、どこかで聞いた様な笛の音が聞こえてくる。その瞬間、下がった部隊の後ろから飛んできた炎の塊がダスクのすぐ目の前に着弾する。
ドガァァァァッ
気絶していた仲間もろとも吹き飛ばすつもりで放たれたらしく、少なくない数が鎧を焦がして白い煙を上げている。ダスクの居た場所には煙や砂埃が舞い上がって姿が確認できず、更に追撃をするらしく、炎の塊が部隊の後ろに控えていた魔法使いの手の上に渦を巻いている。魔法使いが炎の塊を飛ばすのと同時に、ダスクの居た場所から棒状のモノが飛ぶ。部隊の隊員が使っていたらしい穂先の折れた槍が、魔法使いを吹き飛ばして失神させると同時に、放たれた炎の塊が再びダスクの居た場所に炸裂した。
ドガァァァァァァッ
先程よりも強化してあったらしく、破壊力は抜群で、倒れた隊員達を吹き飛ばすと共に、離れた場所の黒炎達の所まで熱気が届く。
「ふはははは、一人で生意気な事をするからだ。跡形も無く吹き飛んだに違いないぞ」
薙ぎ倒されていく自分の部隊に顔色を青くしていた王弟殿下であったが、唯一の魔法使いと引き換えにダスクを倒したと確信して引きつった笑い声を上げる。既に部隊の半数近くを倒された王弟殿下は、殲滅が難しくなってきた事に腹を立てていた。
「よし、城に突入するのだ。まだ我々の方が数は多い。そこの我が姪でも人質にすれば楽であろう」
その言葉に、元気を取り戻した部隊は、未だに煙の晴れぬダスクの居た場所へと突撃する。反撃してくる気配が無く、跳ね橋の木材が見えて来たところでいけると確信した隊員達は、踏み出す足に力を込める。
ドガッドガッバキッ
次の瞬間、気配を頼りにダスクは隊員達を吹き飛ばしていく。足が止まった隊員達の目の前で煙が晴れ、そこから無傷のダスクが出てくるのを見た隊員達は、恐怖で心が折れそうになる。
「ふぅ、煙いし見えないし、魔法を相手にするのは大変だな。
それでも今度は鎧を着ているから魔法なんてほとんど効かないんだけどね」
「悪魔だ。黒い悪魔だ」
隊員の誰が言ったか分からなかったが、失礼な名前で呼ばれたダスクは、不機嫌な様子で荒く足を踏み出す。それに怖気づいた隊員達が、ジリジリと後退していくのを見た王弟殿下は慌てて命令を飛ばした。
「前衛部隊は余を囲んで防御陣を築くのだ。後衛の部隊を前に出せっ!」
その言葉に我に返った隊員達は、すぐさま防御陣を築く。その後方からは何か巨大な装置が前に運ばれてくる。木製の土台に車輪があり、その上に組まれた櫓には大きな『てこ』がその真ん中の軸を中心として片側に岩を載せてあり、もう片方に縛り付けられた数本の縄を複数の隊員が握っている。その縄を複数の隊員が一斉に引く事により、岩が目的の場所に飛んでいくという、いわゆる『投石器』という兵器であった。それが数台運ばれてきて、全てがダスクに向けて狙いを固定されていた。
「あれはちょっと痛そうだね」
「ちょっとなんだ……ダスクくん頑丈なのね」
「岩くらいじゃ鎧に傷も付かないんじゃないかな~。中のダスクは痛いかもしれないけど」
「大丈夫なのですか?あれは普通、人に使う物じゃないと思いますが」
「平気、平気。村じゃもっとすごい事して鍛えてたし」
顔を見合わせたフラムフィールとサフィーラは、もう何も言えなくなり、心の中で無事を祈るだけにする事にした。
「放てっ!連続で放って、逃げられない様にするのだ」
とっておきの秘密兵器を持ち出した王弟殿下は、勝利を確信したらしく、前に出て指示をする。さすがに耐えられないだろうと思う隊員達は、ホッと一息吐いていた。
ドガッドガッドガッ
岩が次々と放たれ、ダスクの頭上から襲い掛かる。次の瞬間、笑みを浮かべていた王弟殿下や隊員達の顔が凍りついた。ダスクは飛んでくる岩を大剣で打ち落としたり、巨大な盾で受け止めていながら全く後退する様子も無く、どこか楽しそうにさえ見える様子であった。怒りか恐怖か分からないが、震える身体を自覚する事も無く、青白い顔に狂気の表れた目で王弟殿下は喚く様に指示を飛ばす。
「全ての投石器を同時に放て。さすがの悪魔も動きを鈍らせるだろうから、全員で突撃するのだ」
前からも後からも恐怖を与えられる状況に、この謀反に参加した事を後悔し始めていた隊員達であったが、もう前に進むしか無いと決意すると、決死の表情で武器を構えた。
「放てっ!」
その言葉と同時に、残りの隊員が全て雄叫びを上げて突撃を始める。同時に飛んでくるたくさんの岩を見ていたダスクだったが、突撃してくる姿を目にして初めて顔をしかめる。さすがに岩全部を受けた後に、死に物狂いで突撃してくる隊員達全員を相手にするのはきつそうだと思ったからだ。そうしているうちに岩が着弾する。
ドガガガガガッ
地響きを上げて着弾する岩の雨に打たれ、ほとんどは巨大な盾で防いでいながらも衝撃で一瞬気を失いそうになる。意識をハッキリさせようと頭を振るダスクへと、武器と一体になったかの様な隊員達が鎧の隙間目掛けて特攻をかけてくる。あてずっぽうでも大剣を振るごとに数人が吹き飛び、大部分を退ける事が出来たが、周囲を囲まれてしまっていては逃れる事は出来ず、いくつかの武器が鎧の隙間に突き刺さろうとする。鎧の構造を熟知しているダスクは、うまく隙間を閉じて防いでいたが、後方に回り込んだ一人の武器が首筋に向かってくるのを見逃してしまう。回り込んだ部隊員の顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
ズドッ
背後から肉に金属が食い込む様な音が聞こえてきたダスクは、自分が油断していた事を悟る。周囲の敵も驚いた顔で動きを止めていた。まだふらつく頭では未だ痛みを感じていなかったが、急所の首に攻撃をくらってしまったからには、良くて重症、悪くて致命傷だろう。諦めたくは無かったが、現実を受け止めたダスクは、背後の敵だけでも倒しておこうと振り返る。
「ぐはっ」
そこには予想していなかった光景があった。遅れて呻き声を上げた敵が倒れていく姿と、鞘に収められたままの長剣を構えたアルの姿である。アルの後方からはミリーやバーナ、その他の親衛隊の面々がこちらへと走って来るのが確認できた。
「あははは、助かったんだ……ありがとうございます、アルさん」
力が抜けてその場に膝を着いたダスクの所に、心配そうな顔で黒炎達が走って来て囲む。
「油断したみたいだね、ダスク。さすがのボクも肝を冷やしちゃったよ」
「ごめん、黒炎。僕もまだまだ修行が足りないみたいだな」
そんな事を話しているダスク達の前に、王弟殿下達と対する形で親衛隊が陣を構える。そして、親衛隊の人垣の中から立派な格好をした人物が進み出た。
「もうそのくらいでやめておけ。これ以上罪を重ねるのは王族として見苦しいぞ」
「兄上……」
現れた人物は王様らしく、銀髪金瞳と小麦色の肌のガッシリとした体格で、王弟殿下と同じ位の背丈であったが、一回りも二周りも大きく見える三十代後半位の男性で、強い光を放つ金の瞳はフラムフィール姫とそっくりなのが親子だと感じさせる。
王様の登場に、ダスクは初めて、周囲を早朝の朝日が照らし始めている事に気が付いた。篝火の明るさに加えて、集中して戦っていたので、周りの変化に気が付かなかったらしい。
「くっ、何故こんな事に……」
ガクリと崩れ落ちた王弟殿下を見て、周囲の部隊員達は揃って武器を放棄し、王様に向かって跪く。王様に頷かれた親衛隊隊長は、親衛隊に命令して、今となっては親衛隊よりも数の減っている部隊と共に王弟殿下も拘束していった。周囲の怪我人達も城から新たに出てきた衛兵達によって、軍の病院へと運ばれていく。それらの光景にホッと息を吐いたダスクは、立ち上がって黒炎を促し、その場を後にしようと足を踏み出す。
「本当に疲れたな。どこかで休んだら国に戻る船でも捜そうか」
「そうだね。この事件が早く終わったから、その分早く国に帰れるね」
そんな会話をしながら城から離れていくダスク達に、慌てて制止の声が掛けられる。立ち止まって振り返ったダスク達に駆け寄ってきた隊長は、怒った様に言葉を続ける。
「ちょっと待った。お前達、何を普通に居なくなろうとしているんだ」
「あ、すみません。挨拶もしないで行くのは失礼でしたね。
やっと終わって気が抜けちゃったので、すっかり忘れていました」
そう言ったダスクは、皆が集まっている方へ身体を向けると、大きな声で挨拶をする。
「みなさんっ、黒炎を助ける手助けをしてくれて、ありがとうございました~!
また機会がありましたら、どこかでお会いしましょう。さようなら~!」
それに合わせて、黒炎も大きく尻尾を振って別れの挨拶をする。手を振り終わったダスクは、隊長に改めて一礼すると、再び黒炎を促して広場の出口へと向かう。
「ちっが~う!!そういう事じゃない。王が正式に礼をしたいと仰っているのだ。
わざわざ城へと招待して頂いてるのだぞ、謹んで招待を受けるのが礼儀というものだ」
慌てた隊長の言葉に、ダスクと黒炎は顔を見合わせる。
「すみません。僕達急いで国に帰らないといけないんです。なので、今回は遠慮させて頂くって事で」
「むぐ、頼む、一日でいいから招待されてくれないか?
国を救ってくれた人間を黙って帰してしまったら、この国が笑いものになってしまうのだ」
再び顔を見合わせたダスクと黒炎は、一日ならいいかと結論して、隊長に向かって頷いた。
「助かる……お~い、ダスク殿が招待を受けてくれたぞ。
親衛隊は民が集まってくる前に、広場を片付けて城に撤収するんだ、急げっ!」
その言葉に、岩の破片の山を見て溜息を吐いた親衛隊は広場の片付けを始め、王様を含めた全員が城の中へと向かう。指揮を始めた隊長を残して、ダスク達が城門を通ると、そこには苦笑するアル達三人が待っていた。
「君はすごい奴だな、ダスク。あれだけの事をしておいて普通に去ろうとするとはね」
「うむ、おぬしの活躍は僕を通じて見ておったが、実に見事な戦い振りじゃったぞ」
「ダスクくん、怪我してない?掠り傷でも遠慮なく言うのよ?」
それらの言葉を聞いてもダスクにはピンと来ないようで、不思議そうな顔をしてアルの顔を見る。
「良く分からないです。僕は黒炎を助ける為に参加したついでに、手を貸しただけですよ。
自分の為に戦ったのだから、お礼を言われる事じゃ無いと思っていました」
「無欲じゃな。益々気に入ったぞ、ダスクよ」
笑顔で肩を叩いてくるバーナに、とまどいつつも笑顔になったダスクは照れくさそうにする。その光景を黒炎は楽しそうに尻尾を振りながら見ていた。それからお互いの無事を喜びながら城内の建物へと向かうダスクの背中を、アルは後ろを歩きながら心配そうな顔で見る。それに気が付いたミリーは、隣を歩くアルの顔へと視線を向けた。
「どうしたの?何か心配事?」
「うん。ダスクの考え方だと、この先色々な事に巻き込まれるんじゃないかと思ってね」
「そうね、あの無欲さは悪人に利用されるかもしれないわ」
「人を見る目は確かだから、騙される事は少ないとは思うんだよ。
でも、力の無い人達が困ってたら、無償で厄介事に頭を突っ込みそうなんだよね」
「確かにそういう所があるわね、ダスクくんは」
「それが心配なんだよ、お節介かもしれないけど」
「そこが貴方の良い所よ、アル。
でもそればっかりはダスクくん達自身の問題だから、私達が考えてもしょうがないと思うわ」
「そうだね、この先彼等がそういった場面に遭遇した時に、無事に切り抜けられると信じよう」
その言葉に頷いたミリーは、少し離れていたダスク達との距離を縮める為に、アルを促して駆け足になる。ダスクと黒炎は、二人がそんな会話をしていた事には気が付かず、バーナと楽しく会話をしていた。
事件が終結して、やっと本来の目的地である王都アズレシルエンスへと向かえる事になったダスク達は、王からの正式な礼を受ける為に城に招かれる。ゆっくり休んで英気を養いたいダスクと、城の食事に期待を馳せる黒炎は、今日一日だけではあるが、城での生活を楽しみにして足取りが軽くなっていた。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




